はぐれ雲日記
DiaryINDEXpastwill


2002年03月29日(金) ボクネン画廊へ黄昏て行く

どんなに遠くとも一年に2回は行く沖縄。
こんなに近くても5年間まったく行かない京橋の名嘉睦稔 (なか ぼくねん)さんの画廊。
きのう、午後3時からやっとやっと行ってきた。(7時までやってる)
なんてったてかんてったて、ボクネンさんの「沖縄パワー」をもらいたかったんだ〜。
そう、できれば、小さくても原画が欲しかったんだよね。
で、もって銀座からテクテク歩いてメルシャンのビルの裏を探したんだけど
なかなか見つからない。グルグルグルグル・・・地図では簡単そうだったのにイ〜
なんか、大都会でキツネにバカされてる感じ。

でもって歩いてるうちにビル街に細い竹が夕暮れの風に揺れているしゃれた、割烹があって、
ほんのりとぼんぼりがともって、そこの玄関口のたたきで若い衆が打ち水をしていた。
「あんのう・・・沖縄の国宝級の版画家のボクネンさんのギャラリー知りませんかねえ?」
とおずおずと尋ねた。 若い衆はカラリとひしゃくを置くと「ああ、ちょっと待ってください」
と中へいったん入った。 粋でいなせないい男だよう。
なにやら傘置き場があったけど、風呂屋の木札に伊勢辰の千社札。あら。欲しい!
「どうも・・・」声がしてふと見上げると後ろの生え際がスカッとした水もしたたるような
「花板」さん(?)が出てきて「ハイッ! わかりますよっ」とテキパキした応答。
しかもていねいに道を教えてくれた。
あげくのはて、いっしょに連れてってくれた。
・・・隣りだったけど。

さてさて、ギャラリーにはだれもいなかったけど、やっぱり
原画の迫力ってすごーい。ドキドキしながら見ているうちに
きれいなおねいさんが、親切に案内してくれる。
名刺もろたけどなんやらっこの画廊の責任者らしー。

欲しい原画は、花や星の中で天女が笛を奏でているB5くらいの作品。
14蔓延なり。  小さな絵葉書くらいなもので5蔓延。
「この。Bの。”男の激情”っていいですね。」
「ああ、それはB男。B男はボクネンのことです。熱情です。」と訂正されて笑った笑った。
海も見えますし。 人物も・・・といわれましたが。 ハがキ大くらい。

やはりもう少し大きいのが欲しいので、どーーーんと買ってしまった。
えと。レプリカです。「一日を寿ぐ」 9000円。

沖縄の大自然と怒涛のような情熱と生命力にあふれた作品。
それとテインガ―ラの「星月夜」のCD.
「これって國際フォーラムでボクネンさんの版画とこの曲でjジョイントしましたよね」
と言ったら。くだんのおねいさん「クククク・・・よく知ってらっしゃるんですね」と
笑いくずれた。 え?なんなの?
なにかした? 「なあんでも知ってるの〜。ボクネンさん以上に・・・」

そんなわけで帰りの通勤ラッシュもまったく気にならないで家路を急ぐ。

こんどは、ボクネン貯金して、沖縄で原画をゲットするかんね〜。
・・・いい一日でしめくくった。


2002年03月26日(火) ボクネンさん

今日。近所のすくすくクリニックという小児科病院へ行った。
ピンクで明るくって清潔でイイ感じ。
チビたちの遊べるコーナーもあって彩りに心がなごむ。

娘は風疹ワクチンの接種に。
末っ子は2種混合の第二期の追加。
二人ともタイムリミット。

先生は「最後の予防注射だね。」と。
問診で胸の音を聴くときに、娘が恥らってかパッと横を向いた。
いつも「イケイケ」の赤毛のアンなのにちょっと笑えた。(ひそーり)

帰りにふと待合室を見上げるとお母さんがわが子を抱く大きな版画。
一目で沖縄の「名嘉睦稔」さんの作品だとわかった。
ああ、やはーりこのクリニックはセンスがいいのら〜。

・・・明日かあさって、京橋へ行ってみようかなぁ。


2002年03月23日(土)  君がよ〜な日

国歌「君が代」で始まった小学校の卒業式。
この歌、自分でもいやになるくらいうまく歌える。

卒業生の中にははるばる出稼ぎに来た
アウレリオ・・・なんたらいうブラジルの生徒さんもいるし
韓国の方(中国?)とおぼしき名札の生徒さんもいるけど、
みんな大きな口で「きみがあようは〜♪」と
一生懸命歌っていました。
ここは日本だから当たり前といえば当たり前か。

