My life as a cat
My life as a cat
DiaryINDEXpastwill


2019年10月27日(日) 何者でもない人

子供の頃から聞かれる。"将来何になりたい?"。大人になって自分のしたいことが見つからない。自分の居場所も見つからない。"自分探しの旅"にでる。視野は広がったけど、余計やりたいことがわからなくなる。なんとなく縁あって就いた職をこなしながら年をとっていくけど、専門職でないし、手に職が欲しいと考える。もう一度学生に戻って夜な夜な勉学に励んだり資格の取得に努めたりする。

これは半分自分の話でもあり、半分周囲の友人・知人の話でもある。

でも大して他人とも関わらず、"食べる"ためだけに山を歩き、果実を摘み、木の実を拾い、野菜を育てて、住処を磨き、衣服を繕うだけで過ぎていくような日々の中でふと思う。"何者か"である必要なんてあるんだろうか。名乗れる職業が必要なのか。誰にそう教えられたのだろうか。社会?健やかに呼吸してて、美味しいものを食べられて、好きな人といて笑っていられたら(自分ひとりでも笑っていられたら)、人はそれで充分なのではないか。人間はいつも社会の中で自分の役割を見つけようともがき続けたり、欲張って戦争をしたりするけど、ある意味での"向上心"が悪い方向に作用すると人は不幸だ。何者でもない自分でいい。わたしはこれで毎日幸せなんだ。

夏の海水浴、秋の山歩きとずっと筋肉を酷使していたせいか、夜になるとたびたび熱がでて節々が痛くなったりする。若いつもりでも体はやっぱり10代のようにはいかないのだ。睡眠に勝る薬はなし。ひたすら眠る。そして目を覚まして、突然脳裏にこんな考えが浮かび上がったのだった。


2019年10月18日(金) Fried Green Tomatoes

もう育たない庭のトマトを引っこ抜く。赤い完熟トマトに慣れているともう見た目から食指の動かない未熟な青いトマトを拾う。さて、なんとかして食べるか。青いトマトといえば真っ先に脳裏に浮かぶのは"Fried Green Tomatoes"という映画。アメリカ南部の話で、カフェでサーブされるパン粉をまぶして揚げたグリーントマトとか、"ダース買い"のドーナッツとか、とりたてのハチミツなんかがでてきて、ストーリーもよかったが、とにかく脂肪分たっぷりな食べ物が食欲をそそる映画だった。青いトマトなんてなかなか売ってもないし、この機会にフライド・グリーン・トマトとやらを作ってみようではないか。冷凍庫で持て余していた卵白をだしてくる。1僂縫好薀ぅ垢靴董塩をまぶして5分置く。出てきた水を拭き取って、小麦粉、卵白(本来は溶いた全卵)、パン粉の順につけて、少し多めの油でフライパンで両面焼く。熱々をひとつ試食。ん!美味い!!意外だった。農家が苦肉の策で赤くならなかったトマトを消費するために考案した料理だろうと侮ってたけど、これ美味しいわぁ。酒の肴にもうってつけ。ためしに赤いトマトも揚げてみたけど、こちらはべっちゃりとなってしまってダメ。青いトマトだからこそできる料理なのだ。来年の庭のトマトは赤くならない前からもぎとられていそう。

夜リュカの同僚のアレッサンドロがイタリアからチーズやペストを携えて遊びにきてくれた。パスタのアルデンテに纏わる話で盛り上がる。

「日本人は茹で過ぎた麺というのはなかなか受け容れられないわ。東京のイタリア料理屋なんかでシェフがアルデンテに茹であげたパスタを30秒以内にサーブできないウェイターはクビになるでしょうね」

「オーストラリアにはイタリア人も沢山住んでるにもかかわらず、オーストラリア人にはアルデンテを"Uncooked"なんて言う人もけっこういるのよね」

「昔、オランダでシェアハウスに住んでた時、僕がイタリア料理をふるまうとみんなすごく喜んでくれてさぁ。で、ある日、アメリカ人のシェアメイトが逆に僕にパスタを振る舞ってくれるってんで隣で作るのを見てたんだ。彼は得意げに言うんだ。"わかってるよ、アルデンテだろ"。茹であがったパスタを一本食べてみる。うん、本当にちゃんとアルデンテだ。"そうだろ、そうだろ。君が作るのをちゃんと見てたんだから。パスタはちゃんとアルデンテだ。よし、次はソースだ!"」

面白過ぎる。笑ったわぁ〜。栗のスープやタルト・タタン。秋の味をめいいっぱい堪能しながら楽しい夜は更けていった。


2019年10月12日(土) それでも歩く

昨日ジュジュが病院で亡くなったとリュカ伝手に聞く。はじめて彼を見たのは病院から山を1キロほど登った山道だった。40代の健康な足でもちょっときつい山道の途中で、車椅子の老人に出くわすとは想像してなかったから面食らった。楽しそうに笑ってずんずんと山道を登っていた。

「彼、車椅子でどこにでもいっちゃうんだ。ひとりで山なんか登って転びでもしたら起き上がれないだろうし、どうするんだろ」

とリュカがため息をつく。町中でもよく見かけた。病院の中でも自らメール係を買ってでて、届いた郵便物を配り歩いていたらしい。

「あの爺さん、わたしが転んで足をくじいて、杖をついて歩いているのを見て、ケラケラ笑ってたわ」

とクリスティーヌ。彼らしかった。前向きで、自立していて、強気な雰囲気が頼もしくて好きだった。それなのに、彼が人生の最後に呟いた言葉は

「もう死にたい」

だった。癌が痛んで、苦しみもがきながらそう言ったそうだ。聞くのが辛かった。決して人にそんな素振りを見せずとも、きっと痛みに耐えて耐えて笑って最期の最後に弱音を吐いてしまったのかもしれない。そう想像したら切なくて泣いた。天国では元気な足で山を歩いていることだろう。


日本の台風情報を見ながら家族の心配をしていたところ母からメールが入る。

「友人の家に世話になってます。お父さんは、朝から酒を飲んでます」

まぁ、元気ならいいや。


イタリアで買った日本のと同じ緑色の南瓜でスープスパにする。皮と中から取り出した種をローストして乗せる。秋だな。わたしは栗拾いとその処理に忙しい。


Michelina |MAIL