ああ・・今日もしっかりと生きていた・・(笑)
やっとお盆休みを頂いて、なんだか腑抜け状態の夜である。 夫を誘って“四谷怪談”を観ていたが、ずっと横で鼾をかいて寝ているのだ。 彼も疲れが溜まっているのであろう・・。彼の足を枕にして結局一人で観てしまった。 普段なら厚かましい!と怒るのに、今夜は私の重みにも気がつかない様子・・・。 「ほら、もう終わったよ!」と起こしたら、そのままお布団に直行する。 ああ・・そしてまた午前四時にトイレに起きるのね。その時必ず私の足を踏むのだ!
夕方・・姑の家で“迎え火”を焚いた。小さな松の木が一気に燃え上がる。 夫、息子、私の順で手を合わせお迎えをする。姑は嬉しそうにそれを眺めている。 義妹が「ビール飲んで行かない?」と誘ってくれたので、息子が真っ先にお邪魔した。 もうすでに家で1リットルも飲んでいるのに、いくらでも飲める男だ。 お祖父ちゃんが生きていたらきっと喜ぶだろうな・・。 いや・・もうお祖父ちゃんが帰って来るのだから一緒に飲めるのだね。
亡くなってからもう20年経ったけど、初盆の時・・ちょっと不思議なことがあったりした。 ん?今身構えた?大丈夫だよ・・そんなに恐い話しではないからね!
それはお盆の二日目だったと記憶している。 たまたま姑も夫も出掛けなくてはいけなくて、私が仏さんと過ごすことになった。 ずっと絶やさず蝋燭を灯していたので、仏壇のそばで息子を寝かしつけていたのだ。 私も眠くなってついつい居眠りをしてしまった。開け放した窓から心地よい風が吹いていたな。
そ、その時・・突然ガタガタと仏壇が揺れ出してしまったのだ。 地震だ!!と思って急いで起き上がり、息子を抱くこともしないで裸足で外に飛び出した。 いけない・・息子を置き去りにしてしまった!なんて母親なんだ〜 でもあたり近所はとても静かで・・誰も裸足で飛び出した人なんていないのね・・。 今の何?って感じで恐る恐る家の中に戻ると、何事もなかったように息子がすやすやと眠っていた。 で、でも・・仏壇のお供え物が座敷に転がっていて燈籠がひっくり返っていたのだ。
地震だ・・やっぱ地震だったんだってその時は思ったけど、何だか不思議な感じがして ご近所のお年寄りに聞いてみたの。 そしたら「ずっと家の中にいるけど全然揺れもしないよ!」と言われたのだ。
じゃあ・・何なの?どうしてウチだけ揺れたんだ!
結局・・姑や夫に訳を話し、もう一度お坊さんに来てもらうことにした。 「初めての盆帰りに家族が居なかったから寂しかったのかもしれんな・・」 私と息子だけではいけなかったの?お義父さん・・ちょっと抗議したい気持ちになってしまった。 ああ・・そうか・・居眠りしちゃったから静か過ぎて寂しかったのかな? やっぱ家族の話し声とか、いっぱい聞きたいよね!せっかく帰って来たんだもん。
それから19年・・せめてお迎えは盛大にと、必ずみんなで帰りを待つことにしている。 お祖父ちゃんが大好きだった息子も、いっぱしの飲み助になったよ。 明日の晩は宴会だからね!楽しみにしていてね^^
男って・・どうして女を苛めるんだろう。おまけに苛めておいて笑うんだろう・・。 目の前で男ふたりが笑い転げているんだよ!私は・・泣いているのにさ〜
事の発端は“宝くじ”に当たったらと私が言い出してしまったからだ。 私の夢は日本中を旅すること。イチバン先に北海道へ行きたいよ! もう20年くらい温めている夢なのね。でも未だに行けないのだ・・。
夫は一昨年だったか社員旅行で行ったからいいのだ。行くなら独りで行きたいのだ。 「おまえが独りで行ける訳ないだろ!」と夫が言い、「迷子になって行方不明になれ!」と息子が言う。 そしてそのうえ「宝くじが当たる訳ないだろが〜」と声を揃えて夢を壊す。
