My life as a cat
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2018年04月30日(月) Artichaut farci à la provençale

今日のアトリエ・ガストロノミクはアーティショーのファルシ(詰め物)。日本の友人から筍がどうのこうのというメールが届いて、筍ご飯、筍の春巻き・・・とため息をついていたところにこれ。わたしの中ではアーティショーは″西洋の筍″の位置付け。共通点は下準備に時間がかかる、食べるところよりゴミになるところのほうが多い、灰汁がすごい、面倒なことこの上ないのにそれでもみんな食べたがるところ。いつもはおやつ食べて喋ってる時間のほうが長いようなこの会も今日は働きづめ。この辺りでは家庭でもよく食べられているようで皆さんは手慣れているが、わたしにとってはまだまだ馴染みの浅い食材。じっくり観察した。ファルシは挽肉を詰めるのが通常のようだが、わたし用にはキヌアを代わりに用意してくれた。手間はかかったがとっても美味しくできた。レシピというレシピはないようなのでメモを残しておこう。

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材料A

〇アーティショー(棘付きのもの)
〇野菜のスープ
〇ハーブ(オレガノ、ローズマリー、タイムなど何でもよい)
〇パン粉
〇バター、オリーブオイル


材料B

〇キヌア(野菜のスープストックで茹でる)
〇エシャロット(みじん切りにしてバターとオリーブオイル少量でざっと炒める)
〇バゲット(小さく千切って少量の水に浸す)
〇ふだん草(葉の部分だけを小さく刻んで塩で揉んで絞る)
〇にんにく(小さく刻む)
〇溶き卵
〇塩、こしょう

1、アーティショーは外側の皮を数枚剥いて、蕾は上部から棘のあるところまでを切り落とす。中心のひらひらとした部分をナイフで切り取り、更にスプーンで掃除する(この切り落とした部分はここでは使用しないが酢水に浸けておいて後で食べられる)。下処理したものは順次レモン水か酢水に浸けていく(すぐに変色するため)。

2、アーティショーを鍋に並べて入れかぶるくらいの水と塩を少々入れて15分ほど茹でる。その間に材料Bを作って全て混ぜる。

3、茹ったアーティショーはしっかり水切りをし、材料Bをぎゅっと詰め、パン粉をまぶす。

4、鍋にバターとオリーブオイルを入れ、アーティショーを並べて火にかける。パチパチと音がし始めたら鍋底2僂曚匹量邵撻后璽廚肇蓮璽屬鯑れ蓋をして45分ほど蒸し煮にする。乾いてしまうようなら途中で水を挿す。

5、鍋底に水が残っている状態でオーブンに移しパン粉が色付くまで焼く。

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2018年04月26日(木) 意識の格差

暖かい春の午後。カフェのテラスに席をとって友人とおしゃべり。彼女が離婚を決めるまでの話を聞く。ビジネスをしているがお金を生み出せない旦那さんは生活保護を受けていてる。山奥に住んでいるせいで彼女が仕事を見つけることは難しい。彼女は当面生活保護受給資格がないので旦那さんの生活保護費と彼女の両親のお金で暮らしている。経済的な問題が根底にあり、口論が増えて・・・。

しかし彼女達がどんなに″経済的困難″かという話を聞いてため息が出た。だってその状態がわたしとリュカよりよほど贅沢なのだ。広大な面積を誇る家に住み、車を数台所有し、食料は全てBIOで購入し、季節ごとに旅行へ出かけたりしている。あまり服が買えないとかレストランに行けないというのは経済的困難といえるのだろうか。

一方リュカは週5日みっちりと朝から晩まで働き、ぐったりと帰宅する。ちゃんと稼いでいるものの、結局後で巨額な税金を請求されるので手元には思ったほど残らない。彼が同職に就く隣人のナタリアからのチェックを手にしているのを目にした。聞けば彼女にお金を貸していて少しずつ返してくれているのだという。ナタリアにお金を?

