ことばとこたまてばこ
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2004年11月30日(火) あの光はもしや天国の!

くわわ、空に穴が空いて光が漏れているぞ、と月を指差してぶったまげたる友人を馬鹿野郎と否定することが何故どうしてみんなできるの?


2004年11月29日(月) おめえ役に立たないねって真っ正面から言われたぁ〜い

ふふ、おめぇ差別したいだろ。良いよ、別に。思う存分あたいを差別しておくんなまし。

ええっ、しないの!

どうして?

だってってってって…おめぇいつもあたいを見るたびに、わずかに眉ゆがめてんじゃない。それだけじゃないよ。あたいの手話を見た時も、あんたは自覚していないかもしれないけど眼がね、遙か遠いところにいるのよ。フッ、と。ほんでいつもあたいを見下しているでしょう。言葉もできない障害者って。手をひらひら、顔ぐにゃぐにゃ、まったくばかみたい、あれって知恵遅れとちゃうんの、って哀れんでいるでしょう。

ねぇ。違うの?違うはずがないんだけどなあ。あなたと同じ眼としぐさをしている人、あたいたくさん見てきたよ。その中でひとりがきっぱり「気持ち悪い」って言ってたよ。ほら、そうそうそう、いまのあんたの眼!表情!そのものだよ。あは、なんでこうたくさんいやがるのかなっ。

さてもう一度聞いてみるわ。納得いかないもん。
ねぇ、どうしてあたいを差別しないの?

…え!そうだったの…!差別をして騒がれるとめんどくさいことになるから?
あははっ、それって噴飯もの。まるで呵々大笑ね。くふふ。ふげげ。でへへ。げはは。
いいんだけどね。ほんと。ショーミの話。あたい差別されたいのだけれども。あっ、あたいMじゃないよ。縛られて喜ぶような感情は持ち合わせてないねっ。いや、あんたSっぽそうだからなんとなく言っておかんと思うて…。ごめん。いやあ、ほんとあんたほど風俗街にたむろする人たちと雰囲気の似ている人っておらんのと違う?

話それたね。そうそう、差別。あたい差別されたいの。ほんと。

「役に立たねぇなあ。このぼけなす」
「はは、こいつおもろ。もっと無視したれ」
「馬鹿野郎!一体今まで何を聞いてやがったんだ!…あ、お前聞こえなかったか。メンゴ」
「おぉーぅい。おぉーぅい。おぉーぅい。ばーかーばーばーばばばっばばっかばかばか…わあ、ほんと聞こえてねぇんでやがんの」
「何この言葉?どうして『わたしとお母さんは一緒に買い物をした』が『わたしとお母さんと一緒に買い物がした』になるの?意味わかんないんだけど。頭わりぃなあ」
「おたんこなす」

ほんと差別されたいなあ。
他の人がどうだか知りませんよ。あたいだけかもしれませんよ。

でもこれだけ言い切らせてもらいますけんどもね、あたい、負けない自信あるんよ。
「はぅーん。でも、あたいクジケナイッ!」ってスポ魂めらめら沸き上がる自信あるよ。そこからなにかを生み出して表現できる自信、あるよ。絵、詩、小説、音楽、映画…。ショーミの話。

でも最近の風潮って、ねぇ、差別はイ・ケ・マ・セ・ンよっっっって感じで息苦し。別に悪いとは言わないけれどさ、「明るく健全」ってほんと表現者をダメにするわね。たとえあるとしても、耳聞こえないのはどうでもいいけれど性格が悪いから嫌い、というかそんな感じの真っ当な差別ばっかり。

鬱憤こそが表現の最大の原動力なのにね。

あんただったら差別してくれるかなってあたい嫌々ながらも期待してたのよさ。でもあんたときたら遠くからへねへね中途半端な差別の視線送ってくるだけだしさー。つまんないの。こんなことを言ってしまった以上、もうあんたには期待できないのよね。



あー、理不尽な差別されたいなー。
あー、理不尽な罵倒されたいなー。


2004年11月28日(日) エスカルゴ

カタツムリを食べると耳が良くなるんだよ。

うっそだぁ。

知らないの?ほら、フランス人音楽家いっぱいいるじゃん。

ん?それが?

