<日刊 岡村>
DiaryINDEXwill


2003年02月28日(金) 病院に駆け込みました 

 JR古淵駅で早朝駅立ちを実施。ところが8時を過ぎた辺りから、ノドに痛みが走り血の味がする。少しノドが切れてしまったようで声もかすれる、うまく口も廻らない。早速、病院に駆け込むと

先生:「ああー、声帯が真っ赤にはれ上がっていますね、1番良いのは大声でしゃべらないことだね」
私:「そんな殺生な」
先生:(にやっと笑いながら)「お薬出しておきます」 

夕方の駅立ちをやろうかやるまいか悩むも「やろう!」と思い駅に向かう。駅には「メーリングリストを見ました」とわざわざ三鷹からボランティアのTさんが飛び込みで来て頂いており、「ああ〜、やって良かった」と思う。演説の最後くらいになるとやはり声がかすれて聞き取り難い状態であったかもしれませんが、満足しています。


2003年02月27日(木) 強風の中、ご苦労様 

 本日は小田急相模大野駅で朝と夕方ビラを配布いたしました。夕方は繁華街とは反対方向(相模大野病院がある側)の南口でやったのですが、今日はわざわざ松戸市から駆けつけてくれた早稲田大学の学生のM君を筆頭にその友人I君・S君と言う心強い助っ人登場。

 しかし、いささか人数が多過ぎ秋山君とM君には北口でビラ配りをやってもらう。ところがスタートしてから30分もしないうちに北口の方から「アメリカのイラク攻撃はんた〜い、有事法制絶対阻止!」との絶叫が南口にいても大きく聞こえてくる。

 秋山君達ビラ配りやり難いだろうな〜と思っていると演説が終了した後「いやー僕達も市民団体の人達のビラ配りと勘違いされて苦労しました」とは秋山君の弁。おかげさまで過去最高の「週刊岡村」配布枚数を達成できました。わざわざお越し頂いたFさんも含め皆さんご苦労様でした。


2003年02月26日(水) 世の中が変わらない理由 

 今日、私の住まいのある最寄り駅JR淵野辺駅で早朝駅立ちをやろうとして先に来て準備をしていたら後から某革新政党の現職議員の人達がやって来てところこんなやり取りがありました。

私:「今日は悪いですけどマイクを使わせて頂きます」
相手:「いや、そりゃ困るこちらも使うから。20分交代でやりませんか?」
私:「いえ、私はそう言った調整を一切やりませんから」
相手:「あんた、そう言った調整を覚えた方が良いわよ」
私:「ですからそう言ったことはやりませんから」
相手:「どうしてあなたはそう言う挑戦的な態度を取るの?」
私:「挑戦的ですか?何れにせよ、そう言った事はしません」
相手:「良いわよ、勝手におやんなさい」
私:「やらせて頂きます、済みません」
相手:「済みません?私は許してないわよ!」
私:「・・・」

 相手方は後からやって来てしかも自らの挨拶は一切なし。しかしそれでは仁義も何もないだろうとこちらから挨拶をすれば上記のような按配(あんばい)です。「調整」とは言いますがもしこれを建設業者がやったら「談合」です。談合を糾弾する側がこんな談合みたいな事をやっていて良いのかと思いました。

 そして案の定、こちらもマイクを使って話し出すと音量がカブって通勤の方が迷惑そうな感じでしたので反対側の出口に移ることにしました。すると既に他の政党の方がやっていたので思い切って隣のJR矢部駅に変更してやりました(結果的には結構ここで取って頂きました。取って頂いた方ありがとう御座いました)

 夜は夜で又、こちらが先に来てやっていると後から街宣車で乗り付けフルボリュームでがなりたてる。そしてあまつさえ、「御通行中の皆さん、こちらはルールに則ってやらさせて頂いております」とのこと。でもそのルールとは何でしょう。

 彼らは20分交代でやれば「平等」だとでも思うのでしょうか?同じ時間やれば「現職」と「新人」では「現職」が有利になります。「新人」同士でも同じ時間やれば「組織」をバックに持った方が有利になります。だから組織もコネもない新人の私は早く起きて駅に行く訳です。

 それを勝手なルールとやらで制限されればいつまで経っても新人が出てくる機会を逸する事となります。そしてその結果が日本各地の高齢化した市議会・県議会・国会に現れています。そして議員・首長など政治家の高齢化により、政治は活気を失い現状肯定を繰り返しいつまでも経っても世の中は変わらない。