「うん。税金の計算間違えて使っちゃった後に巨額な請求がきて払えなくなったっていうから貸したの」

フリーランスで働く人々はこういうことは日常茶飯事らしい。

ナタリアは日曜日は家事に追われる。掃除と洗濯をし、一週間分の食事を作り、小分けにして冷凍保存する。実質土曜日だけが自由になる休日だ。働きものの善良な市民が借金して税金を納めているなんて、何かが間違っているのではないか、と気が落ち着かなくなる。

生活保護を受けている人々は電車でどこまでいっても3ユーロ以内くらいで済む。一方わたしとリュカは電車代も予算に含めて旅の計画を立てなければならない。

生活保護を受けている人々は″仕事がない″と言う。フランスの失業率は9.2パーセントだからだいたい10人に1人の割合で無職ということになる。しかし半年暮らして気付いたことは本当に仕事がないわけではない、ということ。選ばなければいくらでも仕事はある。トイレ掃除、レストランのキッチン・ハンド、家畜の屠殺なんかはいつでも人手不足。募集してなくても足りてない職業は沢山ある。配管工なんかは呼んでもなかなかこない。しかしフランス人は手が汚れるような仕事をするくらいなら生活保護を受けたほうが得だ、と考える。不足している配管工のビジネスでも始めようか、とも考えない。なぜならビジネスを興す人々が儲からない仕組みになっているからだ。わたしが移住したばかりの時、近所でB & Bを経営していたイギリス人夫婦は、

「働けば働くほど税金をもぎ取られるだけ、みたいに感じる。この国でこの先暮らし向きが良くなるという希望が持てない」

と嘆いて、去っていってしまった。これが事実かどうかではなく人々の中で″感じる″という感覚はとても重要なところだろう。一生懸命働く人々が希望を持てない国のシステムとは如何なるものなのか。手厚い社会保障や医療保障を誇るこの国だが、それはこういう人々の嘆きの上に築かれているのかもしれない。医療保障の手厚さは病人を増やす、とも感じる。鶏が先が卵が先かのような話だが、仕事がないからアル中になるのか、アル中だから仕事がないのか、日がなパブで酒を飲んで煙草をふかすような人々に会うのは難しくない。そのうち体を壊して医者にかかる。生活費も医療費も国が賄ってくれる。沢山薬をもらって家にストックする。家にミニ・ファーマシーを築いている人は珍しくない。人々は薬漬け、とは言い過ぎだろうか。しかし、こんな状態だからこそ、リュカは仕事が山とある。病人がいなくなったらリュカは失業するのだろう。

わたしが働いていた時、当然のことながら毎月国民健康保険料を支払っていた。自分は病院や薬とは無縁だったから″本当に必要としている人(不自由に生まれた人や不運な事故に見舞われてしまった人など)にこのお金は使ってほしい″と願いながら。煙草をふかして冬の寒い夜にはしご酒して毎年インフルエンザに罹るアホな上司などではなく・・・(本人が聞いたら″オレだってお金を納めてる!″と言うだろうが)。

「暮らし向きがどうであれ、僕はいつも働いていたいよ」

とリュカは言う。日々わたしが目にするのは貧富の格差ではなく″意識の格差″だ。

わたしはまだまだこの国のメンタリティを全く理解できていない。


2018年04月14日(土) 芸術に賑わう町、ヴァンス

用事があるという図書館のクリスティーヌに着いてヴァンス(Vence)という町を訪れた。ニースから西に20劼曚匹両貊蠅砲△襪海両さな町には、アンリ・マティスが手掛けたチャペルやマルク・シャガールのモザイク画が置かれるカセドラル、その他なんと26ものアート・ギャラリーがある。旧市街はゆっくり歩いても30分もかからないくらい小さいが、その中にはあらゆる愛らしい小さなお店やギャラリーが詰まっている。たった50m歩く間にも3軒ものショコラティエ、2軒の老舗ブーランジェリー、2軒のフロマージェリー、、、、といった感じで、オリジナリティ―やクオリティーを追究する値の張るお店が並んでいて、優雅な香りがする。第一印象ではお金持ちでなければ住めない町、とも思ったが、旧市街を一歩抜ければ、モノプリ、マルシェUなどのコスパ重視の大型スーパー・マーケットもある。旧市街は観光客をターゲットにしていて、住民は郊外で買い物を済ませるのだろう。旧市街は値ははるものの、センスの良いお店が多いので一軒一軒見て歩くのはとても楽しい。シャガールのモザイク画は小さなカセドラルの隅っこにぽつりと佇んでいた。

