もうちゃ箱主人の日記
DiaryINDEXpastwill


2008年03月30日(日) 3回忌

父の3回忌。

父側の近い親類は、殆どいないので
(なにしろ、93歳で逝った末っ子だから)
本当に身内だけでの法事を営んだ。


2008年03月29日(土) 新銀行東京のこと

例によって、何がわかって
何がわからないのか、わからないまま
「都民は全部わかってるわけではない」と言いつつ
何も教えない、えら〜く、えばってる知事さんの
思ってる通りに決まった。

まあ、バカな都民には、
バカな知事がついてくるので
(バカ知事を大差で選んだ、バカ都民なんだから…)
もうこれ以上、言うのはやめて
公的融資についての
私の考え方を記録しておく。


銀行から借りられない中小企業向けに
無担保・無保証融資をというスタンスは
政策としては立派なもので、批判できない。

問題は、設立した銀行に、利益を出すよう
義務付けたことで、これは本来おかしい。

私の持論なのだが、本来、公的融資は
ある程度の「貸し倒れ」を必至とするものであり
むしろそうでなければならない。
それを、かっての、この国の公的融資は
財政投融資(かっての郵貯資金)を原資とするものだから
「貸し倒れ」があってはならない、という建前を崩さない。
したがって、第一順位の抵当権を条件にするものだから
本来それを必要とするものは、融資を受けられないという
制度的矛盾があった。
それでも、「予算消化」のため、
本来民間金融機関から調達すべき企業に貸し付け
枠を消化するというバカなことをしていた。
(担保は第一順位、金利は長期プロパーで決まりという
 アタマを使わない貸付業務に、ベストアンドブライテストの
 幾多が従事していた。
  〜実際、それほどお利口な人がいたかは疑問だが… (^^;))

閑話休題
そういうわけで
本当に政策実現を目指すなら
黒字転換などはありえない覚悟で
プロジェクトを策定しなければならなかったのだ。
それを、これも偏向したポピュリズムで
できもしない黒字計画をでっちあげ、
バカ知事が大見得切ってスタートしたものだから
引っ込みつかず、枠消化のため
バカな融資をばらまいた、果ての惨状と思う。

巷間、コンピュータによるビジネスローン審査が
元凶と言われるが、そんなビジネスローンだけで
何百億の穴が空くわけはない。
今回、賛成した議員さんたちの紹介、口利きによる
穴の方が大きいはずである。
うそだというなら、資料を公開しなさい。
公開できないのは、公開できない事情があるからだ。

今回破綻処理にならず、ほっとしているのは
バカ知事だけではないだろう。
安心した議員さんも多いと思う。
来年の選挙で、ひっそりと引退する議員さん、
あなたは…?

何年か後、この銀行は必ず破綻する。

<十分な推敲の時間ないので
 支離滅裂な点はご容赦のほど…>


2008年03月28日(金) 「足利」を世界遺産に!

 〜という申請を昨年したそうです。
そいでもって、このたび
何と、栃木県内のセブン−イレブン販売店で
協力するというのだが…
 …
ソースカツ弁当とソースカツパーガーで
どう協力するのか????





。。。。
「足利」を世界遺産に!コンビニ弁当で応援
3月28日7時50分配信 産経新聞

「セブン−イレブン・ジャパン」(東京)は
「足利学校と足利氏の遺産」で世界遺産登録を目指している
足利市を応援しようと、登録推進シールを張った
ソース味新商品5品目の販売を栃木県内限定で開始した。

これは先月、県と「地域活性化包括連携協定」を結んだ
同社の地域貢献策の一環で、具体的に市町レベルに対する協力は
足利市が全国で初めてだという。

新商品は、県南地域でなじみの深いソースを使った商品で、
県内339の全店舗で販売する
ソースカツ弁当(500円)と
ソースカツパーカー(265円)。
県南地区164店が扱うポテト入り焼きそばロール(150円)と
ポテト入りソース焼きそば(250円)、
ソース焼きそば大盛り(350円)の5アイテム。

いずれも足利学校の写真をバックに
「学問を育むまち、あしかが『足利学校と足利氏の遺産』を
 世界文化遺産に!」と印刷されたシールが張られている。
シールは10万食分用意した。  《後略》

最終更新:3月28日7時50分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080328-00000038-san-l09


2008年03月27日(木) 「大日如来像」落札者は…

真如苑だったそうだ。



ところで、ここだけの話だが(笑)
件の仏像、実は明治の初めまで
足利の郊外、樺崎のある寺にあったという。
廃仏稀釈等で廃寺になった際、行方知れずに
なった…
 らしい…
  と言われている…
    そうです。(笑)

これだけ、人伝の情報ですから
真偽のほどは、保証しません。(キッパリ!)

