INDEX西部オフライン

2000年02月28日(月) 5000記念

舌で撫で上げる程に、固さを増すそれをヒル魔は喉まで大きく飲み込んだ。唇を這わせた軌跡に赤い跡が残るのが面白くて、何度も角度を変えてキスを繰り返す。頭上から武蔵の息を呑む音。発情している息遣いは、腹這いになったヒル魔の腹を震えさせた。
けっこう、来やがるもんだ、な。
ヒル魔の指と舌が追い立てる程に、荒く揺れる息。男の息と、ヒル魔の息。触れられてもいないヒル魔の身体は、とうに熱を持っている。脚の間で床に押し付けられ、刺激を与えられない事にずきずきと不満を訴えた。
口の中のものは、十分な形と固さを保っていた。

こいつに、突っ込まれてぇ。

好きなだけ、腰を振ればさぞ気持ち良いだろうと考えて、鼻で笑った。
ヒル魔の刺激だけで、武蔵は指の間から声を漏らす。いつもなら聞き流す程度のその息遣いに、頬がゆるんだ。武蔵の股間に腹ばいになって顔を埋める自分の姿を想像し、ぶるりと身体が震えた。
ボタンさえはずさず。
触れられる事も無く。

ヒル魔は、ただ舌を動かす自分に欲情していた。
雄にからめる指先の赤。
綺麗に塗られたエナメルの反射。
唇から男へと色うつりする紅の赤。

---

大会も、順調に進んで明日は3回戦。対独播スコーピオンズ戦だ。負けるつもりはしなかったが、何かもう一つ趣向をこらしたいと思った時、たまたまそれが目についた。単なるひらめきのだけの馬鹿馬鹿しい方法。その分相手に与える虚脱感とインパクトの大きさを想像してヒル魔は口端をゆがめた。
放課後、教室内で今年の新色だの新製品だのの話題に花を咲かせる一団に声をかけた。
難無く、いらないと捨てられかけていたそれを譲り受ける。
かわりに、と言われた小さな提案。
断る理由もみつからなくて、両手を彼女達に差し出した。そこに群がる、いくつもの指と手。
細くて華奢だと口々に誉めながら、小さなはけが小刻みに爪の上を動いてゆく。わずかな時間で綺麗に装飾された指先は、そこだけ性別を変えたような錯角をヒル魔に与えた。

ふとした仕種で、目に赤がちらつく。そこに、女達が秘めている「性の主張」を見ている気がした。私はここにいるのだと。あなたをつかまえたいのだと。呪いにも似た粘つく囁き。
そんな正直な主張は、少なくともヒル魔には好意的に写る。言葉で言い訳を繰り返し、無自覚とあつかましさに上塗りされた物よりも、それはずっと正直でシンプルなものなのだから。

見つめているうちに、ヒル魔はふといつもの顔を思い出し。
通り過ぎるつもりの駅で、電車をおりた。

----

初めに指を見せつければ女みたいだなと言われ。次に見せた口紅で呆れたようにどうしたと問われた。
彼女達がいらないと言った気持ちも分かる程の、強い赤を。唇に近付ける。
片眉をあげて、おまえほんとにどうしたんだと問われる前に。色ついた唇を、強引に押し付けた。

試合の直前には、自然と禁欲的な生活になる。スタミナ温存というより、他に意識が回らないのだ。
熱く高揚する身体は、試合のフィールドで発散させる以外の道を求めない。それでも。
今日に限って。身体が疼くのは、どうしてだろう。

唇を離すと、武蔵の口にべったりと付着した赤。
倒錯的な気分に突き動かされて、何度も唇を落とした。
濃く、薄く、赤が散っていく武蔵の顔。
ヒル魔が武蔵に触れた足跡。

見ているだけで、気持ちが良かった。腕の中の男が、自分の物だと印をつけているようで。
赤が掠れて、再度ヒル魔は唇に紅を塗った。
シャツをはだけ、ゆっくりと舌をその肌に下ろして行く。
指で外へ引き出した場所へ顔を埋め、次第に固さを増すそれに、何度も赤く、口付けた。

----

いつもとは違う趣向をこらした触れ方に、武蔵の息の上がりが早い。
見られている、とヒル魔は思った。
指の絡みを見せつけるように、顔を反らして笑ってやった。
「女と、してるみたいだろ?」
照れたように顔を反らす目元が、赤い。紅の色では無い、肌の赤さ。
指で先端をぐりぐりとこねれば、呻くように喉を反らす。
いつもなら、武蔵の表情を味わう程の余裕は無い。
ただ、自分を追い立てる武蔵の動きに酔っているだけ。
見上げる視線に気がついたのか、ぐいと頭を押し付けられた。
視界の中で、武蔵を追い立てる女のような指。
ところどころに人工の赤をつけた武蔵の雄が、その刺激に反り上がる。
股の内側や、へそにさえも蛭魔の唇が這った跡が残っている。
あちこちに散らしたその、一つ一つが武蔵への主張。

これは俺の物だと。
お前を捕まえているのだと。

お前を、手放さないという。
赤い主張。粘ついた囁き。
声にならない、蛭魔の言葉。







[赤いヨードチンキ]

ムサ、クレンジングとか持ってねえだろ。
20050519


2000年02月27日(日) 営業2

「仕方ねえだろう?」
ハンドルにかじり付くように俯いた蛭魔を、その言葉で慰めるのは恐らく無理だろう。
うう、と地を這いそうな低い音。諦めきれない気持ちも分かるが、初めから今回の競合は、歩が悪い。
提出した物は他社に劣る事は無いと思う。控えめに、武蔵はそう判断した。
同じような内容と見た目が揃った中で、少なくともコンセプトはうちが一番深くまで掘り下げているとは思った。表現の方法は良く言えばシンプル。
悪く言えば単純だったがけして手を抜いた訳でも無い。実際、評判は良かった。

蛭魔は十分に言われた仕事をやってのけたと思う。
今回は、単なる顔合わせ。うちも、あなたの仕事をとりたいとアピールできて、なおかつクライアントの意識に少しでも残れるようなパフォーマンスがあればいい。
その程度の、競合参加。広告戦略から媒体まで、すべて自社内でまかなっているこの菓子メーカーの仕事を一本とれればそこからずるずると仕事は広がる。
 簡単に億の金が絡む仕事だ。まったく外部に開かれていない会社の窓口を攻略するのだ。年単位で見るのが当たり前だ。
 なのに。隣で心底悔しがる蛭魔。

「最初からわかってただろう」
客は、素直に良い物を喜ぶ。プレゼンに対して良いと思った物へはすぐに食い付く。
手ごたえはあった。彼らの目の色がほう、と変わったのを確かに見たと思った。
けれど。
結局はいつものところがさらって行った。
「こんなもんだろ、まだ1回目だ」
本気で悔しがっている蛭魔は、取れるものなら今回から狙っていたんだろう。
今日落とされた内容は、棄て案というには惜しい出来だ。誰もが無理だという物を、本気で狙ってあのクオリティを叩き出したんだろう。
「出来は良かったんだし」

あのクライアントの様子。次に商品が切り替わる夏頃にでも顔を出せば、すんなり新規の仕事を取れそうだ。
武蔵は手帳を開き、秋物の商品変更ってそういやいつだったろうと考える。
「おい、秋の菓子っていつだったっけ」
もらった資料が読めない程度に、車内は暗い。山は日が落ちるのが早い。
車を走らせる事、都心から3時間。立派な田舎だ。
工場とそれに附随する以外の施設が見当たらない。
返事をもらえず、諦めて武蔵は手帳を閉じた。会社に連絡はいれてあるので、あとは帰るだけ。けれど、肝心のドライバーは動く気配さえみせない。

大体、そこまで仕事を増やして、楽しいもんかな。
蛭魔がこの仕事を好いているとは、あまり思えない。
トラブルと面倒の繰り返しで世間が思う程の華やかさはない。
常に求められるクオリティは高く、それでいて日数は矛盾する程に短い。
保たなければならない高い意識。それを動かす、計画性。指示能力。管理能力。
どれもしっかり持っているのだから。他の業種についたって問題ないだろう。
提案した物の質や内容に一切関係なく取り引きされるこんな業界よりは、よほど。

まあ、こいつも痛がり好きだしなあ。あれだ。一種のマゾだ。

「おい」
顔も見せないぐらいに落ち込んでいる姿を見せてくれているのは気を許されたようで嬉しいが。武蔵はさっさと帰りたかった。
だいたい、仕事とれなかったぐらいで何だ。金だったら十分持っているだろう。
狭い車内は、その方面にはあまり詳しく無い武蔵でもわかるほどに手が加えられている。
一見は普通のカーナビ。一度だけ動いている様子を見た事があったが、地図の一つも出ない画面を見た時から詳しく聞くのは止めようと思った。
帰りてえな。
家に帰れるのは一体いつなんだ。

リクライニングを倒し、狭い車内で身体を伸ばした。
2シーターでただでさえ小さな座席周り。
そこに武蔵のような身体の人物が座れば、身動き事体は制限される。
あまりこの車は好きじゃない。





うとうととまどろんでいた武蔵は、ふと言い様のない違和感に起こされた。
目をあけても、とっさに周りの判断がつかないほど、暗い車内。
身動きが許されない状態でのうたたねは、覚醒を鈍くする。
動かそうとしても思う通りにならない手足。
いまだに眠りから覚めない四肢。さらに、腹の上に動くもの。

「よう。目ぇ覚めたか」
違和感はすぐに、覚えのある刺激に変わった。布の上から、なぞる指。
刺激というほどではなく、ただ規則的なだけの動きは快感を与えてはこない。執拗に触られているだけの、薄い感覚。

目があうとにやりと蛭魔は笑い、じんわりと熱を持ちはじめていたその場所に顔を落とした。止める間もなく器用な指が中から武蔵自身を引き出して、形を導き始める。
「お、おい」
「やりてぇんだよ、がたがた言うな」
ちゅうと音がして、蛭魔の手の中の先端に、柔らかな物が押しあてられたのがわかった。
その質感は武蔵の先を何度か湿らせた後、ゆっくりと触れる範囲を広げて行く。奥までが独特の柔らかさに被われて、武蔵は息を飲んだ。

「っ……、お、い…。ちょっと、ちょっと」
だ液と武蔵自身がこぼすものが、密着した蛭魔の唇から水音をたてる。ぢゅる、と吸い付かれて息が止まる。
「うるせえよ」
咥えたまま器用にしゃべる蛭魔の口内の空気の震えは、新しい刺激となって武蔵の言葉をさえぎった。
暗い車内では、どんな蛭魔の表情もしぐさもよくわからない。
視覚で確かめる事ができないまま生暖かく含まれて動き回る舌と指の動きをやり過ごす事しかできず、武蔵は口に手をあてて荒い息を押し殺した。
蛭魔の片手は、武蔵の足下に伸びているのだろうが。
もう片方は。自身の腰の後ろに伸びている事がシルエットで分かった。 
下着の下の、武蔵を受け止める場所を自分で解しているだろう事に気がつき、小さく揺れる腰の動きにまた、欲を煽られる。

蛭魔の息遣いが荒くなっている。何にそんなに興奮しているんだと思ううちに、下肢からふいに感触が消えた。刺激から解放されて、中途で止められている内は楽になったとは言えない。
こんな身動きのとれない車内でどうするのだろうと思えばに、股間にぬるついた物が丹念にまぶされ、その準備の良さに自然にため息が漏れた。
倒れたままのリクライニングに横たわる武蔵の姿勢では、大人しく気をつけをしているようなもので、満足な動きがとれない。
ただでさえ狭い車内の事で、蛭魔にそのまま跨がられて完全に動きを固定されてしまう。

「おい、ちょっと待てって」
「いいから、てめえは動くな」
故意になのだろう、蛭魔の両膝が武蔵の手を封じていた。
脚をこうも閉じた状態では、前後に動く事さえも腰に負担がかかりすぎる。
膝立ちする蛭魔の頭は当然ながら窮屈そうに天井につかえて、片手を腹の上に手を置きながら丁度良い姿勢を探っている。
刺激によって固さを増した武蔵のものに指をあてがいながら、目の前で。
蛭魔の体が沈みこむ。

「っ……、ん……」

 蛭魔を跨がらせたままで、武蔵は不自由な姿勢のままでため息を漏らした。
こういった時に蛭魔が主導権を握りたがる事はいつもの事でも、これほど身動きがとれない状態で事に及ぶのははじめての事だ。
なんとか脚だけでも広げたいともがく武蔵の腹に蛭魔の両手が乗せられた。
そこに押しあてられる圧力が高まり、跨がる体が持ち上がる。
根元まで飲み込んだ部分がずるりと伸び上がり、先端だけを体内に残したまま軽く腰が揺すられる。
上から漏れ聞こえる喘ぎは、自分で気持ちの良い場所を探っているからだろう、そのままゆっくりと腰が下ろされた。
深く腰が沈み、ぐちゃりという湿った音が結合した場所から聞こえてくる。
いつもと違う、何一つ思うようにはならないこの姿勢はひどくもどかしい。
自分で腰を動かす蛭魔の動きは緩慢とも言える程で、丹念に焦らされているのに等しかった。

「おい、ちょっと……」
「うるせえ……。動くなって、言ってる……だろう………」

蛭魔は、思うままに腰を揺らす。
ひねり、浮かせ、程よい場所に武蔵の先端を擦り付けては小さくよがって声を漏らす。
暗闇に慣れた視界の中で確かに蛭魔は喜んでいて、それが一向に満足のゆく刺激を与えられない武蔵の焦燥感を煽り立てる。

「てめ、えは……がんがん動きゃ、良いって……思ってんだ、よ……」
武蔵もよく知っている蛭魔の中の弱い部分に先端があたる位置で、小さくこするように腰が揺れる。
「バカの、一つ、お……ぼえ………っ……」
武蔵が何一つ揺すり上げていないというのに蛭魔の息はとても荒い。
それは言葉以上に普段の自分が下手なのだと言われているようで、不満を口に出したかったが。
いつものペースではない蛭魔の動きと締め付けの強さに武蔵の体も盛っている。強い刺激は一つとしてない中で焦れにも似た刺激の繰り返しは、熱を高め息を荒げ、その先の絶頂が強い物になるだろう予感を感じさせた。
「ふっ……んっ………」
ぎしりと車体が軋んで、楽しそうに見下ろす蛭魔が甘く息を漏らす。
額にうっすら汗をかいているらしい表情は、自分で煽る刺激にとろりと緩み、満足そうに嘲う。
その余裕さえ感じられる顔を崩してやりたくて、反射的に手を伸ばしそうになる。
上からのしかかられたままの両の手は、当然動かす事さえできずに蛭魔の笑いを深めるだけの抵抗になる。

「動き、てぇか……?」
「……」
 覗き込まれ、何も言葉にできず目をそらすと蛭魔はくくっと咽の奥で笑う。
深くまで腰が沈みこんで、その分膝から力が抜けた。
「いいぜ、好きに動けよ」
「………最後まで、イっちまうのかと思ったぜ」
「それでも別に、いいけどよ?」
「………」
 どうすればこいつの余裕と自信に溢れた態度を崩してやれるだろうと考えながら、とりあえずリクライニングの角度を調節する。
マグロの様に横たわったこのままの体勢では好きにしろと言われても何もできはしない。
痺れた片手でレバーを動かして姿勢を変え。武蔵の上に跨がっていた蛭魔が動く内になにかを蹴飛ばしたらしい。
かつん、と固い音がしてぶん……と、カーナビらしい画面に光が入った。

舌打ちして、蛭魔は落ちたらしいリモコンを探す。
闇に慣れた目には、モニターの薄い青みがかった光りで十分に車内の様子を知ることが出来た。
ボタンの一つも外しておらず、ズボンさえも脱いでいない、膝の下にぐしゃりと撓んだままのスーツ姿は情交に弛んだ表情の蛭魔を酷く卑猥な物に引き上げた。
スイッチに手を伸ばそうとする蛭魔の手を取り、ほどいていたネクタイで後ろ手に結わえた。
「てめえっ」
「好きにしろって言っただろう?」
腰をぐいと押し付ければ、何かを言いたげに開いた口がぎり、と閉じる。
ゆるい戒めをほどこうとしてやっきになる蛭魔の体を、乱暴に揺すると動きが止まる。さっきまで、あれだけ漏らしていた声を意地でも発しようとはせずに。