だってほら、あそこ「えすかるご」ってゆうカタツムリをバターで香ばしく焼いた料理があるんだよ

うそー。きもちわりぃー!

ほんとだって!つぅか、うまいみたいだよ。

ええー?なんかなー。

とにかく、カタツムリを食べると耳が良くなるんだって!

てゆうか、なんでカタツムリが耳に効くの?

もっと保健の勉強しろよな!耳の中にかたつむりに似ている器官があるんだって。だからだよ。

ははっ。ばかばかしくなくない?(笑

まったく無知って困るな。肝臓の調子が悪いときにはレバーを食べれば良くなったりとかさ、自分の体の具合が悪いところがあったら、そこと同じ器官を他の動物からとって食べると健康にいいんだよ!

…はは。あほらくなくなーい。あ、おれドラクエやりたいからそろそろ帰るわ。ばいばい。

あほらくなくない!…でも、もう5時だしな。帰ろうか。ばいばい。

ばいばーい

ばいばーい




帰宅した少年。カタツムリを食べると耳が良くなるということを馬鹿にしていた彼、悩みつつも母に言った。

…ねぇ、母ちゃん。

なあに。


今日の晩ご飯、カタツムリをバターで香ばしく焼いて食べようよ。


ぐにょうぐにょうとした軟体生物が大大大嫌いな母、その一言でカタツムリを香ばしく焼いている様を現実感たっぷりそのままに想定してしまい、すここーんと腰を抜かす。


2004年11月27日(土) 報い?

おれは逮捕された。

両手首に冷たい感触の手錠がかっちり閉まっている。

そりゃそうだ。
他者に甘ったるいろう者をターゲットに強盗をして、恐喝で数千万程搾り取って、わーははって毎晩豪遊していれば捕まるね。田中って野郎も半殺しにしたこともあったし、あ、死んだのかな。ま、おれ、も、人生どうでもえぇし、ま、捕まってもどうでもええから、ま、はは、いいんだけどね、まあね、まあね、ま、ね。

…と死刑宣告を受け、家族に会うまでは、そう思っていた。


「おい、手錠外してくれよ!」
刑事はおれの言っていることを理解できないので無視をし続ける。犯罪人が何を甘え言ぬかしてんよ、ぼけ、という想いを胸に潜めて。
おれの家族、母親は涙に濡れた眼でおれと警察を
「なあ!これ!とって!」
おれは手錠に繋がられた両手を振り上げて叫ぶ。
「馬鹿野郎!おれの言葉は手話なんだよ!手錠つけてたら手話できねぇじゃねぇかよ!馬鹿野郎!外せ!」
看守は声理解できずとも悪意のみを敏感に感じ取り、更に頑なとなった。一片の感情も込められていない顔。能面。
「馬鹿野郎! 馬鹿野郎! 馬鹿野郎!」
おれ真っ白な部屋にて家族に見守られながら胸から血が出んばかりの絶叫をあげる。こめかみが激しく脈打つ。

手錠は手首と足首に繋がっている種類の物で、ほとんどろくに手も動かせない。
家族は鏡の隔たりもなく、眼の前にいる。だが、警備上の問題とかで死刑囚人に近寄ることも触れることも出来ない。真っ白なリノリウムの部屋の中はおれと家族と看守のみ。


「母ちゃん ごめん ばか おれ ごめん ばか おれ ごめん ばか おれ ごめん」
もはや看守に期待は出来ず、おれは涙を流し口をパクパク開けて意志を伝えようとした。しかし依然として母親は悲しげな表情を崩さない。
「おまえ たいへん ごめん おまえ たいへん ごめん おまえ たいへん ごめん」
弟は家族に死刑確定者がいる、ということで苛めにあっているということを母との面会の時に聞いていたので、そのことに対しての想いを伝えようとした。手錠カチャガチャ骨を伝って脳に響く。うるせぇ。弟は感情の一切見えぬ透明な表情のまま。
「父ちゃん ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい」
初めてみる父の泣き顔を見ると、胸が塞がり息が出来なくなった。もはやペコペコ頭を下げるしかなかった。父は無表情。

