My life as a cat
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2013年09月29日(日) 日曜の夕方

5時間もかけて焼いたタルトタタンとDVDを持って、カミーユ君を訪ねた。会社が用意したハウスキーパーのいる高級フラットを″Cold place"と呼ぶ彼は、生活の匂いとか家庭の味というものに飢えているのだろう。そういうのをすごく有難がってくれる。タルトタタンを開けるなり目を輝かせてキッチンに皿を取りに走る。温めてバニラアイスを乗せてあげたら、DVDの映画本編が始まる前にもうペロリと平らげていた。先日も″日本の庶民の家とか生活というものが見てみたい″というので、気取らないいつも通りの和食のランチを用意して、家に招いたら、すごく喜んでくれた。

カウチで寛ぎながら映画を観る。

「こんな日曜の夕方がいいね」

と、彼がしみじみ言った。本当に。でも来週にはもうこんな日曜はない。わたし達は″一目惚れ″なんかではなく、お互いに相手のことを″ミステリー″と思うところから始まったから、心に灯りがともるまでに時間がかかった。でも毎日の濃厚なメール交換の中で着実に相手の癖を知り、魅力を発見してきて、力強くなくとも暖かい灯りがやっとともりはじめたところだった。ただでさえ海外出張ばかりだというのに、東京にいても、本社のあるフランスと時差の関係で夜の電話会議にでなければいけない。それでも仕事の合間を縫って時間を見つけてはメールをくれたり、道中で見つけた面白い物の写真を送ってきたり、電車に飛び乗って会いに来てくれたりする。甘い言葉をくれなくても、わたしが好きと言ったことや嫌いと言ったことをちゃんとよく覚えてる。好きなこと全てにあまりにも必死で、健気で、その背中がたまらなく愛おしい。男の人という前に人として大好きだ。

会うごとに

「行かないで」

などと愚図ってしまいたい衝動に駆られる。しかしあちらもそれなりに苦しんでいるのが解るし、そうしたところで物事を良い方向に導くわけではないから思い留まる。

一見ただただ緩やかで温かい日曜の夕方は切ない思いをずっしりと孕んで過ぎていった。


2013年09月28日(土) 美味しいばかりの秋の一日

気候が良くて、美味しいものを頬張っては、うたたねする。夏の間家庭内別居していたクロエちゃんも、目を覚ますと腕の中でふわふわしている。これは至福の時だ。

近所に住むインドから来た同僚夫婦がランチに招いてくれたので、ゆっくり散歩しながら出かけた。先日スーパーで会った時、ジーンズとTシャツだったワイフが″ゲストのために″とサリを来て出迎えてくれた。新米ワイフは20代前半。大学を卒業してすぐに結婚してしまったそうだ。若いというだけで料理の腕を内心疑っていたが、とても美味しいベジタリアン料理を並べてくれた。米粉のバン(あんまんの皮みたいな)にチャツネという豆とトマトのペーストのようなのを付けて、それを更にサンバルというさらりとしたスープカレーのようなのに浸して食べる。チャツネとサンバルをどうして混ぜないのかと聞いたら、混ぜずにサーブしたほうが色んな味を楽しめるし、口の中でミックスされるのがより美味しいのだそうだ。焼きたてのドーサやジャガイモのサブジなど次々と出てくる。どれもスパイスが効いていて食欲を促がす味だった。食後のデザートにとわたしが焼いていった生地にヨーグルトを混ぜた爽やかな酸味のリンゴのケーキをとても喜んでくれた。リンゴは灼熱の南部ではよく育たず、カシミール地方などから輸送されてマーケットに並ぶ。だから、価格が張って高嶺の花なのだそうだ。最初はひたすら奥ゆかしい雰囲気のワイフだったが、若い彼女にはあらゆることが新しくて楽しいようで、こちらが聞けば、日本語の勉強やら、新婚旅行先のスイスで食べたチーズの美味しかったことなど目をきらきらさせて話してくれる。インド人の同僚達はいつかはインドへ戻ろうと考えている人ばかりだが、彼女は日本が大好きで、ここに根を張って暮らしていきたいという。