 私はそんな世の中にうんざりして「変わらないなら、自ら変えてやる」との志を立てて今回の決断をしたんです。今後もこう言った形での「調整」はやりませんし、こう言った人達が何をしようとひるむ積もりもありません。


2003年02月25日(火) がんばりましょう、松沢さん

 ぎりぎりの配布枚数しか持たずのJR相模原駅での早朝駅立ち。やはりわずか1時間ちょっとでビラがなくなりその時点で断念。ビラ切れが一番のラッシュ時と重なり多くの人が前を素通りして行くのを見るととても悔しい。丁度通りかかった顔なじみになった通勤の方が「これからビラまきですか?」との言葉がブスリと胸に突き刺さる(笑)

 ところで4月の神奈川県知事選で自民党が宝田良一氏を擁立したようですね。まぁ、個人的には民主党(離党済み)の松沢氏の方を支持いたしますが、こればかりはフタを開けてみないと判りません。がんばりましょう。


2003年02月24日(月) 北山村と情報公開 

 本日の朝は散々(今日の秋山君ご参照)でしたが午後は女性ボランティアのOさんも参加。2人でJR橋本駅にて「週刊岡村」を配布してもらう。やはり2人で配布するだけあって結構配布枚数がはける。

 23日に最低限の枚数しか印刷しておらず、そこに加えて朝、100枚も水浸しにして台無しにするハプニングもあり、急遽印刷しようと演説後に業者さんの所に駆け込むも早仕舞いしたようで閉まっており、印刷出来ず。コンビニのコピー機で印刷すると「週刊岡村」はA4裏表印刷の為わずか50部刷っても2倍の100部の料金(1,000円)もかかる。明日のJR相模原駅の早朝配布分は足りるかな?足りないだろうな〜。

 それと三重県内に存在する和歌山県の飛び地・北山村の去就が注目されていましたが和歌山県内に留まったようです。それにしてもここでも情報公開に積極的でない行政の対応が挙げられており、改めて情報公開の必要性を痛感させられました。

北山村ホームページ:北山村とは
http://www.vill.kitayama.wakayama.jp/profile.htm

Mainichi INTERACTIVE:北山村合併問題 23日、住民投票 住民「情報公開不足」
http://www.mainichi.co.jp/area/wakayama/news/20030216k0000c030001000c.html

Mainichi INTERACTIVE:北山村住民投票 新宮市・熊野川町との合併選択 歴史的つながり重視
http://www.mainichi.co.jp/area/wakayama/news/20030224k0000c030001000c.html


2003年02月23日(日) 明日も忙しくなりそうです

 朝から相模大野方面でポスティング。あっと言う間に約600部がなくなってしまう。午後からはずっと遅れていたデーター一覧を更新。打ち合わせのためホームページの管理をして頂いているプログラマーの先輩と打ち合わせ。終了後、今度は「週刊岡村」第4号の編集・印刷。

 しかも夜になってカンパがあった分の金額を見過ごし、通帳金額と利用明細の金額の不一致が判明。印刷した500部全部手書きで訂正(1.5日分の配布枚数しか印刷していなくて良かった)めまぐるしく忙しい1日でした。




2003年02月22日(土) 明日も忙しくなりそうです

 昨日とうって変わって今日は気温が低く、かなり寒い。ポスティング用及び週末配布用にビラを1,000枚程度印刷。午後から小田急相模原駅にて街頭演説&ビラまき。今週も新宿からSさん・Jさん、そして松下政経塾を仲良く一緒に落ちてしまったOさんも横浜から駆けつけて頂き、秋山君と合わせて4人で「週刊岡村」を配布してもらう。

 おかげで過去最高の配布枚数達成。今日も気分良く安眠。明日には「週刊岡村」第4号を編集せねばならず、そして印刷・・・。明日も忙しくなりそうです。


2003年02月21日(金) 女性ボランティア現る!?

 本日はJR古淵駅でビラまき&演説。今日はネットによる心強い知り合いのSさんが、わざわざ新宿から出社前の時間を活用してビラまきを手伝いに駆けつけてくれました。「地盤・看板・カバン」がない私にとってこのように地区外に住んでいる方の支援も活動の強い支えになっています。かつて長島一由氏(現・逗子市長36歳)が鎌倉市議会議員選挙そして最初に逗子市長選挙に挑戦した時の事をほうふつとさせました。そう言えばあの頃自分も何もお金も出ないのに毎週土・日になると手弁当で駆けつけたなと少し懐かしく思いました。

