チーコのフィットネスライフ
DiaryINDEX|past|will
自分で言うのもヘンですが、 気が長くなったように思う。
何か嫌なことがあったとしても その後、 仲良しさんや知人と会うと もう、すっかりゴキゲンになっている私がいる・・・
何があっても 【まーいいや】と大らかに過ごせるのは やはり CUBA効果その1?
こういった効果は続くといいね。 よ〜し☆
| 2006年02月16日(木) |
CUBA冒険記 最終章 フェスティバル |

いよいよ 『サバド デラ ルンバ』本番の日。 CUBAの土曜の恒例イベントである。
始まるまで、なんだかソワソワしつつ パーカッションクラスの人達と談笑したり、 リハーサル写真を撮りあったりしてすごす。
昼、一人で炭酸系を飲んでいると CUBA人学生が数人やってきて 「今飲んでいるものをここに分けてくれないか」 とコップを差し出してきたので 気前よく 「べベール!」と気前よく全部差し出す。
すると、それで終わらずに とあるCUBA人は コピーCDを売りに来たり
またとあるCUBA人は 「私はお腹が空いているのだけど、あなたは食べるものを何か持っているか? あなたは食べないのか?食べるんだったら少し分けてくれない?お金でもいいよ。」といった意味合いのことを言ってくる。
ので昼食用にと買ってあったパンをプレゼントした。
ちょっと胸が痛いというか この国の経済事情を垣間見たようでせつなかった。 あの彼らの太陽のような笑顔の下にも様々な人間模様があるのである。
しかし、まー全員そういった感じの人ではなく ごく一部の人達だけなので 気を取り直すことにする。
本番は・・・ あのー 断片的には思い出しますが とにかく夢中で夢中で・・・
気持ちよかったー♪ なんかワカランものが天から降りてきて 空気中がキラキラ☆していたなー あれこそまさに トランス状態だったのかな? もう少し長く踊り続けると 「帰らぬ人」になっててもおかしくないかもね。
そして ハポネサがルンバを踊り&唄まで唄う ということを地元の人は喜んでくださっているようで かなり熱い声援をくださった。 それがなにより嬉しかった。 頑張りがいがあった。
フィナーレが終わってから メンバーの皆と団子になってかたまって ハグしつつ「グラ〜シャス!」 人々の大洪水 様々な学生が次々にやってくる。 プロ野球軍団の優勝シーンさながらのような感じ。 先生にも 「滞在が短かったわりによく頑張った!おめでとう!」 と誉められ、 私は涙と汗でぐしゃぐしゃ状態。。。
ホテルに戻ったらグッタリだったけれど まだまだ興奮冷めやらぬ感じで 部屋に入った途端、 「HABANAバンザイ!」と 一人で叫びまた唄いだす私でした。(アホ?) 隣室の人とかに聞こえなかったでしょーね?
HABANAに行った人は人生が変わると言われます。 私の場合はどうなるのかな? ちょっと楽しみです。
| 2006年02月14日(火) |
CUBA冒険記 その7 フェスティバル前日まで |
 常識的に考えて、発表する曲は1曲と思いますわね?
しかし・・・
なんやかんやで発表する踊りは8曲程になりました。 時間にして1時間位かいな? (もーマヒしてしまって何曲でもどうぞ!てな感じです)
調整授業は生パーカッション&生歌手の 音色が響き渡る中行われる。。。
ていーますか最後の仕上げで 誰々はここの位置に立って 誰々はここからこう移動する・・・
曲によっても違うので そのときどきに確認しつつやるのですが 中にはノンキ者も居て 練習するたび ポジションが違う輩も。。。
2〜3度だけ「こっちよ」導いてあげたけれど 毎回毎回になるとラチがあかないし 私もいっぱい×2だったので もうそのままにしてしまった。 (彼女は本番で大丈夫だったかな?)
最終章に入ってくると 踊りを踊りながら皆も唄うのですね。。。 私も最初は口パクで唄っているフリをしていたんだけど 歌詞を覚えてくると 率先して唄いながら踊る。。。
もー 気持ちよいですよ♪快感♪♪
最初にソラメンテで唄う場面では 私の唄声の後にパーカッションが続き コロがついてきて・・・ もーねー 「皆ども続け〜」の心境ですわ。 (音程がはずれているのは棚にあげさせといてね)
なんだか運動会の練習を懸命にやってたころとかぶる。 なつかしい快感だったな。
| 2006年02月13日(月) |
CUBA冒険記 その6 唄う私 |

