舌の色はピンク
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2007年04月29日(日) Sデレラ

むかしむかしあるところに、
とても美しい娘がいました。
娘には意地悪な義理の母と姉がいました。
来る日も来る日も継母たちにいじめられる毎日。
灰がかぶる姿を嘲って、家族は娘をシンデレラと呼んでいました。

しかしシンデレラはドMでした。
「ああッ!お義母様いっぱい私をなぶって!
お義姉様もっと私をなじって!
そして踏んで!」
シンデレラは理想の家族に囲まれ、
充実した毎日を幸せに過ごしていました。

ある朝、シンデレラがいつものように継母の命令に従い
さるぐつわをはめながら庭掃除をしていると、
姉が血相を変えて走って来、
シンデレラに強烈なジャンピングニーをかましました。
「ほうひまひは、おひょうはま」
「舞踏会があるのよ。なんでも王子様が参加なさるんですって!」
それが何故自分にジャンピングニーを
かます理由になるのかはわからないけども、
痛みが快感にうつりゆくにつれ
恍惚の笑みを浮かべるシンデレラでした。
「はひ」
「噂によると王子様はドMらしいのよ。ちょうどアンタみたいにね。
この変態。
だからね、アンタみたいな醜い雌豚に首輪をして登場すれば、
王子様に対して女王様の器をアピールできるでしょう?
ウフフどうかしら。完璧な計画でなくて?」
「おひょうはま、へんはい!」
「誰が変態よ! 役立たずの淫乱奴隷ふぜいが!」
本当はお嬢様天才と褒め称えたのですが、
さるぐつわのおかげで
一つ罵倒をいただけたので
相変わらずシンデレラはご満悦です。

さて、舞踏会当日がやってきました。
姉たちはシンデレラを放置して
先にお城へ向かってしまいました。
この放置を乗り越えなければ
女王の奴隷に認めてもらえない、
一種の試練とシンデレラは捉えましたが
ぜんたいどうすればいいのかわかりません。
くたびれて町を歩いていると
黒い衣装をまとったおばあさんがいました。
「アラどうしたい、今夜は舞踏会だっていうのに小汚い格好をして」
シンデレラは、小汚いというフレーズにうっとりしながらも
おばあさんに事情を話しました。
「よおくわかったよ。
お前がかぼちゃとトカゲとネズミさえ用意すれば、
あとはあたしが何とかしてやろう」
ネズミは私でいいですかとシンデレラは言いかけましたが
シャレにならないので素直に集めました。

おばあさんがブツブツ呪文を唱えると、
かぼちゃは変形して木馬に、
ネズミは皮を剥がれ縄に、
トカゲは口から火を吐く即席ロウソクになりました。
おまけにきらびやかなドレスまで貰っています。
「まぁ素敵。これでどんなプレイもばっちりだわ」
「ただし12時までだからね。
これだけに気をつけて、楽しんでおいで」
「待って、おばあさま。
せっかくですからもう一つ魔法をいただけないかしら」
「聞こうじゃないか」
「私、今夜はすごくドキドキしていて…。
このままでは粗相して、
お姉様たちに迷惑をかけてしまいそうですの。
舞踏会の前にこの被虐願望を……どうにか満たしていただけないかしら」
「満たすというと…」
「私に辛い仕打ちをしてくだされば本望ですわ」
「本当にいいのかい」
「どうぞ」
「でも、大変なことになるよ」
「ぜひ、大変なことにしていただきたいのです」
ブツブツ……


「まあ!あの綺麗なお嬢様はどなた?」
「美しい……」
「なんと華麗な」
舞踏会に遅れること1時間、シンデレラがお城に到着すると、
これまで静かに踊っていた貴族たちがざわつきました。
「シンデレラ!?アナタ遅いじゃないの、それにどうしたの似合わないドレスなんて着て」
怪訝そうに戸惑う姉を、シンデレラははねのけました。
「邪魔ですことよ、お義姉様。いいえ、貴女なんて岩ね。
その汚い肌も、重い体も、邪魔なだけの存在も、岩と呼ぶにふさわしいわ」
「なっ……!シンデレラ、あなた!」
「Sデレラとお呼び!」

なんとシンデレラは、
自ら望んだ魔法によって
被虐の嗜好を取り除かれてしまったのでした。
元々のM心を満たすには、たしかに酷な仕打ちです。
それどころかいまやシンデレラは
強力過ぎた魔法によりドSにまで成り上がっているのでした。
「王子はどこなのよ」
「あ、ぼ、ぼくです…」
「アナタが王子? ふん、くっさいわね!」
「あぁっ!」

持参してきた器具も効を発揮し、
王子はすっかりシンデレラの虜になりました。
しかし、気づけば時刻は12時を迎えようとしています。
「次に会うときまで私の足、指、靴の味を覚えておきなさいよ」
シンデレラは急いで城を去りました。
片方の靴がなくなっていることに気づいたのは家に帰ってからでした。