知ったかぶって吹聴しないように……
 やばい、私が一番危ないかも… (^^;)
  

因みに
このサイトで署名活動をしていたそうです。
http://bdg.sakura.ne.jp/siseki/cgi-bin/joyful/joyful.cgi

。。。。

運慶工房作「大日如来像」、クリスティーズ落札は真如苑
2008年03月25日22時42分

鎌倉時代の仏師・運慶の作とみられる「大日如来像」を、
ニューヨークのオークションで、三越に依頼して
1437万7000ドル(約14億円、手数料込み)
で落札、入手したのは、東京都立川市に総本部を置く宗教法人・
真如苑(しんにょえん)だったことが分かった。

同教団が25日、会見した。
5年間は、公立の博物館などに預けて調査・公開してもらい、
約10年後に立川市と武蔵村山市にまたがって所有する土地に施設
を建設、そこで公開してゆく方針という。
国外流出が懸念されたが、日本にとどまり、公開されることになった。
  《後略》
http://www.asahi.com/culture/update/0325/TKY200803250392.html


2008年03月26日(水) …犬の十戒

『犬と私の10の約束』という映画のPRが
盛んにされていて、この「犬の十戒」からの
フレーズが放映されている。


遅まきながら、サイトを検索して
ナミダ、ナミダ、ナミダ… (^^;)

今 こう書き写していても
涙があふれてきよる。… (^^;)

 涙もろくなったねぇ。


いまさらながらとお思いの方も
いらっしゃるでしょうが、記録の意味もあり
「犬の十戒」を2つの訳で…

。。。
犬の十戒(犬の飼い主のための十戒)

The Ten Commandments of Dog Ownership
http://www5.ocn.ne.jp/~select/Ten-Commandments.html


1. My life is likely to last ten to fifteen years. Any separation from you will be painful for me. Remember that before you buy me.

私の一生は10〜15年くらいしかありません
ほんのわずかな時間でも貴方と離れていることは辛いのです
私のことを買う(飼う)前にどうかそのことを考えて下さい。

2. Give me time to understand what you want of me.

私が「貴方が私に望んでいること」を理解できるようになるまで時間を
与えてください。

3. Place your trust in me-it's crucial to mywell-being.

私を信頼して下さい...それだけで私は幸せなのです。

4. Don't be angry at me for long and don't lock me up as punishment. You have your work, your entertainment and your friends.
I have only you.

私を長時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで下さい
貴方には仕事や楽しみがありますし、友達だっているでしょう
でも...私には貴方だけしかいないのです。

5. Talk to me sometimes. Even if I don't understand your words, I
understand your voice when its speaking to me.

時には私に話しかけて下さい たとえ貴方の言葉を理解できなくても、
私に話しかけている貴方の声で 理解しています。

6. Be aware that however you treat me, I'll never forget it.

貴方がどれほど私を扱っても私がそれを忘れないだろうということに
気づいてください。

7. Remember before you hit me that I have teeth that could easily crush the bones of your hand but that I choose not to bite you.

私を叩く前に思い出して下さい 私には貴方の手の骨を簡単に噛み砕く
ことができる歯があるけれど、私は貴方を噛まないように決めている事を。

8. Before you scold me for being uncooperative, obstinate or lazy, ask yourself if something might be bothering me.
Perhaps I'm not getting the right food, or I've been out in the sun too long, or my heart is getting old and weak.

言うことをきかない、
頑固だ、
怠け者だと しかる前に
私がそうなる原因が何かないかと
貴方自身に問い掛けてみて下さい。
 適切な食餌をあげなかったのでは?
 日中太陽が 照りつけている外に長時間放置していたのかも?
 心臓が年をとるにつれて弱っては いないだろうか?

9. Take care of me when I get old; you, too, willgrow old.

私が年をとってもどうか世話をして下さい
 貴方も同じように年をとるのです。
 
10. Go with me on difficult journeys.
Never say, "I can't bear to watch it, or,
"Let it happen in my absence."
Everything is easier for me if you arethere. Remember, I love you.

最期の旅立ちの時には、そばにいて私を見送って下さい
「見ているのが辛いから」とか
 「私の居ないところで逝かせてあげて」なんて
  言わないで欲しいのです 。
貴方が側にいてくれるだけで、
私にはどんなことでも安らかに受け入れられます
そして......どうか忘れないで下さい
 私が貴方を愛していることを。

。。。。
別の訳

1 僕の一生って10年から15年くらいしかないの。
だからね、ほんのちょっとの時間でも、
ママやパパと離れているのは寂しいんだよ。
僕と暮らす前にちゃんとそれを考えてね。

2 「ママやパパが僕に望んでいる事」を理解するのに
僕にちょっと時間を頂戴ね。

3 僕を信頼してね!それだけでとても嬉しいから。

4 長い時間怒ったり、罰として閉じ込めたりしないでね。
ママやパパには仕事とか、楽しみとかあるし、
友達だっているけどさ、僕にはママとパパだけなんだよ。

5 たまには僕に話しかけてね。
ママやパパが何言ってるかわかんなくても、
その声だけで、あ、僕に話しかけてくれてるって
ちゃんと分かってるんだよ。

6 パパやママがどんな風に僕に接してくれているか、
僕は絶対忘れないって事に気づいてね!

7 僕を叩く前に思い出して。
僕はママやパパの手を簡単に噛み砕ける歯があるけど、
絶対に噛まないって心に決めているんだよ。

8 聞き分けが悪い、頑固だ、バカだって僕を叱る前に、
何か原因を探してみてね。
食事が悪かったのかもしれないし、
暑すぎてふらふらなのかもしれないよ。
年のせいって事もあるんだから。

9 僕がおじいちゃんになっても面倒みてね。
ママやパパだって同じように年をとるんだよ。

10 お別れの時は僕のそばにいてね。
「見てられない」とか「私のいないところで逝かせて」とか
言っちゃダメだよ。
パパやママが一緒にいてくれれば、どんな事でも
僕安心して受け入れられるから。
それからね、絶対忘れないで。
僕、パパとママをずっとずっと愛しているよ。

http://ebiyou.at.webry.info/200709/index.html


2008年03月25日(火) 廃車手続き

クラウンは結局、廃車に決定… (^^;)

というわけで
先週から、クルマなしの生活が始まりました。

イナカでは、クルマなしの生活は殆ど考えられない。
群馬県成人の免許取得率は7割近くで、全国一だそう。
近くの家は殆ど2台以上のクルマを所有しておる!