「どうした?」
一度も触れていないだろう胸の粒をシャツごしにこすってやると大きく身をよじる。
布の上からでもそれとわかるほどの固さが面白くて、指で潰せば堪えられないのだろう、蛭魔は大きく頭を振り続ける。
「くっ………早く、消せっ………」
しつこく、カーナビを消せと言う蛭魔にその画面に目を向けると。
小さく画面に点滅する「認識error」の文字。
思い当たる節を確かめようと、武蔵は蛭魔の胸に両手を這わせた。
ぎりぎりと、声が出るまで指に力を加えてやる。
「いっ……痛っ………」
 画面が動いて、しばらくの間ののちに、該当件数0と表示される。
「音声識別できんのか、これ」
「……っ…」
これほどまでに声を出す事を拒んでいるのも、これで納得が行く。
「俺の名前、登録してんだろ?」
ぎり、と睨み付ける目はすぐに力無く反らされた。
それは、何よりもの肯定の合図だ。
「言えよ。俺の名前」

強引にネクタイを外し、画面にのびようとした手を止める。
腰を押し付けながら、タイミングよく両手を引き下げた。
武蔵を飲み込んだ部分がぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
それでもかまわず腰を押し付ければ、堪えられないように悲鳴があがった。
「あっ……くっ―――っ……」
「動かないのが、好きなんだろう?」
大きく突き動かせば、蛭魔の頭が天井にぶつかるだろう。
反射的に乱暴になりそうな動きを押しとどめて、中を擦りあげる事に専念した。
丹念に「弱い」場所を突いてやれば啜り泣くような声があがり、さっきまでの不愉快さが溶けて行く。
 蛭魔が自分で擦りつけていた場所を角度を変えて何度も小さく突いてやる。
触れても、触れられてもいない互いの腹の間に挟まれた蛭魔の先端からは、それが「イイ」のだと伝えるように蜜をこぼした。

「言ってみろ、よ」
画面は、武蔵の声には反応しない。
睨み付けるような視線は、だんだんと力が消えていて。
とろりと欲に甘えた目の奥が躊躇しているのがわかった。
軽く揺すりあげればぱくぱくと開いて、閉じる。
ドア側の手を離して、腹につきそうなほど立ち上がったそれを指でさすってやった。
「う、ぁああっ……!!」
蛭魔が口を開きやすいように、逃げ道へと誘ってやる。
あとでどれだけ罵られるのかは想像がついたが、さっさと言えば楽になれる。お互いにだ。
「言えよ」
「くっ……そっ…………」

指の中の物は、固く十分に高まっている。
言わせるために、焦らさせるには絶好のタイミングだったらしい。
促すように、突き上げを弱めて焦らしに近い緩急をつけてやる。
「……っ、たけ、くっ………らぁ……」
 画面が変わり、いくつかのデータが提示されたようだったが。武蔵にとってそんな事はどうでも良かった。

空いた手が窓へ縋るように伸び、爪をたてるように指先がく、とまがった。
忌々しいと言うような目もとがほんのりと赤く、それが演技らしい事が分かるが黙って、指を動かした。
ぎしりと、シートがきしみをあげるほどに腰を揺らした。堰を切ったように、蛭魔が咽を反らして啼いた。

「ぁあっ!……ぁ、あっ、ぁ……んっ……」
画面はそんな蛭魔の声を逐一拾い、何度もエラーを示していた。
画面が切り替わる都度、無機的なパネルの照明が切り替わり、自分の声がそうさせている事を知っているように蛭魔の頬が赤く染まる。
「ひっ……んっ、イ、く――――っ!!」
大きく仰け反って、武蔵の手の中にたまった熱が吐き出された。
あわせるように、武蔵もその狭い体内に押し付けて精を放つ。
大きく動けない車内で、絶頂の強さは動きで発する事が出来ない。
目をつむり、痙攣するようにびくびくと震える体を互いに押し付けながら。
快楽の熱が引くまでの時間を、荒い息のまま抱き合い。車内にしばらくの沈黙が訪れた。





「てめえ………」
何をどう、罵られるのか。ゆったりと残滓に浸ったまま、ぼんやりと武蔵は汗が流れた蛭魔の顔を眺めていた。
これで、眠ってるうちに家に帰れればサイコーなんだ、けどな。
叶いもしない願望を脳裏に流してみるが。欲に染まった蛭魔の表情は、そんな武蔵の願いとは程遠い意志を伝えてくる。
「めずらしく、その気になったか?」
一度火がつけばその熱を簡単に萎ませたりしない点が、蛭魔との大きな違いだと武蔵は思っている。
仕事でも、情交でも。時間がくればどれだけ仕事がのっていても帰りたいと思う武蔵は、いつも蛭魔のその性格にひきずられる。
何ごとも、満足するまでは無理をしてでも最後まで続ける点に。
「言い訳は、終わってから聞いてやるよ」
蛭魔の腕が、ゆっくりと武蔵の背とシートを抱き締め、その唇に音をたてて吸い付いてくる。
さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったのか。放ったばかりだというのに腰をいまにも擦り付けてきそうな蛭魔の様子に武蔵は内心でそっとため息をついた。

互いのシャツに派手に飛び散っているだろう白い液と。
しわくちゃで使い物にならないだろうスーツの上下と。
貴重な睡眠時間。

願わくば。
今日中に家に帰りたい。

心の底から、そう思った。


2000年02月26日(土) no title 車内



「まあ、仕方ねえよな」
ハンドルにかじり付くように俯いた蛭魔を、その言葉で慰めるのは恐らく無理だろう。うう、と地を這いそうな低い音。諦めきれない気持ちも分かるけれど、初めから今回の競合は、歩が悪い。提出した物は他社に劣る事は無いと思う。控えめに、武蔵はそう判断した。同じような内容と見た目が揃った中で、少なくともコンセプトはうちが一番深くまで掘り下げているとは思った。表現の方法は良く言えばシンプル。悪く言えば単純だったがけして手を抜いた訳でも無い。実際、評判は良かった。
蛭魔は十分に言われた仕事をやってのけたとおもう。
今回は、単なる顔合わせ。うちも、あなたの仕事をとりたいとアピールできて、なおかつクライアントの意識い少しでも残れるようなパフォーマンスがあればいい。その程度の、競合参加。広告戦略から媒体まで、すべて自社内でまかなっているこの菓子メーカーの仕事を一本とれれば。そこからずるずると仕事は広がる。簡単に億の金が絡む仕事だ。まったく外部に開かれていない会社を攻略するのだ。年単位で見るのが当たり前だ。
なのに。隣で心底悔しがる蛭魔。
「最初からわかってただろう」
客は、素直に良い物を喜ぶ。プレゼンに対して良いと思った物へはすぐに食い付く。
手ごたえはあった。彼らの目の色がほう、と変わったのを確かに見たと思った。
けれど。
結局はいつものところがさらって行った。
「こんなもんだろ、まだ1回目だ」
本気で悔しがっている蛭魔は、取れるものなら今回から狙っていたんだろう。今日落とされた内容は、棄て案というには惜しい出来だ。誰もが無理だという物を、本気で狙ってあのクオリティを叩き出したんだろう。
「出来は良かったんだし」
あのクライアントの様子。次に商品が切り替わる夏頃にでも顔を出せば、すんなり新規の仕事を取れそうだ。
武蔵は手帳を開き、秋物の商品変更ってそういやいつだったろうと考える。
「おい、秋の菓子っていつだったっけ」
もらった資料が読めない程度に、車内は暗い。山は日が落ちるのが早い。
車を走らせる事、都心から3時間。立派な田舎だ。工場とそれに附随する以外の施設が見当たらない。
返事をもらえず、諦めて武蔵は手帳を閉じた。会社に連絡はいれているので、あとは帰るだけ。けれど、肝心のドライバーは動く気配さえみせない。
大体、そこまで仕事を増やして、楽しいもんかな。
蛭魔がこの仕事を好いているとは、あまり思えない。トラブルと面倒の繰り返しで世間が思う程の華やかさはない。常に求められるクオリティは高く、それでいて日数は矛盾する程に短い。保たなければならない高い意識。それを動かす、計画性。指示能力。管理能力。どれもしっかり持っているのだから。他の業種についたって問題ないだろう。
提案した物の内容に一切関係なく取り引きされるこんな業界よりは、よほど。
まあ、こいつも痛がり好きだしなあ。あれだ。一種のマゾだ。
「おい」
顔も見せないぐらいに落ち込んでいる姿を見せてくれているのは気を許されたようで嬉しいが。
武蔵はさっさと帰りたかった。
だいたい、仕事とれなかったぐらいで何だ。金だったら十分持っているだろうに。
狭い車内は、その方面にはあまり詳しく無い武蔵でもわかるほどに手が加えられている。
一見は普通のカーナビ。一度だけ動いている様子を見た事があったが、画面に地図の一つも出ないカーナビを見た時から。詳しく聞くのは止めようと思った。
帰りてえな。
帰宅は一体いつなんだ。
リクライニングを倒し、狭い車内で身体を伸ばした。2シーターでただでさえ小さな座席周り。そこに武蔵のような身体の人物が座れば、身動き事体は制限される。あまりこの車は好きじゃない。



うとうととまどろんでいた武蔵は、ふと言い様のない違和感に起こされた。目をあけても、とっさに周りの判断がつかないほど、暗い車内。身動きが許されない状態でのうたたねは、覚醒を鈍くする。動かそうとしても思う通りにならない手足。さらに、腹の上に動く影。
「よう。目ぇ覚めたか」
違和感はすぐに、覚えのある刺激に変わった。布の上から、ただなぞる指。刺激というより、ただ規則的なだけの動きはすぐには快感を与えてはこない。執拗に触られているだけの、感覚。


ム印ゲット!!

今脳みそにかなり外に出違ってるネタが
盛り沢山なので、がんばります。
とりあえず3本同時進行。

明日あたりにでも5000いきそうなので
用意していたりします。

それにしても、みんなおちつけ!って。
あんまりカウンタ回ると、やまだも回るよ!って。
私が動揺かつわたわた嬉しくて踊り出しちゃうよ。

実は、昨日から300くらい回ったんだけど。
アクセス解析すると180人ぐらいで。
実際い重複した人を除外すると70人ぐらいが
来ているというすごく面白い展開ですよ。


ああ、ねむくてナニがなんだか。

泥の一族。あれねえ。あのねえ。
あのへんがねえ、ごにょごにょするの。
私は語り足りないよ。

さてと。
仕事に戻りますよ。プレゼン落ちた2人はもちろんこのまんま
なだれこむよ。




2000年02月25日(金) 言い訳

ああもう、ああもう、こんな物に何日私は時間をかけてるの。
丸2日、あしかけ3日、ばかばか!

某大手代理店の営業マンとフリーなディレクター。
2人が組んで仕事するようになって、まあ、むにゃむにゃしてるの。
ラブなの。そういう、お話。

文と文の間で。行と行の間で。
何回おええと言っただろう。
(そりゃもう絶え間なく淀み無く途切れる事無く川のごとくに)
同業者の皆様。こんなファンタジーな奴らがいるわけないよね、
そうだねそうだね的な目でみてやってください。
笑えませんけど。
ドクター秩父山でおええ鳥っていたよね。そういや。


多分、武蔵の無能っぷりが気に入ってるんだろうなあ。
で、それを隠しもしない、頭の悪さと、説明したら分かる
飲み込みの早さが蛭魔の邪魔にならないんだろうなとか。
言いたい事は山のようにあるけれど。

いやー。設定ばっか書いちゃって。
何様だ私は。連載でもするつもりか。
だめだなあ。
仕事絡むとどうしてもいろんなところ突きたくなるし。
フォローしたくなるし。

おええ。

人様のところで読みたいよ。

とってつけたようなエロがまた、痛い。痛痛しい。
だめだ。きっつい。
一応、20後半の2人を意識して会話させてみましたが。
なんて発言事体が痛々しい。痛い。いたたたたた。

しかもこれってネタだけはもりもりあるからなあ。
喧嘩する2人とか。怒鳴りあっちまえ。
広告代理店の営業と、製作担当者の怒鳴りあい。
ああ、怒鳴りたい。怒鳴らせたい。

で。
テーマは「眠たい」だったんですけど、そういやこれって
縛りで外で。あら。そう書くと結構エロいじゃん。
実際かなり大した事ないんだけど、テキスト置き場になんて書こう。
タイトルの次に困りますな。自分の説明文とは。


ちっさいエピソードを拍手に置きました。
笑ってやって下さい。


2000年02月24日(木) no title 路地

「だから言ってンだろ、どこに目ぇつけてんだ!」
深夜をとっくに回った事務所内にヒル魔の怒声が響いた。疲れと惰性だけがのこる事務所内がひどい空気に包まれる。怒鳴られた男はさっと顔色を変えた。指差された場所に目をやり、すみませんと頭を下げる。
「ここと、これもだ。表記の統一ぐらい確認しろ!」
誰の疲れもピークを過ぎていた。電車はそろそろ、終電が出るだろう。
パーテーションごしに揺れる何人かの頭。恐らく、今蛭魔が指摘した内容が気になっているのだろう。
束になった出力紙をばらばらとめくりながら、ヒル魔は苛々と足を揺らす。武蔵はちら、と壁の時計に目を向けた。深夜の2時。怒鳴られる方も、けして怠けているわけではない。
「指示を見てんのか、糞」
「どこをどう校正すりゃあこんなミスを見逃せるんだ」
「直ってねえだろ!」
分厚い紙の全部に素早く目を通し、怒りにまみれた指示を飛ばす。
何枚かの出力紙が引き抜かれ、赤で大きく指示を書き込まれた箇所に顔が引きつりそうだった。武蔵自身も校正し、見のがしていた物もいくつかある。
「完成校」と書かれた中から、10枚近くの再提出が蛭魔に発見される。
あいかわらずこいつの目の鋭さには舌を巻く。校正というのは、ただ単に文字を追えば良いのでは無い。つまり。蛭魔がいかに細部までこの原稿に目を通し、頭に叩き込んでいるのかということだ。

突き返されたそれらを手にし、男はもう一度すみませんと小さく頭を下げてパーテーションの後ろに消えた。どかどかと蛭魔の足がテーブルを何度も蹴りあげた。
相当に重いはずのそれが、その都度、床とこすれて嫌な音を立てる。
やつあたる態度を隠そうともせず、苛々と蛭魔は椅子に沈んで両足をテーブルに音を立てて乗せた。見ているこちらが眉をしかめる程のひどい態度。
おい、一応ここも自社じゃないのだから、と声をかけようとして武蔵はその言葉を飲み込んだ。
誰もが、疲れている。
小さな特徴のある息遣いが奥から聞こえてくる。誰か、泣いているのかもしれない。
時間は2時を回っている。
まともな職業ならば考えられない時間だ。

直しのいくつかは、写真の修正も含んでいた。今からあの量。なんとか朝一で間に合うとして。
修正に2時間。…3時間みとくか。もう一回校正して出力で、1時間。柄はさすがに間に合わないので切り貼りでごまかすとしても……。
完成は6時を回るだろう。それまでを、どうするか。
怒鳴り疲れた蛭魔の顔には、他人には見せない疲れが現れていた。
無理も無い。ここ数日は呪われたようにスケジュールが崩れた。相当な激務が続いたのだろう。目尻から頬にかけてに、張りが無い。普段ならば自制するような怒声まであげていたのは疲れのせいもあるだろう。
恐る恐るといったように、先ほどの男が再び顔を見せた。だいたいの目処と、再提出の時間はさっき武蔵が予想したものと変わらない。武蔵さんの会社に、朝一で届けますという言葉にこれで家に帰れると思った。
「で?その時までには、まともな校正も出来るようになってるってわけか」
すみません、と俯く肩が震えている。こんな時間まで続いた残業の上に、チームの代表として同僚の前で怒鳴られているのだ。腹がたつのも当然だろう。
はい、という言葉は黙殺された。
椅子にかけてあったジャケットを手に取り、蛭魔は席を立つ。
俯く男の脇をすり抜け、打ち合わせの場所を立ち去るのに、挨拶さえ無い。
慌てて後を追い掛けるが、さすがに同じ様にこの場を立ち去る事はできない。
嫌悪を隠す事なく顔に浮かべている目の前の男を見て、武蔵は浮きかけた腰を落とした。
「疲れている中、すみません」
「いや、良いんです。間違えたのはこちらですから。むしろ、申し訳ないです」
一通りの溜飲を下げたのか、男の声に怒りは少ない。
「朝には必ずお届けします。直しが無いように、確認しますから」
「……お願いします」
そうして、室内に徐々に会話が戻る。
それほど広くもない空間に途切れていた会話が呼び戻され、その内容の多くが出て行った男への非難。