魔法の解けたシンデレラは姉にこっぴどく叱られました。
いつもならありがたく頂戴する罵りも、
どうしてかあの夜から心地良くありません。
痛みに喘ぐ王子の顔が忘れられないのでした。

数日して、王子は舞踏会で出逢った女王様を
ガラスの靴だけをたよりに探す催しを企てました。
関係ない女性ばかりが集い、
たまに靴のサイズが合ってしまえば狂喜の沙汰ですが、
さすがに王子もそれだけでは認めません。
「あぁ、ぼくの女王様はどこにいるのだ。早く出てきておくれ」
シンデレラは久しぶりに王子の顔を見て、体のうずきを感じました。
彼女はとうとう我慢しきれず野次馬から飛び出し
ガラスの靴を履きました。

「アッ、貴女は…」
「ふん、相変わらずくっさいわね」
「女王様ァー!」

「私の靴をお舐め!」


シンデレラ(Cinderella)とは
フランス語で灰かぶり(Cendrillon)という意味です。
長らくSとMとを潜在させる灰色――グレー状態にあった彼女は、
いま誰にも頼らずようやく本来の自分を見つけたのでした。
もはや誰にもシンデレラとは呼ばせません。
彼女はりっぱな女王様です。

地位、権威、そしてアイデンティティーを確立させた二人。
王子と女王さまは
いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。


Sデレラ  おしまい


2007年04月27日(金)

いい天気だったので
昼休みにサンドイッチと紅茶を持って
ひとり オフィスの屋上に忍び込んだ。

扉に立ち入り禁止の札はない。
しかし錠はかかっている。

立ち入り禁止は読んで字のごとく
「ここ入っちゃだめですよ!」というメッセージが伝わるけど
錠前に関しては
「乗り越えられるものならかかってこい」みたいな
挑発的なポーズと解釈できる。
もしくは試練的な。「勇者よ。」とかいって。いってないけど。
そんなこんなで僕はためいらいなく
挑戦錠、の扉を乗り越えたんでありました。


屋上から風にあおられて
見下げる都会はどうにも気持ちいい。
調子に乗って、最上にある
高架水槽が設置されているスペースまで行こうと
梯子を昇っているといよいよ怖くなってきた。
高いし。
その高さを堪能したくて振り返ってしまう。
危険だし。
病みつきになる。どうにも気持ちいい。怖い。
また晴れた日に来ようと思った。


2007年04月26日(木)

クリーニング店に衣服を取りに行ったら
タバコを渡された。
「この前忘れていってましたよ」
律儀だなぁありがとうございます。
「あと、これもかな。忘れ物」
と言って店の主人が緩慢な動きで提示したそれは
マックの割引券だった。
恥っず……。
(このガキときたらファーストフードの割引券持ち歩いてるのか
まさにザ・貧乏人
小生意気にクリーニングなんか調子コイてんじゃねぇよ
俺様の手をわずらわせるなよ コインランドリー行けよ
割引で浮いた金でアイロン買えよ
しかも俺様の店に忘れていきやがって ぶっとばすぞ
それともお前アレか マックに勤めてる男か
営業か 浅ましい 実に浅ましい そして嘆かわしい
俺様はマックなんかいかねぇよ
下層に生きる庶民野郎と一緒にすんじゃねぇよ
100円あったらマックへ行ってろよ
俺は100円あったら募金するぜ
それがノブレス・オブリージュ
貴族の義務ってやつだ
わかったらさっさと帰ってママのおっぱいでも吸ってな
サノバビッチ ノーフューチャー)
という声がたしかに聞こえ
僕は逃げるように店を去った。
割引券はコンビニのゴミ箱へかなぐり捨てた。
空が青かった。


2007年04月25日(水) ロックンロール曜日

毎日やりたいことが多すぎる。休みが待ち遠しい。
なんて言ってる間にゴールデンウィークが近いですね。
みなさんどうお過ごしでしょう。
こんにちは。

/

ていうか何、ゴールデンウィークとかいって。
そんなこと言ったら日本には
毎週一回はゴールデン曜日があるじゃない。
一週間が全て金曜になるような事態を連想させる言葉だ。

冗談はさておき
僕は木曜日が好きだ。
好きというか、別に何があるわけでもないけれど
いや、むしろ何もないというその特性……に強く惹かれる。

地味なくせして
黙って腹案練りつつ機を伺っているようなイメージ。
週という戦場に潜む伏兵的存在感に愛着がある。
ポジションもいい。
週末でもなければジャンプの発売日でもない。
そして何より、木曜のやつは水曜と金曜に挟まれている。
あぁ、水と金!
水、神が捧げし生命を育む潤いよ!
金、万物の高上たる気位の象徴よ!
比べて……木、木、木ときたら。弱い弱すぎる。
「自分、緑です」と自己主張したところで
土曜日における土が
母なる地球を連想させてしまう以上、
いかんせん太刀打ちし得るレベルではない。
せめて林曜日とか森曜日とか言ってくれたら
まだ荘厳の装いを飾れるのに、木曜日、ときた。よわい。
ここまで悲惨な木が
水と金に挟まれている現状を僕は看過できない。
彼の心情をおもんぱかると
同情、憐憫、哀切の念がとめどなく押し寄せるばかりなのであります。
好きですね。