今日、市役所に廃車のための印鑑証明と住民票を
取りに行ったが (徒歩でね!)
まあ、いい季節だから
ハイキングのような調子で行けたが
これが、真夏だったら…
 と思うと、ぞっとする。
(何しろ、40度以上の酷暑地ですから!)

クルマなしの生活
 いつまで続くかな。

っていうか、
 ガマンできるかな。… (^^;)


PS:クラウンさんは
 ありがたいことに、3月末直前に
 息を引き取りましたので
 今年の自動車税を免れることに…
  これも感謝せねば… (^^;)


2008年03月24日(月) 雨の復活祭


 今年の復活祭は雨だった!

マタイ福音書27章-51の
イエスの臨終直後、
神殿の垂れ幕が裂け、地震が起こり、岩が裂け、
墓が開いて、多くの聖なる者たちが生き返った。
〜 という記述に
いかにも雨の降らない地域なんだなぁと
前から思っていた。

教会でありがたい説教を聞きながら
わが国だったら
 突然の雷鳴に続き、大号風雨が襲う、
となるだろうなぁなどと、思うこともあった… (^^;)


昨年は、どの《マタイ受難曲》を
聴くかで、悩んでいたが
今年は、なぜかパス。
ここのところ、いろんなミサ曲を聴いてるせいか
全曲聴く気力がない。


アルフォンソ氏のブログに触発されて
カンタータをとも思ったが
結局
《マタイ受難曲》の
Erbarme dich を、アンドレアス・ショルと
キルヒシュラーガーのアリア集CDで聞き比べた。

あらためて、ショルはすごい!と感動。
カウンターテナーに偏見ある向きは
ぜひショルを聴いてほしい、と思う。

実演でのショルは、BCJの≪ロ短調ミサ曲≫で聴いた。
この曲での出番は少ないので、ほんともったいなかった。
《マタイ受難曲》で、聴きたかったなぁ!

一方のキルヒシュラーガー盤。
このCDでは、ヴァイオリン・ソロを
名手ジュリアーノ・カルミニョーラが
近頃珍しいほど、連綿と弾いている。
こういう演奏も、捨て難い。


2008年03月23日(日) 紅ほっぺ & カステラ & ハルサイ

昨日書き切れなかったことを……

朝食に、
 福砂屋のカステラと紅ほっぺ(苺だよ ↓)でお祝い。(笑)
 http://www.kudamonoya.biz/benihotupe.htm

そいでもって、この日聴いた音楽は?
 モーツァルト?
    では、ありませぬ。
 バッハ?
    では、ありませぬ。


なんと

ストラヴィンスキーの≪春の祭典≫
 ファジル・サイ演奏の四手ピアノ版CD。
  う〜む…素直じゃないなぁ…(^^;)


・・・・・・
PS:
 農協から電話があって
 故障したクラウンの修理に
 十五、六万円かかるというので
 廃車にすることに……
 さらば、クラウンさま…(涙;)


       
       


2008年03月22日(土) もう1年、あと1年

昨日がバッハさんの誕生日 なので
今日は私の誕生日。

いよいよ x0代最後の年。
ということは、来年は カンレキ!
年金がもらえるのは、ありがたいけど
アタマは年々悪くなるし……
退職金もそろそろなくなるし……(^^;)

学業の方ですが
k先生とご相談の上、
修論の今年度の提出を見送ることとしました。

論文に手一杯で
博士課程受験準備どころでなかったので
4月から浪人するか、思案しましたが
読み返すと、論文の不備も目に付くしぃ……(笑)
所属がないと何かと不便なこともあり
修論を取り下げ、
もう1年在籍することとした次第です。

k先生にも快諾頂きましたので
修論も、もう1年ご指導を仰ぎ、
より良いものに仕上げたいと思っています。

まだ、見捨てられてはいないようです。
 よかった (^ω^)

そういうわけで、
 これからも、よろしくお願いします。


2008年03月21日(金) 3月21日は……

バッハさまのお誕生日です。

ということは、明日は……?
 そうです。私の誕生日。 (笑)

ま、それはさておいて
今、NHKでヨハネ受難曲の放送をやってるので
ながら視聴。

解説はヒグチ先生、軽妙洒脱なお話です。
 学者にしておくのは、惜しい。(笑)
 (大先生に向って、エラそうにすみません。…(^^;))



2008年03月20日(木) 雨の休日

せっかくの休日というのに、1日中雨降り。

せっかくのオープン休日というのに、1日中雨降り。
 これは、赤坂サカスのこと。
まさに出鼻をくじかれたみたいで
関係者にはお気の毒なことである。
(幸い、知合いはいないが……)

しかし
アカサカサカスというのは、早口言葉なのか?

アカサカサカス アカサカサカス アカサカサカス
TBS女子アナの研修に使えるのぅ 。(^o^)

(別に女子アナでなくてもいいが…(^^;))


2008年03月19日(水) お墓参り & クルマが大変だ!

