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カバ象の俳句日記 ー蓮田の見える風景ー DiaryINDEX|past|will
高校同窓会総会・懇親会に出席。名古屋市・Aホテル。同窓の先輩・後輩たちと懇親を深めました。今後のアドバイスをいただきました。様々な方と挨拶もできました。夕方から社会科の懇親会に出席。話を聴くことが上手な人たちで、今までの社会科に関する情報や出逢った先生方との話に花が咲きました。メールも沢山いただき、感謝。返信しました。
今回の教採の結果は、チャレンジ回数の多いメンバーが合格しました。本当に嬉しく思います。蓮の実が役立ち、良かったと思っています。「明けない夜はない」という言葉を噛みしめました。気持ちの弾んだ電話の声に感激しました。浜松へ孫の運動会を見学。大活躍した我が家のスパースターに拍手。楽しい時間。ワールドカップラグビーの予選リーグ。アイルランド戦は素晴らしい試合でした。「もう奇跡とは言わせない」の言葉が頭に残りました。ラグビーに日本中が夢中になっています。ノーサイドの精神を世界中に広めてほしいと思います。
教採の結果、4回目のAさん、5回目のBさん、6回目のCさんが受かりました。本当におめでとうございます。「教師になるという夢の実現」に拍手を送りたいと思います。そして皆さんに贈る言葉は「これから本当の勉強が始まります」。頑張れ、若い魂たち。
『語り継ぎたい津島の歴史』の原稿を印刷所に渡しました。この3週間取り組んできた仕事が終了。後は表紙づくりのみ。大学の非常勤とともに、今年度前半の大きな仕事が一つ終わったと思います。参加していただいた先生方に心より感謝。
図書館で教育史資料整理。あと1回で終わることができそう。図書館へAさんが訪ねてくれました。専ら最近の学校に関する情報をお聞きしました。懐かしい人たち(故人も含めて)のお話を伺うこともできました。夜、石採祭車の練習会に顔を出しました。飲料水の差入持参。祭り囃子を聴くと秋になった実感が湧きました。いよいよ秋本番です。
「語り継ぎたい津島の歴史」の題字をいただきに市教委へ。その後、北小学校で松下芝堂先生の書の写真を撮影させていただきました。これも「語り継ぎたい津島の歴史」に掲載のため。すべての原稿・校正原稿が揃いました。もう一度確かめ、印刷に出します。A先生宅を訪ね、お話を伺いました。これからも様々な面で応援していただけるとの事、感謝。人権団体役員のBさんからも校正原稿について教えていただきました。
23日(月)孫娘とアクアトト岐阜(川島町)へ。アシカショーとカワウソ、カメを見に行きました。すぐそばにアシカがやって来て、孫娘は興奮していました。よく話してくれるので楽しい時間を過ごすことが出来ました。久しぶりに観覧車にものりました。ゆっくり回転するので、木曽川周辺と美濃の山並を楽しむことができました。娘が友人の結婚式のため、1日預かりました。 ![]()
21日(土)南小のふれあい運動会へ。小雨が降る中、半日日程で弁当なしの判断を早めに決めた決断に拍手。天気は何とか曇り空でもち、無事に終了しました。予定したプログラムで終わることが出来、良い運動会となりました。金管・バトンと高学年の表現は運動会の華。管理職・実行委員長の適切な判断でした。不満不平もなく、終わることが出来たと思います。ご苦労様でした。久しぶりに多くの保護者の方、卒業生、かつての同僚の先生方と話をすることができました。卒業生の成長した姿に目を細めました。
喫茶店A店でコヒーを飲みながら、社会科教育(歴史教育論)談義。名古屋からわざわざ二人の方が来て下さいました。主に私の歴史研究についてお話をしました。聴くことが上手くて、ついつい長話。市内の饅頭屋さんでおはぎと草餅を購入し、お土産にしました。その後、南小へ運動会の差入の梨を届けました(転退職者よりの差入として)。接骨院へ通院。(肩痛が少し楽になりました)
図書館で教育史の資料整理。3分の1程度閉架に移動。あと3回で終了できそうです。目録もほぼ完成。図書館を出て、A中へ。相撲部の打合せ。校長先生からA中の課題についてお話を伺いました。現場を預かる難しさを痛感しました。帰宅後、大相撲観戦。夕食後、買い物に行き、友人のお父さんへのお供え物を購入してきました。