じゃあ・・“生命保険”が入るまで我慢するもん!私より先に死んでよね!と言ってやった。 こうなったら未亡人の一人旅だからね。ああ・・待ち焦がれていた自由を手に入れるのだ。 そして私は目を閉じて夢をいっぱい膨らませたの。なぜか年をとってなくて今のまんまの私がいる。 よぼよぼのおばあちゃんじゃ・・夢も希望もないよ。今じゃなきゃいやだよ〜
「あんね・・あんたが先に死ぬかもよ!」息子が言う。 「そうだ!そうだ!」と夫が笑う。
その後・・男達の妄想が膨らみ始めた。私はビールをぐいっと飲み干し唇を噛んでいる。
私が死んで灰になったら・・北海道に散骨に行ってくれるそうだ。 いったい何処らへんにばら撒いてくれるのだろう・・。 そして息子はしっかりと位牌を抱きしめ・・ 「母さんこれが北海道だぜ!母さんの憧れていた場所だよ・・ほらよく見ておくんだよ!」 「やっと来れたね・・母さん・・嬉しいね・・」 息子は目に涙をためて亡き母を想うのだった。
そして夫は・・「生きているうちに俺が連れて来てやればよかったよ・・すまないな・・」 そう呟き曇る眼鏡を外し目頭を押さえるのだった。
初冬の風が肌を刺す。男達はオホーツクの海へ私を流す。 男達の沈んだ顔が微笑みに変る時・・私はやっと独りになるのだ。
「父さん!ついでに位牌も流しちゃおうか?」 「うん!そうだな!毎日線香立てるのもめんどくさいしな!」
男達は颯爽と歩き始める。「金はたっぷりとあるぞ!旨いもんいっぱい食って帰ろう!」
私は・・それでもいいもん。夢が叶うなら・・それでもいいのだ。
あっかんべ〜だ!!
ちょっとアルツハイマー気味で、すっかり土曜日のつもりでいました。(笑) 今さっき思い出したんだけど・・明日のお弁当の用意してない。 たっぷりお昼寝後、ぼ〜うっとして買い物に行ったので、何も買ってきてないのだ。 まっ・・いいか。なんとかなるだろう・・。冷凍食品で決めてやろう!
すんませんね。いきなり主婦モードで始まってしまいました。 マジでぼけてますのや。こんなんで10年後にはどないなってるんやろ〜
ああ・・また関西弁が・・最近これに侵されてます。 今読んでる本にいっぱい出て来るので、ついつい惹き込まれてしまうんです。 辻仁成の“五女夏音”なんですが読んだことあります? 喜劇のような悲劇のような・・めちゃいけてますよ。まだの方は是非とも読んで下さい。
ああ・・こんなつもりではなかったのに、読書の薦めをしてしまった。 たまには良いでしょうかね?ちょっと知性的で我ながらむふふ・・としていますが。(笑)
ちなみにこれはおまけですが、土佐弁だとこうなります! 「マジでぼけちゅうき。こんながで10年後にはどうなっちゅうやろか〜」
で・・もひとつおまけに幡多弁(私が使っている)ではこうなります! 「マジでぼけちょうけん。こんながで10年後にはどうなっちょうろうか〜」
この3ヶ国語(笑)をマスターしたい方がいらしたら、土佐弁のアクセントは関西弁と同じ。 幡多弁のアクセントは標準語とほぼ同じです。出来るかな〜?
同じ高知県でも西と東ではまったくアクセントが違うんです。 だから子供の時あちこち転校しまくったので結構苦労しました。 でもそのおかげで今ではどちらも上手くしゃべれるんですけどね! 関西弁は昔から好きでした。なんかこう・・キツイようで暖か味のある言葉ですよね。
ネットを始めてから全国にお友達が出来て、よく電話で話したりもするのですが・・ 声が大き過ぎると夫から怒られることもあります。 いえ・・怒ると言っても本気で怒られるのではないけど、変な言葉でしゃべるな!と言われる。
私・・相手が関西弁だと・・自分もそうなるし、標準語だとモチロンそうなるんです。 これってやっぱ子供の時からの訓練が行き届いていた証拠だと自分では思っているけど、 夫のように純粋な幡多人には理解しがたい事なんでしょうね・・。
試しに「しゃべってみぃ!」と言ったことがあるけど、彼はしゃべれないです。 関西弁を標準語のアクセントでしゃべるので、それこそ変な言葉ですよね!