で、もって、おえらいさんの祝電には生徒を
「起立」させて拝聴させる。「着席!」
教育委員会なお客はんの「定食」3つのお願い

「なにか熱中できることを見つけてください。」
「親友を見つけてください」
「目標をたててそれに向かってがんばれる人になってください」
またまた「卒業生全員起立!」  ちょっと、ちょっと。

儀式ってやっぱしまだまだ「ファッショ」の残り香があるのね
ひるがえって、というか強引に話をひっぱりま〜す。、

愛子さま、生まれて何日かで健康祈願かなんかの儀式があった。
そのとき、なんやら弓の弦をびゅんびゅん鳴らしていたけど。
これは弓の鳴る音が「魔」や「邪気」を払うそうな・・・
そこまでは古式豊かな行事でいいんだけど。ちょっとおもしろいからね。
弓を引いている二人のおっさんが、

戦国大名の徳川家と前田家!

こうなるとお笑いを通り越してファッショの匂いがしてくる。
開かれた皇室が今時なにやってんかいな。と思うのでありんす。

そうそう、全体的に式は短く。 祝辞も短く。生徒本位で。
でもまあ、最後の子どもがやっとこれで小学校卒業。
ふぅ。 ああ、そういやあ、泣かなきゃいけなかったんだねえ。





2002年03月22日(金) あずさ2号を思い出す。

行く春の速さにさらに拍車をかける女子フィギュア。
アメリカのアメリカのアメリカによるフィギュアスケート@ソルトレイクが終わって
またまたカントリーな信濃路でちょっとは落ちついて観られるかなと、
今度こそ「金」を。と神様にも仏様にもアラーにも祈る気持ちで
「クワンちゃん」を応援。

トリプルルッツでこけた〜! 「ま、またか〜!!」 ここで全世界の悲鳴と
それを上回るわたしの悲鳴。
でも、だからって審査員の判定。
ショートプログラムでは日本の村主より下ってそりゃーないだろー。



2002年03月21日(木) 巣立ち

長男のいちあんちゃんが高校を卒業してすぐ、築地市場の上物屋(じょうものや)に
住みこみで勤め始めたのは3年前である。
朝の2時に起床。上司を品川に迎えに行ってから仕事場へ。
販売のあと冷凍庫で作業。その後の配達などで
仕事が終了するの大体午後3時〜5時に及ぶ。江戸前の男は元気でなきゃあ勤まらない。
これだけ長時間働いても給料のほうは手取りで約16〜17万円である。
しかしこのご時世に、資格も技術も無い人間が楽しく働ける場所があるということだけでも感謝しなさい
と言い続けてきたせいか存外、本人も満足しているようである。

いちあんちゃんは少ない給料の中から、妹や弟たちの学費の足しにと
毎月9万円の仕送りを毎月欠かさずを続けてくれている。
銀座のど真ん中で暮らしているんだもの。さぞや物入りだろう。付き合いも多かろうと
何度断っても「大丈夫だから」と、送金を欠かさない。
すぐ米だ野菜だ支払いだと使ってしまう親はいかがなものか・・・。

最近、小番頭になってから付き合いも多くなった。 と何かの拍子に聞いた。
今日、給料前で何かと物入りだろう。とわずかだがいちあんちゃんの口座に
振込んでおいたよ。と電話した。
「男は仕事だからな。教室や家庭で成長するんじゃあないよ。仕事で一人前になるんだから・・・。」
親のそんな能書きも「ハイ・・・。ハイ。わかりました。」と神妙に聞いている。
送金の件も「助かりました。ありがとうございました!」 
なんとまあ、敬語を使われた。

ああ、巣立ったんだなあ。 いっちょまえになんとまあ・・・。
そろそろ魚河岸も初がつおの季節を迎える。 枯れ枝のてっぺんにはぐれ雲。




2002年03月17日(日) 月島のもんじゃ

月島へもんじゃ焼きを食べに行った。
もち入りめんたいこが1100円! コーンとチーズが850円、
プレーン(キャベツ、切りイカ、紅しょうが)が500円。
たしか、子どものころは5円〜100円だったはず。
こんなだがしやのソースせんべいのような味がこんな値段とは・・・
35年前から比べると、実に100杯倍の値段!!
月島だけデフレがすすんでいる。

