Mizu_Yukiの日記

2011年12月13日(火) 運命の日@旦那さんVer

私達、夫婦にとって2011年12月12日は忘れられない日となりました。この日は運命の日と呼んでいます(大げさ?)
そんな運命の日、旦那さんVerと奥さんVerを書きましたので2日に分けて掲載したいと思います★
↓以下長文
12月12日、妻が里帰りして最初の朝を迎えた。
独身時代の再来、少し気取ったのかお米を炊いてみた。
手軽な朝食を取り、冷凍食品をチンしたものをおかずとして
お弁当を作る。
「今日から自作の弁当ですよ、里帰りしましてね。」
職場に着いたわたしはこういってみせたのだ。
普通の業務が始まった。
今日は月曜日、憂鬱だ。
電話も鳴らない。先輩達は外出し私は留守番をしていた。
「お腹が痛いと言っていたけど病院には行ったのかな?」
「赤ちゃんが下がってきているとか言ってたな、もう近いのかな。」
パソコンに向かいながら何気なく思っていた。

11時半、公衆電話からの着信。
「誰?間違え電話か出先の先輩からの電話か」 
「はい、○○です」と出たところ「もしもし、あたし」

誰だ、聞いたことのある声。2,3秒で妻と認識した。

「あのさ、あたし、緊急に搬送されるみたい。
なんかね、もしかしたらいまから帝王切開で出しちゃうかも」

電話越しの妻は極めて冷静に淡々と話している。
わたしは状況の把握ができないでいた。
平凡な週初めの月曜日が、劇的に変わった瞬間だった。
(続く)











2011年12月12日(月) 運命の日@奥さんVer

カッコ良く奥さんVerとタイトルを付けてみましたが奥さんと言っても自分の事なんですけどね〜(笑)
↓以下長文
里帰りして1日目。原因不明の痛みに悩まされ結局寝れず。
痛みは夜中から早朝にかけて頻繁で日中は痛くないというパターン。
とりあえず産婦人科受診した。
この日は混んでいた。
早めに行ったにもかかわらず出産が2回入り、
その都度、診察ストップになっていた。
先生に痛みを訴えるも特別気にする様子もなく
『痛くて寝れないなら眠剤(睡眠剤)出そうか?』
と冷たい一言。
私は、その時、(眠剤とかそういう問題じゃない)と思った。
自分の身体は何となく自分で分かる。
でも出産に関しては初めての出来事だったので医師を信じるしかなかったのだ。
その後、血圧測定をした。
信じられない事に血圧が200を超えていたのだ。
看護師さんも機械の故障か何かだと思ったらしい。
5回程、計測しても数値が変わらず、医師は私にこう告げた。
『今から総合病院に行ってもらいます。受け入れ先を探します。旦那さんに僕が電話するから番号教えて』
一瞬何の事か分からなかった。ただこの血圧は尋常ではないという事が分かった。
結局、先生は受け入れ先探しに奔走し旦那さんへは私から電話したのであった。
受け入れ先が3回程、変更となり結局、アパートから近くのS病院に搬送される事になった。
普通、血圧上昇するとそれなりの症状が出るはずなのだが、血圧が200になっているというのに私は平気だった。
だからS病院には『母親の運転する車で行きます』と先生に言ったのだ。
しかし先生は『救急車を呼んだよ、来るまで横になっていなさい』と。
しばらくして救急車が到着した。近隣住民もガヤガヤしている。
特に気分の不快は無く歩いて救急車に乗った。

出発間際に先生が私の手を握りちょっとホッとしたような笑顔?のような表情で『頑張って!』と言った。重病患者を送り届けた安心感からの笑顔か?とも感じられた。
これが個人病院の限界だと思った。
救急隊員も色々聞いてくるが意識もはっきりしており答える事が出来た。
救急車には産婦人科の看護師も同乗していた。
私はトイレに行きたかったのを我慢していたので救急車が早く到着してトイレに行くことだけを考えていた。。。
(続く)



2011年12月11日(日) 里帰り

12月11日(日)実家に里帰りしました。
本当は実家には戻らない予定でいたのですが
原因不明の鳩尾(みぞおち)痛みが激しくなり里帰りを決意
何度か産婦人科を受診して訴えたんですけど医師からは
『前駆陣痛ですね、出産は安産ですよ、きっと予定日より1週間ほど早まります』と言われていたので私自身も旦那さんもそして身内もすっかり医師の言葉を信じきっていました。
夜は眠れず痛み止めの薬は効かず、そして頻尿で30分おきのトイレと言う悪循環。
車での移動は少しの段差、カーブだけでも痛みに耐え切れなかったんです。
実家の母も義母も『そのような痛みは経験した事がない!』と言っていたんです。
だからこの時に他の病院に行っていれば!とも考えました。
ただお産という特殊な状況下において他の病院での受診が出来なかった。
それも臨月で。
初産という事もあり陣痛がどのような痛みか分からなかった(医師の前駆陣痛を信じていた)と言うのも発見を遅らせたと思います。
これが約10日に渡る入院生活の始まりとなる事をこの時、誰も想像していませんでした。



2011年12月06日(火) 状況

とりあえず薬を飲んだ時間、様子などをメモしておいた
紙が見つかった。
入院するまでの数日分ある。
今、見直してみると、当時の痛かった思い出が蘇る。
そして、こうして退院できた喜びを噛み締めながらHP作成に取り組んでいます。
ヘルプ症候群になった一人として、記録に残したいと思ったからです。
1:45 痛み(+)ルテオニン服用。
3:30、5:00温かい飲み物を飲む。
7:00朝食 痛み(-)張り(+)
7:30ルテオニン服用。
12:50痛み(-)張り(-)ルテオニン服用。
19:30ルテオニン服用。痛み(-)張り(-)
22:00入浴、特に痛み無し。
23:50トイレ
日中は痛みが無いのである。これが不思議だ。
必ず夜になると痛みがやって来るのである。




2011年12月03日(土) 自費にて受診

朝から旦那さんに送迎して貰い産婦人科へ。
この日は自費。一部、保険がきいたのでラッキー♪
12月に入り急に鳩尾が痛み始めた。
こんな痛みは初めて。
痛みの事を医師に話したが取り合って貰えない感じ。
とりあえず赤ちゃんの様子を超音波検査で行うとの事で
30分くらい掛かった。
この検査で子宮が少し開いていると言われた。
医師は張り止め『ルテオニン』を処方してくれた。
最初はこの薬も効いたように思われたが、結局すぐに効かなくなった。
その後、次に受診したのが12月7日・・・。
悪夢のような4日間が始まったのである。



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