いやはや・・今夜はとんだ話になってしまったけど、私はおしゃべり大好きなのかも。 ただちょっと困ったことに関西弁はクセになります。 ついつい日常的に出てきてしまって、自分でウケてますけど・・。
私は土佐の国幡多のおんな。たぶんこの先ずっと老いてもここから何処にも行けません。
長生きするけんね。これ以上ボケんように頑張るけんね!
| 2002年08月10日(土) |
お疲れさま^^って自分で言うな |
土曜日に仕事に行くのは何ヶ月ぶりだろう・・・ いやそんなもんじゃない。一年以上経っている気がする。とにかく久しぶりのことだった。 予想に反して忙しく殆どサボることも出来ず、ぼちぼち頑張ってみた。 帰るとき・・「ありがとう」と言ってもらった。あの専務オババがそんなこと言うなんて〜 彼女も年だからね・・たぶん私より疲れると思うのだ。表向きはバリバリと働く人だけど。
そっか・・ありがたいのか・・来てよかったんだなとちょっと嬉しかった。 マジでこれから先も休まずにずっと土曜出勤しようかなと思った。
でもね〜さすがに帰りはダルダルになる。背中も痛くなるし腰まで痛くなった。 「よっこらしょ」とクルマに乗って、ハンドルに凭れるように運転する。 ああ・・これくらいの事で情けない身体やなあ・・なんて怠けた身体に喝を入れたくなる。 いつもの山道・・もう舗装工事も終わって綺麗な道が嬉しい。ラジオのボリュームいっぱいにする。
高知市内では“よさこい祭り”が始まっているんだ。ラジオ聴くまで忘れていた。 今夜は花火大会もあるそうな。子供の頃によく行ったなあ・・なんだかとても遠い昔。 今年はもう無理だけど来年あたり行けたらいいな。あの燃えるような“踊り”が観たい。
帰宅したらすでに夫も息子も帰っていた。さあ・・急いで晩御飯作らなきゃ! その前にビールね。包丁持っていても上手に飲んでいる。お魚焼きながらモチロン酔ってくる。 立って晩酌しているようなものだ。座ったらまた飲んでいるし・・これでいいのかな?(笑)
しばらくして娘が帰宅。勤め先の展示ホールで絵金屏風展をやっているとのこと、 なんだかぞくぞくしてきて血が騒ぎ始めた。そして居ても立ってもいられなくなった。 夫も意気投合して急遽ふたりで観に行くことにした。ん?誰が運転するのかな〜(笑)
どんな手段で辿り着いたかそれは内緒だけど、とにかくとても興奮してしまった。 ホールはライトダウンしていて、室内は蝋燭と燈籠の明かりだけだった。 おまけに音響が“がまガエル”“滝の音”おまけに“雷の音”だもんね・・(汗) ちょっとしたお化け屋敷の雰囲気だけど、屏風絵の迫力には目を瞠ってしまった。 実は・・こっそりカメラ持って行ったけど、撮影禁止だったので諦めたよ。 その分、目に焼き付けてきたからね。今夜の夢に出てきてくれたら嬉しいな〜
思いがけない時間が過ぎてしまったら、今日の疲れは何処へやら・・ いつもの週末と変らないのんびりとした夜を・・また懲りずに飲んでいるのです。
※絵金屏風展に興味のある方はこちら http://www.joho-kochi.or.jp/kounan/akaoka/ ここリンク貼れないんだね・・(汗)
| 2002年08月09日(金) |
働くオネエサンは好きですか? |
今日も大気がとっても不安定・・湿気むんむん髪の毛ぴんぴんの一日であった。 そして冷房効き過ぎ、時々窓を開けながら体温調節をし仕事に励む真面目な事務員。 しかしそれも午前中だけで、午後はまったりと適当に頑張ってみた。 いつも金曜日はそうなのね。すでに気分はお休みモードに突入しているのさ。
でも・・明日は休めなくなった。お盆休みが続くので休まないで欲しいと頼まれたのだ。 それもそうだなとすぐに納得してしまったけど、私って・・一日なんぼのパートだから、 その一日で発泡酒が何個買えるかな〜と計算機をはじいてしまった・・ああ貧しい主婦。