なんていうんですか、
エロカワダサカッコいいから
エロとカワとカッコい、を引いたようなステータスが
木曜には備わっていると思う。
あんまりかわいそうなので
僕は今度からこいつをロックンロール曜日と呼びたい。
「木曜みたいなこんなやつのどこがロックなんだ。真反対じゃないか」
と思われる方もいるかもしれない、が、
かのウィリアム・ジェームズらが
哲学性を形而下に置いたプラグマティズムを
外界へ発信しようと組織するにあたって
敢えて形而上学クラブと名称付けたと同じ皮肉を込めて、
ロックンロール曜日を呼びたい。

あと1時間弱で今週もまたロックンロール曜日が訪れます。
天気予報によると東京では今週のロックンロール曜日は
久しぶりに晴れるもよう。喜ばしい。


2007年04月23日(月) 会話

「大丈夫ですか、たいへんそうですね」
 「あぁ悪いねぇ。いやー困るねここの駐輪場は自転車ばっかでよォ」
「本当ですね。まぁ駐輪場ですしね」
ガチャガチャ、ガチャーン ガシャンガシャン。
 「ふん! まったくこんな場所に止めるなってんだよなァ」
「ちょっとでも整うよう、管理人さんが移動させているみたいですよ」
 「だからって止めすぎだよなァ。あー、邪魔だな!
 どけろってんだよなァー どいつの自転車なんだか」
ガシャーン!
「僕のですね」

(20070423/れどれ×駐輪場整備員/西小山駅前)


2007年04月19日(木) おっちゃん、少年時代

今までアパートの隣が空室だったから
ガンガン音楽かけていられたけれど
とうとう新たな隣人がやってきた。
今後は控えないとなぁ。
でも気のいいおっちゃんで、
引越しの挨拶とともに大きな紙袋をくれた。
「これからよろしくお願いしゃす、へへっ、これどうぞ」
ワーオ実に大きい! 夢の詰まったサイズにワクドキ。
エーなんだろう ソバかな 果物かな ガサゴソ お菓子でもいーぞー
ガサゴソ って どぅ〜わ〜 ティッシュボックスの詰め合わせだぁ〜

びっくりした。


/


小学校のころ
タチの悪い上級生から河原に呼び出され
金を出せとせびられるも
必死で抵抗していたらボコボコにリンチされて
泣きそうになっているところを
近所の優しいお姉ちゃんが堂々参上し
「アンタたち何やってるの!」
と助けてくれる、
そんな妄想を抱いていましたが
僕はいじめられもしなかったし
近所にお姉ちゃんもいませんでした。
普通の少年時代でした。


2007年04月18日(水) 傘がなくたってしぬわけじゃねえさ

ネットつながったぜワーイ。
モデムに
モデモデ愛してるよって言ったら修復した。
安いやつだと思った。

/

僕の部屋には意図的にTVを置いていないし
新聞も取ってないし
昨夜の時点ではネットも繋げてなかったため
情報鎖国と化していたから
今日の天気が不可知であった。
iモードとかいうインフォメイションテクノロジイなんて
難しくて理解不能。
と思って夜中ワタャイアンくんに天気教えてもらった。
「明日は雨だよ」
ありがとうなんて良いやつなんだ愛してるぜと
存分感謝したきりすっかり満足して
本題の彼の言葉を全力で忘却した僕は
今朝 傘を持たずして家を出て
案の定帰り濡れまくった。
ワタャイアンは役立たずだと思った。


2007年04月17日(火) 知らぬがなんとか

あぁそういや掃除してて懐かしいものを見つけたのだった。

小5のときに転校をして、
1ヶ月ほど後に前いた学校のクラスメイト全員からの
お手紙が送られきたんですね。
もう思いきし「先生に書かされました」的な。

「そっちでもサッカー頑張ってる?」とか(当時サッカー少年だった)
「こっちでは展覧会があって楽しかったよ〜
――くんにも見て欲しかったなぁ」とか
まぁ無難なメッセージがほとんどだったんですけど

で 当時仲良かった友達にキクチくんていうのがいて
この男が、何といいますか
ムーミンのキャラクターにスナフキンているじゃないですか
ちょうど容貌も雰囲気もそのスナフキンに似てる彼なんですが
僕への手紙もキワだってたのでした。
「――くんへ キミの展覧会の作品は壊されたよ」
キ、キクチ…くん…
報告しなくて……いいし……!
そんな……悲しい、できごと……!

