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2021年09月30日(木) 日記サイトの寿命 〜二年の壁〜

長くサイトをつづけていると、懐かしい人からメールが届くことがある。
先日、「ご無沙汰しております」と連絡をくれた読み手の方とは十五年ぶりである。最後に話してからそんなに時が経っていたのか、とびっくりしてしまう。
実生活が忙しくしばらく日記読みから遠ざかっていたが、最近むかしのブックマークを開く機会があったのだそう。この日記がつづいていたことを知り、メールをくださったのだ。
「あの頃、自分がなんと名乗っていたのかも、どのメールアドレスを使っていたのかも忘れてしまいました」
とあるのを読み、この場所から離れなくてよかったとつくづく思う。もしサイトを移転していたら、再会できなかっただろう。

ところで、いただいたメールの中に「日記サイトが減りましたね」という一文があった。
二年半前、七年間のブランクを経て日記の読み書きを再開したとき、日参していた日記の多くが「ページが見つかりません」になっていたことに軽いショックを受けたことを思い出した。「浜に戻ったら、住んでいた村はなく知る人もいなくなっていた」という浦島太郎のような気分を味わったのだ。
十数年前、読み物系のサイトが集まるリンク集がいくつもあり、そこには熱心な日記書きがたくさんいた。書き手同士の交流が盛んでオフレポをよく見かけたし、日記の内容をめぐってバトルが勃発することもあった。「日記読み日記(他者の日記を日替わりでレビューするスタイルの日記サイト)」なるものがあったのも、魅力的な日記がたくさんあったからだろう。
あんなに書くことが好きで熱かった人たちはどこに行っちゃったんだろう、といまでも不思議な気持ちになることがある。



日記サイトの平均寿命はどのくらいなんだろう。
カップルは三ヶ月、半年、一年の区切りで別れやすいなんて聞くけれど、日記サイトにも閉鎖のタイミングは存在するのではないか。
私の感覚では「二年」が大きな境界線だ。それを超えれば、ちょっとやそっとのことではなくならない長寿の日記になる。しかし、二年の壁を越えられるのは二、三割ではないだろうか。
日記をつづけるのは決してたやすいことではない。なんて言うと、「どうして?好きでやっているんでしょ」と言われそうだが、趣味だからこそむずかしい。やめたって明日から食べていけなくなるわけじゃない。

閉鎖に至る理由やきっかけについては、いくつか思い浮かべることができる。
開設して半年くらいのサイトであれば、「思うようにアクセス数や読み手の反応が増えず、モチベーションを保てなくなった」が一番多いのだろう。しかし、何年も書きつづけている人がやめようと考えるときは「生活が変わり、そのための時間をとれなくなった」以外ではふたつほど心当たりがある。

ひとつは、「更新のプレッシャー」。
毎回くすっと笑わせてくれるあるサイトを訪ねたら、冒頭にいつもと調子の違う一文を見つけた。体調不良で何日か日記を休んだところ、「平日なのに更新してませんね」とメールが届いたそうで、日記の更新は仕事ではないので休むこともある、ちょっとむっとした、という内容だった。
読み手にそう言われて愉快でなかったのは、「更新をそう簡単なことのように言ってもらいたくない」という思いがあったからではないだろうか。
家庭や仕事を持つ人が毎晩パソコンに向かう時間を捻出するのは大変であるが、多くの書き手がさらに苦労しているのはネタの確保だ。それはティッシュペーパーのように一枚取り出せば次が待機してくれているということはない。
「『今日書くこと』を見つけるまで落ちつかない」
「投稿ボタンを押すまで軽くプレッシャーがある」
というのはとくに毎日更新を掲げている人からはよく聞く話だし、実際、読み手の期待に応えようと四苦八苦した跡の残る日記を読むと、大変だなあと思う。
なにかの拍子に「こうまでして書くことに意味があるんだろうか」が胸をよぎったら、もう踏ん張れなくなるのかもしれない。
つづく