18日(水)『語り継ぎたい津島の歴史』原稿の校正作業を継続。第5原稿を打ち出し、最終校正を始めました。インデックス・年表も完成。後は根気よく見直すのみとなりました。時間の許す限り校正を続けるつもり。
『語り継ぎたい津島の歴史』校正を続けています。何とか第4校正を終え、すべての原稿が揃いました。もう一度校正をし、表紙・中表紙を確定したら印刷所に渡す予定です。簡単な打合せと電話連絡あり。心配していただいた連絡もあり感謝。 ![]()
3連休最終日。「語り継ぎたい津島の歴史」のインデックスを完成。もう一度確認してから、印刷予定。今年も「美和小をめぐる会」に出席。私の退職の年。記念の花束を頂きました。今年はいつもの蟹江町のフランス料理店ではなく、弥富市のA喫茶店へ。美味しいランチフルコースを頂きました。男6名女9名の方が参加して下さいました。会を計画してくださったB先生・C先生に感謝。その後、B校長と弥富市の別の喫茶店で懇談。最近の学校をめぐる様子について教えていただきました。
15日(日)朝から「語り継ぎたい津島の歴史」原稿の校正作業。津島神社を訪ね、原稿について確認。「浪速須佐之男命」の名前と神仏分離(神宮寺とのかかわり)についてお尋ねしました。昼ご飯を食べ、津島児童科学館へ。未来教育研究会秋の研修会「学び合う授業」に出席。海部地区の若い先生方45名程度参加。若手の先生が増え、嬉しくなりました。私はお礼の挨拶、以下のように挨拶をしました。
南コミで「日本語教室FUJICA」。フィリピン国籍の子どもたち4人が出席。国際交流協会のメンバー(私も含めて)9人、計13人の学習会となりました。それぞれ役員の人たちは様々な打合せができたようです。私も『語り継ぎたい津島の歴史』の原稿についてお聴きすることができました。
何年ぶりだろうか、津島市の映画館で『人間失格ー太宰治と三人の女たちー』を観賞しました。時代の流れ(耽美主義・社会の風潮や期待・堕落)に翻弄される太宰の生き方について考えさせられました。私たちも周囲の期待に応えようと無理をしている点があると思いました。自分を見失い、どんどん深い淵にはまっていかないようにしたいですね。
『語り継ぎたい津島の歴史』校正部分を修正し、もう一度校正作業を開始しました。4度目。商工会議所で奥書をはじめ、最後の打合せ。1冊の本を生み出す楽しみ・苦しみを味わっています。趣味の新聞切り抜き作業。のんびり情報収集。最近は防災についての記事集めが増えました。
尾西線に乗り、一宮市博物館・妙興寺・真清田神社へ。暑い中、大気が不安定で雷の音を聞きながらの散策となりました。一宮博は展示が大きく変わっていました。(久しぶりに八王子遺跡の銅鐸も見学)企画展「真清田神社」を見てから、早速お詣りに立ち寄りました。何年ぶりかに真清田神社の土俵に立ち寄りました。妙興寺にも参詣。一宮市の代表的な社寺仏閣を回ることができました。秋とは思えない暑い1日となりました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
10日(火)朝から図書館で『語り継ぎたい津島の歴史』の二回目に校正した内容の訂正。半日かかりました。夕方に第三校正を打ち出しました。両面刷りした原稿を見て、思わずニンマリ。私たちの『津島の歴史テキスト』ができあがってきました。夜にはインデックスの作成を開始。
9日(月)還暦旅行の疲れもあり、まったりした1日となりました。早速役員の皆さんにお礼のメールと電話。書籍を頂いたA先生には葉書。お世話になったBさんと長電話。Bさんの上司の先輩とお話することもでき、チャンスがあればお会いしたい旨を伝えました。