だいいち文章が小5のそれじゃない。キミて。
尋常ならざる書き出しで手紙を始めたと思ったら
その後は普通に普通の近況述べだしてるところにも
スナフキンならではの普通でないセンスが伺える。

キクチくんは虫眼鏡で蟻を焼いたりする
ちょっとあぶないやつでした。


2007年04月16日(月) サーディスティニー

外は寒い…
ネットはつながらない…
手袋はなくす…
傘は盗まれる…
タクシーにはプップーされる…
4時44分を見てしまう…
上司は名前を覚えない…
マジックハンドは全然マジックでもハンドでもない…
青信号は緑色…
ティッシュはティシュー…
小堺一樹のごきげんようの正式名称はライオンのごきげんよう…
思い出はいつの日も雨…
…外は寒い…実は家の中も寒い…

これだから人生はさいこうだ


2007年04月14日(土) 未接続

部屋の掃除をした。
窓と玄関を全開にして
吹き抜ける春の風を一身に浴びながら
好きな音楽なぞ聴いちゃって、
部屋よりも心がキレイになる。

/

とか書いてたらネットの接続が完全に絶たれた。
え、なんでなんで。
やいヤフー。なんで?
月のなかばたる14日の、
23時代に接続切れるって、
支払い滞り的なモンでは決してないし…
モデム、パソコン設定にも異常なし。
なんだこれは、ヤフーに嫌われたか。
一晩様子を見てもこのままなら
いよいよ本社に殴り込むしかない。
鉄パイプ持って腹にジャンプ仕込んで。
あーでも本社着く前に捕まるか。
地元で捕まる。それこそ目黒で捕まる。
ネット以前に、僕と社会との接続が切断される。
シャバの世とオフライン状態になる。

ていうか全然心キレイになってない。
なんのための休日だったんだ。


2007年04月13日(金) 桃対老

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
結婚して以来ずっと子宝に恵まれなかった二人は
いよいよ我慢ならず一念発起、
大胆極まりない行為の実践を決しました。
「わしが思うに興奮が足りないんじゃき。
ここらで一発かましたるじゃき。
外でハッスルじゃき」
「あらまぁおじいさんお若いこと」
「生涯現役じゃき」

さて二人が湖のほとりで行為に及んでいると、
大きな桃が
どんぶらこ、どんぶらこと風に流されてきました。
「こいつァ見事な桃じゃき。
でも今わしはおばあさんの桃に釘付けじゃき」
二人は桃を放っておくことにしました。
やがて桃がピカァと光りだし物音をたて始め、
幾分桃色が紅潮してきたような変化も見せましたが、
それでも二人は気にかけません。
いま彼らは全力で快楽に溺れているのです。
欲望の赴くままに運動していると、
その瞬間、衝撃波が二人を襲いました。
おじいさんは山の方向に、
おばあさんは川の方向に吹き飛ばされていきました。
「ウワアアアけんのんじゃき。こいつァけんのんじゃきいいいいい」

翌日村人たちは村長の家に集まり、
緊急会議をひらきました。
「犯人は湖に浮かぶ桃じゃき。
村長、桃退治はわしらに任せて欲しいじゃき」
「あらまあおじいさん、そのお怪我でもお口だけは結構ですこと」
おばあさんが横から割り込みます。
「第一どうやって退治するというんです」
「お前が子供を産んで…だな、強く強く育てれば…」
「あらあらまあまあ! 種無しがよくおっしゃいますわね!」
「なんだとう! おばあさんそいつァ一線じゃき!
離婚じゃき、離婚じゃきいいいいい」
勢いに身を任せその場で村長に離婚の届けを受理してもらい、
二人は袂を分かちました。

それから10年の歳月が流れました。
おじいさんは孤島へ移り住み、
日々肉体改造にはげんでいました。
桃を憎む復讐鬼になり果て、
理性は霧消し、
島の生き物をことごとく惨殺しては食べ、
肉のみならず骨にまでかぶりついているうちに歯は牙状に変して、
衣服といえば虎の皮を剥いで編んだパンツのみ、
返り血が頭部に付着したまま乾き黒くパーマをかけたような髪など、
異様な風貌をかもし出していることも相まって
人々から恐れられるようになりました。
たまに島から村へ戻ると
村人たちはおじいさんにへえこらして
金品を差し出してくるのでした。

おばあさんは村の若者と再婚しましたが、
三年目の秋に
働かない夫への不満が募って別れてしまいました。
その後おじいさんが金を持っている噂を耳にしたおばあさんは
彼の住む孤島へ向かい、
再び生活をともにしていました。
自分を裏切った若者への憎しみも高まり、
老化による弱体化を
トゲのついた金棒を持つことで補う悪鬼と化しました。
夫婦は長年連れ添うと容姿も似てくるものです。
いまやおじいさんもおばあさんも
まったく人間には見えませんでした。
ただし二人の顔色には大きな違いがありました。
常に憤怒しているおじいさんの顔面が
真っ赤に紅潮しきっているのに反して、
若者に裏切られたショックを
いつまでも忘れられないおばあさんの顔色は
不健康な青を帯びています。