"Le Michel Ange"というレストランでランチを摂った。大きなプレートの真ん中にぽつりと料理があって、あとはソースや花でデコレーションされたようなフランス料理にうんざりしているわたしとしては、このレストランはうってつけだった。気取りすぎない料理がさほど隙間なくプレートに乗っかってくる。良い食材が惜しげもなく大胆に使われているのがわかるし、味も好ましい。何より気に入ったのはデザート。これも気取りすぎたパティスリーの味ではなく、ちょっと頑張った家庭料理の味。あっ、これだ!″ちょっと頑張った家庭の味″。わたしがレストランに求めるのはこれなんだ。一皿、一皿ゆっくり味わいながら、自分で自分の欲望を確信した。家庭で5分もあれば作れるような料理は家庭でやる。かといって家庭料理とかけ離れていて凝り過ぎた料理では味の良し悪しが良く判らない、とか結局何を食べているのか判らないという結末になる。週に一度くらいしか外食しないわたしの舌には″ちょっと頑張った家庭の味″がいちばんしっくりくるのだった。

まだまだ見たいものがいっぱいあったが、用事を済ませたクリスティーヌがお迎えにきてしまった。

家の近くまで来て、

「よかったら家でアペロしていかない?」

と誘われた。いつも自慢している庭も見てみたい、と着いていって面食らった。そこはいつも散歩の途中で通りかかる広大な敷地を誇るお屋敷だった。どんな富豪が住んでるんだ?と思っていたらなんと毎日顔を合わせているクリスティーヌの家だったとは。ひな壇のような山の斜面に段々と母親の家、祖父母の家と、3段連なっている。広大な敷地の庭の中にこじんまりとした家があり、クリエイティブな彼女らしく手作りらしい家具や絵画が所せましと詰まっていた。彼女の庭の木のフルーツを漬けたお酒をいただき、この町のオリーブをつまんだ。春風が気持ちの良い夕べだった。

帰宅して、フロマージェリーで購入したチーズを開けた。″フランスで一番臭い″と友人から教わったアルザスのマンステール(Munster)と ″Bienvenue chez les Ch'tis(邦題:ようこそシュティの国へ)″という映画で観たマロワール(Maroilles)。太陽燦燦振り注ぐ南仏に転勤したい主人公はあの手この手でその実現を試みるのだが、ズルした罰として結局ずっと北の小さな村に飛ばされてしまう。土砂降りの雨の夜、うす寒い村に辿り着いた主人公。朝目を覚まして階下へ降りると何かがツンと鼻に着く。見ると村人は何やら臭いチーズをパンに乗せ、コーヒーに浸して頬張っているのだった・・・。確かにどちらもきついが臭さでいえばマンステールが圧勝。わたしもリュカもどんなチーズでもかかってこいという感じだが、ひとつだけ無理だと思うのがある。それはコルシカ島で作られるカース・マルツゥというチーズ。ハエに卵を産み付けさせて熟成させるものでナイフを入れると中で幼虫がうじゃうじゃしているというもの。それでも作って食べている人がいるのだから、美味しくて安全なのだろうと思いきや、隣のイタリアでは危険過ぎて販売禁止なんだそうだ。

(ヴァンスでいちばん素敵なものはMichel Angelの苺のケーキに決まり。美味しかったぁ。)








2018年04月09日(月) 迷路の国の郵便事情

婚姻手続きの書類作りは日本の家族をも巻き込んで蜂の巣をつついたような騒ぎ。自分のことでも面倒になるようなことばかりなのに、それを自分以外の誰かのために奔走してくれている家族には本当に感謝している。迅速で律儀に機能する日本の郵便事情やお役所の仕事ぶりにも。コンビニで書類をプリントアウトできるというサービスはとても便利だ。こちらで作成した書類をコンビニのサーバーにアップロードし、日本の家族にプリントアウト番号を知らせればできてしまう。滅多に使わないのに場所をとる家庭用のプリンタなど所持せずにすむ。戸籍謄本と改製原戸籍には外務省のアポスティーユという証明書を付箋してもらう必要がある。この申請の仕方は周到にウェブサイトに記載されているので、しっかり読めば問題なく理解できる。本来それが当たり前としてもフランスのお役所はそうなっていない。知る人ぞ知るようなやり方で申請し、担当者によって必要書類が変わる。日本の家族にやってほしい作業を事細かに書き出して指示する。翌日には封筒に収まり発送。郵便は確実に外務省に届き、さらに1週間ほどで外務省アポスティーユを付箋された書類が実家に返送された。さすが早い。