明日が雨というので、急遽足利に墓参り。


帰途、家まで7〜8mまで来て、車庫入れのため、
一時停止したら、と つ ぜ ん
 エ ン ス ト  !
ぜ〜ん ぜ〜ん うごかへんよ!
 (↑ こういう時は、なぜか関西弁(笑))

クルマ故障だ!
だまし、だまし起動→エンストを繰り返しながら
なんとか車庫入れに成功。…(^^;)

さっそく、業者(農協)に連絡、来てもらったら
「オーバーヒートです、エンジンの故障かもしれません。
 とりあえず、持っていって点検します」

1989年式の白いクラウン2000の……
なんと、ロイヤルサルーン
最高グレードですよ!
(買った時はね…(^^;))

老朽車だから、しかたないが
思えば、長い付き合いである。
(クラウンの2000CCは、この翌年までで
 その後のモデルチェンジで、すべて3ナンバーに
 なってしまったこともあり)
買い替えのタイミングを失してしまい、
そのままになった。

館林に来てからは、
青空駐車場、つまり雨ざらしというわけで
ここ数年、スーパーへ行っても(駐車場で)
見るからにみずぼらしく
肩身の狭い思いをしていた。…(^^;)
(田舎の人は、みんないいクルマに乗っている!)

あまり修理費用かかるなら、廃車もやむを得ない。
さあ、どうなるか?



2008年03月18日(火) しばらく館林に

お彼岸の墓参りと父の三回忌もあり
しばらく館林にいってきます。

(PCの能力の関係で長文のカキコが出来ません。
  ご了解のほど、よろしくお願いします。)


2008年03月17日(月) コーヒーを呑みながら

「君は、コーヒーを呑みながら、ザ・タイムズを読めますか?」

「中世」英語の達人西脇順三郎が
 戦前、留学前に、慶応のある先輩から、
 コーヒー片手に、The Timesを読めるようでなくては
 留学する意味がない、と言われ発奮したと、何かの
 エッセイに書いてました。

これを読んで以来、The Timesは畏れ多く
敬遠しておりました。
昨日、モーツァルトの肖像画の記事で初めて
接してみたら、たまたまかもしれないが、
それほどでもない。
 (アルフォンソ様にチェックして頂いたら
  結構誤読していたが…(^^;))
NYT(ニューヨーク・タイムズ)の方が
もっと厄介な気がする。
時代が変ったのかしら。
(The Timesも、たび重なる合併劇を経て
 変質したらしい)





2008年03月16日(日) モ愛好会

田辺先生の講演ということで、久々にモ愛好会例会へ。

先生には、昨夜 例のThe Timesの記事をお送りしたところ
すぐさま、御礼のメールを頂いた。
えらい先生なのに、律儀なお方である。

冒頭、そのモーツァルトの新発見肖像画について
お話頂いた。


・・・・
モ愛好会のサイトができました。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~tk-2406/aikoukai/framepage2.html

第341回例会
講 演 2008年3月16日(日)2:00PM
東京しごとセンター
田辺秀樹先生


2008年03月15日(土) 速報 モーツァルトの肖像画発見のニュ−ス!




ロンドンのザ・タイムズのスクープ(?)

数年前のベルリン絵画館のものはガセだったようだが
今回は、クリフ・アイゼンが太鼓判を押しているようなので
間違いないのでしょう。たぶん(… (^^;))


>邦語記事抜粋
モーツァルトの新たな肖像画を発見、赤いコートが決め手
【ロンドン=本間】英メディアは14日、
モーツァルトの新たな肖像画が見つかったと伝えた。

ロンドン・キングスカレッジのクリフ・アイゼン教授が確認したもので、
モーツァルトの死後発見された肖像画としては最も重要とみられている。

肖像画は赤いコートを着て、かつらをかぶった横向きの構図で、
縦47センチ、横35センチ。
教授の調査によると、コートの形状が、モーツァルトが1782年に
手紙に記したコートとほぼ一致したという。
肖像画は83年にオーストリアの宮廷画家によって描かれ、
モーツァルト家に近い一族が所有していたと見られている。
モーツァルトの死去まで10年間の肖像画は極めて少ないこともあり、
新たに見つかった肖像画には約200万ポンド(約4億円)の保険が
かけられたという。
(2008年3月15日19時17分 読)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080315-OYT1T00487.htm?from=main3


@ そのソースがこちらです。↓
(写真画像もあります)
*****
From The Times March 14, 2008

True face of Mozart revealed

A portrait of Mozart painted in 1783, during his early years in Vienna when he was in buoyant mood after his marriage to Constanze

****
His image in curled wig, embroidered red tunic and lace ruff stares out from kitsch portraits, decorative porcelain and chocolate boxes without number, but nobody really knew what Wolfgang Amadeus Mozart looked like – until now.

To the great excitement of musical scholars, two previously-unknown oil portraits painted from life– and which can be traced back to a close friend of the composer’s father – have been discovered.

They were identified by Cliff Eisen, Professor of music history at King’s College London, who has found documentary evidence that links them to letters written by Mozart and his father, Leopold.

One was painted in 1783, during the composer’s early years in Vienna when he was in buoyant mood after his marriage to Constanze.

Measuring about 19in by 14in (47x35cm), it is by Joseph Hickel, painter to the imperial court.

It is now considered so important that it has been insured for £2 million.

The second shows the child prodigy composer with his sister Nannerl, around 1764, when he was about eight.