ある日、犬と猿と雉を引き連れた子供が島にやってきて
二人は刀で八つ裂きにされました。
子供は金品を奪い、達成感に満足した笑みを浮かべながら、
二人に捨てぜリフを吐きました。

「お前たちのやってきたことは許せない。
村の人たちがどれだけ怯えたかわかっているのか。
でも、きっとお前たちにも事情があったんだろう。
哀れむつもりもないが、せん別にこの団子をやる。
これは僕を拾ってくれたおじいちゃんとおばあちゃんが
僕のためにつくってくれたきび団子だ。
あの優しい二人が僕を拾ってくれなかったら
僕もどうなっていたかわからないからな……」
刀についた血をぬぐい、きび団子だけを残して、
子供は島を去っていきました。

波乱に満ちた人生の最期を迎えた二人は
実に久しぶりにまともな会話を交わしました。
「……あの子供……なんじゃき……フフフハ、ハハ……。
なーんも知らんと…えらそうに………。
団子なんて……今更この怪我で、食えようはずもないじゃき……。
フフ……次に…生ま、れ…変わる…な…ら……
また…おばあさんと一緒に…なって…
ちょっとくらい…乱暴でも…
あんな、子供…が…欲しい、じゃき……」
「あら、あら…
おじいさん…そんな怪我をゴフッ
…怪我を、負っても……相変わらず…
お口…だけ、は、達者…ですこと……」
ようやく人間の理性を取り戻した二人の血色は、
それはそれは綺麗な桃色の肌をしていたそうです。


利己的な欲望は悲劇を生み、
不遇な悲劇は憎しみを生みます。
子供も生めずに憎しみだけを育てた二人は
いったい何を生み出せたというのでしょうか……。


桃対老   おしまい


2007年04月10日(火) しがつとおか かようび はれ

日かである五度ねをして
時計を見ると7時半になっていたから
いそいそとシャワーをあびた。
きもちよくて20分もあびてしまった。

でん車に乗ってたら
となりに立ってたおじさんが
クチュクチュ小きたなく口をならしていて
とてもふゆかいな気分に見まわれたため
ぶっとばそうかと思った。
思っただけで行どうにうつさなかったぼくはえらいと思った。

タイムカードをきってせきに向かうと
Iさんと目があったからあいさつした。
気気鵑魯瀬Ε鵐織Ε鵝覆欧た佑凌佑澄砲
もとマネージャーの藤原っていう人にかおがにてて
ぼくは心のなかで気気鵑鬟侫献錺薀侫献錺蕕辰討茲鵑任
いつもフジワまでよびかけて
気気鵑量召泙┐鮖廚そ个垢里砲ろうする。
ごめんねフジワラさん。
あっ、いや 気気鵝,瓦瓩鵑諭

今日のぎょうむは
かこに発行されたマンガのがぞうを
パソコンにとりこむ作ぎょうのくり返しだった。
マンガはちょうつまらなかった。
よほどやぶりさいてやろうかと思っているうちに
てい時をむかえたのでかえった。

かえりはより道して
うどんを食べた。
おいしかった。


2007年04月09日(月) チャップスってなんだ?

「ブッダチャップス」というフレーズが
突然脳内に発生し
僕はのたうちまわった。
どんな飴だ。
ブディストが僕をボコボコにしてもこちらからは全く文句いえない。

/

そういえば僕が通ってた高校って仏教系で、
それと知らずに入学してくる生徒も多く
僕もまた同じだった。
未知の衝撃にぶちぬかれた体験は少なくない。

ふつう授業のはじめには日直が
「起立、礼、着席」
と堅苦しくも美しい日本語の並びをもって
号令をかけてくれるところを、
我が母校においては
「起立、合掌、礼、着席」
だったりした。
お手手のシワとシワを合わせて、な〜む〜
そんな馬鹿な。

毎週月曜の朝礼では校歌の代わりに
お経みたいな歌を強制される。
そのメロディーラインといえば陰鬱極まりなく、
サビとおぼしき箇所においてすら
人間が発せらるる限りの低音の底に近い
歌声を響かせる楽曲構成には全生徒が辟易していていた。
一日の始発をきる朝、
しかも週が明けたばかりの月曜に
この上ないメランコリーを謡わされるのだ。
自ら仏に〜↓↓帰依し〜↓↓たてまつる〜↓↓
いやいや…。