「おい おい なんか いって なんか いって こわいの おれ こわいの おれ」
家族、おれの口をジッと見つめるだけ。
「しにたく ない しにたく ない こわい こわい」
不安と恐怖と悔い。ありとあらゆる負の感情に押し流されて。おれ涙に鼻水止まらず。

やがて母が手話を言った。
「ごめんね あんたが 口で言ったこと 分からなかった。もう一度 言って」
弟、父がそこでやっと悲しげな顔を見せた。

おれ泣けて泣けて泣けて。ほんと泣けて。
「馬鹿野郎!外せよゥ!」手錠に噛みついてかじって再度叫んだ。

叫んだ。

叫んだんだ。
それでも看守にとってはただ単に耳障りな声でしかなかった。


時間切れが迫り家族が帰る時に言った。
おれの最後の手話は至極単純な、手話とも言えぬ手話。
手を左右に揺らす手話。「バイバイ」

最後の言葉が、これか。あんまりにもあんまりだよ。
おれはもっと感じていることがあるのに。
おれはもっと言いたいことがあるのに。
家族すらにも伝えられないなんて。

馬鹿野郎。


2004年11月26日(金) ロクデナシな野郎でさ

「おとっつあん、どなしておれの耳は聞こえんの?」
太郎は聞いた。酔った父親はへらへらと答える。
「ははは、そっら、おめ、あれだ、金だ」
「金?」
「うふふふ、そうだよ。かーね」

酔ってんなあ、このつるっパゲ。聞こえなくなったのが金だって。へっ、おもろ。

「おめえがこれっくらい小さいガキの時によ」
赤ら顔で手を30センチほどの幅に広げて言った。
「うちぁ、貧乏でなあ」
しみじみと遠くを眺める眼をしてゲップ。眼つきとろとろとしててどうにも危なっかしい。
「金なんてなくてなあ」
太郎はいい加減酒臭い息の充満する4畳部屋に滞在したくなくて不用意な質問をしたことを悔いながら適当に相づちを打つ。
「ほんと貧乏でなあ。爪が燃えるかと思うたよ、あの時」
はあ、はあ、はあ、と太郎、荒い息づかいのようなうなずきを返す。
「母ちゃんも出てったしなあ」
母親の話が出るといつも太郎は朧気に感触の残る母のおっぱいを口元に感じた。
「おめえを置いていってさあ、おめえも不憫だよなあ」
太郎はもう幾度も聞いた話をまた再び聞く。
「その時、どっかで知ったんよ」
いつもはぐだぐだと同じことを話すのに、珍しく話が変わりそうな感じの口調であったので太郎「ん?」と父を見つめた。
「おれの友達がさ、障害者なんだよ」
父親の口は生まれてからずっと見てきた口。
「車に事故ってさ、足動かなくなってよ、車椅子にのってんの」
過去と今の父親のひげを比較してみると、白ごまのように白いものが混じっている。
「そいつ、初めはすげえ落ち込んでさ、だからおれがいつも慰めてやったんよ」
細かい皺も増え、肌も肌色とは言えないほどに複雑な色合いを醸していた。
「おめえも知ってるはずだけどな。覚えてっか?おう?」
聾の太郎は、音を知らずとも父の口だけは、リアルな声を伴って聞こえる。
父親の問いかけに太郎は首を横に振った。
「そうかい。ま、ええ。それでよう、そいつがさ、ある日から突然よう笑うようになったんだよ」
へえ、父親が友達の話をするのは初めて聞くなあ、と太郎は思った。
「そりゃもう、不気味なくらいでさ、おれ気になってよう、聞いたんだよ」
父も老けたな、と思う。
「障害者年金だよ!…ってでけえ声であいつ言ったんだよ」
年金?障害者?
「ははは」
急に父親は意味の取れない笑いをあげた。
「あいつもともとロクデナシな野郎でさ、働くのが嫌で嫌で、家でゲームばっかりして仕事なんか半年も持ったことがない奴なんだよ」
太郎は話についていけなくなった。眉をひそめ、首をかしげながら父親の口元を見つめる。
「障害者年金って等級にもよっけど、まあ、重いほうだと1年で100万以上近くもらえんだよ」
父親の老けた口。欠けた歯の奥に暗闇がちらちら蠢く。
「あいつの怪我は足だけで上の方はなんともないから、もらった年金で一日中ゲームやってんだよ」
じっと、太郎、見る。
「そんでおれ、ああ、そうか。って思ってよ」
じっと、太郎、見る。
「こんぐれえ小さい頃のおめえの耳をとがった鉛筆で突いたんよ」
太郎、鼓動凄まじく。
「はは、うまいこといった」
感情の震える余地もなくうちのめされた太郎、呆然と。