「郷愁」というものは案外高くつくものだにゃ。


2002年03月16日(土) 『雨、上がる』

今日はひさびさにビデオ。

ある川が、長雨で川留めをされる。長雨で路銀は減るし、くしゃくしゃして諍いも起きる状況を見て、浪人は妻と絶対にしないと約束した賭試合をして、米や魚を持って帰ってくる。それをみんなに与え、気晴らしの宴会をしてやる。翌日、雨が上がる。
江戸時代のゆったりした自然。透明でシンプルな作品でした。

主人公は剣の達人でありながら職を得られず藩を転々と渡り歩く浪人(。主演の寺尾 聡が淡々と「腕はあるのに出世が出来ない役」を演じていました・・・。これって寺尾がはまり過ぎ)。

その男ゾルバ  ギリシャが舞台のアメリカ映画。アンソニー・クイン主演。
これが、黒澤明に通ずる映画の造りを感じるんだよね。
女はすべて愛すべきもの」とするゾルバ!。究極のボランティアと言っては失言ですが。
クレタ島の美しい風景のなかで、ギリシャの夜の浜辺で
ゾルバにぞっこんの年老いた娼婦と波打ち際で自ら司祭となって二人だけの式を挙げる。
あ、これ以前書きましたよね。ドキドキしました。

ねじ式 (1998日本)やっとのことで村を逃げ出したと思ったら,また元の村に戻ってきているではないか。つげ義春さんの漫画の大ファンなので、無条件に120点!

そして、そして「ナビィの恋」今回、やっとやっと観ることができました。
沖縄が舞台というだけでも、死ぬほどありがたいのに、初恋を貫いたおばぁが
もう、涙・涙・涙で、心と体の大掃除ができました。感謝。
ただ、あれもあります。これもありますの沖縄県人(芸能人)の参加は
いい意味でも悪い意味でも雑貨屋さんみたいだったです。


http://www.tcp-ip.or.jp/~kt250518/syuminoheya/eiga/ameagaru.htm




2002年03月15日(金) 東京湾に飛びこむ

築地の波除神社から河岸の中をずっと入って行くと
東京湾に至る。よどみ、にごって、潮の香りとともに「夢の島」もかくやと思うような悪臭も。
息子と仲間数人で仕事を一段落して、そのへんをブラブラしていたときの話。
先輩がある後輩に「貸し」があると見えて、ふと冗談半分に
「ここへ飛びこんだら借金(10万は)帳消しにしてやると言ったそうな。
すると、くだんの後輩はいきなりザブン、と止めるまもなく飛び込んでしまったそうな。
・・・ややあって、全員があっけにとられる中
”ザッバーンッ!!”と浮き上がってきた後輩は
ヘドロや泥やわけのわからない汚物にまみれて、「この世のものとは思えない」
すさまじいというか、怪獣のような姿で海面に浮き上がりまして
みな、くちぐちに「こんな汚ねえもん、生まれて初めて見た!!」と
大笑いだったそうで。 いやはや、元気のいい若い衆もあったもんですね。


2002年03月14日(木) 山口母子殺人

これじゃあ、死者は浮かばれまい。
仇討ちが禁止され、それの権利を国が代行している。
個人の復讐を、国が変わり、遺恨とかを残さないようにしてるはず。
 いろんな事件を見ていても、どうかな?と思う事が多い。
なんでこんなに軽いの?っていう判例が多い。
異常者と少年、拉致監禁、中断暴行ヤクザ犯罪、幼児虐待・・・これは傍で見てても軽いと思う。
当事者だったら、法の判断を受けた後に、自ら裁きを下すだろう。

新潟で9年間も女を監禁して幸せを味わっていた人間に、判決が出た。
14年の実刑らしい。差し引き5年の刑でしかない。これは完全に犯罪者の勝ち。

ホームレス殺人事件も少年達は少年院おくり。
「なぜ止めようとだれも言えなかったかを考えて欲しい」と裁判官。アホクサッ

山口母子殺人事件の判決が今日出た。「無期懲役」
どうせすぐシャバに出てくるんだろう。
ご主人の無念さは血の涙となってこちらに伝わってくる・・・。

警察官の手抜きのツケ。
吼える事を忘れた番犬に、無駄飯を与える必要はあるのだろうか。
神戸の大学院生を狂犬のようなちんぴらがおおぜいで拉致、暴行死。
そういえば・・・昔から与力は「デカ」と言われた。
これは人よりデカイ袖を着用していたから。(袖の下が受け取りやすいよう)
これは「お江戸でござる」で仕入れたんだけど。
その下はおかっぴきといっていまの警官だぁね。
制服を着た警官は昔から「イヌ」と呼ばれていたような。
まあ、うちの祖父も警察関係だったんですがね。



