My life as a cat
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2021年10月16日(土) 決戦の日のはずが…

昨年はお腹が重いの、日が暮れると具合が悪いの、何より何かあったら大変だからと断念した栗の森行き。今年は体は軽いが、背負って登らなければならない7.5kgが。キツい?危ない?どうする?話し合い、登山を趣味としてる人の書いたBLOGなんかを読んでリサーチ。で、決めた。今年は決行。ただし、少しでも天気が不安定なら中止。往復1.5倍の時間6時間と見ておいて、栗の森に留まるのは3時間くらい。きっちりと計画を練って、前夜は体調万全に整えること!と早くベッドに入り、まだ外が暗い早朝に起き上がった。水だけはたっぷり、熱いカフェの入った水筒、食料は紙袋に入れて少しでも軽く。隣人にも行き先を告げ、日の昇りはじめた町を後にした。ロクちゃんはわたしが、リュカは他の物が全部入ったリュックを背負った。ロクちゃんもいくらわたしとひっついてればご機嫌だといったって、同じ体勢で長時間背負われているのには耐えられないかもしれない、愚図り始めたら途中で休憩しようというと思っていたが、途中居眠りしたり、声をあげたり終始ご機嫌で、わたしも意外にもすいすいと進めたので、そのまま登り続けていたら、結局最後まで登りきってしまった。登りきって少し道を反れて小道を入っていくと栗の森に着く。距離的には大したことはないのだが、ここからは足元がおぼつかない。ここでロクちゃんはリュカと交代。何やら会話をしながら進んでいく父子の後ろ姿に木漏れ日が降り注いでて、それは幸せの象徴のようだった。

足場を確認しながら慎重に進むこと20分、目的地に到着した。ロクちゃんを連れてきた。わたし達の愛した森に。胸が熱くなった。あちこちで栗が落ちる音が聞こえてた。松の木の下にブランケットを広げた。ひとりは栗拾い、ひとりはロクちゃんとピクニックという交代制。今年は雨がほどよく降ったせいで、シャンピニョンもよく採れた。この町は、毎年この時期になると道で人に会うと天気の話のようにシャンピニョンの話を交わすというくらい沸き立つ。今年はあまりにも採れるものだから、先日スーパーへ行ったら、冷暗室で育てられた人工のシャンピニョンが売れないのだろう、半額に値下げされてた。ロクちゃんは離乳食もきっちり平らげるが、わたし達の食べ物も何でも食べたがる。食べてる姿があまりにも愛らしくて断れない。牛乳製のフロマージュの入ったサンドイッチも葡萄のフォカッチャもスコーンも中華まんも全部ひととおり口にして、最後にカフェを一口飲んで寝入ってしまった。お腹を壊したりしないから大丈夫なのかもしれないが、そのうち肥満児になってしまうのではないかと少し心配だ。

たまにイノシシハンターやハイキングを楽しむ人が小道を通り過ぎて行く。誰も栗には見向きもしない。朝早く町を出たおかげでゆっくりと栗拾いやピクニックを楽しめて、余裕を持って栗の森を後にした。いつも朝に出遅れるせいで、町に到着する前に辺りが薄暗くなってしまって、少し不安を感じながら下山していたのだが、今年はロクちゃん連れ。そんなことは決してないようにしたかった。まだ太陽が見えるうちに町に到着した。

決戦の日というくらい、綿密に計画を練って挑んだ栗の森だったが、意外にも余裕だった。いつもは町に到着する頃にはどっと疲れていて夕飯など作る気力はないのに今日はまだ何かできそうな余力があった。なぜだろうと話す。結局、いつもは時間短縮のためにとるちょっと険しい近道を通らず、時間が多少かかっても安定したルートを選んだせい、わっと二人で一揆に栗拾いに挑むところ、今年は30分ずつ交代でやっていたせい。ロクちゃんもよく笑った一日だった。パパもママもずっとそばにいられる日がなかったから、嬉しかったのかもしれない。拍子抜けした。しかし油断は禁物。天気を見て、来週末も来ようと話す。

栗拾いが終わると冬の到来の合図。気温はぐっと下がり、夜が長くなる。年に最後の山歩きは毎年最高に美しい思い出となって記憶に刻まれるのだが、今年はその記憶に森の中に響くロクちゃんの笑い声が追加されることだろう。


Michelina |MAIL