駅景

まもなく3番線の電車が発車して
数分後にまた別の電車がこのホームにやってくる
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返して
同じ(正確には違う)光景が上書きされる

まだ40には届かない母親が
まだ5つには届かない娘の手を取って
ホームに入ってくる電車を眺めている
地面はオレンジ色 母親もオレンジ色
娘はまだ何もわからない様子で
通過した電車に長く伸びた影の一部を奪われていった

せかい
こころのせかい
ぼくの こころのせかい
ぼくの

まもなく3番線の電車が発車する
ぼくはその電車に乗り込もうとする
けれど数分後にはまた別の電車が入ってくるから
べつに乗り込まなくてもいいんじゃないかと思ってしまう
ぼくの前では
まだ40には届かない母親が
まだ5つには届かない娘の手を取って
同じようにまた次の電車だけを待っている
(次の電車は永遠に続いていくけれど)
(次の電車がこのホームに入ってくることはない)

アナウンスが遠くに聞こえた
ハウリングして不快に聞こえた

きけんせ(ガー)ははいじょされま(ビィー)た
もういつ(ガー)もいえにかえっていい(ビィー)すよ

次の電車が前の駅を発車したらしい
同じ色をした同じ鉄でできた
アイデンティティ不足の次の電車が
前の駅を発車したらしい





キヒヌヤラム

道端に生きる野草の影には
キヒヌヤラムがいて私の足首を狙っている
私の足首はキヒヌヤラムに狙われて
いるとわかっているから必死で逃げようとする
追いかけるキヒヌヤラムの形相は険しく
私の足は私から分離しそうになる
かならないかの境目で悲鳴をあげながら
やっぱりキヒヌヤラムの恐怖に怯えている

月の影がくっきりと私を道路に縛り付けて
私の足は千切れそうなくらいに伸びきって
街路樹の先のほうから聞こえてくる笑い声は
私の三半規管さえ狂わせてしまう

キヒヌヤラムの口なのか目なのかわからない
大きな(けれど吸い込まれそうな)場所が
私の心を奪い去りそうになれば
月夜であることさえ忘れて私は
私ではない別の私を呼び起こそうとしてしまう

足首はさっきから空間ごと捩じられたような鈍い痛みと
キヒヌヤラムの笑い声で腐敗しそうだ

キヒヌヤラムの夜
空に浮かぶ満月さえキヒヌヤラムの聖地とならんとて




断ち切る

右のコメカミあたりが疼くと
もうすぐ朝が来るような気がします
昨日失くしたのは1セント硬貨とリング
残ったのは半裸の私と狂喜に満ちた表情

ロッカールームは閉鎖されました
鳥の死骸はそのままに放置されました
横断歩道ですれ違った人は泣いていました
宇宙の彼方で呼吸する星の吐息が聞こえました

右利きの私は右手にナイフを持って
左手の手首を眺めているのです
生と死の境界線が如何にあやふやかを
時計の針が時を刻む音とともに
噛み締めているのです

昨日の夜 私はテレビを見て笑っていました
昨日の夜 私は壁にかけられたポスターを見て
次に模様替えするときは剥がそうと思っていました
そんな私の今日の夜は
生温い空気が漂うバスルームで
生温い液体がこぼれてゆく手首を想像して
生と死の境界線のあやふやさに酔うのです

蛇口から水滴がひとつこぼれました
ピチャンと音を立てた水面は
わずかに波打ったかと思うと
私にあたって消えました
とても簡単にとても簡単にとても簡単に
(それが真実)
うまく焦点があわせられない眼球に
睫毛もろくに生えていないまぶたを覆わせて
私は呼吸していました
生きていました生きていました生きていました
(停止はしたが)

ダンボールの箱が崩れかけています
赤信号を無視して崩れかけています
私の中の私の声が停止しています
青信号を無視して停止しています
今しがた 窓の外で
15分間続いた夕立が止んだような匂いがしました







ぼくのせかいはひろがっていきます。ひろがればひろがるほど、ことばはふくらんでいきます。