/

でも仏教は嫌いじゃない。
どっちかっていうと高校を卒業してから
宗教学おもしれーなと思い
文献を渉猟した時期もあった。
とはいえ自身の姿勢は無宗教を貫いている。

ブッダチャップス。


2007年04月08日(日) 無題

温泉に行ってきました。一人で。

/

 春を前にして区内を離れ西東京へと家を越した知己が、頃日見慣れぬ土地を散策するうちに一つ温泉に入ってみたところ、極楽の意味を知ったらしい。余暇が許すならば是非足を向けてみるがいいと付け足された勧めを僕はいただいた。
 彼は湯の練達を自称している。僕は彼の言葉を信頼している。意義ある休日の過ごし方に断案を下すには条件が整いすぎていた。
 
 準備はほとんど必要なかった。タオルを袋に詰めてバッグに収めれば事足りる。しかし道程は片道3時間に渡る小旅行につき、適当な文庫本を本棚から一冊引っ張り出してジャケットの内ポケットに備えた。これで2分後に出発を控えた小旅行は磐石に至っている。
 東京最西端である奥多摩へ向かう青梅線には、どう日曜を過ごすとも知れない多くの他人で賑わっていた。知らない声がのべつまくなくやたらに響く。鈍く柔らかい孤独を感じた僕は少々居心地が優れない。しかし30分もして、車窓から覗く景色が緑で埋まる頃には、車内の人影もまばらに落ち着く。孤独は逃げた。トコトントコトン電車に揺られながら初めて訪れる土地を眺めるとフム何とも清々しい。雲影が太陽から空を横恋慕する姦計も、天気予報には反してどうやら失策に終始しているらしい展開の模様が伺えた。生い茂る緑から差す木漏れ日が草地に白髪をもたらしている美麗な様相などは、電車の平均速度を高めた科学の進歩をはばからず恨んでしまうほどだ。
 事実恨んでいると、願い通じてか、ダイヤ調整のために中途の駅で数分この早すぎる乗り物を停止させる知らせがアナウンスされ、しめたとばかりに僕は座席を立ちホームに駆け出した。
 季節の色気に快さを得て深呼吸により空気を味わっていると、頭上から風に乗った桜の花びらが降ってきた。触覚の機能を極限まで発揮して、国産のダイヤモンドダストを爽快に浴びながら、ふと胸元に異質の感触を覚えた。
「なんだ、いまさら」
 今の今まで文庫本の存在を忘れていた。とはいえ、元々は道中の暇を、感性と知識の拡充にあてる目論見の上で無為に逆らう解決法に選んだ所持品に過ぎない。
「いまさらなぁ」
 もう一度ひとりごちる。文庫本を要さずとも僕は道中の時間を感性の力学によって心地よく満たす企みに成功している。ならば我が文庫には伊達の号を飾りに与える認可が下りるだろう。伊達文庫氏には失敬して、僕は依然自然と戯れるとする。

 どれだけ到着を悔やもうともレールが敷かれている以上は電車は進む。やがて奥多摩に着いた。都会の象徴たる東京を連想してこの光景を想起する人間はごく僅かだろう。視界に広がる風景にも僕の目は山々をしか知覚せず、記憶に焼き付ける映像にちっぽけな無機物は捨象された。
 駅員に道を尋ね目的地にはスムーズに辿り着く。入浴料を払い、もどかしい脱衣を終えて、ようやく待ちかねた温泉に体を泳がせた。
 なるほど、知己の言葉の意味をここに至って知ることができる。いわく、極楽と。
 もしもこの世に湯学者なる偏狭な職業に勤めている者が現存し、湯加減という難渋な問題の正解を求めているならば、おしなべて当該温泉を訪れるべきだろう。べきだろうが、当初の目的は忘れるに違いない。職に就くとは社会を強かに生きる術であって、すなわち職務の追及を念頭に置いたごとき煩雑な思考は湯で洗われてしまう。
 ただ僕のような、骨髄が思考で支えられている特異な人間には、いくら邪な精神作用を除去する効能がある湯に浸かっていようとも、それの例外を実証せしめてしまう。流石に論理的な思考は省かれたものの、ぼんやりとしたイメージが追懐された。
 母親の胎内。
 生を全うするための努力の必要性が絶無であったはずの時分。安らぎの骨頂。ぼんやりとイメージ。いつまでもこの安らぎを維持したいと僕の物心は叫んでいた。

 まったくどれだけ生物が進化しようと、時の流れには抗う手立てがないのだから、哲学はとことん酷だ。時間制限に追われて湯をあがる。躊躇いは強いが、十二分の快感は得たゆえに理性を働かせ自分を納得させた。