仕方ねえんだけどな。

武蔵はぼりぼりと頭をかいた。風呂に入って飯喰って、ビール飲んで寝てえ。
けれどそれは一体いつになるのだろうか。

-----

フリーの広告ディレクターを営む蛭魔の噂は、主に2つに別れる。
非常に有能で、多少値が張るもののしっかりとした物を作り上げる事ができるが、ひどく協調性に欠けている。それは、どちらも正しい評価だ。ただ、その噂はあまり蛭魔に対して好意的では無いように武蔵は思う。
仕事のクオリティの高さは誰もが認めているために、多少やっかいな仕事が蛭魔の元に運ばれる事も少なくはないのだ。トラブルが発生率が高くて当然だと、その仕事ぶりをまじかに見て思う。
社内で特にめだった功績も持たない武蔵が彼に紹介されたのはもう3年ほど前に遡る。前任の担当が胃を壊したらしい。かわりに自分が蛭魔と組まされるようになった理由は、多分胃が丈夫そうだからぐらいだろう。
噂でしか聞いた事のない奴の最初の印象は、読めない男。
挨拶の言葉も耳に届いていなさそうな、やる気のなさそうな態度。担当なんてどうだって良いと言わんばかりの態度は名刺を片手で突き出された事で確信に変わった。丁寧に両手でその名刺を受け取り、代わりに渡した名刺は、数秒で奴のポケットにおさめられた。
それが。何度か公私に渡る喧嘩の末に、俺はその仕事を終え。そうして、なしくずしに押し付けられた次の仕事もまた蛭魔と組まされ。何時の間にか、社内で微妙なポジションを獲得していた。

すなわち。
蛭魔を使える営業は、武蔵だけ。
武蔵を通せば蛭魔に仕事を通しやすい。

そうして。年と実力に見合わず、大きな企画に立ち会う事が必然的に増えて。つまらないやっかみと妙な崇拝を受ける事となった。今では、武蔵に対する評価は高い。翻せば、それだけ他人がやれば難しい仕事ばかりを押し付けられている事であり。その面倒な部分のほとんどを実は蛭魔が処理している事を知る者は少ない。
仕事の内容を把握し、最終目的地を見定める。
それは、ほんとうに特殊な能力だった。
資料を渡して数日のちには、蛭魔の脳裏に出来上がる完成図。

その、高い能力ゆえに、周りが足並みをそろえられない事のいら立ちは、相当なものなのだろう。
今までの営業は全員が、ゴミだったと蛭魔は語る。
ろくに仕事も出来ない癖に、プライドだけが高いとけなす。
誉めるだけで、腰が重い。仕事の流れを読めないで口ばかり出してくる。
スケジュール通りにすすまない仕事の言い訳ばかりする。
仕事をこなしながら、無能な自分にも当てはなる事は多いと武蔵は思っていた。

なんで、俺は平気だったんだ。
なんでだろうな。

自由業らしい、ラフな服装の蛭魔が肩をすくめる。

馬鹿だからじゃねえか。

言い方に、悪意は感じられない。
言葉に、不快な物を感じられない。

それが、多分相性なんだろうなと思う。

-----

すみませんが、よろしくお願いしますと挨拶を残して事務所を出る。
ボタンを押すと、すぐに開いたエレベーターの中に蛭魔がいた。
壁にもたれて驚いた顔でこちらを見ている。
「ボタン、押してねえんじゃねえか」
白いままの回数表示ボタン。
1階を押すと降下する小さな密室。
「疲れてんだろ」
だらりと両手を下げて、蛭魔は何も答えようとしない。
脱力しきったようなその姿を、彼らに見せてやりたいと思った。
多少言葉は悪いものの、蛭魔の言った事は正論だ。
今日の夕方にはできるはずだった原稿が夜に押し。
製作がさらに時間を押した。
武蔵は片手でネクタイを緩めて息を吐いた。今まで何も感じていなかったその首周りの拘束が、急に息苦しい物に変わる。
疲れているのは誰もが一緒だ。みんな、その中で仕事をしてる。
「あー。寝てえ」
この時間にもなると、感想さえも同じ事しか出てこない。
開いたドアから箱の外に出る。正面は施錠されているために、裏の通用門に向かった。
「ちゃんと、休めよ」
気休めでしかない言葉をかける。
守衛室を覗いたが、誰もいない。巡回でもしているのだろうと考えて、武蔵は2人分の名前の後に退出時間を書き込んだ。ドアの外はうすぐらい路地。飲食店の油に焼けた匂いがそこに、染み付いている。
足下にごちゃごちゃと置かれた物をどけ、乱雑に停められた自転車にぶつかりながら外へと向かった。
「ちょっと、どっか寄ってくか」
どうせ、このまま帰った所でこいつは素直に寝はしないんだろう。
それならせめて飲みつぶしてやった方が、言う事を聞きそうだ。
この時間までやっている店があったかと考えて武蔵は蛭魔を振り返った。
「おい、まだやってる店、知ってるか」
その先に、蛭魔はいない。
「蛭魔?」
うすぐらい路地の隅。全部が影に沈んで、蛭魔の姿がみつからない。
「おい、どうした?」
自転車を避けながら、名前を呼んだ。逆側に抜けたんだろうか?
と。
下からのびた腕に、ネクタイを引きずられた。
闇に慣れない目では、何が起きたのかわからない。
ただ、すぐ頬に触れて来た吐息と。
唇に触れた柔らかさで、それが蛭魔なのだとわかった。
中途な姿勢のまま強いられるそれは、蛭魔が飽きるまで続いた。

目の前の闇に、薄い明かりを受けて蛭魔の顔が浮かんでいた。
「良い誘い方、してくれるじゃねえか?」
そんなつもりで言ったわけじゃないと言いかける唇がまた、塞がれる。
いいかげんに腰もつらいので、しゃがんだ蛭魔を強引に地面から引き剥がした。
あたりの暗さに目が慣れた頃。先程までの不機嫌さはどこへ行ったのか、薄く笑いを浮かべて蛭魔がぎゅうぎゅうと抱きついてくる。腰を押し付けられて、その熱さと固さにこいつが本気なのだとわかる。
ここで、かよ。
覗き込む目が、とろりと緩む。眠さと疲れにちょうど良く性欲が混ざったのだろう。
息を荒げながら軽く腰を揺らしている蛭魔を、どう止めればいいのかわからない。
長時間強いられた集中力が切れ、疲れで身体もどろどろに眠さを求める中で。
ふとしたタイミングでやけに盛りがつく事は、たまにはある。
けれど。
よりにもよって、こんな所で。

薄暗い路地は、外に直接面してはいない。
とりあえず、回りからは覗かれる心配は無い。
時刻は、2時を少し回ったところ。
どこかの窓やドアが開いて突然誰かが出てくる確率は、確かに低い。
だめだと言って、言う事を聞く奴じゃない。
何より、蛭魔の指によって外に引き出された武蔵のそれは。
指の刺激だけで簡単に熱を持つ。疲れて、それでも、身体が治まらないのは。
こいつだけじゃないってことか。
蛭魔が武蔵の胸に顔を埋め、緩めたネクタイに噛み付いた。
指がしつこく武蔵を追い立てながら、器用に歯だけでシャツのボタンを外していく。
冷たい夜気にさらされ、現れた肌に歯を立てられ、武蔵は小さく呻いた。
蛭魔の股間に手を伸ばし、きつく張っている布の上から指で先端をなぞった。
「…っん……」
武蔵の胸に、直接響く甘い声。
湿った息を吐き出しながら、蛭魔が武蔵の指にぐいと腰を押し付けた。
「さっさと……」
蛭魔の指が、ぎりぎりと指の中に爪を立てる。
「…………ってぇっ!」
言葉よりも雄弁に急かされて、武蔵は布の中で勃ちあがっていたそれを外気に曝した。
握った中で指を動かせば、せがむように腰が揺れる。ベルトを引き抜き、ボタンを外す。
ズボンは簡単に足下に落ち、引き落とした下着は膝の上で止まる。
あまりみれた格好じゃあねえなと思いながら、武蔵は膝で蛭魔の足を開かせた。
下着が邪魔だ。
蛭魔を喘がせていた両手を離し、膝上の物を脱がしてやろうと屈んで。
低くなった武蔵の目の前で、蛭魔が自分のものに手を伸ばした。
「っつ、んっ……」
「おいおい」
そんなに、たまってんのかと足の間だから蛭魔を見上げる。
ほとんど焦点が合わない視線。
放置されているビール箱にもたれかかり、蛭魔はだらりと足を広げた。
身体を反らしながら、声をあげる。慌てて口を片手で塞ぐが、様子がおかしい。
「おい、蛭魔」
「すっげ……気持ち……ィ…」
とろんと甘えるように、武蔵の肩にとん、と額が当てられる。
「お前、眠いんじゃないのか」
「っ、……っ、落ち、そっ……」
慌てて蛭魔の腕を取ると、シャツの上から噛み付かれた。
こいつ。ここで出して、寝ちまうつもりだ。
こっちをこんなにしておいて。
「手ぇ、離せ……」
「お前なぁ」
目を瞑ったまま、蛭魔は目の前の武蔵へ抗議の噛み付きを止めない。
逃げる武蔵の身体を追い掛けて、ぐいと噛み付いたのはほとんどほどけかけていたネクタイ。
はらりと、足下におちたその細い布を見て。武蔵は身体に力の入っていない蛭魔を強引に立たせた。
「?」
ネクタイを拾い、支えている蛭魔の両腕を取る。その手首を手にしたそれで軽く縛ると。驚いて見上げてくる蛭魔の目は、すぐに享受するような笑いに変わる。
「今日のてめえは、随分気ぃきいてんじゃねぇの?」
自分でも、ああ、疲れてるんだなと思いつつ。いつもと違う妙な高揚感を感じていた。
「うるせぇ、てめぇだけ先に楽にさせるか」
べとついた手で双丘をつかみ、一番ぬるついた指を奥へ進めた。
「……っ、ぁっ……」
崩れてしまいそうな蛭魔を片手で立たせ、右足を持ち上げる。
狭い奥へと指を伸ばし、緊張が弛んだ所でその本数を増やした。
焦れたように、括られたまま再び自身に伸びる蛭魔の腕。
武蔵はその腕を自分の首の後ろに回させた。
「眠いなんて、言う前になぁ」
ころ合いを見計らい、両手で蛭魔の腰を掴む。
薄暗い闇の中で。いつもより大胆に痴態を曝す身体へ、ゆっくりと腰を進めた。
「------っ、ん----っ!!」
貫かれる喜びに身体を震わせる蛭魔。
その反応の良さを見ながら少しずつ身体を奥へと進ませる。
どろどろの眠気に引きずられながら、快楽をむさぼるのなら。
俺を、誘って離さないのなら。
「腰の一つでも、振って……みろ」
言葉が届いたのかどうか。髪の毛を痛い程につかまれて、武蔵は痛みさえも快感をあおるのだと知った。
仰け反った白い喉から、突き上げに合わせて声が上がる。
両手が塞がったこの状況では、それを塞ぐ事も出来ない。
蛭魔も押し殺してはいるのだろうが。
場所は路地。
頭上の窓のどれかではたった今打ち合わせをしてきたばかりの事務所。
時折どこかで物音がして、外気にさらした肌に風があたる。
「ひっ、ぁっ、……っ、んっ……」
守衛がいなかった窓口。巡回しているのかもしれないという不安。
そんな、全部が。目の前で揺れる蛭魔をよがらせている。
手早く終わらせなきゃなと思う武蔵自身、抑制がきかない。
細い綱渡りだと思う程に、腰が痺れた。
蛭魔の声を塞ごうと思う以上に。
この状況でむしろ喘がせたいと思う気持ちが強い。
「あっ、…やっ、…ぁんっ、……イっ……ィッ……」
場所を忘れて喘ぐ男と。それをわかって、貫く男。
身体を打ち合わせながら、最後に大きく影が動いて。
しばらく硬直した後。がく、と影が地に崩れ落ちた。


気持ちの良いけだるさと眠気に包まれて、武蔵はああ、と呻いた。
泥だらけのスーツ。しわだらけのネクタイとシャツ。
膝の上でくうくうと寝息をたてる蛭魔。
腕時計は、軽く3時を回っている。
動きたくねえ。
先に眠った蛭魔が憎い。どうせ俺が置いて行かないと思っているんだろう。
次はこっちが先に寝てやろうか。
そう思って、苦笑する。
蛭魔がそんな自分を介抱する姿が想像できなかったからだ。
タクシーつかまえて、蛭魔を家に送って、マンションに戻って、風呂入って、服を着替えれば。
出勤の時間だ。
「煙草、吸いてぇ」
そのへんに落ちている鞄を探すのも面倒で要求だけを口にした。
喉が乾いた。腹も減った。何より、眠りたい。
下着をはかせるのが面倒で、ズボンだけをなんとか元に戻して。
そのポケットに泥にまみれた下着を突っ込んだ。
ひどい格好だったが、それ以上は気力がわかなかった。
こいつ、怒るかな。のんきにそんな事を考える。

トラブルを起こして、喧嘩早くて、仕事のできる男。
何かを仕掛けるのはいつもこいつで、見ているだけの武蔵は何時の間にかその片棒をかつがされている。
ぎりぎりの所で問題を回避して、タブーや常識を簡単に撃ち破る。そうやって仕事をこなす達成感を教えられて。
癖になっちまった。
モラルとスリルを僅差でかわし、何食わぬ顔で危ない橋を渡る事。
癖になってるよ、なあ。
こんな場所で。こんな時間に。そんな男に溺れる自分。
刺激とトラブル、そして甘い褒美をちらつかされて。
武蔵はがりがりと頭をかいた。

少しでも家で休む時間が欲しいのに。
武蔵はなかなかその場所を動けなかった。














20050515 <ノーコメント>
倉庫にモドル


2000年02月23日(水) [OL物語]

部屋に集められた顔ぶれは、皆幼さをどこかにこびりつかせていた。すれた社会でたった何年か過ごすだけで、この良く言えば初々しい、未熟な部分は大体が流れ落ちてしまう。毎年の事とはいえ、そんな若者達をこうして目の前に集めるとなんだか自分がひどく汚い物に思えてくる。
十文字は彼らに分からないようにため息をついて、事務的に言葉を繋いだ。
会議室一杯にひしめいた人数の熱気がこもる。特に。
そのほとんどがちらちらと一室の隅へと気をとられている。
浮き足立った空気はもう毎年の事で、注意する気も起きない。
今の内に夢でも見てろ。
最後の一文を口にして、以上、と告げれば今日の仕事は終わりだ。
何か質問はと室内を見回すと、明らかに失望の空気が満ちた。ぱたん、とドアが閉まる音にため息が重なる。
その誰もがついたため息は彼らが思った以上に重なり、それは室内をさらに味気ないものへと変えた。


泥門商事。近頃急成長を見せるこの会社の特徴のひとつに、社員の志気の高さがあげられる。
仕事に対して最近ではあまり見られなくなったその姿勢に、誰もが秘密を知りたがった。しかし。
社員は皆、曖昧に口を濁す。
古参の社員は、一人として、その名を出す者はいない。
社外に一切知られず、社内では社長よりも恐れられ、敬われ、そして、憧れを背負った人物。
それはたった一人のOLだった。