さて、そろそろ行きますか、と帰り支度にかかると、バスルームに連れていかれ、石鹸で手を洗わされた。わたしはスプーンを使って食事したから別に手汚れてないんだけどな。。。まぁ、いっか。

ランチもたらふく食べたというのに、歩いて帰ってきたらすぐにまたおなかがすいてしまった。夕飯は栗おこわ。1時間もかけて栗を剥いて炊くだけある。″小布施の名店風″というレシピは栗・もち米・塩・砂糖と材料4つだけだというのに、なんと美味しいことだろう。予め栗をほんのり甘く煮て、取り出しておいて、その煮汁でもち米を炊き、後で混ぜ合わせるのが美味しさの秘訣だろう。もち米の炊き時間に合わせて炊きすぎた栗が煮崩れしてしまうこともなく、歯ごたえも残って見た目もいい。

食べてるそばから明日は何を食べようか、なんて考えてしまうある平穏な初秋の一日だった。


2013年09月22日(日) ただただ″好き″でいい

初デートまでに1ヶ月半かかって、これが最初で最後かもしれない、という予感がしていた。それなのに、10日後に2度目のデートが実現して、その後、あれよあれよという間に気づいたら今週1週間で3回も会っていた。出張の予定などは聞かなくても真っ先に報告してくれるようになって、別れ際には自然と次回の予定を立てる。関係が板に着いてきたような安心感まで生まれていた。しかし、温かい空気に浸っていたのも束の間、短期の出張の予定を告げるのと同じ口調で、フランスへ帰国する日取りを告げられた。

こんな事態に陥ってしまったのだが、不思議とわたしは幸せだ。勿論離れたくないに決まってる。でももう今日と同じ日を二度とリプレイス出来ないかもしれないと思うと、相手のことを思いやる気持ちも強くなって、とにかく残された貴重な時間を良いものにしようと考える。自分勝手に相手に期待をかけて待ったりしない。自分が相手に与えられるものは何かと考える。損得など顧みず、純粋にただただ″好き″という気持ちが自分を動かしているという感覚はなんと心地良いのだろう。

「人生の中で、何度かは相当無理してでも、行動しなきゃいけない時ってあるんだよ。でないと、運命は変えられないよ」

私を本気で心配してくれる数少ない友人のひとりがかけてくれた言葉を有り難く受け止めている。しかし、こればかりは相手のあることで、自分ひとりが無理してもうまく廻らない。相手は仕事柄こんな事態に何度も直面してきて、それなりの考えは出来上がっているようだが、責任感が強いのか、簡単には着いてきて欲しいなどとは言わないだろう。何より来月以降の自分がどこにいるのか解っていないのだから。

諦めることが大人になることなんかでは決してないけれど、運が巡らない時、じっとそれが過ぎるのを待つことが出来るのは大人だからこそだとも思う。恋愛に限らず″運命の人″って必ずいる。人生で何人かはそう思える人に会ってきたもの。自分が人生の中でしっかり目標を定めてそれに向かって歩いていたら、必ず、あらゆる運が巡って、気付いたらずっと欲しかったものが手中にあったりする。周囲の心配と裏腹にわたしの心は落ち着き払っている。


2013年09月15日(日) 町屋のお店

友人と町屋にあるお気に入りのお好み焼き屋さんへ。10人も入ればもうギュウギュウな感じの小さなところだ。この店を見つけたのは本当に偶然だったが、″お好み焼きなんてどこで食べてもそう変わらない″という思い込みを覆された。何よりも美味いものを提供するんだという気持ちがひしひしと伝わる料理人の真剣な姿勢が好きだ。こちらが何かを聞けば忠実に答えてくれるが、あちらから余計なことは話さないし、薀蓄もない。丁寧だが手際がいい。わたしの思う優良な料理人の条件のひとつに″キッチンを汚さない″というのがある。鉄板を使うようなものは油も飛び散るし、汚れやすい。それでも必要以上に汚したりしていない。ホンモノの料理人は高級レストランだけにいるわけではない。