さて、アポスティーユも取れた。で、問題はここからだ。この書類は郵便で送ってもらう以外にない。心配なフランスの郵便事情。わたしはLa Posteを利用して何かを送ったり受け取ったりしたのは合計すれば30回程度だろう。そのうち一度だけ郵便を持ち帰られた以外は無事だった。だが郵便が届かないとかいう話はよく耳にする。″フランス人はバカなのか″と詰る声も。しかし、住んでみて思う。こんな町の構造でどうやって郵便配達やってるんだ!?と。わたしの住居ひとつとってみても非常に複雑な作りとなっている。住所は通りの名前と番地のみ。部屋番号はない。建物の入口にポストが並んでいて居住人の名前を各自勝手に書き入れている。しかし、その建物の入口さえどこにあるのかよくわからない。建物内自体が迷路のようだし、ユニットの形も全部違うし、部屋の形も全てがいびつ。バルコニーへ出て下を見下ろすと階下の家のバルコニーが見える。いつも綺麗に花が飾られている。一度ランチマットのパン屑をバルコニーではたいていて手を滑らせて階下のバルコニーに落としてしまった。階下の家のドアをノックして謝って取ってもらう以外にない。が、ここで階下の家のドアがどこにあるのかわからない。そもそも同じ建物でもユニットによって入口が違うのだ。そこらへんを歩き回って入口を探した。やっとそれらしき入口を見つけたものの、暗い通路からは方角が解らずどれが階下の家かわからない。30分ほど彷徨って結局諦めて家に戻ろうとした時、風でわたしのランチマットが通りに飛ばされて落ちているのを発見したのだった。

リュカの職場の隣のマーケットでいつも買い物をする。ふとレシートを見てぎょっとする。このマーケットの住所がリュカの職場とぴったり同じなのだ。配達人はどうやって配達物がリュカの職場宛てかこのマーケット宛か知るのだろう。働いている人の名前を知らない限り届けられないだろう。

こちらに越したばかりの時、自宅に宛てられた移民局からの大事な書類が宛先不明で持ち帰られてしまい移民局が親切にも電話をくれたことがあった。かと思いきや、もっと驚くようなことも起こった。母が大きなダンボールに沢山食べ物を詰めて船便で送ってくれた。もちろんわたしの名前と自宅の住所宛てで。船便でも最近はLa Posteのウェブサイトで追跡が出来る。2か月経った頃見てみたらちゃんと細かく履歴が更新されていて、フランスには到着しているということが判った。その数日後、リュカが大きなダンボールを抱えてへぇへぇ言いながら仕事から帰宅した。

「君のママから届いたよ」

「なんで!?どうしてわたしの名前と自宅の住所に宛てた物がであなたの職場に届いたの????」

「そういえば・・・・そうだね。あっ、郵便局の人は僕のこと知って、更に日本人と住んでることも知ってて、更にいつも家に不在なのも知ってるのかもね」

It's a small world!!!
La Posteは謎だらけなのだった。

大きな都市へ行けば防犯のためだろう、門にキーがかかっていてキーコードを知らずには開錠できないような家も多い。郵便配達人がそのキーコードを知っているパターンもあれば、知らずに荷物を持ち帰ることもあるという。

わたし達の部屋は通りに面しているから、たまに知人と通りを歩きながら″あそこがわたしの家です″という会話をする。しかし、そう教えただけでわたしの家の建物の入口を見つけ、またユニットの入口まで辿り着ける人はそういないだろう。引越しの荷物をデリバリーする現地の業者から電話でこんな質問をされたことがある。

「あなたの家は何階ですか」

この質問には困った。

「何階かと言われても、、、、フランス語で言うところの2階だと思うけど、、、通りの一番低いところから数えて3段目。ひとつ言えることは建物の入口から階段を上がって中庭に出て更に階段を上がるんでドアツードアのデリバリーはかなり大変だということです」

しかしこの回答であちらは解ったらしい(ともあれ、″大変だ″と教えたのに、当日ドライバーたった1人送ってきて、結局1人では運べないものばかりでリュカが手を貸す羽目になりそれで仕事に遅れるといういい加減なフランス節展開となったのだが)。