 ところでしばし懐古にふけっていると某政党の方が来られ、「ここは毎週私達が駅立ちをやらせてもらっている、今日は20分交代でやらないか」との申し出がありましたが「私は新人ですのでそのような調整は一切致しません」「もし何でしたらお隣でやって頂いても一向に差し支えありません」と回答。こちらは政党の看板があるわけでもなく、親が金持ちでもない。自分も会社を辞めて結果がダメなら親子3人路頭に迷うだけなんです。つまり全く後がない状況にあるわけでそんなところにそのような談合じみた「調整」の入る余地は全くありません。

 それとうれしかったのが女性からボランティアの申し出があった事です。涙が出るほどうれしかったです。なぜなら女性が入ると男性と言うのは自然と集まりだします。これを世間では「男の悲しい性(さが)」と言います(笑)

 これは自分が大学の時、潰れかかっていた大学のサークルを立て直した時の手法もこれですし、立証済みです。平成8年長島逗子市長が衆議院議員選挙に出た時も当時秘書を務めた北村さんが合コンで知り合った女性に片っ端から電話しまくって女性をそろえたとの苦労話(?)を聞きましたが、うちの秋山君にそこまでを期待するのは「あまりに酷な話」です。ですからそう言った申し出は大・大歓迎です。

 もう一つ帰り際に「週刊岡村」のバックナンバーありますか?と聞いてくれた女性の方、用意していなくて済みませんでした。今度、準備しておきます。と言ってももしこのページを読む環境にあるなら「週刊岡村」はこのサイトで見れますけどね。「週刊」なだけに「習慣」にまでして頂きたいなと。面白くなかったですか?今日はこれにて失礼します。


2003年02月20日(木) ショックだったこと

 朝、起きると小雨が降っており天候が悪そうだ。今日は相模大野駅にて駅頭演説&ビラまき。演説していても横合いから寒風が容赦なく吹き付け、しかも小雪までちらつく始末。顔はこわばる、手はかじかむ。口も段々とろれつが廻らなくなってくる、何とも言えない拷問のような2時間半。終わった後の暖かいコーヒーを飲んだ瞬間は本当に生き返った気分でした。

 しかしショックだったのが同じ場所でこれまで一貫して「週刊岡村」の配布枚数を増やしてきたが、相模大野駅では初めて先週より配布枚数が下回った事です。なにぶん、現在のところ自分の主張がどこまで受け入れられるものか、そして反響があるか判らず「週刊岡村」の配布枚数だけがそのバロメーターでもある訳です。

 まぁ、小雪までちらつき傘とかばんで通勤の人達の手がふさがれてビラが受け取れなかった可能性が高いとは言え、減った事は事実で明日から更に頑張ります。


2003年02月19日(水) お金が掛かります

 今日は朝JR淵野辺駅でビラまきをやった後に鹿沼台・共和地区を中心にビラのポスティングを行ないました。4時間以上も歩きづくめだと段々足がおもりのように重くなってきて棒のように固くなる。そして頭も痛い・・・。一体俺はここで何をやっているのだろうか?と言う気分になって来る。配布を終えて家に帰ってくると休む間もなく、夕方の駅頭演説。しかしここでまたしてもハプニング(詳細は今日の秋山君ご参照)。

 どうしようかと思案の上、夜は「週刊岡村」の印刷に時間を充てることにする。と言うのもこのところ「週刊岡村」の配布数が段違いに増えてきており当初の予想枚数を上回っており、残部があと1回朝に配布したらそれで終わりと言う状況にあったからです。

 とりあえず1,000枚印刷する。これとて支出がバカにならない。紙代は一枚56銭。印刷代は印刷業者の方にお任せするとA4サイズ裏表で2円50銭程度かかってしまう。つまりビラ一枚のコストは約3円。受け取った人が捨てるのは簡単ですが、その一枚にもコストがかかっています。とにかくお金がかかります。


2003年02月18日(火) 恐るべしマイク合戦

 朝JR相模原でビラを配布。某政党の方達の演説とバッティング。先方のマイクの音量に幻惑され、無意識のうちについつい声を張り上げ過ぎていたようで終わった時かすかにノドに痛みを覚える。案の定、夜同じJR相模原駅で演説したところ1時間を経過すると声が相当かすれてしまい、演説を途中で断念。恐るべし、マイク合戦(笑)

 そしてかねてよりメーリングリストで知り合いであるFさん。今日もわざわざ遠方の練馬から2時間もかけてビラまきのために来て頂く。本当に頭が下がる思いです。私の場合、人数は少なくても思いを一つにする人達のボランティアでの戦いです。ですから演説&ビラまきが終わると「さっ」とクモの子を散らすようにお手伝いやアルバイトの人達が帰ってしまうこともありません。実にありがたいことです。