【あとがき】
SNSで友人知人に向けて書く日記(近況報告)は長つづきする人が多いみたいですけどね。見知らぬ人に読んでもらうための文章をweb上に公開するというのは、まだまだマイナーな趣味なんでしょう。
ところで、いま私が属しているコミュニティでは、自分の文章を「エッセイ」と称している人が多いです。その定義は「形式にとらわれず自由に書いた文章」だから、たしかにそうなのだけれど、私は自分のそれを「日記」と呼んでいます。その名称が一番しっくりきます。
むかしはみんな、日記、日記と言っていたけど、もう「日記サイト」「web日記」という言葉自体、目にすることがなくなりました。


2021年09月22日(水) スーツに腕時計はマストか否か

友人の息子は現在就職活動中。オンラインで二次面接まで通過し、先日初めて志望企業に呼ばれたのだが、帰宅するなり「しくった〜!」と頭を抱えたという。
ほかの学生とともにその日のスケジュールを終え、ほっとした気持ちで人事部長の終わりのあいさつを聞いていた。が、「担当者が話している最中にスマホをいじっている学生がいた」という言葉に凍りついた。
「こういう場でスマホを触るのはどうなのか。そういう判断ができる人になってほしい」
そして、何人かの学生と「オレ、落ちた」「オレも……」とうなだれながら帰ってきたらしい。
彼らはなにも採用担当者の目を盗んでラインやネットをしていたわけではない。ただ時刻を確認しただけである。
しかし、部屋の後方から進行を眺めていた人事部長は「話も聞かず、スマホをいじっている」と思ったのだ。

私がこの話を聞いて驚いたのは、彼らが「腕時計をつけていなかった」ことである。
昨今、「時刻はスマホで確認できるから、腕時計はしない」という人は多いだろう。私もふだん腕時計はあまりつけない。つけるとしたら、アクセサリーとしての役割を期待してのことだ。
が、就職活動で会社に出向く際にも「腕時計はとくに必要ない」とみなされるほど存在感を失っていたとは。

たしかに、時刻を知りたいだけならスマホで事足りる。プライベートではそれでいい。
しかし、上司や取引先、客の前でスマホを触るとよい印象を持たれなかったり、今回のように誤解されたりする可能性がある。それに、時間管理にはスマホは不向きだと感じる。
私は仕事中、PHSを携帯しているが、それは分刻みのスケジュールを管理するのにはまるで役に立たない。
「十一時に入院がくるから、それまでに受け持ち患者の保清とAさんのガーゼ交換をして、体重測定は午後に回そう」
「昼過ぎにオペの患者が戻ってくるから、午前中にBさんの入浴とCさんのバルン交換を終わらせなきゃ」
という具合に「タイムリミットまであと〇分」と逆算して行動するため、頻繁に時計を見る。以前、ナースウォッチを落としてしまい、PHSで代用したことがあるが、「PHSをポケットから取り出し、またしまう」というたったそれだけの動作が、胸ポケットに吊るしたナースウォッチに視線を落とすのと比べたらずいぶん手間で、わずらわしかった。

実際、日経新聞やビジネス系の雑誌で企業の創業者や社長のインタビュー記事を読むと、腕時計に愛着を持っている人が多いことに気づく。
「社会人になったら、腕時計は必ずしなさい」
「時間を大切にしない人間は仕事ができない」
といった発言もしばしば目にする。
なるほど、常に納期や効率を意識して仕事をすべき人が、時刻を確認しようとするたびにいちいちポケットからスマホを取り出し、スリープモードを解除し、それからまたポケットへ……のプロセスを踏まなくてはならないことをなんとも思わないとしたら、彼は時間に敏感とは言えないかもしれない。
「時間や納期を守ることは会社の信用につながるのだから、いつでもどこでも瞬時に時刻を確認できるよう腕時計をつけることは社会人の常識である」
という考え方には一理ある。
商談や接客の最中でも、相手に気づかれることなく時刻を確認できるのも腕時計のよさ。それをつけることはビジネスマナー、身だしなみのひとつと考えている面接官もいることを、大学の就職課では教えないのだろうか。