フランスの町や住居の構造はとにかく複雑だ。そう思うのはわたしのような外国人だけでフランスで生まれ育てばなんとなくパターンがあって想像ついたりするのだろうか。いや、でもそうでないから郵便配達の人々が該当住所に辿り着けず郵便物を持ち帰ってしまうということが頻発しているのではないか。それとも郵便配達員はフランス人でないことが多いのか。わたしは階下の家にすら辿り着けなかったのだ。そう考えると郵便が届くことのほうがすごいことに思えてくるのだった。


2018年04月03日(火) 春の合図















いつものように英語クラス(Cours d'anglais)へ行くと教室に誰もいない。白板を見るとメッセージが。

「イースターです。めんどりと卵のチョコレートを食べながら英語で会話を楽しみましょう!」

騒がしい奥のサロンを覗くとアペロのセッティングが整っているではないか。遅れてやってきた先生はわけがわからぬまま着席させられ、ワインを注がれてそのまま授業はなしでただのお喋りの会となった。このところ、英語の小説を読んで、それをフランス語に即興で訳すというわたしにとっては拷問のような授業が続いていた。こうやって上達していくのだろうから有難く受け取っているけど、それにしても落ち込むくらいダメダメなんだもの。たまには息抜きもいいでしょう。

4人の生徒さんが相談して持ち寄ってくれた自家製フード。小さく焼いたそば粉のクレープにはブラック・オリーブのタプナードが挟まっている。今が旬のオレンジ色のメロンとプロシュートとフロマージュのおつまみ、バナナとチョコレートのケーキ。そしてドリンクはシードルとシャンパン。フランス人はお菓子やちょっとしたスナックと合わせるのは必ずシードルやシャンパンなどの発泡酒と決まっているようだ。そして必ずノンアルコールのフルーツ・ジュースも用意される。甘い飲み物があまり得意でないわたしは紅茶やコーヒーといきたいところだが、こういう場面には登場しない。図書館のクリスティーヌが、

「フランス人って騒々しいでしょ。人の話を聞くよりみんな自分が喋りたいって感じで。わたしには控え目で物静かなアジア的な空気がすごくインテリジェントに映るのよ」

と言っていた。確かにこの会は騒々しい。先生が質問すれば、みんな我先にと答えたがる。しかし、先生が質問して、答えを知っていても教室中静まりかえっているようなのより余程健康的な気がする。

イースターの休日から天気はがらりと春めいて、カフェは川沿いの日の当たるスペースにテーブルを並べ出して、冬の間途絶えていた観光客も戻ってきた。ゴミ出しなんかにちょっと外に出て道を尋ねられたリすると、もう何十年も住んでるかのようなしたり顔でアドバイスしてしまう。半年もいれば隅々まで覚えてしまうような小さな町がぐんぐん活気づいてきた。

2018年04月01日(日) Fontan-Saorge(Saorge)

フォンタンから駅に戻り、そのままロヤ川を右手に見て歩けばサルジュに着く。朝には小雨が降っていたが、サルジュに到着するなりコート・ダジュールの陽気な太陽が顔を見せた。




バルは地元の人々で賑わっている。



とても人懐っこい猫。この村の猫はこんな赤毛の縞模様の子ばかり。みんな血が繋がってそうだ。この村に陶芸品を扱うお店があり、その前に募金箱が置いてあった。野良猫に去勢手術を施すための募金。この村の猫はみんな人慣れしていて彼らはとても野良猫には見えないのだが、中にはやっぱりどこかで飼い主とはぐれてしまったりする子がいるのだろう。



前回と同じ″Osteria Lou Pountin″でランチにする。この土地に根付いた伝統料理を堪能できるお店だ。この田舎の食堂のような雰囲気、居心地が良い。前菜はサラミの代わりに野菜のマリネを入れてくれた。一口サイズの小さな野菜のフリット・ミストはピエモンテの名物だとシルバー・スプーンで読んだ。パスタはほうれん草とリコッタ・チーズのラビオリをペストで。デザートはヴィエネッタ。どれも美味しいのだが、このお店の何よりも良いところは自然でいて感じの良い店の人々、気張りすぎないけど心がこもっているのが伝わる料理だと思う。














11世紀のチャペル。



この村で戦中奪われた8人の若者の命への追悼の意をこめて毎年行われる式典。2012年の式典でフランチェスコ・デル・カジノ(Francesco Del Casino)という画家から贈られた絵。














オリーブの木々に混じって細くて頼りない桜があちこちで開花していた。



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