 浴場前には休憩室と銘打った大広間があり悠々くつろぐことができた。名称付けるに休憩室とは皮肉なもので、たった今休むにも憩うにもこの上ない安楽を験じたというに、どうやら哀れな引き立て役を用意するのはドラマの脚本の上ばかりではないらしい。
 せっかくの引き立て役を嘆くままにするのも惜しいので、一服の時間を設けることで配役家の計らいに応じるとする。
 山と川と緑と空と雲と花と――自然を一望のもとに見渡せる席をさいわい確保できた。慣れた動作をもって安いライターで火を灯し煙を吐呑する。
 口内を通じて外気に触れた白い透明が中空を舞い、踊り、遊び、まもなく風景に同化する経過を観察していると、体が浮いた。
「魔法だ」
 魔法だ。
 なんだ、魔法はファンタジーの世界にのみ許されると反論の余地なき教育を施されてきたのに、ふん、こんなところにあるじゃないか。
 僕がこの革命的な真理を獲得した瞬間、魔法とやらの結実らしい浮揚感が不意に絶えた。
 火照った体は言語中枢を経る足労も煩わしいのか、はぁ、と間の抜けた吐息を脳を介さずに口から漏らす。
 僕は自身の吐息を耳で知覚して初めて、それがある呪文の換喩であることに気がついた。
 吐息は、帰ろう、と翻訳できた。

 魔法の杖が先端に灯す火を灰皿で殺せば、世界にひさしく血が通う。
 明日は伊達文庫のやつを愛でてやろう。
 ひとつ気楽な予定を講じた僕は、うまく愛でられたら文庫から伊達の名も撤してやるかともうひとつ予定を加えた。


2007年04月06日(金) ハロー オレはメシューナン

いま世界人口ってどのくらいなんでしょう。
中国がアレしてなければ65億人ぐらいでしょうか。
そしたら65億の人間は2つに分けられます。
カッコつけられる人間と
カッコつけられない人間です。

この広い世には
自ら醜態晒しちゃうぜ病という
奇病があるらしく、
まぁ今僕が勝手につくったんですが
まさに僕はその患者なのであります。 悲しいことに。

ふつう自分のかっこ悪いとこなんて
晒したくないはずなのに、
なにか失敗や過失を犯したら
吹聴せずにはいられないサガを背負っているのです。
人に指摘される前に自分で露呈しちゃえって心理?
それにしたって言わなきゃバレんのになぁ。

/

たとえば、僕の目はくさいのです。
いや実際確かめたことはありませんし
確かめようもないですし
人様から「オマエの目くせぇよ」との痛罵を拝受したことも
ついぞしてありません。
しかし悲しいかな、理論の上では
僕の目は人様に誇れるような目ではもはや決してない、
世間体に対する不具の状態にあることが導出されてしまのです。

理由はコンタクトレンズにあります。
正確にはレンズケースに満たす保存液。
この液体が、化学薬品の臭害とも認めがたい
得体の知れぬ珍妙奇怪面妖な刺激を嗅覚に訴えるのです。
よってこの保存液に浸けたレンズにも
その臭気が伝播することは必然の理でありまして、
あげく当該レンズを眼球に装着したらば
いかな悪状がもたらされるかは
以上の論理導引をもってすれば
当方が今また例の文句を反復する酷を犯す憂いを待つまでもなく
英俊たる皆々様の賢察により
まごうことなき確答を得られますでしょう。

でも反復しましょう。
つまり僕の目はくさいに違いないのです。
いわゆる目臭男(メシューナン)というやつです。
いわゆるとかいって僕が勝手につくったんですけど。
世界に何万人くらいいるのかな、メシューナン。


2007年04月05日(木) 「……盛り上がりすぎようぜ」

浅井健一ソロツアーDVD買った 見た 聴いた
かっけえええええぇぇぇぇぇ
っけぇぇぇぇぇぇぇ けぇぇぇぇ ぇぇぇーー……(残響音)
この人はいつまでもかっこいいなぁ。
映像見ながらのたうちまわりそうになった いやさ のたうちまわった
なんかのインタビューで
「昔の曲やりゃいいじゃん。ライブでも弾くよ。
ブランキー時代の曲だって今でも自分でかっこいいと思うしさ」
と言ってた通り
ブランキーも演ってくれている。惚れる。

それから
「危険すぎる」のサビにバックグラウンドで挿入されるエロボイスを
椎名林檎嬢(CD版)の代わりに
サポートメンバーの女性ベーシストがコーラスしていて
その姿といえば気だるさ100%。惚れた。
林タバサさんというそうな。自身でバンド活動もしてるらしい。
アルバム買おかな。

/


冗長な話をします。


世の中にはアマノジャクと称される人間が、いる。
あまり好きじゃない。
やたらマイノリティを求めたり
流行りに逆らったり
「オレは流れにのらないぜ」と自己主張してるような方々が。

実際アマノジャクは流れに全然逆らえてない。
すでにある流れ、を見定めてから
その逆を行くことで「自分」を保とうとするなんて
まったくかっこう悪いと思う。
まず先に「カッコたる自分」があれば、
世間の流れがどうあれ関係ないわけだもの。
もともとの自分の主張がたまたま世間の流れと逆だった、
とあらば認められるものを、
世にひしめくアマノジャクはちょっと勘違いしてるように見えて
はっきり言って不愉快だ。
似た理由で「変人」「狂人」に対して
逆説的な憧れを抱いている人もいただけない。