自分の耳を 突けば 良かったんじゃ ないのか



声色はもはや蚊の羽音のよう。
だがしこたま酔っている父にそんな声聞こえるはずもなく。



はは 酒が んめえなあ


2004年11月25日(木) 横溢の歌

月夜に満ちる匂い。

それは歌。



お前は歌の匂いがする、と断言した。
歌には匂いがあるのだ、と断言した。


それを聞いた僕は嬉しかったんだ。
ついに歌を知ることができるのだねって。


幾星霜の晩が訪れて。
まだ僕はここで歌を嗅ごうとたたずんでいる。

ひとつ、夜の匂いだけは知った。


2004年11月24日(水)

君の涙は音になり大気中に霧散した。

するするー…如何ほどの感触も無く。
さらさらー…如何ほどの感触も無く。

君の涙はここ大気中に蔓延している。
津々浦々の大気はジクジク湿ってる。

やがて来る大気が君に音を返す瞬間。
その時に君は笑っていられるのかな。
返ってきた音を受け止められるかな。

君の内部で音がするするとほつれて。
君の内部で音がさらさらとほどけて。

君の涙そのものの音が全身響き渡る。
その時に君は笑っていられるのかな。
返ってきた音を切に堪能できるかな。

君の涙は大気中に満ち溢れているよ。
音は大気を伝わい君に満ちてくるよ。

悲しくてやがてしみじみ嬉しくって!


2004年11月23日(火) 手話

両手は言葉。

表情は意味の渦。


2004年11月22日(月) 打史郎

皮を剥がされたタコの全身から陶器の如く真っ白な肉がぷるぷるっ。

タコに名はあった。
打史郎という名であった。

打史郎はハローワークに勤めておった。
毎日仕事にあぶれたマグロの大群が怒濤と訪れてあわわ、って忙しい日々。
何でも釣られたマグロはスイゾクカンとやら禍々しき場所にて日も暮れぬ場所で永遠に「ぐうるぐるぐる」と眠らず休まず、泳ぎ続けるだけの並々ならぬ馬鹿なので、仕事そうそう見つからぬよ。

「おめ、資格持ってるゥ?」と訊けども、マグロの馬鹿は濁った眼を見開いたまま遙か彼方に泳ぎ去ってゆく。そしてまた翌日10時29分、同じ時刻にまた群をなしてやってくるのだ。毎日毎日、履歴書も持たずにやってくる。

打史郎は忙しいよ。足が8本あるからって8人分の仕事押しつけられてたまらんよ、実際。頭は一個だけだっつんのにね。上司はそれを判ってくれない。くそがぼけ。

上司のヒラメは眼が歪な部分にあって左右対称でないことを気にしている。同僚のイカに聞いたところ顔に関するイジメが壮絶だったらしく心的外傷を抱えているそうだ。だからか実に顔の整った秋刀魚をいびることを至上の楽しみにしている。

秋刀魚はいいやつですよ。顔がいいからか変にスレることもなく性根優しき青年だ。しかし彼の場合、「易しい人」でもあり、なんとも実に底の浅い青年でもあった。そんな秋刀魚を好いたらしく思う女性もあり、そんな彼女はフグであった。

彼女はフグだ。皮に毒のある種類でセクハラもできない。以前好奇心から肩をもむセクハラを行ってみたところ、触った手が腐ってどす黒くなったので慌てて切り落としたことがある。足は数ヶ月後に生えた。それはさておき、彼女はデブだ。ファット・レディ。