それに、仕事中の男性が手首を返して腕時計を見るしぐさはなかなかすてきだ。
そういう意味でも、腕時計をつけないのはもったいない。私は「スマホを時計がわりに使うのは学生のうちだけ。スーツに腕時計はマスト」派である。



二十代の前半に付き合っていた人と長い時間を経て再会したとき、彼の腕時計が目に留まった。
見覚えがある気がしてしばらく眺め……思い出した。大学を卒業するときに「これから遠距離恋愛になるけど、一緒にこれつけてがんばろうな」と贈り合ったペアウォッチだった。
うちにあるのとベルトが違うのは、別れてからも彼がそれを大事に使いつづけ、革が傷むたび交換してきたからだった。私はあれから一度もつけていないのに……。
「べつに深い意味はないぞ」
わかってる。でも、うれしかった。

この先、どこかで偶然会うことがあっても、もう彼の腕にそれを見つけることはないだろう。
それでいい。年齢や収入や立場や……いまの自分にふさわしい腕時計を男の人はつけなくっちゃ。

【あとがき】
若い人にとってスマホはもはや体の一部と言えるほどあって当たり前のものだから、採用担当者の前でそれを取り出したらメールやラインをチェックしていると勘違いされるかもとか、スマホばかり気にしていると思われたら不利になるとかいうことが想像つかないのかもしれません。
ちなみに、看護師にとっても時計はマストアイテム(時刻を確認する以外にも、点滴の滴下調整や脈拍測定で使うので)ですが、腕時計を使っている人はあまりいません。不潔になりやすいし、患者さんを傷つける危険もあるので、腕時計禁止の病院もあります。
実際、手を洗うたびにつけたり外したりできませんし。それで多くの看護師はナースウォッチ(ぶら下げ型の懐中時計)を使っています。


2021年09月16日(木) 「親ガチャハズレ」と言われても

「親」をしていたら誰でも一度や二度、「時間を巻き戻して、子育てをやり直したい」とつぶやいたことがあるだろう。
しかし、同僚の思いはさらに切実で、子どもを生む前まで戻りたいという。多くは語らないが、彼女はずいぶん前から高校生の息子のことで悩んでいる。
友だちを家に連れ込んでいないだろうか、夜中に出かけていないだろうか、朝までゲームをしているんじゃないだろうか、ちゃんと学校に行くだろうか……。そんな心配をしながらの夜勤は本当にきついだろう。
いままで意識したことがなかったけれど、安心して家を空けられること、心おきなく仕事ができることの幸せ、ありがたさを思う。



結婚延期の発表から三年半、長らく膠着状態にあった眞子さまと小室圭さんの結婚問題がここにきて大きく動き出しているようだ。
「国民の理解を得ぬまま、結婚を強行するなんて許せない」
「あの親子が皇室と親戚関係になるなんてとんでもない」
という声は依然として大きいし、二、三日前にも「年内結婚がひっくり返る可能性はまだある」という見出しの記事が出ていたが、年内かどうかはともかく結婚自体は実現するのだろう。

眞子さまに「おめでとうございます」「よかったですね」という気持ちはとくに湧かない。けれども、秋篠宮さまと紀子さまが「どうして破談にしなかったんだ」と国民から責められていることについては気の毒に思っている。
「将来天皇になる可能性のある人の姉であり、単なる一個人の結婚とはわけがちがう。皇室や国にとっても重要な事案だ」
にはそのとおりと頷く。
しかしながら、ふたりの気持ちさえあれば結婚できると憲法で定められているのだから、親といえどもどうしようもなかったのだということもわかる。
それが国民の総意であると承知していても、その結婚を「生きていくために必要な選択」とまで言う娘の意思を無視して破談にするのは不可能だ。皇族であろうと生活費の原資が税金であろうと、一人の人間である以上、本人が思う“幸せ”を求める権利があるのだから。

