まいあ復活
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2006年06月10日(土) 出産〜その2〜

なんの都合でか理由でかわからないけれど

陣痛促進剤は一度やめて

また朝にはじめるとのこと。



旦那とはまだそこでお別れで

私は分娩しつに両足を広げたまま

また一人残された。


・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・。


私はこのまま朝までこの状態なのでしょうか?


様子を見に来た看護婦さんに聞いてみたら

隣の分娩室はベッド型なのでそこに移りましょうかと

言ってもらえてひと安心したのもつかのま

麻酔で下半身に感覚のない私

いったいここからどうやって移動するのでしょうか?



看護婦さんに支えられながらなんとか

持ってきてもらった車椅子に乗ったものの

隣のベッドにどうやって

移るのでしょうか??


妊娠して15キロも体重を増やした私と

妊娠前の私よりもあきらかに小柄な看護婦さん。



「首につかまって!」

「はい」



看護婦さんの首に両腕を回し

車椅子から持ち上げられた私。



そこから身動きできずに

看護婦さんは数秒で力尽きた・・・。



床に両膝と手をついたまま動けない私に

もう一度車椅子に乗るように支持する彼女。


車椅子につかまるが

点滴の針だけはささったままの私の腕もだるくなって力がはいらず

どうにもこうにも動けない。



「自分の体重、自分で支えられないの?」



看護婦さんの言葉に

ただただ「すいません・・・」としかいえない私。



どうしてこんなに情けない気持ちにならないといけないのでしょうか?



その後呼び出された

妊婦の私より体格のいい看護婦さんに支えられて

どうにかベッドに乗ったのだけれど

すっかり気持ちが折れてしまった私にとって

それから朝までの時間がとてもながく

ナースコールを押さなければ誰も来てくれない

その分娩室でとても寂しく

出産ってこういうものなんだろうか・・・なんて考えてしまった。



天井にはリラックスするための光の映像がうっすら映し出され

これまたリラックスするための穏やかな音楽が流されていたけれど

私には全く効果なく

麻酔で少し眠ってみて起きては時計をながめ

時々襲ってくる陣痛にまた麻酔をしてもらっては

眠って起きて時計をまた眺めての繰り返し。


もうほとんど全身に力の入らない私は

体を動かすこともできず

同じ姿勢のままベッドに横たわり

何もする事がなく

前日の夜から何も食べていない私は

お腹だけは減っていて

食事を催促したら

看護婦さんに微妙な表情をされた。



明け方

麻酔が聞いてる時間が段々短くなってきて

今度は骨盤あたりがギシギシ痛くなってきて

どうにかして欲しいとナースコールを鳴らしては

「骨の痛みはどうにもならないから」

と帰られてしまい

あまりにも痛くて呼吸法を無視して

ただ息を止めて我慢していたら

「赤ちゃんの心拍数が下がってるから!」と怒られ

泣きたい気持ちを我慢して

赤ちゃんの心拍数が下がらないように

ヒーヒーフーフー言いながら

ついでに陣痛促進剤も再開され

嬉しいことに子宮口も開いてきていると言われ

なんだかよくわからないうちに

「今から産むよ」と言われ

お腹を2人の看護婦さんに押されながら

私も思いっきりふんばって

ふんばって

ふんばって

目をつぶってふんばっていたら

頭を持ち上げられ

「もう出てくるから!」

と言われ

目をあけてふんばってみたら

私の足の間から

ニュルンと

赤ちゃんが出てきた・・・。





数秒後

「オギャ〜」

と聞こえた・・・・。











TV見たことがある。

出産後の母親が赤ちゃんを横に置き

感動の涙を流しているのを・・・・。






私は顔を両手で覆い

声を上げて泣いた。






無事に出産を終えた安心感と

不安で寂しかったあの長い夜を吐き出すように・・・。





もう二人目なんて産むもんか〜!!!


2006年06月09日(金) 出産〜その1〜

2004年の夏

出産予定日1週間前の朝

いつもより早く

6時前に起きた私はトイレにいったら

突然破水した・・・。



少量だったので

最初はもらしちゃったかと思ったけれど

2回連続だったので

これはもしや・・・と

半分動揺

半分冷静な私。



旦那とその時泊まりに来ていた旦那の姉は

まだ寝ていたので

とりあえず

実家の母親に電話して状況を説明。



「病院にいったほうがいいよ。」

というので

今度は病院に電話してみたら

「今から来てください」

というので

準備していた「入院の荷物」を片手に

旦那を起こす。



「今から病院いくから」

という私にわけがわかっていない旦那だったけれど

ゆっくり説明している心の余裕もないので

タクシーを呼んで病院に向かった。



診察してもらったら

やっぱり破水ということで

「このまま入院しますから」と言われた。

旦那もここから先はついてこれないと言う。



妊娠中かなりぐうたらしていた私は

母親学級となるものにも一度も行かず

ここの病院についてもあまり詳しく聞かないまま

どうにかなるさと思ってその日まできたので

いざ出産となったら

このあと私はいったいどうなるのか

ただただ不安だった。



赤ちゃんがまだ下にも下りてきていなくて

子宮口もほとんど開いていなかった私は

陣痛も「ちょっとお腹痛い」くらいで

この先時間がかかりそうだし

でも破水したからそんなに時間もかけてられないと

陣痛誘発剤を飲み

陣痛促進剤とやらの点滴をさせられた。



その後手術台みたいなのが置いてある部屋に連れていかれた。



もうここで産んでしまうのか?