「蛭間さん」
周りに誰がいるか分からない廊下などで、十文字はこう呼び掛ける事にしている。
前を歩く小柄な身体が足を止め、首だけがこちらを振り向く。OL達に支給された薄いピンクの制服は、色々な方面から人気がある。短い丈のタイトスカートと、ベスト。白いブラウス。胸元の細いリボンタイ。若い女性によく似合うデザインだ。ひるがえせば、それは「お局」と化した年令の女性には厳しいスタイルでもある。OL社員の年齢層があがらないのは、実はこのデザインも一役買っていると十文字は思った。
「……?」
声に出さず小さく首をかしげる仕種は、誰もが「可愛らしい」と表現するだろう。
大きめのブラウスは手の甲を隠し、口元に当てられた指先だけがわずかに覗く。
白い肌が、他の誰よりもそのピンクが濃い印象を与えている。
「さっき、来てたでしょう。何かありましたか?」
いいえ別に、と意味を持たせて、蛭魔妖一は首を振った。
伏せた目のまつげは長く、ほんのり色付いた頬に影を落とす。
廊下は帰社してきた営業達と、時刻通りに帰宅しようとする女性社員たちでごったがえす。背後から、たくさんの人物達の気配を感じて十文字は蛭間の腕を引いた。使われていない非常階段のドアを開けると、隙間にするりと薄い身体が滑り込む。
ドアを閉めると、下からの強い風にあおられて蛭間は身をすくめた。制服の端がぱたぱたと騒ぐのを、両手で押さえながら見上げてくるその視線も何もかもが「計算づく」だと分かってはいても。やはり騙されてしまいたい、と思う程に。
可愛らしい。
風から逃げられる場所を探し、鉄柵にもたれて両手を身体の前に戻し。綺麗に整えられた指先をじっと見つめている。何も塗っていないだろうその爪先の淡い色さえ、染めたようなピンクだ。
「今年の新人、どうだ」
小さく小首をかしげて蛭間は笑った。
「悪くねえな、今んところは。毒にも薬にもなりゃしねえ」
指を頬にあてて、笑う仕種の擬音は「うふふ」だろう。
なのに、中身はこんなにもギャップがある。

大人しい、優しい、可愛らしいなど。1年目の新入社員からの評判は毎年こうだ。その容姿から、毎年社内の裏アンケートでは「受付嬢」にという声が高い。だいたい、ここで2年程を過ごすまで、奴らは蛭間に憧れを抱く。
3年、4年を過ごした社員は少しずつその真の姿に気が付きはじめる。
そして、管理職にもなると。蛭魔に頭のあがる者はいなくなる。7階の上役専用のフロアを蛭魔が歩けば、すれちがう誰もが軽く頭を下げる。この会社の一番深い実権を蛭魔が握っている事を知る者は少なく無い。

「あんまり、新人をからかうなよ」
短くなったタバコを足で踏みつぶし、重い鉄の扉に手をかけると。後ろから背広の端を強く掴まれる。振り返ると目の前に不敵な笑みを浮かべた蛭魔がいて、慣れた仕種で肩に手が回った。身長に差があるので腰を抱きかかえるように持ち上げて、唇を交わす。
「安心しろ、人事課からは、てめえで内止めだ」
柔らかく香るコロン。腕の中のちょうど良い重さ。細い首や腰の全部を使って、蛭魔は嘘をつき続ける。これが、素。
社員達の秘密を手に取り、様々な方法で彼らを支配する顔。
十文字は、そっと蛭魔を床に下ろした。
「今日は?」
「……田舎から両親が、遊びに来るんです」
ドアを開けた時には、もう、いつもの笑顔に戻っている。
これに騙されていりゃあ良かったんだ、と十文字はため息を付いた。


定時を少し回ったところで蛭魔は小さな包みを抱えてロッカールームを出た。
真直ぐに自宅に向かう。大型連休を目前に、街に浮かれた空気が漂う。
この連休は何をして過ごそうかを考えつつ、蛭魔は両手で胸の包みを抱き締めた。
少し、頬を赤らめて。

鍵をあけると同時に木造の薄いドアを蹴り上げる。
「帰ったぜ」
「……おう」
ひょい、と覗いた顔がまた隠れる。靴を脱ぐのももどかしく玄関に脱ぎ捨て、隠れた顔を追い掛けた。
ここは、蛭魔の自宅では無い。
「今日は早いんだな」
「こんな日に仕事なんてやってられるか」
座卓に乗った食事は2人分。手際よく並べられるそれをひょいひょいとつまみながら蛭魔は大きくのびをした。
仕事は、終わった。馬鹿馬鹿しい猫かぶりも、当分しなくてすむ。あれはあれで楽しいものの、それでも肩がこる。我が侭放題にだらけたい時もある。手を洗え、と小言を言う恋人に適当に相づちをうちながら、冷蔵庫を開けた。食材の量はまあまあ。少なくとも数日分は間に合うだろう。足りなければデリバリーでも何でも。軍資金は十分に用意した。
「おい、先喰ってるぞ」
武蔵はいつもと変わらず食卓前に座り込んだ。
「お前、連休予定入ってるか?」
「あー。栗田達と映画見に行くくらいかな」
「断れ」
「ああ?」
「俺に、付き合え」
「………」
また何を言い出すんだと言わんばかりの呆れた顔。それでも口に食事を運ぶ箸は止まらない。
呆れられる事は分かっていた。けれど。こっちも本気だ。たまったストレスをまとめて発散させるためには、ムサシに外出させる暇などない。これは、蛭魔の中では決定事項。あとは、ムサシをその気にさせるのみ、だ。
「9連休、全部付き合え」
「何するんだ、その間」
話の途中で蛭魔は床に落ちた包みを拾い上げて狭い部屋を横切った。
「おい」
「着替えてくる」
「…話はまだ途中だろうが」
「ちょっと、待ってろ」
武蔵はため息が漏れそうな口に胡瓜の漬け物を放り込んだ。いつもこうだ。こちらの都合など聞きもしない。
学生の身では、連休は特に有り難いわけでもない。就職が決まった4年生ともなればこの時期、端から見れば毎日が休みのように見えるのだろう。けれど、大学での生活も残り1年を切る。4年間を過ごした友人達と過ごせるのもあと僅かだ。それを、断れと。
少ししっかりと自分の意見を主張しなければ。いつものように押し切られてしまう。
ふすまが開いた気配に箸を食卓に置き、あぐらをかいたまま蛭魔へと向き直ると。
ぽかんと口が開いた。
予想しない姿で、予想したこともない仕種の、蛭魔が、そこにいた。

武蔵の目の前に腰を下ろしたのは、見なれた蛭魔妖一。なのに。
そこに見なれた仕種は、見つからない。
力無く落とされた肩。床についた両手を挟む両足は窮屈そうに膝で外側に曲がって、床の上にぺたりとのびている。
少し、困ったような眉根。上目遣いで覗き込んでくる、目線。
淡いピンクの制服は、どこから持ってきたのだろう。日常の生活空間に突然飛び込んできたそれはあまりに異質だ。
ブラウスは2つ目までが外れている。ベストは、全部のボタンが。首にかかった細い紐は、結ばれてもいない。
小さな口元が柔らかく微笑んで、「たけくらくん」と囁いている。
「蛭、魔………?」
年上の恋人が、会社では随分とキャラを作っていると聞いていた事はあるが。
にっこり、と笑われて思わずこちらの顔が赤くなった。
ずりずりとじゅうたんの上を近付き、膝がぶつかった。
俯いたままの蛭魔の表情は全く読めない。どう反応を返すべきかと迷っている武蔵の膝に、乗りかかってくる身体。
少し足を開き、腰を膝で挟まれる。小さな身体ががバランスの悪さに揺れて、手を差し出して支えるより先に武蔵の胸に寄り掛かる頭。蛭魔は、武蔵のシャツにしがみついていた。まったく、展開が読めずに武蔵が硬直しいると。
顎の下に、柔らかな感触を感じた。
無精髭がはえている上を、蛭魔の柔らかな唇が這っている。
「ちょっと……おい、蛭魔」
「たけくら君」
いつもの呼び名ではないその音に、蛭魔を引き剥がそうとしていた武蔵の腕が止まった。
「社会に出たら、先輩の言う事は絶対、なんだから」
武蔵の太ももの上でバランスをとりながら、膝立ちをで伸び上がってくる小さな体。唇は武蔵のあごから耳へと這い上がり、蛭魔の腕が首に回される。
「逆らっちゃ、だめ」
武蔵はその言葉に動きを封じられた。



密着してくる小さな体を触る事も、離す事も出来ない。せいぜい、ぐらぐらと安定しない蛭魔が楽なようにあぐらを少しほどくぐらい。首から上に蛭魔の両腕が巻き付き、武蔵より高くなった頭からしきりに唇が降ってくる。
目の前にはブラウスと、肩からぶら下がるピンクのベストが広がっている。ボタンが外れて、ちらりちらりとと見える肌。
手を、出していいのだろうか。
武蔵がそう考えた頃に。耳に入ってくる柔らかな感触に小さく呻いた。
「う、っわ……」
「動かないで」
蛭魔の片手が、武蔵の首筋をやわらかな指の腹でなぞり、肩からその下へと降りてゆく。
ボタンをはずそうとはしない。ただ、布の上から柔らかく触れ、武蔵がため息を漏らした場所をしつこくになでる。
「足、くずして……」
言われるままに体を動かす。蛭魔はくずしたその両足をうまく跨ぎ、膝を床に置き、足首を武蔵の太ももに残した。そのまますとんと腰を落とす。武蔵の肩下あたりに下がった顔。
「蛭魔、その服……。会社で、お前そんなんなのか」
「…………恥ずか、しい……」
耳まで赤く染めて、蛭魔の顔が武蔵の胸にぽふ、と沈んだ。
それは。話に聞いていたように、演技であるのだろうが。武蔵は、心底可愛いと思った。
思って、しまった。

服の上から、擦るように胸の突起をいじられて武蔵は息を飲んだ。
いつもの蛭魔ならば意地悪く反応をからかうだろうと思ったが。
武蔵の胸に額をつけた姿勢では、全くその表情がよめない。
胸に当てられてた指が離れ、ほっとしたと同時に腰のジッパーが下ろされた。
「動かないで」
止める間もなく、中から引き出されたそれに慣れた手付きで指が絡められる。引き出される前から熱を持っていた部分に器用に指が巻き付いて、武蔵は、息があがった。腰からじわじわと広がる熱に腰が浮く。

食卓に目を移せばそこには、日常が広がっていた。まだ冷めていないだろう料理と食べかけの善。なのに、この目の前のピンクは。非日常の塊だ。
短いスカートの下からのびた形の良い足を肩まで持ち上げて、いつものようにのしかかりたかった。
まだ明るい時間に押し倒せば、そのうちに顔を隠そうとする両腕との攻防。
悔しそうに眉根を寄せて顔を赤らめる表情。それがいつも当たり前だと思っていた。
胸に体をあずけてくるこの体勢で、その体を抱き締める事も出来ないのはどうしてだろう。
ただ、服が変わっただけで。ただ、雰囲気と言葉遣いが違うだけなのに。
全く違う人物に、襲われている気がする。
胸に当る顔が、小さく動いて突起が擦られた。
うう、と小さく呻くと布の上から歯を立てられる。

そう、今、俺は襲われている。
この、見知らぬ可愛らしいピンクの男に。

身動きが許されず、ただ与えられる刺激をやりすごす事もできず。眉をよせて大きく首を振る。
気が付くと、蛭魔の息が荒かった。
指をからめ、先からこぼれる液をすくいとり、その手を足の間に伸ばしている。
それは。あまりに静かに行われていた。
よくみれば足下には見なれたチューブが転がっている。封を切られ、中身が床にどろりと垂れたそれ。
小さく息を吐き、小刻みに肩を震わせ、自分の手を両足ではさんで、動いている。
止められていた事も忘れてその体を掴み、引き離した。うっとりと快感に酔ったその表情は、今までに見たどれとも違う気がした。
「ヒル魔……」
目の前で、ぱくぱくとその口が動いた。
どこも、欲情して紅に染まっている中、ひときわ赤い唇が音を紡ぐ。
「俺を………」
蛭魔は服を脱いでもいない。武蔵は、まだ触れてもいない。
ブラウスの間からちらちらと見える肌は、それでも十分いい色に染まっている。
とろん、とした目の周りが欲に染まって赤い。
いつもなら見るな、と怒声が飛ぶところ。
「たけくら君の、で」
掴んだ腕さえも体温があがっている。
「………満足、させろ」
目が、楽しそうに笑って。ああ、蛭魔だと武蔵は思いながらその体を膝の上に抱えていた。

手探りでスカートの奥に手を伸ばすと、そこにあるはずの布にふれることなく肌が指に触れた。
双丘とスカートの間に手を這わせると小さく、胸元にしがみつく蛭魔の口からため息がもれる。
俺達は一枚だって、脱いでさえいないというのに。
ピンと張ったスカートをたくしあげた。
今日、初めて目にする太ももとその奥は。蛭魔自身がほどよく慣らし、しっとりとほぐされている。
スカートの布地にせき止められて、苦しそうだった前を楽にしてやる。ほっとしたような息をもらして、腕の中の蛭魔がもたれてきた。
入り口に猛った物をあてがい、表情をうかがった。
貫かれるという期待にだろうか、その頬がふんわりと笑った。まだ、一度もキスさえしていないというのに。

手の中の体を、腰の上に落とした。
「ひっ、……ぁ、あんっ」
難無く体が沈み、目の前で白い喉がぱくぱくと空気を求めて動いた。
のけぞり、目をつむり、衝撃をやり過ごそうとしている最中に体を揺すってやる。
だらりと下がった指先がブラウスの先からちらりと見えた。その指が、もがくように宙をかいている。
軽い体は簡単に上下して、跳ねるような蛭魔自身の反応がそれに加わる。後ろに倒れ込みそうな蛭魔を支えながら、腕だけでその体を何度も揺すった。
「っん、んっ、ゃっ、……ぁんっ」
両手がふさがりいじってやれない蛭魔の前が、揺するごとに雫をこぼす。
こぼれたそれが、制服に散って濃いシミを作った。
「おい、汚していいのか」
「っん、ぃいっ……から、気に……すン、---っ……」
最中に、蛭魔が会話に参加する事は少ない。
「……いいのかよ」
こうして言葉がきちんと返ってくる事自体が珍しくて、武蔵はもう一度尋ねた。
「ィイっ、……って、言っ……」
顔を隠す事もせずに、そう返す蛭魔の焦点が動きにあわせてゆらゆらと揺れる。
何度も小さく揺すってから、慣れたところで大きく奥を擦りあげる。
足を肩にかけて、つながった所をじっくりと見てやりたかった。
きゅうきゅうと絞めてくるそこ以上に、いつもは見る事の出来ない蛭魔の仕種が、快感をあおっている。
いつもなら嫌がられる事でも、今の蛭魔ならばなんでも許してもらえる気がした。
角度をかえて突き上げながら充血した目もとに舌をのばした。
涙の跡でもあるかと思ったが舌の先に塩からさは感じず、変わりにそれに気がついた蛭魔の舌が絡んできた。
今日、最初のくちづけ。
顔が重なる間に腕の動きが鈍り、それをむずがるように蛭魔が喉の奥で先をせがむ。
「声、出せ……」
声が、掠れているのはお互いだった。大きく両手を使って、蛭魔の顔をがくがくと揺らした。
「ぃっ…やぁっ、……あっ…っ、あっ……」
口の端から飲み下せない唾液が、顎からたらたらとつたい落ちているのをぼんやりと武蔵は見ていた。
ぶらぶらと揺れる蛭魔の足がピンと張って、その先までが反る。痙攣のように震える蛭魔の体を支えながら、武蔵は腰をうちつけた。
ひときわ大きな声があがり、締め付けがきつくなる。
跳ねるようにのけぞる蛭魔にあわせて、武蔵はぎり、と奥歯を噛んだ。
蛭魔の腹の上に、白い飛沫が飛ぶのをみながら。武蔵は細い腰に押し付けて、熱い物を吐き出した。