Professor Eisen has linked the distinctive red coat with mother-of-pearl worn by the subject of the 1783 portrait to a letter that Mozart sent to one of his patrons, Baroness Martha Elisabeth von Waldstätten, in 1782.

“As for the beautiful red coat that tickles my fancy so dreadfully, I’d be grateful if you could let me know where I can get it and how much it costs, as I’ve forgotten. I was so taken by its beauty that I didn’t notice the price,” he wrote. “I really must have a coat like that, as it’s worth it just for the buttons that I’ve been hankering after for some time.
. . They’re mother-of-pearl with some white stones round the edge and a beautiful yellow stone in the centre.”

Shortly afterwards, he wrote again “to thank your Grace for having immediately taken so much trouble over the beautiful coat.”

The other portrait shows Mozart with his sister wearing elegant English clothes that their father mentioned in letters, noting how fine his children looked in them.

Leopold picked up such outfits on their tour of London in the 1760s, when the boy Mozart wowed audiences including George III and Queen Charlotte.

Both paintings, which will be revealed at a London conference this weekend, were acquired by an American collector from descendants of Johann Lorenz Hagenauer, Leopold’s close friend, banker and landlord. The two families had children of similar ages and diaries record repeated visits.Professor Eisen said: “Considering their professional and personal relations, it is only to be expected, perhaps, that some items once owned by the Mozarts, or items that passed through their hands, might have ended up with the Hagenauers.”

The romanticised image of Mozart used on the wrappers of the chocolate balls that bear his name was painted 18 years after his death – by someone who had not seen him for 36 years.







2008年03月13日(木) 想い出がいっぱい…

昨日に引き続き、ギンコー時代の知人と会食。

その後、「面白い」場所にご案内頂いた。

フラメンコがメインだが、カンツォーネや
ジャズなど多彩なショータイム。

バレエ(クラシックとモダン両方)の見方は
まあ、わかってると思うが
フラメンコは、昔スペイン旅行に行った時
現地で観光客向けのショーを観たくらい。
(こうやって、まずアタマで理解しようとするのが
  私のワルイ癖。直んねえなぁ… (^^;))

休憩時間に、カンツォーネの方としばし歓談。
若い方なのに、クラウディオ・ビルラやルチアーノ・タヨーリ
のことを知っているのにビックリ。

 ビルラはともかくタヨーリを知ってるとは、エライ!… (^^;)
ほかに、ウイルマ・ゴイクやチンクエッティなどなつかしい名前が。
そうそう、日本ではもっぱら、可愛こちゃん歌手として知られていた
ミーナという歌手が、現地では今も高く評価されていると、
うかがい驚いた。
(Webを検索したら、下記が見つかりました。)
  http://www.italianmusic.jp/MINA.HTM



昨日と今日 想い出に浸りました。(^ω^)


*今日の記録
根本
http://www.gnet-chiyoda.ne.jp/shop_hp/nemoto.html

フラメンコ 麗の店
http://gourmet.gyao.jp/0004007789/



2008年03月12日(水) OB会

数年ぶりに、ギンコーのOB会に出席。

多くは私より年上の皆さまだから…
  老けてる (笑)

 しょうがないよね。… (^^;)


2008年03月11日(火) 《ドン・ジョヴァバンニ・ミサ曲》 (その4)

今度は、《ドン・ジョヴァバンニ・ミサ曲》です。

え、ミサ曲はもういい?
 まあ、そう言わないで(笑)


さて
前回の《コシ・ファン・トゥッテ・ミサ曲》のことが
本文に書かれていて、その脚注として
《ドン・ジョヴァバンニ・ミサ曲》に触れている。


Es sei auf ein ähnliches Arrangement aus der Oper
Don Giovannni,
das sich im Kloster Scheyern erhalten hat, hingewiesen.

 大意:Scheyern修道院に収蔵されている歌劇《ドン・ジョヴァバンニ》
 から編曲された似たようなものがあるということを、指摘しておく。


  (seiは、「伝聞」を表す接続法2式なので、訳し方に注意)


まあ、前回といい、たいしたことは書かれていない。… (^^;)
このくらいの評価しかされていなかったのである。
(それが確認できたのが、収穫だった)
      ↑
    負け惜しみ(笑)    



2008年03月10日(月) 《コシ・ファン・トゥッテ・ミサ曲》 続き

しつこいね、私も… (^^;)

まあ、お付き合いのほどお願いします。
(本当は、論文に書く前のネタを、
  こんなところに書いてはまずいのだが… (^^;))

読者も少ないと思うので、気にしない、気にしない。(笑)


さて
大御所ランドン(H.C. Robbins Landon)は
ちと古いが、モーツァルト年鑑 Mozart-Jahrbuchの
1957年号にこう書いている。

KV Anh.235e ist ein Arrangement von Teilen der
"Cosi fan Tutte" und bedarf als bloßes Kuriosum
hier keiner weiteren Erläuterung.

 大意:KV Anh.235eは、《コシ・ファン・トゥッテ》の一部の
 編曲である。ただの珍品なので、ここでこれ以上解説する必要は
 ない。


「ただの珍品」かぁ!
 ずいぶんな言い方ですねぇ、
  プン、プン。
  (↑さとうたまおの真似。ふ、古い… (^^;))


*尻切れですが
 今日はここまで (キッパリ!)