2003年02月17日(月) 朝からハプニング

 今日は朝からハプニング(内容は今日の秋山君ご参照)。夕方は自分一人でもビラが配布できるよう小型の椅子にプラスチックケースを用意。そこに「週刊岡村」を入れ、通行する人が自ら取って行けるようにしたものの、風が強く何度も風に煽られビラが空中に舞い、遂に断念。結局、演説のみに終わる。


2003年02月16日(日)

 午後から川崎のKSPホテルにて 元衆議院議員で現在横浜市長の中田宏氏による「新春の集い」なる懇親会に出かけてきました。そこで中田市長は「盲信はいけない。中田だからとか○○さんだから支持するとかしないとか言って盲信して決めるようではダメだ。結局そういう態度がここまで日本を悪くしてきたのです」と言っていました。私もその通りだと思いました。

 それともう一つ中田さんが仰っていた事で笑いつつも非常に共感を覚えたのが、「最近良く言われるんですよね。いやー中田さんあなたのことをずっと以前から応援していましたよって。でもずっと以前から応援していたのならなぜもっと早く駆けつけてくれなかったのかと」ちょっとブラックなユーモアが効いていて会場を沸かせていましたが、それでいてまさに政治の世界に飛び込もうとする者にとって「ずしり」と来る言葉でした。

 政治を志す者が本当に求めているのは実際のところ百の「応援する」と言う言葉ではなくたった一回の駅立ちのビラ配りであったりポスティングの手伝いであったりする訳です。(勿論応援すると言う声もありがたいことには変わりませんが)選挙が終わってから「いやー応援していたよ」と言われても時期外れに送って来られたお中元・お歳暮に近い感覚があります。

 政治に興味がなければそれまでの話ですが、もし少しでも「政治の現状を変えたい、良くしたい」と思うなら別に私と言わず自らの望みを託すのにふさわしいと考える政治家又はそれを目指す人間の手伝いを休みの日の空き時間などを使って手伝ってみてはどうでしょう。面白い体験になると思います。生意気を申しましたが、私の正直な気持ちです。


2003年02月15日(土) 秋山君を宜しくお願いします

 今日は小田急相模原駅での駅立ちの日。小田急相模原駅は私が駅立ちをする場所の中で最も反応の良い駅の筆頭に挙がります。(ホームタウンのJR淵野辺駅も良いですが)買い物帰りの主婦の方々など中には気さくに話しかけて来られる人達もいて実に気分が良いです。小田急相模原駅は立地上、駅のすぐ隣が座間市と言う事で「私、座間市民ですから」と言う方も多くおられますが「お友達にお知らせ下さい」と「週刊岡村」を配布させて頂いています。



 今週もわざわざ新宿からネットを通じた知人のSさんと女性のJさんが駆けつけてくれました。1円もでないのにわざわざ遠方から来て頂き、本当にうれしく思います。とりわけSさんはビラ配りも初めてとは思えないぐらい上手に配られます。Jさんはビラ配布より話して相手を引き込む感じで配布されます。

 秋山君はと言うと大分、上手になってきたとは言えSさんより配布枚数が少ない。「10日間のアドバンテージはどうしたんだ」と思いつつ演説しながら、彼に「ああした方が良い、こうした方が良い」と時に厳しく言うので、その場面を見た通行人の方はびっくりされたりします。

 でも後でどうこう言うよりその時、その時で注意した方が良いと思っております。彼も政治家志望と言うならそれなりにしっかりしてもらわないといけません。もしそんな場面に出くわしたら、後で彼を励ましてあげて下さい。


2003年02月14日(金) 懐かしい思い出

 相模原市議会の民主党・寺崎雄介議員からご友人を紹介される。相模原市政を目指すにあたり現職の議員で寺崎さんと自由党の長友克洋議員には最初、年齢が近い(現職46人中、20代はゼロ・30代はその2人だけ)ということもあり今回挑戦するかどうか判断に迷っていた時、2人にお会いし最終的に決断してからずっとアドバイスを受けっ放しです。いずれにせよ「若い力で共に変えて行きたい」と思います。



 ご友人の方は会社(みずほ銀行)の関係者の方でしたが退職されたと言う事で、まぁそれなら問題はないだろうと思いました。なにしろ職業柄末端の行員は「政治と宗教はタブー」でしたから長島一由逗子市長や井手拓也藤沢市議会議員の政治活動を手伝った時は「見つかったらクビだよな〜」と結構ドキドキしながらやっていたことが思い出されます。

今となっては懐かしい思い出です。


岡村まさお