つきよにわらふ

2006年03月14日(火) 底流(春よ 逝け)

始まりは
怒りだった
孤独だった
叫びだった
さびしさだった

根底を流れるものを思うと
変わってゆく自分と
変わりようのない自分が浮き彫りになる

相変らず私は逃げつづけている
逃げることが人生か?
立ち向かうことのできる日はやってくるのか?
誰かに聞いて欲しいと甘えている限り私は逆喩的に孤独でありつづけ
書く 必要があることはよく解っているが
勇気が 覚悟が 諦めが
書き終えたときに自分の中の何かが永遠に失われるという恐怖が
私を動けなくしている

はやくはやく春よ逝ってくれ
花は枯れるし クッキーは消化されるのだから



2006年03月12日(日) detoxication(若しくは処女還り)


3月が過ぎるのを息を殺して待つしかない
この面倒くさい自分を抱えて生きる覚悟は?
皆寂しい のは自明
自分は誰の模倣でもなくここまで生きて
しかしそのために傷つけてきたひとたち
ごめんなさい
ありがとう
しかしまだ恢復できないのです
ただ
息をすることをやめずに
ねえ
私は私のままで生きることが赦されるのでしょうか?
夕刻を越え だいぶ気分的に救われてきて
音楽は クルセイダーズ ジャズが取れたほうの
加持祈祷更には解毒体内浄化
というわけで今日私はアボガドを食す
アボガドが始まりにはならぬものかと妄想しながら
ならぬこともないだろう、オレンジが始まりになったこともあったのだから



2006年03月05日(日) おいたちを思うと春は気が狂いそうになって然るべきと

んなこたあどうでもいいんだよ。
あの女(むかしおとこを寝取られた)の下膨れの顔みると自分がふつふつ生き返る思い。
@結婚式場。
いくらでも触りなさい。
二の腕など安いものです。
首筋にだって掌にだって。
体温はありません、いくら撫で摩ろうとも。残念ながら。
真髄。唯一発熱しているのは。その狂気(凶器)の部分。
触れるとみな尻尾巻いて逃げるからね。
苦しめばいいのだと思います。
悪いことなどいつでも一気にきます。
(知らなかったの?私13の頃に思い知らされた。
 どうしようもなくてね、
 布団の中で泣きながら自慰行為を繰り返したのだよ。
 思えばなんて捻じ曲がった十代の始まりだったのだろうか。)
自分の業は自分で贖うのです。
この面倒くさい私を押し倒す挑戦者はおらぬか。
調合を。和解を。
眼で殺せるか。
横顔は別人に。



2006年03月02日(木) 拾参回忌


わたしは いつも
いちばん言いたいことが言えない
壊れていて不安定で怖いくらい女である自分のことが
結局好きなのであり
季節は流れ
いろんなことが変わってゆくけれど
変わらぬ自分を抱えたまま生きていくしかなくて

覚悟
最後の苦しみを味わう

私の人生を決めた日から今日でちょうど13年です。
私は再び自分の人生を決めなおす覚悟がようやくできたところです。


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