2002年03月10日(日) 母から聞いた東京大空襲 

1945年3月10日のこの日、10万人の江戸っ子が殺された。
0時を過ぎた頃、東京深川(江東区)付近に東側から侵入した一番機のB29は、焼夷弾を投下し、
木場付近に火柱が上がった。それを目標にして、次々と焼夷弾が投下され、それは、下町一帯に丸い火の輪を作るように投下されたのである。輪の中に取り残された人々は、逃げ場を失った。ここで、ようやく空襲警報が発令された。軍司令部も、前哨であったB29に油断したようである。
 その火の輪を目標に100機以上のB29が、多種多様の爆弾・焼夷弾を下町に投下した。なんと、20万発以上が狭い地域に投下されたのである。(生き地獄とは正にこのことかも知れない。) このB29の無差別攻撃は、2時過ぎまで続いた。
 折からの強風(乾いた北風)の影響で、火は次々に燃え移っていった。人々は、何とか逃れようと必死だったが、どうもにならず川に飛びこむ人もあった。被害甚大だった地区は東京の東部(隅田川流域)で、浅草・本所・深川付近では、ほぼ壊滅状態であった。朝になっても火は収まらず、あちこちで燻っていた。地面もまだ熱かった。街は完全に焦土と化し、至るところに黒焦げの死体が転がっており、川には火に追われて飛び込んで溺死した死体や焼死体が浮び、水面が見えないほどであったと言われている。 日本人は、太平洋戦争と言えば「原爆の恐ろしさだけ」を取り上げて、悲惨さや虚しさをお題目のように唱えるが、広島・長崎の人たちだけで戦争をしていたわけではない。このように、東京を初めとして各都市に空襲があり廃墟と化し、国民全体が苦しんでいた事実があることを忘れないでほしい。

この大空襲で死傷した人は、死者88000名(10万名を越えたという人もいる)を越え、負傷者は50000名近くに達した。罹災者は100万名以上、焼失した家屋は、25万戸を越え
た。

どんかくは東京は深川、木場の生まれ。
毎年この時期に無念の人々を思い出す。門前仲町が燃えた 郭も燃えた/貧しさに売られた娘たちが死んだ/前夜、朝鮮から連行された若者たち/朝鮮人徴用工 200余人も死んだ……」

以上は教科書が教えない太平洋戦争からの引用です。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~yunta/16.htm

黙祷・・・。


2002年03月09日(土) 三浦布美子さん

あの人はいま。

京都の芸子さん・・・だったような気がする。いんや浅草出身かもclear=all>
日本髪の似合う純和風美人だったような。
黄桜のCMであでやかに艶やかにに舞っていましたが品格もありまして。
厳格でかくしゃくとしていた祖父はこういうタイプが好きだった。
だってこの人が出ると、ひたすらおっかない祖父が飴をしゃぶったような顔になるんだもんよ。
乙女心に「へええ。男ってもんは・・・」とちょっとシュールになったりもしまして。

たしか、高校時代。八丁堀の黄桜酒造東京支店に行って
芸子姿の大きなポスターを3枚もらってきた。
祖父にあげたらことのほか喜んで(あたりまえか)

しばらくして亡くなりましたがしっとりしたお布美さんのポスターはそのままでして。
ほんのり紅をさした目尻もちょいと仇っぽかったのですが
「明日のジョー」のポスターにほどなくとって変わりました。

ああいった古典的な面立ちの人。近ごろ見なくなりましたねえ。



2002年03月08日(金) なんでだろ〜ナースウェイブ

銀座の数寄屋橋交差点で署名運動をやってたら
バッタリ長男に会ったので署名をしてもらった。

今日はひさびさにオリジナルのなんでだろーを書きこみします。

♪なんでだろーなんでだろーなんでだ なんでだろ〜

♪シャケの切り身の話ししているのに
とつぜん 「太平洋の潮流」の話から始めようとするやつ
なんでだろ〜

葬儀会場の案内板を微笑みを浮かべて持ってるおじさん
なんでだろー

学校に下駄履いて来るやついないのに「下駄箱」なんでだろー

苦しい時 だけ 必ず必ず神様思い出すやつなんでだろー

「君を失いたくない」と言って自分を見失っているやつなんでだろー

風邪引いたから抗生物質のかわりに「生協の鶏肉でも食うか」
と会う人ごとに言うあたしなんでだろー

校内マラソン大会にて
「一緒にゴールしような!」という奴いるんだよね〜
そのくせラストスパートかけて追い越すんだけどなんでだろー

「狂言師」和泉元彌。ええっウソこくの?とさっき初めて気付いたのなんでだろ〜
(ご、ごめんね元彌ちゃん)