町歩きも友人も、毎度新しい気付きを与えてくれる。楽しい会話と美味しい料理のある幸せな一日だった。


2013年09月12日(木) フランス人男性観察記 

先日書いたフランス人男性観察記の続きを書くことができた。つまりまた会えたということ(ハート)。フランスから戻るなり仕事だったというのに、更にその帰りにまたわざわざ家の近くまで会いに来てくれた。夕闇に包まれた見慣れた町の駅に、ラヴェンダー色のシャツを着た彼を見つけた時は嬉しかった。シャツの色が鳶色の瞳をよく引き立たせていて、とても素敵だった。

静かな隠れ家カフェのソファーで寛ぎながら、ちびちびと酒を飲み、夕飯を食べた。また、フランスの風潮と彼個人の考え方を会話の節々に発見することができた。

「仕事で関わってる日本人の男達は東南アジアに行くと娼婦を買ったりするんだよね。奥さんがいてもそうやって浮気(affair)するんだよ。好きでもない女の子とセックスして何が楽しいのかまったく解らないな。一度フランスで女の子と話すパブのようなところに連れていかれて、すごく綺麗な女の子と話したけど、綺麗なだけで、教養もなくて、全く会話が弾まなくて、つまらなかったな」

彼のようにしっかり勉強して、着々とよいキャリアを築いてきた人は女の人にも同レベルを求めるのでしょう。ヨーロッパはなんだかんだいっても階級社会が根強く残っていて、″Pretty Woman″のような展開はまずないのかもしれない。で、娼婦を買うということを″浮気″と表現する人は初めてだったが、考えてみれば、わたしは自分の付き合っている人が一度でも女の人をお金で買ったと聞いたら、それは浮気されたのと同等の嫌な気持ちになるだろう。フランス人はセックスを大事にするのと同時にその相手との精神的な結びつきも重要だと考えているというイメージだったが、考えてみればフランス映画にも娼婦などはよく登場する。しかしそれは大方シングルの男達向けで、既婚者は真っ直ぐ家に帰るものなのかもしれない。日本人はシングルのうちは真面目に結婚相手を探し、安定を手に入れてから遊び始める人が多いように思う。だからそういう性風俗市場はシングル男性よりも既婚者で成り立っているイメージだが。

おなかも満たされたところで、ふとこんなことを言ってみた。

「あなたはメールでは結構激しくて大胆なこと言ってくるけど、実際会うととてもシャイで真面目な青年というイメージで、どちらが本当なのか解らないわ」

それに対する彼の答えは、思いがけず、強風で雲が全部飛ばされて晴れ間が広がるように、今までちまちまと思い悩んできたことを全てクリアにしてくれた。

「僕はメールでは大胆発言してるけど、本当はすごいシャイなんだ。それにフランス人はよく冗談を言うからね。僕の発言も半分はジョークだね」

「えー!!わたしはあなたが言うこと全て真に受けて真剣に悩んできたのに!」

「はははっ。日本の″空気を読む″のごとくフランスでは″ジョークを読む″なんだよ」

なんだー!あれもこれもジョークだったのかもしれないと思ったらほっとした部分もあるが、わたしを好きと言ったのもジョークかも(苦笑)。フランス人と上手に付き合うには訓練が必要だね。

楽しい夜はすぐに過ぎていってしまう。来月に彼がフランスにいることは確実で、その後、どこへ行くかは解らないが、日本に戻る確率は低い。離れてゆくときは泣くのが目に見えているのに、好きになってしまうんだよね。甘い約束など一切してくれないけど、事実こうやってわざわざ会いにきてくれたりして、行動でちゃんと示してくれる。仕事や人生に対する姿勢が誠実だ。別れの辛さを思うよりも、人として尊敬して憧れることができる人に会えたことを幸運だと思ったほうがいいのでしょう。