2008年03月09日(日) シャックのミサ曲

ベネディクト・シャックは数年前自筆譜が発見されて
話題になった《賢者の石》の作曲家の1人として
一躍有名になった人物だが
(もちろん、《魔笛》初演時のタミーノである)

1829年にヴィンセント・ノヴェロと妻のメアリーが、
モーツァルトの跡をたずねた旅日記、
いわゆる「モーツァルト巡礼」に
こんな記述がある。

7月12日の日曜日に、ノヴェロはミュンヒェンで大聖堂の朝のミサに出て、
そこで、ミュンヒェンにきてから初めて、
「モーツァルトを感じさせる音楽」を聴いた。
思わず曲名を尋ねると、ベネディクト・シャック(1758-1826)の
ものであることがわかった。

ノヴェロはこう書いている。

「日曜日の朝9時、大聖堂でのシャックの美しいミサ曲は、
 モーツァルトのスタイルで見事に演奏された。
 特に、「キリー」と「アグヌス」(ママ)は
 モーツァルト風であった。
 シャックはモーツァルトの親しい友人であった。
 おそらくモーツァルトによって手直しがされているのであろう。
 なぜなら、シャックは歌手にすぎないのだから。」



シャックによって18世紀末に作られた
「モーツァルトによく似た」ミサ曲が、
19世紀初めのミュンヘンで演奏されていたことを、
どう解釈すればいいのだろう。

「当時、モーツァルトのミサ曲が愛好されていたこと」が
窺える。
そして、この事実は
もしかすると、先日来 論議している
「パロディ・ミサ曲」作成の風潮に、関連しているかもしれない。
 (未完)



2008年03月08日(土) 最終講義

演劇学の毛利先生が、定年退任されることになり
先生の最終講義が行われた。

****
毛利三彌 最終講義
:「演劇は芸術かー現代の混沌の中で」

日時 3月8日(土)午後2:00−4:00
場所 成城大学 003教室

懇親会 同日 午後4:30−6:30

****

@4月から削除されると思うので、記録として
http://www.seijo.ac.jp/graduate/gslit/orig/staff/mori.html
  から

美学・美術史専攻

担当科目 演劇学
研究テーマ 演劇における異文化混合/演劇の構造分析

専門分野
演劇学を専門分野とし、主に現象学的あるいは受容美学的な方法による
演劇現象の分析に興味をもってきました。
ほかに北欧演劇、とくにイプセンの研究も一つの柱としてきましたが、
そこから、日本の演劇近代化過程に含まれる問題の解明も現在の課題の
一つとしています。

最終学歴
1965 年 カリフォルニア大学大学院演劇科 MA 課程
1986 年 3 月 文学博士(明治大学)

著書・論文等 [著書]
『北欧演劇論:ホルベア、イプセン、ストリンドベリ、そして現代』
  東海大学出版会 1980.
『イプセンのリアリズム─中期問題劇の研究─』白凰社 1984.
『新訂 東西演劇の比較』(編著)放送大学教育振興会 1994.
『イプセンの世紀末─後期作品の研究』白凰社 1995.

[論文]
「演劇におけるリアリズム概念の成立」2000年10月、
    『演劇学論集』(日本演劇学会紀要38)
“Thinking and Feeling : Characteristics of Intercultural Theatre”, Japanese Theatre & the International Stage, ed. Scholz-Cionca and Leiter, Leiden : Brill, 2000.
“Figure and Ground”2001年3月、「美学美術史論集第13輯」
 (成城大学大学院文学研究科)
“Staging Ibsen's Realism,” Proceedings
(・International Ibsen Conference, Bergen June 2000), Norway,   
   2001.
“Triadic Pelationship in Theatre Performance
: From the Viewpoint of Bunraku”
 2001年12月『演劇学論叢』第4号(大阪大学文学研究科演劇学研究室)
“The Structure of Theatre
: A Japanese View on Theatricality”, Substance,
 University of Wisconsin, 2002.
「比較演劇史研究のための覚え書」
 『西洋比較演劇研究』第2号、西洋比較演劇研究会、2003年3月
“What does Ibsen's A Doll's House mean to Us Asians Today?” 
 Proceeding
 (International Ibsen Conference, Dhaka, Bangladesh, November      2002),Dhaka, 2003.
“Die Japanische Auffassung von Drama”,
 Szenarien von Theater und Wissenschaft,
 Hg. Christel Weiler und Hans-Thies Lehmann,Berlin
  : Theater der Zeit, 2003.
“Double Suicide at Rosmersholm,”
 『成城文藝』186号、成城大学文芸学部、2004年3月
「ドラマの概念」『能と狂言』2、能楽学会、2004年3月
「演劇史の方法」『シアターアーツ』
  国際演劇評論家会議日本支部、2005年.

[翻訳]
デュラン『北欧文学史』(共訳)クセジュ文庫、白水社 1975.
『イプセン戯曲選集―現代劇全作品』東海大学出版会 1997.