もちろん秋刀魚は相手にもせず…かに思ったが一体いかなる禍事か。秋刀魚はフグとの交際を受け入れた。

今のところ打史郎の職場での唯一の楽しみは、秋刀魚とフグとの交際にいたるきっかけであった。
ある日、オホーツク海へ急ぎの郵送ハガキを送ろうと会社を1歩(8歩)出たところ、腹部あたりに激痛が走り、打史郎、ずんずんっずんずんっ海上へと引き上げられ、あわわわわ。どれほど墨を吐けれども海を汚すばかり。

そっから先。ふふ。打史郎。
皮の剥がれた打史郎の全身は、陶器の如く真っ白な肉がぷるぷるっ。ぷるぷるっ。


2004年11月21日(日) 日本

野良犬のしっぽを千切り取り、蛸の頭をひっぱたいて墨絞り出してお習字。
和紙にさらさらと書いた言葉。

「この森にて珍日本を感じ、巣の上に昇りつめて、音のない肌なめらか」

ほほ、おばかさん。
そうではないのだよ。
姉。

「ここ日本がオーロラの彼方に、雪白の犬にフクロウが、晩酌を楽しんでいた」

はは、どたわけさん。
そうでないのでがんす。
西郷どん。

「コマネチと叫ぶ若人と日本首都東京代理店長が、人体解剖模型の内部で鳴動して」

くく、どあほうさん。
そうでないのよさ。
マダム。

「日本の美、有終の美、くおんの美、おんおん美々美々美々ん」

たは、こわっぱさん。
そうでなくてさ。
カエルの王様。

「色鮮やかに、赤、白、ゲーム、目眩く光明」

くわ、ぼんさん。
そうではないのであって。
飛脚。

「富士山にハサミ入れて、ジョキジョキシャギー入れて」

最後には「現代日本表現には実に理不尽な言葉がよく映えることよね」と満場一致でチャンチャンどっとはらい。


2004年11月20日(土) 見えなくて聞こえなくて、はは、たいへん

聾の翁は老眼鏡をかけてる。
老眼鏡はとてもブ厚く、黒目がぐりぐり巨大に強調されてて。

聾の翁は眼鏡外すと何も見えなく聞こえなく。
触覚も痛覚ももはや廃れ果てて。

聾の翁の目前に遠方より何十年ぶりに訪れた息子がいる。
健聴の息子は父の孤独を知りえなくって。

聾の翁の傍らで「父さん、大丈夫かい」息子は語りかける。
五重にもぼやける視界はいかんともしがたくて。

聾の翁は窓際のベッドで人物が通りすがり日光を遮ったのを感じ、そこに手を伸ばした。
息子は見当違いのところに手を差し出す父がいとも哀れで手をつかみ誘導して。

聾の翁は人間から掴まれる感触を久方降りに感じた。
息子は父の手が存外に冷ややかなことを知って。

聾の翁、笑った。
息子寝たきりの弱々しい父に鼻ぶん殴られた感じがして。

聾の翁は鈍痛の止まない手を上げて手話を話した。
「父さん、おれだよ。ひさしぶりだね」息子無駄言だと考えつつも言葉止まらず。

聾の翁、手の甲を頬に当てスルリと下方になで下ろす手話を言った。「だれ」
「父さん、おれだよ。おれだよ」息子は不意に手話を思い出して。

聾の翁、手を眼の前で一度二度振る手話を言った。「みえね」
息子は父の動悸を感じるほど密着し、顔に顔を近づけて。「おれ!」

聾の翁、眼を見開き息子の顔を両手で掴んで更に自分の方に引き寄せた。
息子は父の白く濁った眼に、眼を覗きこまれ、どきどきして。

聾の翁、息子の両頬を自分の頬に交互に当てた。
息子は頭髪越しに感じる父の手に比べ、頬はなんとぬくいこと、と驚いて。

「よう。おれのむすこ」


2004年11月19日(金) 御地蔵尊、微笑んでおわす

にぃっ、と微笑むお前がそこにいる時、おれほとほと困惑してたんだ。

だってお前の後ろに何者かが透けて見えて、でもそれが誰なのか判別つかないからなんだ。お前は黙っておれの後ろに立ち、おれが気づくまでずっとそこに立ちつくす様な奴だったね。お前は間に合うはずの電車やバスに駆け込むのを嫌がって一本遅らせる様な奴だったね。お前は犬を媚び売り畜生だって嫌っていたね。おれが聞こえないっていうことを知ってか知らずか、どちらにせよ山びこが好きだったね。