「この結婚は最初から既定路線だ。秋篠宮家は国民感情を意識して反対しているフリをしていただけ」
という人もいるが、私はそうは思わない。
報道されてきたことを話半分に聞いたとしても、あの親子のもとに自分の娘をためらいなく送り出せる家庭が世の中にどれだけあるだろう。皇嗣家という立場もさることながら「親」として、誰よりも強く破談を望んだのは秋篠宮さまと紀子さまであったろうと私は思う。
国民の祝福はおろか理解すら得られない結婚では、黒田清子さんのように里帰りを好意的に受けとめてもらうことはできまい。そして、うまくいかなくなったときには「それ見たことか」とバッシングの嵐が起こるだろう。娘が末永く幸せになれる結婚であるとは到底思えないだけに、それを容認することは苦渋の決断だったに違いない。
ブリンカーを着けた馬のように、娘の目には小室さん以外のなにも映らない。彼がアメリカにいるあいだに状況が変わるのではという一縷の望みも砕かれ、万策尽きたというところだろう。
「小室家の粘り勝ち」と書いていた週刊誌があったが、まさにそう。秋篠宮さまが求めた「それ相応の対応」もスルーしたまま望みを叶えたのだから、小室さんの完全勝利だ。

「自由を重んじるという名の下に伝統をないがしろにし、環境を選ばず好き勝手させてきたツケが回ってきたんだ」
「姉妹そろって内親王という立場を自覚していないのは、秋篠宮家の教育方針がもたらした結果だ」
と世間に言われるまでもなく、娘たちの育て方について悔やんでいるだろう。幸せを願い、よかれと思ってしてきたことがあだとなってしまった、と。
いま秋篠宮さまと紀子さまは、無念と国民に申し訳ない気持ちでいっぱいなのではないだろうか。



「『親ガチャ』っていう言葉知ってる?息子に『俺はハズレた』って言われてね、後で意味を調べて涙が出たわ」
冒頭の同僚が言う。
佳子さまが紀子さまと口論になった際、「お母さんは自分の意思で皇室に入った。でも、私とお姉ちゃんは違う。自分たちは籠の鳥だ」と言い返したら、紀子さまは黙ってしまった------という記事の真偽はともかく、眞子さまが「皇族に生まれたばかりに」「好きで皇室に生まれたわけじゃない」と反発したことはあっただろう。
「こんな家に生まれたくなかった」
これも、「親」をしていたら一度や二度は浴びるパンチかもしれない。
しかし、親は「こっちだって子ガチャハズレたわ!」とは決して言い返さない。目の前の子どもの姿は自分の子育ての結果であるとわかっているから。

いまはどんな言葉も届かない。だけど、いつかわかってくれる。
そう信じて、その日まで持ちこたえるしかない。

【あとがき】
「親ガチャ」とは、子どもの立場から「どんな親や境遇のもとに生まれるかは運まかせ」ということを、なにが出てくるのかわからないカプセルトイにたとえた言葉。私も最近知ったのですが、イマドキの若者らしい軽薄な発想だなと思います。
看護実習で行った病院に、危篤になって連絡をしても息子、娘の誰一人会いに来ない患者さんがいました。同じグループの女の子が「七人も子どもがいるのに」と同情したら、教員が「しかたがないよ。そんなふうに育てたのは本人なんだから」とぴしゃっと言ったのですね。「なんて冷たいことを言うんだ」とびっくりしたのですが、いまは「結局、そういうことなんだろうな」と切なく思います。
間違えようと思って、子育て間違える人はいないのにね……。


2021年09月10日(金) 「ベッド」ありの友人関係

「この期に及んで、“十年来の友人”って……。『二股かけてました。ごめんなさい』ってどうして素直に認めないんだろ」
「『そっか、友だちだったんだね〜』って納得してもらえると本気で思ってるのかな」
「愛ちゃんのときも思ったけど、嘘ってバレバレの言い訳したらよけい傷が深くなることがなんでわからないかな」