学会活動
 美学会
 日本演劇学会
 国際演劇学会
 日本演劇学会々長(1996.4〜2006.6)
 ノルウェー学士院会員(1997)
 国際演劇学会運営委員(2001〜2004)

受賞学術等
 日本演劇学会河竹賞(1985)
 湯浅芳子賞(1998)


2008年03月07日(金) SP盤

アルフォンソ氏のサイトに
ワルターがBBC交響楽団を指揮した交響曲第39番のSP復刻盤のことが
書かれている。

何を隠そう
 (別に隠すことはないけれど… (^^;))
私が、唯一所有しているSPレコードである。

ずいぶん前だが、銀座コマツにある中古レコード店で
購入した。
海外のどこかの大学の放出品のようだ。
もちろん、SPを聴く装置など持ってないので
店主にお願いしてカセットにダビングしてもらった。
昔のレコード店は、こんな粋なこともしてくれた。
(もちろん、それまで結構買っていたからね(笑))

しかし、店の一番奥とはいえ、
よく銀座4丁目のコマツの中に出店できたものだ。
よほどのコネがあったのだろう。

ここでは、出たばかりのベームのリング全曲盤LPを
買ったことがある。
買ってまもなく、それを聴きつけた知人から
ちょっと貸して、と頼まれ、そのままになってしまった。
まだ、ワルキューレと黄昏くらいしか
ちゃんと聴いてなかった。

リングを聴くのは時間がかかるからと
長い間、貸したまま
お互い、転勤で疎遠になった。

ワーグナー熱がさめかかり
催促しなかったこちらも
いけない。

(結局、ベームのリングは、CDが出た時
  また買った。… (^^;))
 


2008年03月06日(木) 黄金柑 再び!

2月21日の日録でご紹介した「黄金柑」

何と、あの親類がまた送って下さいました。
 \(^ o ^)/ 

いい人ですね。
 こういう親類は大事にしましょうね。
    ⊂二二二(^ω^)二二二つ


2008年03月05日(水) 我が家のバブル後遺症(?)

ご他聞にもれず、バブルの時は
いろいろな誘惑があった。
 ワンルームマンション投資!
 NTT株!
 
みんな切り抜けて
バブルとは無縁と思ってきたが
とんだところで、ボロが出そうだ。

建替後のマンションの増床分の資金捻出のため
田舎の自宅の売却を検討。
地元の不動産屋に査定を依頼したところ
とんだ結果が… (^^;)

購入したのが、87年。
バブル前だったので
建物価値はないにしても
そこそこな価格になると思ったら
とんでもない。

購入価格の半分よりさらに以下… (^^;)
 田舎の土地値は
 過疎化で値下がり…
 ということ。

ちゃんとした
バブル後遺症なら、あきらめもつくが(?)
とんだ結果に
 う〜む … (^^;)







2008年03月04日(火) ネット、メールを禁止したら?

毎日どのくらい、ネットにつないでますか?

ダイヤル接続の時代は、ケチケチ切ってましたね。
Web画面が出ると、画面を出したまま
すぐログアウトして
ゆっくりながめてました。
今から思い返すと、
 「貧しいねぇ」… (^^;)

ADSLになり
光ケーブルになり
こんな苦労はなくなりました。

そういえば、光に切り替えた日
ネット接続がうまくいかず
1昼夜つながらなかった。
ちょうどメールの返信が届く予定にあったので
気が気がなかった。

今、外出時、携帯を忘れると
不安で一杯になる。

困ったものだ。

とても1週間も
ネット、メールなしで、いられるもんじゃない。… (^^;)

R25記者がそれに挑戦してみたそうです…

*****
@R25の記事から

ネットはもちろん、メールも禁止?1週間
“ネットなし生活”に挑戦してみた
2月23日12時0分配信 R25


2007年に電通総研が行った
「生活におけるインターネットの重要度」に関するアンケート調査に
よれば、全体の6割が「ネットがないと不便」と答え、
10代〜30代にいたっては3割が「ネットがないと生活できない」と
すら回答したそうです。
もはやネットって、僕らと切っても切れない関係になっているわけですね。

ここでイキナリ編集部から無謀な実験命令が。
「“ネットがないと生活できない”ってホントに〜? 
 なくても生活できるって(たぶん)。
 ためしに1週間、ネットなしで生活してみて、
 リポートしてみてね」。
…というわけで、これをネット上でレポートする矛盾はさておき、
いざ実験開始。

まず苦労したのがスケジュール。
普段から手帳に詳細を書きこまず、先方とやりとりしたメールを
頼りに予定を管理していたため、
いざ打ち合わせに出ようとしても相手会社の場所さえわかりません。
未整理の名刺から連絡先を探し、電話でわけを説明し、
地図をFAXしてもらいました。

また、調べモノにもひと苦労。主に図書館を利用したのですが、
館内で本を探すにも「検索ネット」が使われており、ならばと
係員の方に頼んでみると、
ササッと手元のパソコンで検索し、棚の位置をプリントアウトして
くれました。

こうなると、もはや何をもって「ネットなし生活」なのか
わからなくなってきます。
ほかにも、例えば山手線内で配信されているニュースや、
自宅のIP電話にもネット回線はつながっているわけで…
そう考えると、改めて日常生活におけるネットの浸透度を
感じさせられます。

とはいえ、この生活を体験してみてよかった面も。
それは電話する機会が圧倒的に増えたこと。
用件を伝え、雑談が生まれ、その延長で飲みに行く約束もしました。
脱ネットは、コミュニケーションを深めるのにひと役買ったと
いえるかもしれません。

「確かにメールは効率的ですが、コミュニケーションが無味乾燥に
 なりがちです。
 ビジネスは相手あってのもの。電話で感情を伝えたり、
 直接会って時間を共有することは、
 データで送れない何かをやりとりし、互いに刺激を与えるなど、
 より良い関係性を育む機会になります」というのは、
ビジネスコミュニケーションの問題に詳しい、ビーンスターの鶴野充茂氏。

しかし、最も困るのは、自分よりもむしろ周りの人たちのようで…。
何度も「連絡が取れない」とクレームがきたり、メールで送られて
きた確認事項を把握していなかったために打ち合わせが無駄になったりと、さすがに弊害が大きくなり、あえなく3日でギブアップ。

長いことはオススメできませんが…
たまには「休肝日」みたいなノリでネット断ちしてみるのもアリかも?
(R25編集部)


2008年03月03日(月)      休載

今日は、申し訳ありませんが
 休みとさせて頂きます。

ひな祭り
ということで、何かいいお話でも
と思ったが、考えつかない。

ゴメンナサイ。


2008年03月02日(日) エゲリスでも地震!