唄の教師(大魔王と呼ばせていただく) (ちょっとハクション大魔王を女性にしたような感じ) に呼ばれ前へ進み出る私。
私の顔50cm以内くらいのところで その大魔王がお腹の底から大きな声で 私の顔めがけて唄う唄う
「OBARBI OBARUBE OBAE〜♪」
ハッ何ですか?それはなんかの呪文ですか? ・・・とまどう私。
「OBAE〜 YANA YANA!・・・・」 ルンバ独特の節回しがあって 音程が↑↓ どうにもこうにも 慣れてないもんでメロディーが聞き取りにくい。
1フレーズ唄った後 「バモ!(さぁ)」 私に同じように唄えとけしかける。 きっと かなり慌てて複雑な表情をしていたかもしれない・・・ なんとなーく唄う
・・・かなり調子っぱずれ・・・私はこんなに音痴だったっけ ・・・? 何度も何度も大魔王はあきらめずに 私の顔50CM以内のところで何度も唄ってくれる。 私も一か八かで唄う唄う。
半分ヤケっぱちで これでもか〜と唄っているうちに大魔王から 「エッソ!(よし)」の声がかかる。 この瞬間、鳥肌が立つほど嬉しかったのと同時に 大変なことになってしまったという思いが交差する。。。
それからは休み時間に ブツブツ唄う私の姿が・・・見ようによってはアブナイ奴。
発表まで数日しかないからね〜 観客は皆HABANAの人達ばかりで知らない人ばかり だから恥も掻き捨てかもしれないけれど やはり表現者として人前に出るからにはキチンとやりたい。
私は自分自身ちゃらんぽらんな人間だと思っているけれど えぇ、不真面目と言われて否定できない面があるけど こういう イザというときには 生真面目に行動できるようです。 ・・・ちょっと意外だった・・・ いつもフザケているわけではないねんナ〜。 (ちょっと自慢?へへへ)
| 2006年02月11日(土) |
CUBA冒険記 その5 お客さんではいられない |

国立舞踊団冬のワークショップは通常2週間あるが、 そこまでお仕事をほっぽり出すことも出来ず、 私はそれよりも日数が少なめの滞在にて(滞在10日間のうちの1週間) 受講させてもらった。 先客?である他の海外留学生や現地の学生達はさすがに 私よりもはる彼方…遠くのこと…レベルがものすごい高いことをやっている。 初日はすっご〜〜〜い!皆、芸達者!!! 感心するのみの私。
しかし…私ゃ 学校の最終日にこのワークショップの修了式の集大成として 「サバド デラ ルンバ」(HABANAで毎週土曜日の午後から繰り広げられる少し大きめなイベント。結構有名。)のフィエスタのショーに彼らと出演するんである。
どないすんねん。私。。。シャレにならんで。。。なんでやねん。。。
皆よりもはるかに遅れをとっているハポネサ(私)に対し 国立舞踊団の助手先生方が個別に身体の使い方や振り付けを教えてくれる。 それが何だかスマートなの。 力が入りすぎていないというか、サラッと指導してくれるから 私も力が入ることなくマイルドに動けた感じ。 ただ やみくもに頑張ればいいってわけでもないらしい。 これはすごく勉強になったな。
助手先生の素晴らしいコーチングによって どうにか「他の生徒の皆と混じってもよし」 とエライ先生が許可してくださり、 他の生徒に混じって振り付けを展開する私。 …かなり必死なんだけどその状況を楽しんでいる私。へへへ。
まごまごしていたり、まだ硬さがとれない私に対し、 生徒達が的確にアドバイスをくれたり、励ましてくれたりする。 おぉ!国境を越えたコミュニケーション♪
ある日の唄の授業・・・ 皆でルンバを唄う。 これもフィエスタ用であり、発表することが前提のルンバ歌唱である。 クラスメイトがソラメンテ(ソロをとる)となり、私はコロ(コーラス) 知らん曲ばかりなので、メロディーラインを必死で覚える私。
そこで何と、周りのクバーナ達、唄の教師に 「チーコはソラメンテをやらないのか?」 「ハポネサにも唄わせろ!」 次から次に言い出した。 ギョギョ!驚いた私。 『う・うん もーめんとぉ』『むい でぃふぃーしる〜!』 たどたどしいスペイン語で抵抗するが、 唄教師の 「チーコ! アデランテ!!!」の声で 運命が決まってしまう。
つづく
|