昼の休憩室が盛り上がっていた。一般人女性との結婚発表後、わずか四日で二股交際を報じられたゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんの話である。
『週刊文春』によると、女性は二十代の十年間を共にした彼から突然「別の女性と結婚する」と告げられ、ショックを受けているという。その報道に、鬼龍院さんは「十年来仲良くしている女性の友人がいる事は事実です」「私の事で傷付けてしまっていましたら大変申し訳ございません」と弁明している。
しかし同僚が言うように、「彼女は友人」という主張には無理がある。実際にそうだったなら、こんな記事が出ることはなかったはず。女性は二股をかけられた末、自分がお払い箱になったことが許せなかった。つまり、彼を恋人だと思っていたのだ。
互いに対する感情の種類が違っていたら、それは友人関係とは呼べないだろう。



ところで、鬼龍院さんの件は別にして、私は「男女の関係があったら、“友人”とは言えない」という考えは持っていない。
「セックスが邪魔をして、男と女は本当の友だちにはなれない」
というのは『恋人達の予感』という映画の中のセリフであるが、私も長いあいだそう思っていた。セックスは魔物、それが介在するようになるとふたりがどんなに長い時間をかけて培ってきた純で尊いものもたちまち呑み込まれてしまう、と。
しかし、いつからか「ベッドもあるけど、友人」というのも意外と成り立つんじゃないかと思うようになった。

私の周囲には異性の親友がいるという女性が何人かいるが、みな口を揃えて彼とセックスしたことはない、その可能性はこの先もゼロだと言う。私はそれがいつも不思議だった。
「誰と疎遠になっても、彼とは一生付き合っていくと思う」
「もしかしたら親より私のことを理解してくれているかもしれない」
などとその男性に並々ならぬ信頼感や敬意を示す一方で、
「彼とエッチ?ないない、絶対ない。たとえ同じ布団に入ってもそんなことにはならない」
「変なこと言わないでよ。あっちだって私相手にそんな気起こらないわよ」
と断言するのがどうしても理解できなかったのだ。
どうしてありえないと言えるのかと問うと、答えは決まって「親友だから」。
でも、私は逆だと思う。それほど深く理解し、心を許し合っている間柄であるからこそ、「一線を越えてしまう」という事態が起こりうるのではないのか。
単なる男友だち、女友だちのレベルではない友情で結ばれているふたりであるなら、「そういうことは一切ない」よりも「ときにはそういうこともある」というほうがむしろ自然な気がするのだ。
どちらにも恋人や配偶者といったステディな存在がいないのであれば、さらなる精神的な充足を求めてベッドを共にすることがあっても不思議ではないし、とがめられることでもないと思う。

そんな心配はまずないんだけどね、と前置きしつつ、友人が言う。
「そうは言っても、デートスポットに行ったりスキンシップとかはしないようにはしてる。万が一、間違いがあったらいけないからね」
そう、親友だろうがなんだろうが、「異性である」という事実からは逃れられないのである。ならば、それを“間違い”とみなしてふたりのあいだで性的なことをタブーにするのではなく、いっそ容認してしまってはどうだろう。
LINEをしたり飲みに行ったりといったことの延長線上にセックスがあり、双方がことさらそれに執着することも拒絶することもなく、「自分たちにあってもいいし、なくてもいい」という境地にあるとき初めて、逆説的であるが、「男とか女とかいうことを越えた本物の友人関係」と言えるのではないかしら。

【あとがき】
でも、実際にはなかなか難しいかもしれませんね。「人として強く惹かれている。だけど異性としてはなんとも思わない」という感情のバランスは、取ろうとして取れるものではないでしょう。人間的に魅力的な人は男性としても素敵(=恋愛感情が芽生える)なのではないでしょうか。
だから私には無理そう。それに、相手からまったく女として見られず「男といるのと変わらない」と思われるのもちょっぴりフクザツだし……。
ところで、前回のテキストに「“男と女”系の話題には食指が動かない」って書いたのに、舌の根の乾かぬうちに。あー。


