ゆく水に数書くよりもはかなきは

2005年03月11日(金) 浮気性

日が沈んだ頃、朝の駅まで送ってもらった。

何を話したらいいのか判らなくて
前を行く車のテールランプを数えていた。



片方が二重瞼で反対が一重だとか
左右で目の大きさが違う男は、根っからの浮気性だって
人相手相の勉強をしているという同僚が言ってたっけ。

…あんた正しいかも。
自分の身をもって体験してしまった以上、納得せざるを得ない。
左目が一重、右目は二重瞼の男。
運転中の横顔は、左の一重瞼しか見えなかったけれども。


浮気を繰り返す男。
それはよほど特殊な存在なのだと思っていた。
だけど。
ごく普通の顔をして
私の隣で煙草を吸いながら運転している男がそうなのだ。
たぶん都会の雑踏ですれ違っても
周りの人間との区別をつけることはできないほど、普通の男。

そんなもんなんだろうか。

何より自分がそんな浮気男と関係を持ってしまったことが
どうにも実感できなかった。



かなり後悔していた。


「また逢えるかな」
聞かれて答えを曖昧にしたのは
もう二度と逢わないだろうと考えていたからだった。


だが、予測は裏切られた。



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泥沼が始まった。



2005年03月10日(木) 始まり・2

半分後悔を引きずったまま
「頭文字D」の舞台と云えば、判る人には判るであろう峠に連れて行ってもらった。


晩秋ではあったけれど晴天に恵まれ、景色は良かった…のだと思う。

そのときの私に外を見る余裕はなかったのだけれども。

「緊張してる?」彼が言った。
してます、めちゃくちゃ。と答えたはずだ。
「取って喰いやしないよ」
「喰ったら腹下しますよ」
「景色楽しんでる?」
「さっきから眼にはいろいろ映ってます」
嘘だ。実際はセンターラインだけを見ていたのだ。

多分彼は遊び慣れているのだろうと思った。

カルデラの湖を見てから山頂に行き、市街を眼下に山を下る。
道中、信用していいよ、人畜無害だよと何度も言われ
その穏やかな横顔に軽口も叩けるようになってきた頃だった。
信号待ちで停車したとき
「抱かれてもいい気になった?」と彼が訊いてきた。
顔が引き攣った。
嫌だと言うつもりだった。


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違う。取り消そうとしたが、遅かった。
「交渉成立」
破顔一笑。
信号が青になり、彼は再び車を走らせた。

言ったことは嘘じゃない。
でも始めて逢って抱くの抱かれるのって
そこら辺の問題はどうなんだと自分に山程突っ込みを入れたものの
一回口に出してしまったことを取り消すことはできず
なんだかんだと自分に言い訳をしながら助手席に収まっていた。

「彼氏何人いるの?」
「いろんな情報くれるお友達はたくさん」
「ふうん」
「そちらこそ彼女何人いるんですか?」
「内緒。彼女になってくれたら教えるよ」
つい見つめた横顔は、さっきと変わりのない穏やかな顔だったが
その微笑ですべてを封じ込めている、そんな印象すら抱いた。
「病気は持ってないし、大事にするよ」
「彼女が何人もいるかもしれない人に大事にするって言われてもね」
苦笑する。いくらなんでも信用できない。
「全員同じだけ大事にすればいいんでしょ…複数なら」
「財力と体力と精神力がそこまでタフには見えませんが」
「さらっと言うなあ、怖いことを」
落ち着いた声。咽の奥でくくっと笑う仕草。
どう見ても普通のオヤジ。
どう考えてもただのエロオヤジ。

でも。
なんだか心に引っかかる。

そうして私は車から降りる機会を失った。


気がついたときには
矢鱈と長い暖簾のような物体がついた駐車場入り口だった。

彼がじっと見つめていた。
初めて正面から顔を見た。


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頷きながら、
この人、左右の目の大きさが違うんだと
そんなことをぼんやり考えていた。



2005年03月09日(水) 始まり・1

あのひとと出会ったのは晩秋の頃だった。



突然メールがきて、話しませんか?と誘われた。

以前付き合っていた人とひどい別れ方をしたせいか
その頃の私は人間不信で
それでも誰かを信じたいとどこかで望んでいたのだと思う。
メッセンジャーの友人は男性ばかり、
しかも簡単には会えないような遠方に住んでいる人ばかりだった。
会わないですむように予防線を張っていたのだ、要するに。

彼は群馬県在住、新幹線を使えばそれほど難しい距離ではないが
それでも簡単に会える距離だとは思えなかった。
いつもどおりに返信メールを出し、彼とのメッセンジャーでの会話が始まった。
話してみると彼は実直で、いい人という印象だった。


しかし、100キロ近くの距離を遠方ととったのは私ばかりだったようで
話が盛り上がってくると彼はさも当然のように
「それじゃ今度逢ってみようよ」
と言ってきた。

「群馬は遠いですから」
遠回しに断ったつもりだった。
すると彼は
「じゃあ車で迎えに行くよ」と言う。
「いくらなんでもそれじゃ悪いですよ」
「だって遠くて来られないんでしょう?」
「遠いのはお互い同じじゃないですか」
「でも逢いたいよ」


結局私が折れ、逢うことになってしまった。




今思えば、ドタキャンでもなんでもするべきだったのだ。

逢いに行くべきではなかったのだ。



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馬鹿正直という言葉がある。
そのときの私はまさにそれで
ドタキャンするどころか自分から逢いに行ってしまったのだ。

  だって車出させちゃ悪いし。
  だって逢いたいって言ってるんだし。

なんだかんだと言い訳してもうしろめたさが消せるわけではなく
各駅停車の電車に乗ったせいもあってか
群馬まで、酷く居心地の悪い道中だった。

約2時間後、めちゃくちゃローカルな駅に着く。
関東では結構有名な私鉄とのターミナルでもある駅なのに
えらく鄙びていて、駅前にはコンビニすらなかった。

やっぱり、帰ろう。

踵を返しかけたが、果たせなかった。

視界の隅っこに映っていた黒い車から
見ようによってはダンディと見えなくもない男の人が降りて来ていた。

私を見ながら携帯をいじっている。
ほぼ同時にバッグの中の携帯が着メロを鳴らす。

「当たり?」
白髪混じりだけれども、聞いていた45歳という年齢よりは若く見える顔が
にこりと笑いかけてくる。
帰る機会を失い、私は曖昧に笑って返事の代わりにした。
「見つけた」
穏やかな笑顔。

促されるままに車に乗った。
「逃がさないよ」
冗談とも本気ともつかないそんな発言を、どこか醒めた気持ちで聞きながら

「逢ったら、男と女の関係でいいよね?」
メッセンジャーで交わした会話にそんな言葉があったなと思い出していた。

堕落という文字が脳裏に浮かんでいた。



2005年03月08日(火) 思はぬ人を思ふなりけり

大好きだった人がいる。


そもそもが手の届かない人。
思っても報われぬのが前提の人。


それでも、伸ばした指が僅かに触れてしまったから。

だから期待してしまったのだ。


だから望んでしまったのだ。




鞦韆のリズムがいっときだけ合うように
あの人と私も、一瞬だけ触れ合うのが運命だったのだろう。



時が過ぎれば鞦韆はすれ違う。


何もなかったように、時の終わりを告げられて。


胸の中にまだ貴方がいるのに。



腕が、肌が


貴方をこんなにも覚えているのに。



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白花夕顔 [MAIL]

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