すっかり冷めてしまったテーブルの上から、背中で寝息をたてる武蔵へ目を向けた。
初めて見せる、会社での自分。よれた制服を指でつかんでこりゃ、もう使えないなとため息をつく。
今まで隠してきたのは、別に機会が無かったからで。どうせばらすなら派手にやろうと思っていた。
世間知らずの学生には少し刺激が強かったかも知れない。
けれど。
思った通りにさかってくれた。
連休の残りは9日間。
少なくとも、最初のつかみは上出来だった。
ストレス解消には、やりたいようにするのが一番。
この先しばらくは、新人達の視線がある。当分は今まで以上の猫かぶりが必要だ。
うまく立ち回るためには。
無駄なストレスをためない事。
ちょうど良いタイミングの9連休を好きなように過ごすのが一番だ。
背中にかかる体重は、心地の良い重さだった。
今のところ、この男はいちばん気にいっている。
9日間、顔を突き合わせっぱなしで楽しめるのはこいつぐらいだろうなと思う。
肩に乗る顎の先を指でなぞった。
次は、何してやろうかな。
想像するだけでも楽しくて、蛭魔は喉の奥でくつくつと笑った。
良いおもちゃを見つけた。
背後の武蔵に手を伸ばしながらそう思う蛭魔は。

その目に愛おしさが混じっている事にきがついてはいない。


















050505
なんかエロがかきずらいと思ったら。これ武蔵視点かあ。
下手くそがエロを書くもんじゃないなと心底思う。


<倉庫にモドル>


2000年02月22日(火) [ムサシィ]簡潔な完結

x素行不良で退学になった(全寮性なので外泊禁止。
穴の中で一晩過ごしたのがばれたのだ)ヒルイザを追いかけて
(二人が退学になるとこだったんだけどヒルイザがかばうの)
(俺1人で十分だろうって)
いろいろあって、出会った時にはムサシィとか
何でだか白衣の大工。どういう話よ。
ヒルイザはそんなムサシィに会いたくて
仕事中にウソの呼び出しするよ。
慌てて出てきたムサシィは、ヒルイザを見て驚くよ。
でもウソだってわかって、ヒルイザを怒鳴りつけるよ。

泣き出す寸前の
そんな、ウソなんか付かなくても、普通に呼べ。
俺は別にお前が嫌いじゃねえ。

ま、ここ座れと広場の噴水に二人で腰掛けて、
ぽつぽつ話すよ。あれからどうしたんだ、とか
言葉にならなくて、うれしくて泣くよ。ヒルイザ。
泣くな、とか言われるよ

でもとまらなくって、仕方ないのでムサシィが
ポケットからハンカチ取り出すよ。
渡すよ。
しわくちゃのそれの、イニシャルを見て。
息が止まるよ。あのときの。
穴に、落ちた時の。なくしたと思っていた、
あのハンカチ。
しわくちゃの。だけど、今まで持っていてくれた。

あのときから、ずいぶん時がたったのに。
あんなに意地悪したのに。ムサシィは
変わらない。

お前は、馬鹿だなと言われる。
俺達は、夫婦なんだろ。
見上げた先に武蔵。
嫌いな奴と、夫婦になるわけがねえだろう。
優しく笑う武蔵。

りんごんと鐘が鳴り響き
広場のみんなが祝福の歌を。
あなたに会えて良かった。

ムサシィムサシィ[完]




050512 5月11日の日記より。
<<[電波劇場]
<倉庫にモドル>



2000年02月21日(月) OZの魔法使い-下品部分

でもさあ。ブリキきこりと藁かかしですよ。異種間結合にしても、いいかげんにしろって話ですよ。せめてドロシーとなぜ言えない。
いやいや、わけがあるんだ聞いてくれ。
あのね。自分の胸がぺたんこを落ち込むどころか、全身金属。
身体の全部が固いんだよ。ムサシのチンコより固いよね。固くて光ってるよ。
キスマークつかないね、歯形でどうにかならないか。
問題はそこじゃない。
冷たいんです、どこもかしこも(そんな所が問題なのか)
だから、エッチの時はまず保温から始まる。抱き締めてじっと体温を移すムサ。
その間にあんなタッチやこんなタッチも。
ようやく全身があたたまった頃には、夜が空けていますよ。はい、残念。
仕方が無いから、昼間にやるよ。お日さまの下でさんさんと抱き合え。
(ああ、あおかんだね。辻さんいかがですか)

一度熱くなったヒル魔の身体はちょっとやそっとじゃ冷えないよ。ずっとひたすら欲しがるヒル魔。さらにどんどんほてっちゃうヒル魔。「溶け、ちゃうっ」って泣いちゃうヒル魔。溶けます。局部的にほんとに溶けるよ。そいで、そのまま冷えるよ。
だから、完全ムサシサイズ。オートクチュールでジャストフィット。
どんな金属で出来てるんだ、体温が融点て。
すずか、鉛か、水銀か?うーわ、歩く毒物。
ライオンとかうっかり抱き合ったら死んじゃうんじゃないか。重金属中毒で。
究極の浮気不可設定。
だけどほら、ムサシはかかしだからさあ。
オールオッケー。
世はすべて泰平なり。

更に下品で行くと。
あれだね、サイズの微調整ができるよね。
大きくするために藁をつめるムサとか。
寝てる間にこっそりムサにわらをつめるヒル、とか。
一体どうしたいんだ私は。


2000年02月20日(日) [独り電波牧場]

腹立たしいセーナはムサシィが歩く道に特大落とし穴を仕掛けます。
けれど、おっこったのはヒルイザ。
せっかく、馬小屋のムサシィに会いに行くところだったのに。
一番お気に入りのお洋服なのに。
自分の背丈よりも深い縦穴でヒルイザはべそっかき。
こんな学園の端っこなんて誰も近寄りません。

だけど。一人だけ。
授業をさぼったムサシィが通りかかる。
「どうしたんだ、お嬢さん」
「っ、てめえに、関係ねえだろ!」
「……まあ、いいけどよ。雨降りそうだぜ」
言葉につまるヒルイザ。
「女を、こんな所に置いて行くなんて……てめえ、それでも男か!」
肩をすくめてムサシは手を伸ばす。
どっきどき。はじめて握る手は、なんて大きくて、立派で、逞しくて。
でも、つつしみのある淑女はそんな簡単に手を差し出さなくってよ。
ハンカチを持って、布ごしに手を差し出して。
「………なんだ、結構重いな」
こんな失礼なやつに胸キュンだなんて。
悔しい。そう思ったとたんに、ずるりと手がすべる。
バランスを崩して、穴の中に倒れ込むヒルイザ。その上におっこってくるムサシィ。
折り重なった瞬間、掠める唇と唇。
見つめあう目と目。
ファーストキッスは、土の香り。
「……………お、……重、い……」
必死でそれだけを告げるヒルイザ。うすぐらい穴の底だから、こんなに真っ赤な頬は気がつかれないはずと必死に自分に言い聞かせる。ヒルイザの上にのっているムサシィは、そんな事にきがつきもせず「わりいわりい」と体をどけるものの。
本当は、このまま時が止まればいいのに。
けれど、見つめるその先のムサシィはヒルイザへ目も向けもしない。
「ああー。こりゃ、登れねえな」
穴のふちは、ムサシィよりもずっと遠くに見えた。
「仕方ねえ。朝になりゃ、誰か通りかかるだろ」
朝。朝まで。この穴に、2人きり。
「お嬢さんは嫌かもしれねえけどな」
「あ、当たり前だ!」
ぷいと首をそらすのは、どきどきするこの心を見抜かれないため。
だって。2人きりで。こんなに狭い穴の中で。
「や、役にたたねえやつだな」
震える語尾。こんなに近くでムサシィを見る事になるなんて。
どうしよう。
嬉しい。恥ずかしい。照れくさい。胸が苦しい。
ヒルシィが好き。こんなに、大好き。

穴の形に切り取られた空は、いつのまにか星空が浮かびます。少し、寒い。
ぶる、と震えたヒルイザへムサシィがガクランを放って来た。
「寒いんだろ、それ、羽織れ」
でも。
「いいから、着とけ。お嬢さんが風邪ひいたら大事だぞ」
ムサシィの温もりが残った上着。少し、覚えのある臭い。
「汗臭い」
「わりいな」
「泥がついてる」
「ああ、おっこたからな」
そもそも、こんなところにムサシィがいるのはヒルイザを助けるためなのに。
なのに、一言もそんな文句は言わない、ムサシィ。
とても優しいムサシィ。
「…………ありが、とう……」
「……おう」
羽織った黒い上着はとても大きくて。とても暖かくて。
まるで、ムサシィに抱き締められているようで。
襟が高い上着で助かった。こんなに、顔を赤らめては。いくらムサシィが鈍感とは言え、気がつかれていただろう。
ふと、ヒルイザが顔をあげるとムサシィ視線が注がれている。
「な、なんだよ」
「いや、お前いっつも怒ってるけどよ」
腕を組んで、こちらを見て。
「笑った顔の方が、可愛いぞ」
顔が。火を吹いたのかと思う程に熱く火照る。
何も声が出せない。苦しい。この男の、一言だけで今にも死んでしまいそうになる。
熱い。すごく、熱い。
ふいに、すぐそばにムサシィの手がのびてきた。
いや。見ないで。
ヒルイザは体をこわばらせる。
これ以上、期待させないで。
どきどきしすぎて。おかしくなる。
「雨、降って来たな」
「え?」
顔をあげると、額にぽつ、と雨粒が降って来た。空からの冷たい雫からヒルイザを守るように、ムサシィがその身体を抱き締めてくる。
「きゃっ」
「ちょっと、我慢しろ。こんなところで雨に打たれちゃ、いくらなんでも肺炎だ」
ムサシィの胸に顔を埋めて。ヒルイザは、天にも登る心地。
足下からふわふわと浮き上がるような気分。

どうしよう。どうすればいい?

-----

雨はひどい降りではないものの、いつまでも止む気配を見せない。
肌ごしに触れるムサシィの胸はとても熱く。手を伸ばした背中は、氷の様だった。
「ムサシィ、俺の事なんて、いいから」
「…………おう」
気のせいか、ムサシィの声も元気がない。
どうすればいい。と、と思った時に。腕にかかる重さが増した。
ずるり、とムサシィの体が沈み落ちる。
「ムサ、シィ……?」
ヒルイザの声にも反応はない。
「ムサシィ!」
額は火のように熱く、思わずヒルイザは手を引いた。
どうしよう。見上げた夜空はまだまだ暗く、空ける気配などまったくなく。
ムサシィの体は凍えそうに冷たいのに。ここには、体をあたためる毛布一枚無いのだ。
思わず涙がぽろぽろと頬をつたいます。どうしよう。
ムサシィが目を開き、少し、笑って。
「泣くな」
そうして。目を閉じる。息が苦しいのか、眉根が寄せられたまま。
自分にできる事は何一つない。ヒルイザは膝の上のムサシィの髪をただ、ただ、撫でることしかできない。
けれど。そうでしょうか。
自分にできる事。
あります。一つだけ。
たったひとつだけ、自分にしかできない事が。
ムサシィの冷えた体をあたためる方法が。

震える指で、ムサシィの肌に張り付いたシャツのボタンをはずし。
できるだけ急いで上半身を裸にすると、こんどはヒルイザの番。ブラウスのボタンをはずさなくては。
震える指。羞恥がその指の先まで、赤に染めてしまう気がした。
何度もためらって指が止まる。
けれど。これ以外に道はないのです。
ムサシィを助ける方法は。これしか。
ヒルイザはブラウスを肩から落とし、その白い裸体を夜気にさらし出した。いくつもの小さな雫が、その薄い体に降り落るけれど、そんな冷たさも気にならない程。ヒルイザの心は震えている。どきどきするこの鼓動で、体が壊れそうな程。
ムサシィのためには仕方が無いと、思っている片方で。ムサシィの肌に触れる期待に震える自分を感じて。
きゅっと、ヒルイザは目を閉じた。
膝に横たわるムサシィの頭を、そっと胸へと抱き寄せた。
唇を嚼み。震えてうまく動かせない両手でムサシィの上体に身体を重ねて。
目を、覚ましてと胸の中で願いを紡ぐ。
月明かりに、ムサシィの目は閉じられたままだ。
ヒルイザはその頬にそっと唇を落とした。
すっかり冷えてしまっている目もと。自分のために、ムサシィがこんな目に。
額に、鼻筋に、そして、最後に唇を。やわらかく、はむように、唇を這わせる。
せめて、暖かさが伝わるように。
目を、覚まして。
名前を、呼んで。
両腕で抱き締めた体が、とても熱い。
目を、覚まして。
抱き締める腕に力を込める。何も望まないから、元気なムサシィに戻って。
堪えきれず、涙がこぼれ落ちた。ぽたぽたと真珠のようなその涙が。
ムサシィの頬に落ちて。そこから、光が弾けました。