2021年09月05日(日) 誰のためにも書かない。

同僚が重そうな紙袋をいくつも抱えて出勤したと思ったら、ハイと私に差し出した。
中には漫画の単行本がどっさり。彼女は最近、これを大人買いしたという。
せっかくの夏季休暇にどこにも行けない、誰にも会えない。ならばステイホームを堪能しようと、中学生の頃に夢中になった漫画を読みふけったらしい。それを「蓮見さんももうすぐ夏休みでしょ」とわざわざ持ってきてくれたのだ。
彼女と私は同世代。その漫画は私にとっても懐かしい。最後に読んだのは三十年以上前のこと、結末はどうなったんだろう。
と一番後ろの一冊を取り出し、表紙を見て驚いた。私の記憶にある絵とずいぶん違っていたからだ。
ちょっと暑苦しいくらい濃かった主人公の顔が、四十九巻ではいまどきのそれになっている。ほかの登場人物も洗練されて都会的な容貌になっていた。

絵はきれいになったけれど、なんだかイメージが違う……。いやしかし、連載開始から四十五年も経っていれば、絵が変わるのは当然か。
休載が多くいまだに完結していないため、「作者はもう描く気がなく、いまはアシスタントが描いている」という噂がまことしやかに流れているが、絵柄ががらりと変わったことも一因かもしれない。



ところで長くつづいているといえば、この日記もかなりの長期連載である。
二〇〇〇年にスタートし、途中七年間のブランクはあるものの、その期間以外はコンスタントに更新してきた。
過去ログは千百超。これだけ書いていると、漫画の絵柄と同じようにだんだん変化していく要素もある。
先日、これまでに書いたテキストのタイトル一覧を眺めていて、ふと気がついた。
「そういえば、愛だの恋だのの話をめっきり書かなくなったなあ」
以前は自分の過去の恋愛や「男と女」について書くことがしばしばあったが、少なくともここ十年はない。そういうテーマに食指が動かなくなったことが大きいが、理由はそれだけでもない。
あるとき、テキストサイトのお祭り企画に参加するため、遠い記憶を掘り起こしてその手の話を投稿した。出来は悪くなかった。にもかかわらず読み返そうという気にまったくならなかったのは、「自分らしくない」文章だったからだ。
二十年前の私が書いたのであれば、そんなふうには感じなかっただろう。そして、思った。
「体型が変わっていないからといって、ハタチの頃に着ていた服を四十代になっても着ていたら、やっぱり不自然だ」
時を経れば、生活も立場も関心の対象も変わる。「これについて書きたい」「書いていて楽しかった」と思えるものがいまの自分に見合った話題なんだろう。

そんなふうに変化したものがある一方で、十四年間揺るがないものもある。「自分のためだけに書く」というポリシーだ。
「人の役に立つ文章を書きたい」
「読者の心に響く言葉を届けたい」
「私のエッセイで誰かを笑顔にしたい」
自己紹介や初めましての投稿でよく見かける一文であるが、私はそういうことを考えたことがない。むしろ、「誰のためにも書かない」よう心がけてきた。
「人に読ませる文章であること」は常に意識している。“自分語り”を読んでもらうためには、「これは自分用ではなく、人に読んでもらう文章なのだ」を念頭に置いて、話題を選択したり感情を抑制したりすることが必要だと思っているから。でも、それは「読み手のために書く」とは別物だ。
共感を得たい、期待に応えようという気持ちがモチベーションになる人もいるだろう。でも私がそれを狙ったら、文章におもねりや計算が生まれ、書きたいように書けないジレンマに陥るのが目に見えている。
だから、きっとこれからも誰のためにも書かない。
「自分が納得のいく文章を書きたい」
動機が“自分の中”にあるからこそ、私は今日もこうして、そして明日もここにいられるのだと思う。

【あとがき】
こんな私の文章を読んでくれる方に、心からありがとうと言いたい。
さて、長期連載している漫画の絵が変化するのは、描いているうちに絵が上手になっていくからだと思っていたのですが、それだけではないようです。漫画好きの友人によると、絵柄が古いと新しい読者がつかないため、その時代の流行りの絵柄に寄せていく必要があるのだそうです。なるほど。