とドキドキしていたら

無痛分娩を希望していた私に

その処置をするとのこと。



腰の当たりから細い管を入れられた。



その後

陣痛室に戻った私にいよいよ陣痛がおそってきた。

「う〜〜ん・・・う〜ん・・・」

とうなっている私に

カーテン一枚挟んで隣のベッドにいた他の妊婦さんに

「うるさい・・・」と言われた気がしたのは

ただの私の勘違いでしょうか。


それだとしても

痛みがおさまるわけでもなく

ただひたすら我慢していたら

看護婦さんがやってきて

「無痛の薬入れて欲しかったら言ってくださいね。」

って・・・・

それを早く言ってくれ・・・。



早速腰の管に注入してもらった無痛の麻酔は

効くは効くはで

あっという間にお腹の痛みがとれていった。



腕からは陣痛促進剤の点滴を打ち続け

麻酔がきれたら陣痛がまた襲ってくるので

腰の管から薬を入れてもらい

途中

分娩室に移動した私は

両足広げながらもその状況が続き

時々看護婦さんが私のアソコに指を突っ込んで

「まだまだね・・・」

と言って立ち去っていく。



まだかまだかと思っているうちに

夕方になって

院長とやら人が入ってきて

ついでに旦那が呼ばれ

「今日はとりあえずここで中止にしましょう。

 また明日の朝に再開しますから。」

って・・・

私はいったいどうなるの?


2006年06月08日(木) 夫婦

夫婦ってなんなんだろう・・・

私は夫婦ならいい事も悪い事も共有したいと思ってる。

だから旦那には小さな事でもなんでも話すようにしているのだけれど

旦那はなんだか違うみたい。



嫌な事は避けようとする。

何かあっても話てくれないし

それを隠すために嘘に嘘を重ねていく。



自分で解決できているならいいのだけれど

それも出来ずに隠し続けるから

状況はどんどん悪化して

本当の事がバレた時にはもうどうしようもない

状況になっているのだ。



「この人はいったい誰に正直になっているのだろうか?」

「誰に心を開いているのだろうか?」

私にも親兄弟にも友達にも会社でも嘘をついている

彼を見ていると

ふとそんなふうに考えてしまう。



彼にとって私はなんなのだろうか。



家族が一番気を使わなくていいと言う。

だから仕事以外で仕事の人と関わるのを嫌がるし

休みの日には家族だけですごしたい。

家に誰かを呼ぶのを嫌がるし

他の家にお邪魔するのも嫌がる。



唯一彼の好きな「家庭」という所が

いつも楽しくあって欲しいからと

影で何か問題が起きていても

自分からは決してそれを見せないし

その問題と向き合おうとしない。


そんな事が

白黒ハッキリさせないと気がすまない私を

時々イライラさせるのだ。



本当は嘘なのに

「俺が嘘ついてるように見える?」

と私の目を見て顔色一つ変えずに言える彼と

この先もずっと一緒にやっていけるのだろうか・・・。



2006年06月04日(日) 結婚

結婚・・・

結婚してまだ3年目





友達に「結婚してどう?」

とか

「結婚して幸せ?」

とか

質問されるけど

なんだかハッキリ答えが出せない。




3年目にしてはなんだか色々あって

最初から色々あって

それはのちのち書くかもしれないけど

嬉しいことではないから

「幸せ」とはいえないかもしれないけど

自分の味方になってくれる旦那と

何よりも大事な可愛い娘がいることを思えば

「幸せ」なのかもしれないし

答えは自分が死ぬ前に分かるのでしょうか?





違う環境の中で育った赤の他人が

同じ所で暮らして

同じほうを向いて歩いてゆこうとすれば

何もないほうがやっぱりおかしいのよね。




ましてはジイサン(義父)とも一緒となれば

さらに色々あるわよね。




これから何十年と一緒にいるかもわからないけれど

いてもいなくても

娘を含めて色々あるさ

そんなもんさ

結婚なんて。



2006年06月03日(土) おしさしぶり

アメリカ留学中この「えんぴつ」で2年くらい日記を書いていたっけ。
帰国してからPCのない私はなかなか日記をかけず、
書きたい気持ちも薄れてきて、
止めたんだけど、
家の近くにネットカフェができて
なんだか気持ちが動いて
足が動いて
手も動いてます。

日記やめてもう3、4年たつのか?

その間に私は結婚して一児の母になってしまっただよ。

文章を書くことから遠ざかっていたので
なんだかつまらない文章になってしまうかしら?

すっかりおばさんになった私が
この日記から感じとられてしまうかしら?

その前に
いまだにPCのない私は
どれくらいこの日記を更新することができるのでしょうか?

以前の「まいあの日記」を読んでいてくれた人が
偶然にもこの日記を見つけてくれるかしら?

明日からダイエット開始するけれど
今度はどれくらい続くのかしら?

今日の夕飯は何にしようかしら?

色々不安はあるけれど
今の私の楽しみの一つとして
ゆっくりゆっくり進めていきたいとおもいます。


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