驚くヒルイザの視線の先で、ゆっくりと開かれるムサシィの瞳。
「ムサシィ………」
「ヒルイザ…………」
ムサシィの手が、ヒルイザの頬にのび。そうして。ヒルイザは目を閉じた。
触れていただけのムサシィの唇が開いて、ヒルイザの唇に絡み付く。
体勢を入れ替えるようにムサシィは身体を起こし、優しくその身体を抱き締めた。
ガクランの上にヒルイザを横たえ。その上に身体を重ねる。
見上げた先には、満点の星空と、ムサシィ。
その顔が降りて来て、頬に、目もとに、唇が落ちてくる。さっき、ヒルイザがそうしたように。
ムサシィの腕がヒルイザの胸に伸び。その感触に、びく、と体をこわばらせてヒルイザは目を固く閉じた。太い指が、ゆっくりと胸を探る。触れるか触れないかのところで、何度も円をかき。すぐそばを通り過ぎる動きは、なんだかとても、焦れったく。そう思う自分がはしたなく。薄目でムサシィをそっと伺うと、目が合って。
「ひっ……っ……」
きゅう、と突起を摘まみ上げられヒルイザはのけぞった。優しく揉まれ、柔らかくなるかと思ったそこはなぜか指の間で固さを主張し始めまするのがわかる。
「ぃやっ……それ、ゃ………」
「じゃ、これは?」
胸に置かれたのは、ムサシィの片手。その、もう片方は。
ヒルイザのスカートをたくしあげ、足の奥へと進んでいる。
下着の上から熱を持ち始めた先端に触れられ、ヒルイザは息が止まった。
「それ、も……ゃあっ………」
足を閉じようとしても、そんな小さな抵抗は簡単にほどかれる。ムサシィは、下着をずらして逃げようとするヒルイザの中心を握りこんだ。親指の腹でなぞりあげ、先端からこぼれる液を救い取る。手のひら全体にそれをまぶすように塗り込め、滑らかな動きでヒルイザを追い立てていく。声さえもたてられないのか、ヒルイザは何度も仰け反りながら空気を求めた。
胸の突起はぷっくりと腫れ上がり、舌を這わせるとようやく声が漏れる。
腫れて敏感になったそこをいたわるように嘗めてやり、胸が弛んだところで軽く、歯を立てて。
ヒルイザの沿った背中に腕をまわして、綺麗に浮き上がる背筋をなで下ろした。
そのまま、反らしっぱなしの体を片腕で支える。
「ちから、抜け」
ムサシィは、ゆっくりとヒルイザの一点へ伸ばした。
「ぃやっ、………無理っ」
腰から降りて来た指が、尾骨を過ぎるとヒルイザはたまらず腰を揺らす。
ぎゅうとムサシィの首に腕を回し、その胸に自分の胸をこすりつけるのはもう無意識の動き。
はじめて受ける、強すぎる快楽に体を震わせるヒルイザの体をやさしくなでながら、ムサシィは敷かれたガクランのポケットを探った。指先に、軟膏のチューブを見つけて引っ張り出し。
ヒルイザに見えない角度で、それを猛った自身にてばやく塗り付けた。
ふと、視線を感じて顔を上げた先に、不安に満ちたようなヒルイザの視線とからみ合う。
「………恐い、か」
ごく、とヒルイザの喉が動くのが分かる。
そして。首が左右に小さく揺れ。欲に潤んだ目もとが、真直ぐにムサシィを見ている。
「ムサシ…と………、一つに、なりたい……」
ますます赤く染まるヒルイザの頬。薄暗い中でも、はっきりとわかる可愛らしい、人。
「力、抜いとけ」
体温で溶けた軟膏を指先に取り。ムサシィはまだ、誰にも触れられていない蕾みへゆっくりと侵入させる。
「くぅ……っ……」
入ってくる感触に、ヒルイザは息を呑んだ。強ばりをほどこうとムサシィが熱いヒルイザのそれに指をからめ、ゆっくりと上下に揺すった。
「ひっ……、ぁんっ………」
つぷ、と2本目を沈ませながら。手のひらの中で震えるものの先端に、指を這わせる。
確実に、快感を与えてやりながら、後ろの蕾を広げて行きます。傷つけないように、できるだけ優しく、それでもできるだけ急いで。内部を探る指で、できるだけヒルイザが喜ぶ場所を探しながら。
3本目を受け入れる頃には。ヒルイザの体ががくがくと震えました。
「ムサ、シ……」
未知の感触に強く快感をあおられて、ヒルイザは目を瞑りました。
「はゃ……く………」
指が離れて、ムサシィの両腕が腰をしっかりと支えます。
ヒルイザは再度腕を伸ばした。離れたく無いという気持ちで。全部を、ムサシィに託す気持ちで。
確認するように入り口にぐ、と押し当て、ぎゅっとヒルイザが目を閉じるのがわかり。
ムサシィは腰を押し付けた。
「っ、んんっ………!!」
ゆっくりと侵入してくるムサシィは、想像以上に熱くて。指などより、ずっと太くて。
見開いた目尻から、ぽろぽろと涙が落ちる。
無意識のうちにムサシィの背中に爪を立て、いくつもの赤い筋を残していた。
どこかで、ぱさりと。花が落ちる音。
根元まで押し入れたムサシィは、息をつきいた。思った以上に、狭くて、熱い。
異物を吐き出そうとするきつい締め付け。絡み付き、震えつつ、受け止めてるその場所。
衝動的に腰をがんがんと打ち付けそうになる自分を、なんとか押さえて。汗に張り付いたヒルイザの前髪を払った。
「大丈夫、か………」
声にならないのか、ヒルイザの唇だけがぱくぱくと動く。
『う・れ・し・い』
その、唇に引き寄せられるように塞いで。ムサシィはできるだけゆっくりと腰を使った。
指で確認した、一番ヒルイザを泣かせる場所を擦りあげながら。
「ゃ…、ぁっ………、んっ…」
刺激の強さに、口端から音が漏れ。そのくぐもった喘ぎが更にムサシィの動きを招く。できるだけ深くを小さく突き、抜けるまでゆっくりと腰を引き。身体のこわばりがほぐれたところで、再び根元までを突き入れた。
「ひっ、……ああんっ……」
首を振って刺激をやりすごそうとしているのだろう。ヒルイザの喉からは掠れた音が止まらない。いつの間にか、ヒルイザの腰がムサシィのそれに合わせるように揺れ始めた。
体内で、軟膏とムサシィの体液ぐちゃぐちゃとかき回される音が、脳を揺らす。腰にはりついた重い痺れが、突かれるごと全身を走る。つま先までそれは伝わって、ヒルイザの脳裏を一色に染めあげる。
視界が何度も白く濁って、飛んで、はじけるとムサシィの顔が浮かび上がった。
その口から、自分の指がのびていて。突かれるごとに指が、ムサシィの歯に噛み締められて。視界と刺激から倒錯した快感に息が止まる。
気を保っているのかどうかも分からない中。膨れて暴れていた痺れも、疼きも、快も全部が。
喉の奥から競り上がる錯角。
「ぁ、イ…ィっ……ム…サシ……」
ヒルイザが弾ける前兆を感じて、ムサシィは動きを速めた。
「ィけ……、イっち、まえ……」
浮き上がったヒルイザの両足がムサシィの身体をぎゅうと締め付け。
「ひ-------っ、っ、……!!」
互いの腹の間で、ヒルイザが弾けた。びく、びくと痙攣しながら何度も白い液が腹に散り。
その、余韻に震える身体に。ムサシィはすべてを叩き付けた。





ぐったりとした身体を腕に抱きかかえ、ムサシィは息を吐いた。
手持ちの服で綺麗に整えてやったが、それでもヒルイザは目を覚ます様子はない。
そろそろ夜も明るく白み始めている。どうにかしないと。
どうにか。できないものか。
周りをぐるりと囲む土の壁が恨めしい。苛々ともたれ掛かり、空いた手でその土壁を殴りつけた。
と。
ぼかりとその叩き付けた部分の壁が崩れ落ちた。
驚いて身体を起こすと、腕の中でうう、とうめき声があがる。
目があって。恥ずかしそうに顔が背けられ。恐る恐る振り返ってくるその視線を追い掛けて強引に唇を合わせた。
「んっ………」
そのままで目が合い、目が伏せられる。情交の余韻とは違う赤みが、頬に刺した。
可愛いなと、思いながらムサシィは乱れてしまった髪を撫でる。唇を離すと、すぐに俯いてしまう顎に指を伸ばして、もう一度目を合わせる。
おずおずと、視線がこちらに向けられた。その、弱々しさの中にあるものがけして嫌悪では無い事を知り、ムサシィは少し笑ってみせた。
まだ、正面から目を向けられないヒルイザ周りを見回し、そして、今開いたばかりの横穴を見つけた。そこから漏れるわずかな明かり。
汚れたスカート一枚を身にまとうだけのヒルイザはムサシィに身体を支えられながらその奥へと移動した。

そして。
その奥からあがる、声。
「ようこそ、ダーマ神殿へ」
言葉を失う2人に、数人の神官が手に布を持ち近付いた。
白い光沢のある布が巻き付けられ、顔を見合わせる2人前に黒い板が降りて来る。
そこに書き記される文字の羅列。
「これは……」
「転職をご希望ですか?お望みの職業をお選び下さい」
「望みの?」
「そう。どうぞ、思うままの人生をお選び下さい」
2人は顔を見合わせた。
「あなたは何を望みますか?」
どちらともなく、2人は手を繋いでいた。
黒い板に刻まれたたくさんの肩書き。そのどれも、2人の目には入らない。
ただ、お互いを見つめるだけ。
ムサシィは、神官に告げる。
「俺は、このままこいつといてぇ」
ヒルイザは小さく俯き、耳を染めながらその言葉をくり返す。
「てめぇがいれば、なんだって……、構わねぇ」
その2人に、神官は結論を出した。
「なるほど。2人のご希望を取り入れましょう」
神官はその後言葉を繋ぐ。
「2人を、教会に。彼らは学生から、夫婦へと転職します」
あたりに満ちる、柔らかな祝福の鐘の音。
東の空が白み、2人は色とりどりのガラス越しに朝陽を浴びた。
「…………幸せに、する」
「当たり前だろ」
ムサシィに優しく抱き締められる事に嬉しさを隠せずヒルイザはその腕の中に身体を預けた。
この男を。幸せにしてやりたいと思った。

神官の言葉に耳を傾けながら。
爽やかな朝日の中。2つの影は、1つに重なり。いつまでも離れる事はなかった。







20050507
あー。こんなに長くなるなら最初からヒル魔とムサシで行けばよかった。
ヒルイザってなんかルイを連想させる。
>>[完結編]
<倉庫にモドル>


2000年02月13日(日)  


お前なあ。

武蔵は子供の頭をぐりぐりと撫でた。
黄色がかっるほど薄い色素の髪が、堪えきれずにぐらぐら揺れて。
その下の身体がたたらを踏む。
「あんまり今から学校さぼってばっかりだとろくな大人になれねぇぞ」
懐いてくれるのは嬉しくても。
こうも頻繁に教室を抜け出されては意見の一つも言いたくなる。
わざわざ彼を連れ戻しに来る保母さんたちにも多少の気まずさを感じていた。
決して自分が扇動している訳じゃ無いのだが。
作業の邪魔にならないように大人しく持ち込んだ道具で
遊んでいるぐらいなら。教室で皆と遊べば良いだろう。

ここが良いんだと主張する子供が不満そうに睨み付けてくる。
まったく、どうしてこんなに強気なんだ。
10以上も年が離れているというのに。

「とにかく、今日はもう戻れよ」
苛々と頭を振って、子供は足を踏みならした。
「何だよ!邪魔なんかしてねぇだろ!!!」
「学校はさぼる所じゃねえんだ。お前の年からさぼり癖なんて生意気なんだぞ」
「あんたはどうなんだよ」
言葉に詰まるような所を的確にみつける小賢しさ。
何気なく口にしたんだろうが。確かにそれに反論できる程立派な経歴は持っていない。

「だから、学校に行かねぇとな。俺みたいになるってんだ」
ソバカスが少し浮いた顔を真っ赤にさせて。
子供は小さな足で武蔵の臑を蹴り上げた。
「うるせえ、ひくつ野郎!!」
どこで覚えたのか。
酷い言葉使いより蹴りあげられた臑が痛くて武蔵は声も無くしゃがみこんだ。
同じ高さに並んだ目線。随分と近付いて来るなと思うより早く、子供の顔が武蔵に飛び込んだ。
がん、と目元に軽い衝撃を受け。頬に柔らかな物が触れている。
視界が子供の髪に覆われて、何が起きているのかわかりかねた。
何だろう、と確かめようにも。子供はしがみついて離れようとしない。
柔らかい頬。子供特有の高い体温と、何か甘い香り。
「おい」
ひっぱっても離れない子供が、顔をぎゅうぎゅうと押し付けてくる。

されるままでしばらく待つが。一向に離れる気配がない。
多分、肌が直接触れているだろう部分にしっとりと汗を感じた。
埒があかないと武蔵は容赦なく子供をひきはがした。
じたばたと暴れる顔は息を止めていたように真っ赤だった。
「ムードってもんがないのか、糞ジジイ!!」
「何がムードだ。人の言う事聞いてるのかお前は」
「うるせぇ!」

武蔵が手におえない程の抵抗を見せた子供は。
狙ったように同じ臑の同じ箇所を蹴り上げた。
痛みに弛んだ武蔵の手から逃れつつ。
子供は少し離れた場所で武蔵を待っている。
俺の、どこがそんなに良いんだかなあ。
再び臑をさすりながら、子供の顔に追い掛けて来いという主張を見る。
少しは突き放さなきゃならないなとわかっているのに。
武蔵は子供に手を伸ばした。
するり、と身体を翻しながらも、けして遠くまで逃げようとしない。
「ちゃんと教室に戻れよ」
「うるせえ」

何げなく頬をなぞると。しっとりと湿っていたそこはとうに乾いていた。
いつまでも逃げようとしない子供もきっとすぐにいなくなる。
子供特有の一過性ってやつだ。
いつまでもこちらが相手をしてやれないように、こいつもすぐに飽きるはずだ。
「俺は仕事に戻るぞ」
手を振ってそう言った。
「ちゃんと、教室に帰れよ」
きびすを返して歩きながら。子供がどんな態度を取るだろうと考えた。
あっけなく離された手を、追い掛けるのか。ふて腐れた態度で幼稚舎に戻るか。
想像して、できるだけさりげなく目の端で後ろを探って。
自然に顔が緩む。

まあ、子供なんてすぐに飽きるモンさ。

その時が、少しでも先なら良いのになと。
矛盾する事を思いながら。

後ろから駈けてくる小さな足音に気がつかない振りをしながら。
少なくも。笑っている事に、気がつかれてはますます立つ瀬がなくなる気がして、武蔵は弛んだ頬を引き締めた。
遠くで仕事仲間が呼んでいるらしい声に、気がつかない振りをして。

もう少し。
あと少しだけ。

子供が飽きる、その時まで。






0525
<倉庫にモドル>


2000年02月12日(土) [酸っぱい葡萄]

今日は楽しい葡萄園への遠足日。帰りのバスは、興奮が冷める事のない園児達がきゃあきゃあと騒いでいる。賑やかな車内で、一人ヒル魔は窓の外を眺めていた。
隣は空席。いつもなら、ごろりと横になって時間を潰すと言うのに。今日は、とても大人しい。
いつもなら嫌がる帽子をかぶって。頭を揺らさず、きちんと座席に腰掛けている。

頬をできるだけ窓ガラスに近付けて、ヒル魔は自然に込み上げる笑いを周りから隠していた。
両手で両頬を支えて、できるだけ厳めしい顔をしようとするのに。つい弛んでしまう頬。
バスは、真直ぐに幼稚園へと向かっている。一刻も早く、つけばいい。ヒル魔はそればかりを思った。

葡萄園の中に一歩入ると、そこでは完全に食べ放題となる。時間にして約1時間。子供が食べられる量などたかが知れているが、園外への持ち出しは料金制となる。今日と言う日を楽しみにしている子供達は、親からもらった硬貨とひきかえに一房ごとを持ち帰るのだった。
だから、車内の子供達の多くは膝に家族への土産の箱を抱えている。しっかりと箱づめされているものの、乱暴に扱われて中には身が潰れてしまった物も多いようだ。
ヒル魔はそんな彼らを馬鹿にするように眺めて、笑った。

本当は、こんな行事どうでも良かった。それより、昼休みにムサシに会えない事の方が大事だ。
だからこっそり隠れてやりすごすつもりだったのに、まもりに見つかって無理矢理バスに乗せられた。
腹がたってむしゃくしゃして連れてこられた葡萄園は。
思った以上に、とても、楽しかった。
たった一人でいるだけなのに。葡萄はどれも美味しかった。
ヒル魔は考える。
2人でいれば、もっと楽しいのに。
葡萄だって、きっと、もっともっと美味しいはず。

土産の列に並ぶクラスメートたちを眺めながら、ヒル魔は知恵を絞った。あいにく、今日は持ち合わせがない。けれど、所詮大人達の目は節穴だ。ヒル魔はこっそりとポケットのビニールを取り出した。
房ごと持ち出そうとするから、かさばるんだ。しかも、それは見た目ほどの量がない。
ひと粒ずつ、丁寧にちぎってそれを、隠しもった袋の中にぽいぽいと放り込んだ。
適当な大きさになったところで袋の口をきっちりと閉じて帽子の中に入れる。それを、そっと頭にのせた。
あご紐を調節すれば、ぐらぐらと揺れる事もない。
ちょろいもんだ。
計画がうまく進んで、ヒル魔は機嫌が良かった。
帰りのバスの中で皆と騒がない分、一人で窓の外を眺めて。
この隣にムサシがいれば良かったのになと、そればかりを考えてた。

バスが保育園に着いて、そろそろとヒル魔は静かにバスを降りた。
走らず、慌てず、できるだけ丁寧に林へ向かう。
帽子から葡萄を取り出したら、ムサシはどんなに驚くだろう。
バスの中でも散々想像したその時を考えて。ヒル魔はくすくすと笑った。
魔法のように、さっと取り出そう。そうして、2人で一緒に食べよう。



子供達がいない一日は、少し物足りない気もしたが作業はいつもよりも上手く進んだ。
今日の予定は知っていたので、ムサシ以外の大工達は休みの時間を有意義に過ごし。ムサシだけが未練がましく幼稚舎を眺めていた。
今日は、さすがに来ねえよな。
昼休みが終わって。午後の一息の時間が過ぎても。ムサシは集中がどこか途切れてしまう自分を自覚していた。
だから。林の入り口に小さな人影を誰よりも先に見つける事が出来たのだった。