まだ彼とは会えるかもしれないが、″フランス人″ではなく彼個人に入れ込み始めたので、フランス人男性観察記はこれで終わり。


2013年09月06日(金) 愛をこめて"I"で始める

先日デートした人とあることに対する認識にすれ違いがあり、気分を悪くして一晩悶々と過ごした。悶々としているのはわたしだけで、あちらは何も思っていないからいつも通りのテンションでメールを寄越す。何も感じなかったふりをしてやり過ごすことはこの真剣な性格ゆえに出来そうにない。物申さずには今後の付き合いはないと思ったが、喧嘩はしたくない。

どこかで、上手な喧嘩の仕方は主語を自分(I)で始めるといいのだと読んで、なるほど!と唸ったことを思い出した。″あなたが悪い″″あなたはどうしてこうしてくれないのか″ではなく″わたしはこれが正しいと思う″″わたしはあなたがこうしてくれたら嬉しい″と自分を主体にするのだ。確かに印象はすごく違う。以前若い男の子がわたしとの仲を周囲にからかわれて、″She is too old for me"と発言して、わたしはそれにとても傷付いた(後で、平謝りされて、今でも彼とは友達だが)。でもわたしに気があった別の若い男の子に、″Am I too young for you?"と心配そうに聞かれた時は悪い気がしなかった。年の差を問題にしてることにかわりはなくとも、自分を主語にすれば、″わたしなんかでいいのかしら″という控え目な印象で、相手を主語にすると″あなたはわたしに相応しくない″という高飛車な印象となる。

これを肝に銘じてメールを仕上げた。わたしはあなたにこうして欲しかった。あなたがこうしてくれなくて悲しかった。わたしはあなたにこんなことを求めるのは間違っているのでしょうか。わたしはあなたがわたしを少しだけスペシャルだと思ってくれているように思っていたので、がっかりしました・・・・

じっくりと考えて書いたことだ。あとはどうとでもなれという気持ちでベッドに入った。

翌朝、返事が来ていた。そこにはぎっしりと説明が綴られていた。そして最後に、こう書かれていた。

「本当にごめんなさい。これからは都度あなたに報告すると約束します」

思いはちゃんと通じた。人と真剣に向き合うのは容易じゃなくて、逃げてしまうことも出来る。でも、どこでも簡単に人と出会えて、出会いの価値が希薄になった現代で、何かのきっかけで近くなった人との縁は大切にしたい。出会った分だけ別れが用意されていても、真剣に向き合った相手のことはちゃんと覚えているものだものね。「上手な喧嘩の仕方」、身をもって学びました。

(写真:秋桜と蝶々のキス)


2013年09月01日(日) あけのひまわり

早朝電車に乗ってあけのひまわりを見に行った。一度一面に広がるひまわり畑を見てみたくて、今年やっと実現した。ひまわりって陽気に笑っているみたいな雰囲気で、見ていると心が明るくなる。ゴッホを虜にした色もひまわりのイェローでしたね。

ひまわりをかき分けて散歩しながら花摘みを楽しんだ。重いけど、持ち帰れるのだ。畑の周りでは地元の人が食べ物を売っている。こんなうだるような暑さの中でごくごくとやる手作りの赤紫蘇のジュースの美味しいことよ。一通り散歩をしたら、裏手の木陰でちょっとごろごろとする。地元のおじさんの連れていた人懐っこい犬と遊び、冷たい水を張った小さなプールに足を浸す。そしてまた紫蘇ジュースを飲んでごろごろとする・・・・。限りなく正しい日曜日の過ごし方でしょう。

沢山遊んだ夏の終わりの贅沢なフィナーレのような時間でした。











Michelina |MAIL