結果、350缶で40個は確実に買えることが判明した。す、すごいじゃないか! そう思えば仕事も嬉しい。今までずっと土曜日休んでたのが惜しいくらいだ。 週に4日土曜日があるとして、160個の発泡酒だよ!うう・・ほんと残念なことをした。 ちょっと悔しくなってきたので、来月あたりから週2回は行こうかなと思ったりしている。
でも・・経費節減には役立っていたつもりなんだ。気を遣っていたつもりだけど・・ ほんとはしんどくて休みたかった。ただのズル休みと言えばそれまでだ。 まっ・・臨機応変に対処しようと思う。暇そうなら休めばいいしね。
今の職場は14年目です。それまではミシン踏んでいました。 子供がまだ小さかったので家の近くの縫製工場で働いていたのです。 ブランド品のポロシャツとか縫っていました。襟付けがめちゃ難しかったよ〜 でも出来上がってちゃんとメーカーの値札なんか付くとちょっと嬉しかったです。
しかし・・この職場は“ああ野麦峠”でした。トイレもろくに行けないのです。 だって、手元にボタンがあって、一枚縫うたびにそれを押さないといけなかった。 それは事務所で統計を取られていて、明くる日グラフにされるのです。 そしてみんなの前で怒られたりするんです。たまに褒められるとみんなから憎まれるし。 嫌味を言われたり、粗捜しされたりするわけね。女ばかりの職場はこんなもんかな・・。
たまに納期寸前に大変なミスをしてしまうこともあった。 たとえば・・ポケットの位置が規定より一センチもずれていたりとか・・ 100枚あればそれをすべて綺麗に解き、また縫い直しするのです。 それは時間内には決してやらせてくれないので、残業とか休日出勤とかでなんとかします。 いえ・・誰がミスをしても一人ではないです。必ず4・5人はそれを助けます。 派閥とかもあったけど、普段から気の会う人が数人必ずいるんですよね。 あの時助けてくれたでしょ!大丈夫だよ間に合うよ!そんなふうに声をかけて頑張る。
私も何度かそういう場面に遭遇してしまい、モチロン自分もいっぱいミスをした。 姑さんに電話して晩御飯を頼んだり、日曜日でも職場に行ったり・・・ 今思えばキツイなりに良く働いたもんだなと思う。若かったしね〜 でも・・結局胃を悪くしてしまったのと、工場長と喧嘩したのとで・・辞めました。
あの頃を思えば、今はほんとに楽チンなのだと思うな・・。 だからもう少し真面目に働いても良いのかもしれない。(笑)
朝から大気がとっても不安定・・薄日が差したかと思えばどしゃ降りの雨が降る。 おかげでほんの少し涼しさを感じる立秋の一日だった。 でも喉は渇くのよね。だから帰ったらすぐ冷蔵庫を開けちゃうのです。
今日はちょいと帰路でハプニングがあって、いつもより遅い帰宅となってしまった。 実はですね・・いつもの山道をぶっ飛ばしていたところ、赤い旗を持ったおじさんに止められてしまった。 道路工事中なのは知っていたけど、いつもは片側だけ通らせてくれるんです。 でも・・今日は絶対に通さない!と言うんです。深々と頭を下げて謝られても困ってしまうのだ。 だって・・国道はすぐ目と鼻の先で、私の家まで10分で着く場所なんです。 アスファルト舗装中で一時間待てば通ってもいいですが〜と言われました。 がくっ・・そんなアホな・・早く帰ってビール飲みたいよ・・ぜえぜえ・・。
つうわけでとりあえず顔は笑って仕方なく、ハンドル捌きも鮮やかにUターンしました。 さあ・・どうするんだ。これから西に向かい正規のルートで帰っても一時間はかかる。 そうだ!確かもう一つ近道があったぞ!でも・・もう20年くらい通ったことないけど。
こうなったら冒険や!そこに道がある限り私は何処までも突っ走るのだ! でも・・ちょっと自信がなかったので、近くの民家のおばさんに道を聞きました。 ちゃんと道路標識が出ていたので、やった〜とすっかり自信満々になってましたが・・ そこにはふたつの山道があったのです。なんと紛らわしいことか〜 で・・当然と言っていいのか感が鈍いというのか、単に慌て者なのか・・ とんでもない道のほうを選んでしまったのです。何?これ?どこ行くの?そんな道。