「今日は来ねえかと思ったぞ」
「俺はそんなに、『はくじょう』じゃねえんだ」
胸を張るヒル魔は、いつにも増して「子供」らしかった。
なんだろうな、と少し考えてムサシは答えを見つけた。
黄色の、丸い帽子。
頭にちょこんとそれをのせた姿は、とても可愛らしい。
今日は会えないだろう日程なのに、わざわざ訪ねてくれた所も可愛い。
なんだ、こいつ。
こんな子供にでも、懐かれれば嬉しい。
だから。
いつもより、可愛がってやりたい分。すっと手が出た。
「今日は、楽しかったか?」
黄色の帽子を、ぐりぐりとなでてやる。
小さな頭はまだ細い首で支えられないようで、なでる程にぐらぐらと揺れた。
やっぱり、態度が大人びても体は子供だよなとムサシは思った。
「葡萄園に行って来たんだろ?」
いつもの木の下でヒル魔を膝に抱えて時間を潰すのが最近の日課だった。
ムサシはいつものようにその木へと向かい、そこでヒル魔を振り返った。
ヒル魔は一歩も、動かなかった。
細い目を真ん丸に見開き。合わせてぽかんと口まで開いている。
「どうした?」
今日の遠足でやっぱり疲れたのかとムサシはヒル魔を覗き込んだ。
目の前でちらちらと手を振っても、反応が無い。
「喉乾いてるか?ちょっと待ってろ」
ムサシはヒル魔をそこに置き、急いで仕事場に戻った。せっかくここまで足を運んでくれたんだ。ジュースの一本ぐらいはおごってやろう。

そうして、ムサシがその場に戻った時。ヒル魔の姿はそこになかった。
慌てて周りにヒル魔がどこに行ったのかと尋ねると。
どこかぎこちない動きで帰って行った事を聞いたのだった。





050507わはは。とりあえず3本でおしまい。
<倉庫にモドル>


2000年02月11日(金) [君の名は]

いつもの場所にヒル魔は急いだ。
急がないと、ダメなのだ。
幼稚舎の裏の、林の奥。
工事が中断するこの時間を知っているのは、今、ヒル魔だけではない。

まもりがみんなにあんな事言うから。

必死に走りながらヒル魔は腹立たしさを押さえられなかった。

裏の林の工事現場は、危ないから近寄っちゃいけません。

そんな事言われれば。みんな、興味を持つに決まってる。
そうして、あっという間に。「ムサシ」の事が皆にばれた。

正確に言うならば、「子供好き」もしくは「付き合いの良い」何人かの大人が遊び相手になってくれると言う事。釘や金具などの危険物がある工事現場に子供が立ち入る事は禁止されているが。そこを出てきた大人達と、子供達が遊ぶ分には問題ない。
子供達は、「男」で「大人」が大好きだった。
普段接している保母さんたちと彼らは違う。何度も体を使った遊びに付き合ってくれる。一度でも、複数の子供と遊んだ者なら覚えがあるだろう。うっかり一人を抱き上げれば。次は私、次は僕、と叫ばれる。こちらの体力など知った事では無い。全員を相手しなければ、彼らは騒ぐ。泣く。いいつける。ゆえに、知っている者達は子供と遊ぶ時に注意をする。
そうして、大工達はそんな事を一切知らず。ただ、ただ、タフで力があった。
どれだけせがまれても、にこにこと(もしくはため息を交えて)相手をする。
それが、子供達にはたまらない魅力だった。

林についたヒル魔は、いらいらと近くの木を蹴り上げた。
一番先に教室を出たのに。こいつらは、どうやってここに来ているんだ。
ムサシの肩では見知らぬ子供が歓声を上げていた。足下には何人もの子供がまとわりつき、次は僕だと騒いでいる。あの中に、入る気にはなれない。
自分は、あんなガキ達とは違う。
そう、思いつつ。
悔しいと思ってしまう。
まだ、ヒル魔だって一度もムサシの肩に乗ってはいないのだ。
なのに。
きっと、あいつはせがまれたんだろう、とか。寝ている所を乗りかかられたんだろう、とか。
あいつは隙がありすぎる、とか。
思ってみても、もう遅い。
ムサシは、ヒル魔に気がついてもくれない。
悔しい。
強く思い過ぎて、視界がにじんだ。
悔しい、悔しい。
スモックの裾で、顔をめちゃめちゃにこすりながら、ヒル魔は何度も地面を蹴りつけた。

「みんな〜教室に戻りなさ〜い」
遠くからの声に、ムサシはほっと息をついた。
子供は嫌いでは無いが、こうもまとわりつかれるといささか疲れる。いや、とても疲れる。
仕事の合間にちょっと遊ぶだけでも、体力は随分と奪われる。しかも、相手は子供だ。
足下でちょろちょろとされれば踏み付けないかと気を使う。
ヒル魔が、今日は来なかった。
あいつが来ると、不思議と他の子供達は寄って来ない。
かわりに、あいつがいないと。普段近寄れない反動なのか子供達の集中攻撃にあう。
その結果。ひどく疲れる。まだ、仕事が残っているのに。
最後の子供が名残惜しそうにこちらを振り返り、いつまでも手を振ってくる。お愛想でぶらぶらと手を振っていると。その、ムサシの頭上に塊が落ちてきた。

「ぅわあっ!?」
とっさに振り落とそうとして頭に手を伸ばすと、それは柔らかな体でしがみついてくる。
まだ、子供が残っていたのか。
「おい、あぶねえから降りろ!」
むちゃくちゃにしがみつかれ、ムサシの視界が遮られる。このままじゃ転倒してしまう。ムサシは慌てつつも、慎重に足場を確かめた。
「おい!ふざけるとあぶねえだろ!」
子供と言っても、十分に重たい。ムサシは見えないままに両手を伸ばし、なんとか体を支えられる木をつかんだ。必死だったために語気も荒くなる。頭にしがみついている子供はびく、とおびえたようにその手を震わせた。引き剥がそうと手を伸ばすと、噛み付かれた。
なんてやつだ。
「………おい」
少し、怒りもこめて声をかけた。
「降りろ」
「………………嫌だ」
小さな小さなつぶやき。でも、それは確かに知っている声。
絶対に降りてたまるか、という強い意志に支えられた手足はムサシの肩、首、頭をがっちりと固めている。
「お前、ヒル魔か?」
わずかに、そのこわばりが弛んだ。
「そうなのか?」
こく、とうなずく気配がした。
お前、そこでうなずかれたってわからねえだろ。と口にだしかけて。
わかったんだから良いかと、黙った。

こいつは、確かに噂通り賢いガキだ。出会って数回でムサシもそれがわかってきた。この年にして、理詰めで物事を判断できる。わがままと道理の差が、わかっている。それは、驚くべき賢さでもあり。少しだけ、ムサシは悲しいなと思う時もあった。
だから。こうしてわがままを通す事は珍しい。
「どうした、怪我でもしたのか」
木の上から頭をめがけて飛び下りたんだろう。目測を見誤れば大怪我にもつながるその行動にぞっとするし、下手をすれば自分も怪我をしていたところだ。下手に慌てるより、ヒル魔が自分から降りる気になるのを待った方が良いかもしれない。

落ち着くと、ヒル魔もしがみつく力を緩めてきた。無理に下ろさないで、様子を見ようと静かにしていたムサシは。とある匂いに気がついて、眉をひそめた。ふんわりと臭うのは、シンナー臭だ。あきらかに、頭上からただよっている。さらに。頭に巻いたタオルごしに何かを押し付けられているのがわかった。
こいつ。ひょっとして。
髪の毛にひっかかりながら、線を引くようにタオルの上から擦り付けられるのは。ひょっとして。
マジックじゃねえだろな。
力を抜いている今なら、無理に下ろす事も出来るかと考えたが。
一度はヒル魔を信じたのだ。諦めて、させるにまかせることにした。

しばらくヒル魔は、悪戦苦闘をしていたようだが。やがて満足げな声をあげ、もぞもぞと肩から降りてきた。手を貸してやり、地面に下ろしてやる。満足そうな表情は、目もとが少し汚れている。後ろ手に隠そうとしている物はやはりマジックの様だ。ちらとしか見えないものの、どうも油性らしい。狙ってやったのならその周到さをむしろ誉めてやりたい。
「何、書いたんだ」
「うるせえ」
タオルをほどいて見てみようかとすると、ヒル魔が睨み付けてくる。
なんだ。
一体何を書いたんだか。
取りあえず、黙って子供を見下ろしてみた。初めは嬉しそうにしていたものの、次第にそわそわと動き、ちらちらとこちらに視線を向けてくる。なんだ。
普通の子供と違う事をしでかしてくれるからな。こいつは。
「どうした?」
促すと、ヒル魔の顔がさっと赤く染まった。
「なんだ」
ヒル魔が突然、走り出した。幼稚舎に向かっているので、別に止めはしない。変なやつだなとその後ろ姿を見送っていると。くるりとこちらを振り返って大声で叫んできた。
「ムサシ!いいか!」
なんだってんだ。
「俺以外、頭にのせんな!」
………………なんだってんだ。
後ろから、仕事だと仲間の呼ぶ声がする。
子供に。あんな小さな子供に、呼び捨てにされて。おまけに、命令された。
その辺のガキに言われたなら、それはさぞかし腹立たしいだろうが。
ムサシは子供の後ろ姿が校舎に隠れるまで見送った。どうしてなんだか、やたらと楽しい。
面白いやつだ。
頭のタオルをほどいてみたが、何がそこに書かれているんだかさっぱりわからない。
かろうじて、分かるのは最後の横棒。のばしてんのか、漢字の「一」か?
その前は、平仮名か。カタカナか。
まあ、次に会った時にでも聞くか。
同僚の元に戻りながら、ムサシは汚さないようにそのタオルを畳んでポケットに押し込んだ。
ほどいた髪に、風が気持ち良い。
工事は夏まで続きそうで、それまでの間はどうやら退屈だけはしなくて済みそうだ。

良い知り合いが出来たと、ムサシは小さく、笑った。






050507走り書きですが。
>>[酸っぱい葡萄]
<倉庫にモドル>





2000年02月10日(木) [大きな栗の木ノ下で]

桜が舞い散る中。ヒル魔は校庭を走り抜けた。
今の季節は、少し走っただけで汗が出る。額を擦ると、手の甲がすべった。
軽い足取りで校舎の角を曲がって、そこでようやく一息つく。
ここまで来れば、もう見つからない。
教室はどこも静まり返っていて、自分を呼ぶ声はそこから聞こえない。
建物は日の光を遮って少しだけ風通しが良かった。
こんなに天気が良いのに。
部屋の中になんて、こもっていられるか。
風が心地よいのも初めのうちだけで、すぐにこもるような熱気にヒル魔は眉をひそめた。むわりと香る草木の香りが濃くなって、目の前にまばらな林が現れる。あたりをきょろきょろと見回し、ヒル魔は勝手知ったるその奥へとかけこんだ。

外から見ても簡単にはみつからない、ちょうど良く影の落ちる木陰を目指して。
そうして。その少し手前で歩みが止まる。ヒル魔の口から小さく舌打ちがもれる。
また、誰かいやがる。
自分だけのお気に入りの場所に最近、勝手に立ち入る人間が後をたたない。
おおかた、林の向こうの工事に関わっている奴らだろう。追い払ってもきりがない。
次から次に、新手が現れる。
今度は、どうやって追い払おうか。
土の上に大の字になって寝ている男。規則正しく上下する腹を見れば、そいつが熟睡している事がわかる。
初めの男は、木の上から顔にめがけて土を落としてやった。
次は、大口開けている所に虫を。あの時の慌て様は見事だった。
もちろん、こちらの正体がばれるようなへまはしていない。
水をかけてやったこともある。ただ、水を汲みに行く往復の時間がもったいない。
ヒル魔は、無性に眠たかった。
この天気だ。この木の下で眠れば、きっと気持ち良い。
だから、この男が邪魔だった。
また、顔に落書きでもしてやろうか。ポケットから油性マジックを取り出す。
けれど、これは速効性に欠ける。
どうしてやろうかと、腕を組んでヒル魔は考えた。

風がそよぐ。
気持ち良さそうに寝てる男が、だんだんと憎らしくなってくる。
近寄っても、目を覚ましそうに無い。
頭に巻いているタオルを水に浸して顔にかけてやろうか。
足下で眠っているその顔は、思ったよりも若そうに見えた。
ヒゲが、年をとっているように見せているのかもしれない。
腕を伸ばして顎をなぞった。ほんの少しだけのびたそれは、指に先にちりちりとあたる。
それは、面白い感触だった。指だけじゃなく、手のひら全体でなぞってみた。
小さな小さなたくさんの刺がざわざわと手を刺してくる。
気持ちよかった。
ヒル魔は両手を顎にのばした。じょりじょりという音が出る程、そこをなぞる。
しゃがんでそうしているうちに、だんだんと前のめりになって。
よろよろと前に頭がかしがった。
バランスをとろうと、手をついて。そのついた先に。開いた目がこちらを見ていた。

「なんだ、坊主」
低い声にヒル魔はびくりと体をすくめた。どなられるだろうか。
今までの男達は、姿を見せずに撃退してきた。けれど、今度は。
ヒル魔の両手は男の顔につけたままだ。走って逃げても、すぐに捕まってしまうだろうか。
そう考えると、腹がたった。
ここは、元々自分の場所なのだ。
「…………?」
「ここは、俺の場所だ」
震えないように、声を出した。
男の太いまゆげがぎゅっと、寄る。目が閉じる。寝たのかと思って覗き込むとその先でもう一度開く。
「坊主の、場所か」
男の腕がのびて、ヒル魔のスモックの端をつかんだ。小さな体は、それだけでぐらりとバランスが崩れた。すとん、と土に尻持ちをついてしまう。男の手は、そんなヒル魔の体をずりずりと引きずった。
驚いて声も出ないヒル魔の体を抱きかかえるように、床に寝そべらせ、男は体を少しずらす。
「場所とって、悪かったな」
そうして。
男は目を閉じた。硬直したヒル魔を抱きかかえたままで。
寝息が、本格的に深くなるのに時間はかからなかった。
ヒル魔は、しばらく体を固まらせていた。木々の間から見える空が青い。
背中の地面は、男の体温が残って暖かい。
巻き付いている腕は太く、重く、動く様子はない。
暑い、とヒル魔は思った。
いくら春でも。くっついて寝る気温じゃあない。
身動きがとれない。男の体にぴったりと触れていては、暑いより、熱い。
それでも、動けないヒル魔の意識がとろとろと溶けはじめた。
目蓋が重い。
時刻は1時を少し回った頃。
毎日の規則正しい習慣は、ヒル魔に眠れとささやいてくる。
こんな。暑苦しい場所なのに。
人に触られるのは大嫌いなのに。
なんで。こんなところで。

眠くなんか、ないんだ。
ただ。このバカが。俺をつかんで離さないから。
付き合ってやるんだ。

そんな、言い訳のような理由を見つけた頃には。男の寝息に小さなそれが重なっていた。



ムサシは、目を覚まして困惑した。
小さな子供が、腕にしがみつくように眠っている。
左腕が、妙な方向に押しやられて肩から先の感覚が薄い。
子供がもぞもぞと動くだけでびりびりと痺れる。
なんだ。
こんな所に、なんで子供が。
時間は、そろそろ休憩時間が終わる頃。
仕事に戻りゃなけりゃならないのに。子供は、腕にしっかりと絡み付いている。
どうしたもんかな。
ぼりぼりと頭をかいてムサシは呻いた。
すぐそばを歩いていた同僚を、手招いてみる。
ああ、そのガキ。
同僚は、笑って指差した。
裏の幼稚園のやつでな。脱走の名人だ。
男は、子供の事に詳しかった。
脱走してはこの辺で遊んでるらしい。敷地からは出ないし、えらく賢い子だってんで、保母さん達もこいつに関しては大目に見ているらしいぜ。
へえ、と相づちを打つムサシに彼は続ける。
で、ここがこいつの縄張りでな。勝手に寝てるとこいつがひでえいたずらして散々な目にあうらしいぞ。
男が上げた何人かは、そういえば何日か前に騒いでいたっけ。
中には、派手に顔に悪戯書きをされていた奴もいた。思い出して、ああ、こいつの仕業かと思う。
お前、気に入られたんじゃないのか。
ガキを幼稚園に返してきな、仕事はそれからだと言われ。
ムサシは、腕の中で眠る子供を見下ろした。
こんな、知らない人間の腕の中ですうすうと眠るなんて。
無防備にも程がある。今どき珍しいんじゃねえか。
賢い子っつうより、無鉄砲ってやつだろ。
ムサシは、目を開かない子供をしばらくそうして、観察した。
小さな顔はまだ日に焼けると言うこと知らない白。
鼻の先にほんのりと薄くうかんだソバカス。
細い細い髪の毛は光を透かすほどに色が薄い。
しばらく、観察して。それでも、起きない程熟睡する子供。