9月7日・8日と津島高校第29回卒業生還暦旅行に行って来ました。1泊2日。修学旅行て行った長野県白馬五龍への旅。そして還暦を迎え今後の健康と幸せを願う善光寺詣りの旅となりました。懐かしい同級生たちと語り合い、今後に向けての元気エネルギーをいっぱい頂きました。不思議なことにすぐに高校生の頃(楽しいことばかりではありませんでしたが)に戻ることができました。還暦旅行に参加できた幸せを味わうことができました。久しぶりに夜更けまで二次会が続きました。会を計画運営していただいた幹事役員(私は名前だけでした)の皆さんに心より感謝。特に旅行や宴会に再三誘ってくれたA君にお礼を言いたいと思っています。本当にありがとう。 ![]() ![]()
6日(金)今日も『津島の達人ジュニア歴史検定』の公式テキストの原稿書きと校正に追われました。不足分の原稿を補いました。書き上げた草稿を2人の方にメールで送りました。その合い間に市教委へ。校長会で配って頂く「日本語教室」「津島の達人ジュニア検定今年度の計画」「天王子ども塾」に関するプリントを届けました。
図書館に出勤。史料の整理をやめ、『語り継ぎたい津島の歴史』の校正・執筆に追われました。2度目の校正をかけてみましたが、まだまだ不十分。原稿の入っていない箇所を確認。私が新たに原稿を書いた箇所は挿入。この出し入れをもう少しやるつもりです。この書籍の表紙と中表紙を依頼するため、A先生と待ち合わせ。本の打合せの後、全中の相撲大会の準備についてお話を伺いました。長崎のお土産を渡しました。今日は喫茶店二度も入り、コーヒーを飲みながら今後の予定(9月後半・10月)について考えていました。帰宅後、再び書籍の校正。大学の年次会の葉書を投函。
『津島の達人ジュニア歴史検定公式テキスト 語り継ぎたい津島の歴史』を執筆・校正中。6割方終了しました。昨年度作成した「子ども版 津島郷土カルタ」の原稿を仕上げました。後のことは何もやることなく、原稿書き・原稿の校正に没頭していました。もう一度頭から読み直しが必要?新しい原稿はほぼ出揃いました。A先生と連絡をとり、56年次会(同窓会)の案内の葉書作成。5日中に郵送予定。
長崎から戻ってから『津島の達人ジュニア検定公式テキスト 語り継ぎたい津島の歴史』の執筆・編集・校正作業を進めています。毎日5時間程度の作業。この2日間はケーブルテレビで放映されている市議会の定例会の様子を視聴しながら作業をしていました。ジュニア検定をまとめて頂くA先生を訪ね、今後の計画と打合せをしました。もう少し作業に没頭する予定。
長崎に行き、ふと亀山社中に立ち寄りたいと思いました。龍馬の愛した高知や京都のゆかりの地を何回も訪ねました。そんなこともあり長崎(亀山)海援隊発祥の地を見てみたいと思いました。丘の上で長崎の街を一望できる場所。街中からは不便な場所でした。ブーツや手紙を見ました。記念館と資料展示場を訪ね、海援隊の若い魂や情熱を感じる場所となりました。 ![]() ![]() ![]()
長崎原爆資料館を訪ねました。あまりの悲惨さに目をあけていることができませんでした。「戦争を早く終わらせるため」という言い訳は通用しない惨状。人道を無視した罪は何年何百年たっても許すことができません。原爆(原子力の平和的利用も含む)について私たちは真剣に向き合わねばならない時期になっていると思いました。「人間には学習能力がある」「二度と過ちは繰り返すことはない」と言われてきました。しかし、最近の社会的状況を思うと「いつか来た道」を世界中(そして日本も)が突き進んでいるのでないかと心配になりました。我々も平和と人道に対する責任を追わねばならない、平和教育のあり方や近隣諸国との外交についても考えねばならないと改めて思いました。 ![]() ![]() ![]()
キリシタン遺跡を訪ねました。平戸と生島の隠れキリシタンに関する資料を見学。「オラショ」を初め「隠れキリシタン」の信仰道具を見学。信仰(宗教)のもつ力を感じました。自分たちの信仰のため、人里離れた離島や山間部で生活したことに驚かされました。現在の日本の道徳性の問題について、無宗教や何でもやたらにお詣りする多神教が与えている影響を考えていました。宗教が希薄な所では、本当のところ道徳教育は難しいのかもしれないと考えていました。 ![]() ![]() ![]() ![]()
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