不安に陥っていたところ道端で牛の世話をしている村人発見!(ど田舎やね・・) こっちじゃないよ、あっちだよ!と教えられて、田んぼの畦でクルマを回す羽目に。 そしてやっと本当の近道に突入出来ました。でも・・そこも同じく、猿が出そうな道。 そうそうここだ・・古い記憶が蘇ってきたけれど、とにかく狭くてカーブばっかでした。 深い緑が両脇からおいかぶさってきそうな道で、陽も差さないような暗い所もある。 狭い道には苔が生えているし、まるで昭和初期にタイムスリップしたみたいだった。 おまけに行けども行けども人家が見えない。対向車も後続車もないのだ。
やっと峠を越えた所で遠くに街並みが見えて・・ああ!街だ〜っと思わず声をあげてしまった。 随分ながいこと走ってたと思ったけど、時計を見たら僅か30分の冒険だったです。 なんかね・・結構魅力的な道だったような気がしている。あんなに深い緑めったに会えないよ。 ほら・・今日は雨が降ったでしょ。だから緑がとても美味しかったんだ。 今度は焦らないでゆっくりと走ってみたい道です。
はあ・・そんな訳で・・今日はちと疲れたよ〜
| 2002年08月07日(水) |
ムカシムカシアルトコロニ |
お風呂上り・・さあ今夜も頑張って歩こう!と思っていたら・・雨が、懐かしい雨が降り始めた。 空はもこもこしていて所々に穴が開いている。そしてそこから星が心細げに覗いている。 どしゃぶりにはなりそうにないから行っちゃえ。少し濡れたほうが涼しくていいや。
そこまではカッコよかったです。でも・・本心は、そろそろサボリたくなっている。(笑) ええい!一気に走っちゃえ!という訳で、ほんの50メートル走って来ました。 やっぱ相当息切れがしますね。以前は1キロくらいは走れていたのに嘘みたいに身体が重い。
実はすんごい昔の話しだけど、ほんの短期間だけ陸上部だったことがあります。 信じられないでしょ?そりゃあ・・信じろって言う方が無理でしょうが〜 こう見えても子供の時はかけっこ得意でした。いつも一番ね!す、すごいよね?(笑)
で・・中学の時、転校先の学校にテニス部がなかったので仕方なく陸上部に入りました。 毎日毎日しごかれて、ほんとはすぐにでも辞めたかったですが・・友達も出来たし辞めれなかった。 でもね・・私は短距離走以外はまったくダメな少女でした。ただ我武者羅にぶっ飛ばすだけです。 そのことをキャプテンに説明したんですが、分かってくれる訳ないですよね。 毎日みんなと一緒にマラソン並に走るのが、ほんとにキツかったです。
で・・とうとう体育祭の日、大変な失態をやらかしてしまったんです。 「クラブ対抗リレー」つうのがあって、もちろん陸上部が優勝間違いなしでした。 でも・・他のクラブはただ思い切り走ればいいのに、なんてことでしょう! 陸上部だけ何ヶ所かハードルが置いてあるんです。私は・・泣きそうでした。 「キャプテン・・あの〜あの・・」と肝心のことが言えないまま、自分の番が来ちゃった!
私は目の前に棒があると恐いんです。それがロープなら跳べますが・・。 仕方ありません。跳べなければ抜け出ます!それ以外道はないでしょうが〜 声援が歓声が・・爆笑に変る瞬間でした。いやあ・・思い出すのも辛いです。 私はひとつひとつのハードルをくぐって走り抜けました。 一気に最下位になったのは言うまでもなく、アンカーのキャプテンが悔しそうでした。
「おまえ・・もうクビだ!」と言われると思っていたのに、その後もちっとも言ってくれません。 今思えば優しいキャプテンだったんですね。でも・・私は自分から辞めました。 そして・・もうマラソンしなくてもいいんだ!と心から喜んでしまいました。
冬が来て・・私はその学校を後にしたけど、その苦い思い出がイチバン懐かしいです。 ずっと辞めないでいて、転校さえしなかったら・・ハードルが跳べたかもしれない。 その後もずっとハードルが恐かったです。行く手を阻む固い棒でした・・。
今なら跳べるかもしれないと・・今ちょっと思ってみました。 冗談みたいですが・・なんとなく跳びたい気分の夜です。
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