アマノジャクについて一括りにしてしまいつつ
例外については述べぬままにします。
こういった論述では
一般と百般の差異なぞ言わずもがなでしょう。

/

とはいえ僕は小学校2年生までアマノジャクだった。
学級会かなにかで
「みんなは、好きな予定と嫌な予定があったらどっちを先にする?」
みたいな論題が挙がって、
「嫌なほうを先にかたづけて、
お楽しみは後にとっておくほうが良いです。
給食でも、嫌いなものを先に食べて
最後に好きなものを食べたほうがすっきりします」
といった意見を誰かがのたまうやいなや
クラスメイトのほとんどが
フムたしかにそうだ
と付和雷同し始めたことに
僕はひとりムカムカしてきて
何も考えず「僕は好きなことを先にします」と手を挙げた。
「どうして?」
「うーん……」
「なんで?」
「えーと……。たとえば、嫌なことを先にしたとき、
好きなことをする前に何が起こるかわからないからです。
いきなり大地震で死ぬかもしれないし。
そしたらソンだと思います」
「(えぇー……)」

クラスメイトの視線はともかく、小2にしては
あながち即座一蹴することもかなわぬ意見であったとは
いまだに自負しているものの、
このとき
(多数派を敵にまわして自分の立場をつくってから
意見をノべたってこんなん茶番じゃないか)
と自己嫌悪した。

以来、徹底して流れに対する自分を意識している。
僕だって流行りは好きじゃないけれど、
徹底と飾る以上は流れを察知することも肝要と思う。

/

ナンとかカンとか小偉そうに述懐してみたところで、
3年ほど前QUEENのアルバムが買いたかったのに
当時プライド(ドラマ)の主題歌の影響で
QUEENの国内人気が高まっていたために
「ここで買ったら俺ミーハーみたいだ」
なんて踏みとどまったこともあったりと、まだまだ……。
精進が足りない。がんばります。


2007年04月04日(水) ろくなもんじゃない

いま誰と一番連絡を取り合ってるって、
12歳の女の子、だ。
ロリペドじゃないですよ マジで いやマジで。
いとこなのです。
恵比寿や白金に憧れている
ずいぶんマセたオシャレッ子で、
とめどなく
オトナ的話題トーキョー的問答をメールしてくるため
応対してやっている次第。
『質問ばっかりしてごめんね……』
かわいらしいじゃないの。

しかし僕はオサレに一直線な子供は大嫌いだ。

/

芸術とは感性を発揮して無価値を価値に転化させることだ、
と僕のなかで定義していて、
絵画でも音楽でも文学でも勿論だし、
詩やデザイン(ファッション含む)も、
笑いもこの定義にあてはまると思う。

松本人志が幼少期、
貧乏の家に育っただけに
満足できるだけの玩具を与えられずに
「この環境でいかに遊ぶか」
を自分で考え独自の遊戯を追及していったことが
後の笑いの骨格を養うに繋がっていたとは
有名なエピソードだけれど、まさに。

子供が既成価値に物欲を抱くのはしかたないにせよ、
それが容易く成就してしまうとは悲しいばかり。
服に代表されるファッションなんて
子供にとっては
あらかじめ値打ちの見出し方が画一されている
悪質な思考停止システムだ。
感性の育みには邪魔なだけじゃねぇのかあぁ熱くなってきた。
服は夜脱ぐために着るのだとは村上龍の弁。
こんなんも子供は絶対理解しえないし。せめて二次性徴を待て。
仮に言葉の上で呑み込めたとしても正確に解釈できるわけない。
子供に化粧をさせる親は
彼らの顕示欲を満たす以上に
子供の可能性を略奪している危険をわきまえてるの?
誰かの所為にしたいか知らないが
ちゃんと教育して叱ってくれ。


2007年04月02日(月) 初めてのひき逃げ

そういえばこの前車にひかれた。
そういえば、で済む問題でもないんだけど
まぁ無事だったんで。

ひかれたってーよりは踏まれたのだ。
狭い路地で無防備に片足を伸ばしていたら
強引に曲がり角を攻略してきた時速2kmくらいの車に
小指のあたりをギュムゥー……っと。踏まれた。
時速2kmくらいの車に。かっこわるい。

にしても車だ。
一般的には重いとされている、あの。車。
その痛みたるや
絶叫、悶絶、卒倒……を免れえない……
くらいのレベルに達していたらよかった、いっそ。
実際は
「あ、車にひかれてる今。今現在。今朝。
痛いし。重いし。ひかれてるし。
これって交通事故になんのかなぁ」
などと無表情で感想する程度の
中途半端なぬるい鈍痛にすぎなくて
ある種の喪失感があった。

いや、大事に至らなくてよかった。
20分で治まる苦痛で
貴重な体験ができたと思う。


れどれ |MAIL