3/11の証人喚問がネタを考える上で重要なポイントであると
期待しているのにお仕事。なんでだろー

だ、だれか止めて〜! (笑)


2002年03月07日(木) インフルエンザ接種をしたけど

昨日からひどい喉の痛み、咳(とめどない)息苦しさ、発熱で
カンペキ体中をウイルスに乗っ取られたようだ。
きちんと2回も予防接種したのに「なんでだろ?」というかんじ。

不規則な生活。栄養状態の悪さ、花粉症でここんとこダメージを受けている
それにぃ〜、あれほどラストスパートをかけた娘が高校入試落ちたこと。
ま、とにかくいろいろ・・・。
ああ、明日は医療費改悪反対で
病院行事。日比谷野音〜銀座〜国会議事堂までデモ行進せなあかん。

こんなわけで永田町の陳情はパス。ナースウエイブだけ参加予定。
ユニクロのオフホワイトのフリースまで支給されたし、
いっちょう行くか!!
いや、今日は准夜勤だからこれから少しだけ眠って・・・。
ちょい早めに行って、まったり仕事をしてこようと思う。

病気になると患者さんの気持ちになれるからこれもまた良しとしよ。


2002年03月06日(水) キリスト教と仏教の大きな違い

ちょっと飛ぶよ〜。

そろそろお彼岸。 生活も宗教も和洋折衷な我が家ですが。

キリスト教と仏教の大きな違い。
それは・・・。キリストは立って磔(はりつけ)で息絶えたけど
、ブッダは横たわって森の中で弟子達の見守るなかで入滅したよね。
縦と横の違いである。これがほんとの縦横無人。(ひさびさの空気読み違えか?)
ほいじゃあ、イスラムは・・・。えっと。えっと。イスラムはっと。

アッラー! わたしとしたことがどーしまひょ?




2002年03月02日(土) 公金を南米に雨と降らすこの男   

今回は度が過ぎました。「色狂い」という言葉を思い出します。
遊びを知らない中年の田舎者が、パワフルで情熱的な南米女の虜になるのは
しょうがないがのぼせ上がって自分を失ったのでしょう。
もっともその前から使い込みをしていたようですから、泥棒ちゃんの素養はあったわけです

TBS[うたばんの]保田圭いじめは見ていて気分が悪い
番組の構成自体が保田いじめになっている。

最近の我が祖国「日本」は、何かおかしいぞ!

やはり、毎年涙で目の前が暗くなる季節がやってまいりました。
2月の半ばからくしゃみ、鼻水、はなまつり・・・でなく鼻つまり。
顔もガビガビ・・・。うっとおしく苦しいです。

これは3月3日に書いてます。
昨日ははるばる沖縄、京都からネット仲間の友人が上京したのに夜勤で会えず。
もったいなかったです。


2002年03月01日(金) どこかで春が(゚Д゚ )ハァ?

どこかで「春」が 生まれてる
どこかで水が 流れ出す

どこかで雲雀(ひばり)が 啼(な)いている
どこかで芽(め)の出る 音がする

山の三月(さんがつ) 東風(こち)(注)吹いて
どこかで「春」が うまれてる


この春、我が家では中学と高校へ進学する。
で、とあるバンクへ「この日のために」とコツコツ貯めておいた
進学資金をおろしに行った。
で、24万。2年預けて利息・・…………56円!! ひどい。
なんなんだよ。  春とは名のみの風の寒さである。
しかし、中学入学で制服、カバン、柔道着、ジャージまどで
10万以上の支出はいかがなものか・・・。

それよりもうちでは問題は中学入学と高校入学がかさなってしまったのが問題だ。
。。。まあ、感情にまかせて作ってしまったのだからでなく
きちんと作った子たちなんで?しょうがないんだけど


鈍角 |MAIL

My追加