結局。どう揺すっても起きないその子を抱えてムサシは幼稚園を訪ねた。
子供特有の甘い匂いに満ちた室内では身の置き場に困り。
若い保母さん達にはヒル魔君の意外な一面ねと、微笑ましさに注目を浴びた。
そんな騒動の中でも目を覚まさず腕を離さないヒル魔を、保母の一人が強引に引っぱると。
眠い子供は、なぜか派手に抵抗を見せた。
意地でも離すもんかと爪を立ててムサシに抱きつき。
腕から離されると派手に泣きわめいた。
人見知りするこの子が、珍しいですねと。周りの保母たちに声をかけられるが。
慣れない場所での事柄に、ムサシはそそくさとその場を立ち去った。
ぎゃあぎゃあと、わめき、騒ぐ子供の声を聞きながら。


これが、2人のなれそめなのです。




050507 語り尽くせないよ。
>>[君の名は]
<倉庫にモドル>


2000年02月03日(木) [ケータイ]03

03使用期限を守ってお使い下さい

それは、随分と前の事。

完全な漆黒の闇と言う場所は、意図しなければ生まれない。ヒル魔は、商品のパネルや非常電源用のわずかな明かりから必要な光量を得ていた。特殊なAIを持つ移動型ハードとして開発されてから、一体どれだけの時間が立っているんだろう。外部との接触は最小限に押さえているために、洋として知れない。逃げ込んだ先のこの倉庫は、見事に世間と隔絶していた。都合が良かった。同時に、コンテナごと捨てられる危険性もあったが。

開発者たちが思った以上に発達した学習型のAIとやらのおかげで、たくさんの物事を学べた。このコンテナ内にある見た目が似たような機種から、引きだせるだけの情報を引きだし。そうして、自分の存在がどういった物なのかを知らされる。
個人用にはあまりに高価すぎる代物。おそらく、あのまま開発が進めば軍用商品として開発されていたのだろう。逃げ出したのも、あいつらの鼻を明かしてやりたいだけだった。

世間に出ても、逆に持て余されるだけのスペック。じっくりと考える時間だけは十分だったが、その先に何があるのかはわからなかった。外に出るためには人間の力を使うしかなく。強く操作するための端末も、電力も、余裕があるわけではない。

無為に時間が流れ、自分の体内寿命の残りが気になり出したころだった。こんなところで朽ちるぐらいなら、最後の時間くらいは有効に使いたい。ただ、外に出たかった。

都合良く、古い商品を掘り起こすような注文が降りてきた。注文主の簡単な経歴などを調べた結果は思った以上に気にいった。こいつにしよう。宮大工という、今はない職業の流れを組んでいるのが気にいった。機械にうといようで、これならそれ程こちらの素性や機能を詮索はしないだろう。何を考えてこんな注文をしたのかは分からないが、丸め込める自信はあった。



アキハバラという街を歩き、その品揃えの豊富さに思わず笑みがもれた。これなら、なんとかなりそうだ。さんさんと日の光を浴びながら、自己診断をくり返した。残りの時間がどれほどなのかを、綿密に割り出す。荷物の中にまぎれていた古い携帯機種はあの倉庫からいただいたもので、思った通りにジャンクショップでは良い値段で売れた。その値段で、いくつかのノートパソコンと端末、カードリーダーなど必要な物を購入する。ネットに繋ぐことで、自分の素性や居場所がばれるのは馬鹿らしい。「今」ではすっかり古風なやり方のようだが、アナログ方式は一番一番足がつきにくい。

内部に走らせていたプログラムが、おおまかな自分の寿命を告げた。思ったよりも、短い。

あとは、どれだけ楽しめるか、だ。家主は変態だがうまくやれるだろうし、やれなくなる前に足場を固めて、出て行っても良い。どうせ捜し出せないだろうし、そう騒ぎ立てる奴とも思えない。
多少の金でも渡しておけば、問題ないだろう。どうしても手を出してくるようなら、それで外に買いにいかせればいい。

無骨で、さわると固そうな男だった。ぼんやりとしているようで、それほど頭が悪いようでもない。今までに見た事のないタイプだ。そうだな、と考えをめぐらせる。
色仕掛けもいいかもしれない。口封じには。逆に、俺に惚れさせればこっちの思うように動くのだろう。

想像するだけでそれは案外面白く、ヒル魔はひとり、笑みを浮かべた。







<befor
 next>
<倉庫にモドル>



2000年02月02日(水) [ケータイ]02

02付属品をご確認下さい。


名前は、ヒル魔。長いこと倉庫に眠っていたところを、俺がわざわざ掘り起こしたんだそうだ。
年代物の高級品で、今時の量産型にはない気品や機転の早さを身につけている、んだそうだ。30分程の会話の中で、こいつには逆らわない方が良さそうだと、判断する。
「……で?あんた、何がしたいんだ」
「いや、別に……」
「何で俺を選んだんだよ」
「古い電話が欲しかったんだ」
「はあ?」
また、機嫌を損ねるような発言だったかなと思ったが、この言葉に奴は怒らなかった。
「あんな、いろいろごちゃごちゃしてるんじゃなくてシンプルな電話が欲しかったんだ」
「確かに、な。さぞかし今の新機種にゃあ、必要ねえもんがごちゃごちゃしてんだろうな」
うなずきながら、ヒル魔は自分が入っていた箱の中身を引っ張り出し始める。
「俺を選んだのは、間違ってねえぜ。そいつは保証するさ」
「……そういうもんか」
「そういうもんだよ」
梱包材が勢い良く箱から引き出されて、下からいくつかの小さな部品がぼろぼろと引っ張り出された。
ムサシにはよく分からない部品を一つ一つ確かめ、数を確認すると気がすんだらしく箱が部屋の隅へと押しやられた。もう、何も言えず、ただヒル魔の様子を見ていたムサシは、ため息をつく。片付けるのは、俺の仕事なのか。
セナや栗田が持っていたケータイは、やってくれと頼めば掃除でも何でもすると言う。こいつもそうならば、この荒れ放題な部屋を片付けて欲しいものだが、とてもそれを試してみる気にはなれなかった。
「おい、電話あるか?」
「そこに、置いてある」
かさ張る梱包材を束ねながら指差した先で、怪し気なケーブルと機械が繋がれてゆく。止める気にもなれず、黙々と部屋の掃除を続けること、10分。おい、と声を掛けられ振り向きざまに何かを放られる。
「電話だぜ。こっちの中のメモリーは全部入ってる。今すぐ使える上に」
手のひらに治まるサイズの小さな機械は、雑誌で見た通りの前々世代型だ。
「金はかからねえ。好きに使え」
「どうやって使うんだ?」
「かせ」
自分の太い指では同時に押してしまいそうな小さなボタンの上を、細い指が器用に動く。爪の色が薄い桃色だったり、指の節が薄かったり、見ていて飽きる事がない。起動した今じゃあ、体温があって、弾力さえありそうな気がした。
「おい。聞いてんのか?」
「いや」
同時に。勢い良く臑を蹴られて声がつまった。
「ふざけんな」
すぐそばから見上げてくる額を、金髪がさらさらと流れた。その下の睨み付ける眼が、やけに生々しくて作り物だと言う事を忘れてしまう。いや、そもそも、人間にここまで逆らう機械があるとは、思えない。
ムサシは、何の気なしにヒル魔の頬に手を当てた。手のひらに伝わるほんのり暖かな頬は、想像より随分と柔らかい。親指で頬の一番高い部分をなぞると、驚きに見開いていた眼が、忙しくまたたいた。顔色が、先ほどより少し白くなり、さっと赤みがさしていく。ケータイそのものをこんなまじかで見たのは初めてだったが、実は人間なのだと言われても自分は疑わないだろうと思った。
「おい」
「ん?」
その言葉に顔を向けるのと、殴られるのとは同時だった。痛みよりも衝撃の方が強い。
「何しやがる、糞変態!」
「何、って。」
「じろじろ見ると思ったら、てめえそういう趣味か」
殺気に近い物を感じて、ムサシは手を離した。
「手ぇ出してみろ。後悔させてやる」
そういう事が、可能なのか。尋ねそうになって、やめた。
「すまん、触ってみたかったんだ」
ぎりぎりと音がしそうなほどの眼が、ふいと反れ、ずりずりと足だけで床の上を移動する。十分に距離がとれたところで、そばに落ちていた段ボールのかけらを投げつけられた。
「近寄るな、ど変態」
変態……。そうか。俺は変態なのか。
軽いショックを覚えつつ、床に落ちた携帯を拾った。小さな液晶に映る文字が操作を補佐しているので、説明がなくとも電話をかける事ぐらいはなんとかなりそうだ。画面に出てくる見なれた名前を選べば良いのだろう。
うつむいていじっているうちに、ヒル魔が立ち上がる気配を感じる。
「……どうした」
部屋の中央で腕を組んで室内を見渡すヒル魔は、不機嫌そう呟いた。
「何もねえじゃねえか…。外につながってる端末、ねえのかよ」
「ああ」
パソコンがないのは当然で、テレビやあらゆる家電が、いわゆる「単品」扱いとなっている。どうにも好きじゃない上に、安くすむという理由で、ネットワークには繋がない生活だ。
「見事に何もねえな。こりゃ、良い」
同じような古い携帯をいくつかヒル魔はジーンズのポケットにねじ込むと、玄関へ向かった。
「どこ、行くんだ」
「このままじゃ、何もできねえだろ。買い物だ」
一瞬、そのまま家に帰ってくれるのかと思ったが。そうか。買い物か。
「靴、借りるぞ」
一言告げるて、ヒル魔は外に出て行った。
後に残された大量のゴミに囲まれて、ムサシはため息をついた。外側の梱包には機種番号とメーカー名が大きくプリントされている。せめてそれだけでもメモを取ろうかと思ったが、それをどう利用すれうばいいのかがわからず、手を止めた。
そういえば。あいつはまがりなりにもケータイのはずだ。
最低でも人型な分、ネットにつながるだろうし、もちろん通話機能だって当然あるはずだ。
なのに。
ムサシは手のひらに視線を落とす。

あいつ、なんでこんなモン持ってるんだ?






<<
>>
<倉庫にモドル>


2000年02月01日(火) [ケータイ]

■はじめに■
01取扱説明書には、いつでも見られる場所に保管して下さい。



時は未来。誰もが当たり前のようにケータイと「歩く」ようになった頃のお話。


ムサシは、届けられた大きな荷物を受け取り、あらためてその大きさにため息を付いた。
等身大の段ボールは重さも相当で、リビングに運ぶだけでも手間がかかった。
「俺がとうとう、こんな物を、なあ。」
ケータイを持て。と、周りに言われた。今どき、連絡がつかないのは不便を通り越している、と。
確かに、それはそうだろう。しかし。どうしてもあんなに大きな物を連れ歩くのは億劫だった。
前の前の世代のものなら、手のひらに乗るサイズが残っていると聞いて、苦労して古い物を注文したと言うのに。結果、この大きさの荷物が届いたということは。
返品するか。
悩む間もなく即決する。ムサシにとってこれは、ただただ場所を取るだけでしかない厄介な荷物。世間では電話以外の多機能と、自ら付き添ってくれる従順性が好評だとか。だが、機械と名の付くものはすべてやっかいに思えるムサシにとって、そもそも四六時中そんな物に付いて廻られるのはご免だった。

梱包の外側には、簡単なバーコードしかついていない。連絡先を知るには、この仰々しい包みを開いて、中を確認しなけりゃならんだろう。と、包みと格闘すること30分。中からは、いわゆる「ヒトガタ」ケータイらしきものが姿をあらわした。
白い額に金の髪が落ちている。瞳の色はわからないが、多分青とか、緑とか、そんな色なんだろう。梱包材にまみれた身体はほっそりしていて、いわゆるどこから見ても「お人形さん」だ。ご丁寧に、服まで着せられている。あいにく、ムサシにはこういった物を喜ぶ趣味はなかった。むしろ、嫌悪感さえ感じてしまう。横たわる人形は、綺麗に出来た死体に見えた。
ええと。
説明書とか、ねえのか。
おそるおそる人形の脇に手を差し込んだ。薄いシャツごしに冷たさを感じて、顔をしかめた。腕を、腰の後ろまで延ばすが、それらしい物は指先に触れない。背中なのか、と腕をのばすが人形に長く触れているのもいやで、人形を箱ごと転がした。思ったよりも、てごたえが軽い。箱から転げた人形はあとで箱に戻せば良いだろうと、ムサシはとにかく箱をあさった。連絡先。クーリングオフの方法。それさえわかれば、あとは簡単だ。ひどい惨状の部屋を正視するのがいやで、ムサシはひたすら箱の中身を漁ることに没頭した。その結果。
箱から出た「それ」が起動していたことに全く気がつきもしなかったのだ。

「おい」

唐突にかけられた言葉にムサシはぎょっとした。
振り返った目の先に、あの人形がいた。さらさらとした金髪の下に、すこし赤みの差した頬。目は想像したどれとも違う黒で、若干あがった目尻が意志の強さを感じさせた。先ほどまで、死体だった面影はどこにもない。
「何してんだ、あんた」
あぐらをかき、頬杖をついたままの姿勢でこちらを見る人形の表情は、怒りを含んでいる気がした。箱から転がした時に、何かのはずみでスイッチが入ったのだろうか。

「何してんだ」

ようやく箱の中から取りだせた説明書を片手に、俺はぼんやりとそれを見ていた。白いカッターシャツと青いジーンズに身を包んだ男の表情は、どう見ても、従順という機能は備えていないように見えた。

「……何でお前、動いてんだ?」
「ばかか、光子アキュミュレーターぐらい、今どき何だってついてんだろうが」

ばか、と言われた。従順がうりものの、ケータイに。怒るより何より、思ってもみない事柄の連続で、黙り込んだムサシをみつめる「人形」の眉間はさらに溝が深まった。

「だから、何やってんだよ!高性能な俺を、箱から引っぱり出して、床に転がして、そうまでして何やってるかって聞いてんだ!!」

なる程。扱いの悪さで怒っているのか。流れるようにまくしたてられて、ムサシはむしろ機械に対する引け目を忘れた。

「いや、説明書探してた。」
「なんだ、使い方なら俺に聞けゃいいだろ。」
「おお、そうか」

睨む程だった目つきから、ふっと力が抜ける。それだけの表情に、とても人間臭い物を感じたムサシは、何も考えることなく口にしていた。

「クーリングオフのやり方、教えてくれ」
「は?」
「わりい、返品したいんだ」

額とこめかみがひく、と動いたのは気のせいじゃあないだろう。よくできているもんだな、とじっくりと観察していたムサシの前で、人形は顔を俯かせる。深く、深く、俯き、その背中かからただならぬ気配が立ち上る。次に何が起きるのだろう、とぼんやり観察していたムサシは、突然伸びてきた腕に完全に虚を付かれた。
人形は、素早かった。箱に残っていたその他の紙切れを全部手にすると、部屋の片隅にあったキッチンに駆け寄る。止める間もなく紙切れには火がつけられ、あっというまに炎に飲み込まれた。
めらり、と炎が舌を延ばすより早く、人形はそれをシンクの中に投げ入れる。人形は、紙の原形がなくなるまでシンクの中の炎をじっとみつめていた。

「いいか。良く聞け。2度と、2度とだ」

勢い良く蛇口をひねると治まりかけた炎がじゅんと音をたててかき消える。部屋に立ち篭める嫌な匂い。
「俺を返品しようなんて、考えるんじゃねえ」

こうして。
ムサシはめでたくケータイを手に入れた。





>>
倉庫にモドル


やまだ