地震の少ないイギリスが揺れた!
 そうです。

Webで調べたら、昨年の4月にも起きていたようです。
その前は、2002年というから周期が短くなった!?


*****
英国東部で中規模の地震発生、被害は軽微
2008年02月27日 15:49 

【2月27日 AFP】英国中東部で27日午前0時56分
(日本時間午前9時56分)頃、
マグニチュード5.3の地震が観測された。
同国内の広範囲で揺れが観測され建物などに
小規模の被害が出ているが、これまでのところ負傷者などは
報告されていない。
英国で地震が観測されるのは極めてまれ。
  《中略》
震源地は英中東部リンカーン(Lincoln)付近の沿岸部だという。
   《中略》
煙突の損壊やレンガの崩落などが数件報告されているが、
負傷者はいないという。
    《後略》
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2356563/2685351

・・・・・


南東部で中規模の地震、煙突倒壊などの被害も - 英国
2007年04月29日 19:06 

【ロンドン 29日 AFP】
地震の少ない英国で28日、中規模の地震が発生し、
煙突が倒れ電力の供給が止まるなどの被害があった。

英地質調査所(British Geological Survey、BGS)によると、
地震は現地時間の午前8時15分過ぎに発生。
マグニチュードは4.3で、震源はドーバー(Dover)海岸から
12キロの地点という。
この地震で、女性1人が頭部と首に軽傷を負った。
英国で同規模の地震が発生したのは、ウエストミッドランド
(West Midlands)州で地震が発生した2002年以来となる。
    《後略》
http://www.afpbb.com/article/1552673

・・・・・・・


2008年03月01日(土) アラ・ブレーヴェには、泣かされる

少し音楽の話題に欠けたので
たまには、苦手の楽典のお話を…


アラ・ブレーヴェ alla breve。
大文字のCに縦線を1本入れたこの記号は
表示できませんので、仮に「A」としましょう。

モーツァルトの交響曲第39番の序奏のテンポ表示が
自作品目録や、ケッヒェル作品目録で
アラ・ブレーヴェで書かれているのに
19世紀末の旧全集で突然 C つまり4分の4拍子に
変更されたことは、もう有名ですね。

これが、NMAつまり新全集で
これまた何の説明もなく、アラ・ブレーヴェ記号に
戻された、これも、もはや
知らない人はない…と思います。

現在、アラ・ブレーヴェの記号Aは
一般に
2分の2拍子を意味する、とされています。
が…
歴史を遡ると
そんな簡単な話でなく
調べれば調べるほど、わからなくなる。… (^^;)

困った時の、
ニューグローヴ世界音楽大事典を
 読めばわかる!
  かというと
とんでもない。

次のように書かれており
さらに、わからなくなること請け合いです。

中世から受け継いだ記号。
 《中略》
理論家たちは、拍子記号に縦の棒線を付す操作や記号を逆転する操作を
音価の縮小として解釈し続けたが、
4/4拍子を意味するCと2/2あるいは4/2拍子を意味する「A」
アラ ・ブレーヴェalla breveが区別される場合でも、
それぞれの拍のテンポが等しいものとして意図されているか
どうかは全く分からない。

16世紀になるとC記号はあまり用いられなくなり、
大部分の多声楽曲の基本的な2拍子は「A」で表示されるようになったが、
17世紀初頭にはちょうどこれと逆の慣習が一般的になっていく。
 《後略》



何だかわかりませんよね。(笑)

この記号の使用法は、
19世紀になっても一貫性が全く見られず、
たとえば
シューベルトはしばしば「A」を4/4拍子アダージョ楽章に。
Cを速いテンポの楽章に用いていると考えられてきました。
(しかし、新シューベルト全集では、Aをそのまま復活したので
 例えば、グレートの新しい録音では
 序奏を2/2拍子で演奏するようになりました)

さて
モーツァルトでは、ハフナー交響曲や
幻想曲ニ短調が、古い楽譜はC、
新全集では、アラ・ブレーヴェ記号Aに変わっています。

基本的には、アラ・ブレーヴェは
2/2拍子で、演奏するようになっています。
(最近の演奏のテンポが早いのは
  ここにも理由がある)

ここで、ご注意!
果して
モーツァルト時代のアラ・ブレーヴェ記号を
2/2拍子で、演奏するのが正しいのか?

まだ、確定的なことは
わからないのでは、と思います。
少なくとも、モーツァルトについて
詳細に証明した論文は
浅学にして、まだ見ていません。

当然触れるべき
NMAの交響曲第39番のKB(批判的校正報告)でも
この問題を避けているようです。
(自筆譜通りの、アラ・ブレーヴェの表記にしただけさ!
  という感じです。演奏家は困るでしょうね)

このテーマでの文献を
ご存知の方、ご教示下さい。


もうちゃ箱主人