にぃっ、と微笑むお前がそこにいた時、何を考えてあんな表情を見せたんだろうね。
真っ黒な学ランに、夜の帳も降りた薄暗い周辺を僅かに照らしだす街灯の下で、鮮やかに映えてたお前の白い歯。この時、お前の微笑み初めて見たんよ。

お前は親父さんにぶん殴られた痕を隠そうとそれだけに躍起になっていたこともあったね。お前はアル中の親父さんに虐げられて泣きわめくおっかさんを見たくなくて図工室でいきなり彫刻刀で眼を突こうとしたことがあったね。お前は初めてセックスするとき頭痛がして吐いたんだってね。お前はいつも糞糞糞糞糞糞って呪詛の声を飽くることなく呟いてたね。

にぃっ、と微笑むお前がそこで立っていた時、あの時期は体の髄まで沁みるほどにえらいこと寒かった。
微笑んだお前の頬、丸く赤く染まってて、はは、生きてたね。

はは。


2004年11月18日(木) バァービィ!

遠くで男がひっそり、そして、ひたりひたり歩いている。
わたしのおにいさん。彼は生まれつき耳が聞こえないの。
近くで四つ葉クローバーを握りしめてる少女が立ちつくしてる。
わたしのいもうと。彼女も生まれつき耳が聞こえないの。

おにいさん、おいで、いらっしゃい、御飯ですよ、お腹すいたでしょう、食べようよ。
ほら、あなたもいらっしゃい、どうしたの、何泣いてるの、わからない、落ち着いて。
なにを話しているの、わたしにも教えて、え、なに、なに、なに、なに、なに。

おばあちゃん!…いもうとなら、向こうにいるよ。呼ぶの。わかった。
おかあさん!…今日もおにいさんと聞こえと言葉の教室なの。うん。わかった。
おとうさん!…今日も仕事なの。今度はいつ帰るの。わからないの。わかった。
おじいちゃん!…泣かなくてもいいよ。ふたりともきっとお耳治るよ。わかった。
バァービィ!今日は!いいお天気ですね。元気ですか。ふふ。ふふ。ふふふ。


人間、ギュウギュウ詰まって、雨をも磨り減らし、音楽をも濁らせて。

明るく彼女は微笑んで、雨水で鉄塊、喉に押し流す。

わたしの名も呼んで、記憶の狭間にわずかでも名前が残っているんならね。

呼んで。ちからいっぱい。
抱いて。ちからいっぱい。
見てよ。ずうっとずとずとずっと。


静かだね。バァービィ。
ふふふ、バァァァァァァァァァァービィ!


2004年11月17日(水) 遠くて近い場所にて幼子は

あああ ん あああ ん あああ ん

今日も何処かで幼子が泣いているようだ

あああ ん あああ ん あああ ん

明日もまた何処かで幼子が泣く

あああ ん あああ ん あああ ん

昨日も変わりなく何処かで幼子が泣いてた

あああ ん あああ ん あああ ん

いつもどこかで幼子 泣いて

あああ ん あああ ん あああ ん

あああ ん あああ ん あああ ん


2004年11月16日(火) 向日葵を煮詰めた色

おまへの誕生日は全てが黄色いのよ。

ご覧なさい。真っ赤な太陽潰れてく。
ご覧なさい。此の尋常為らざる光景。
ご覧なさい。残るは真っ赤な線。

おまへの誕生日は今日なのよ。
常に黄色いおまへの誕生日。

ご覧なさい。月膨らんでく。
ご覧なさい。金が燃えたかの様な此の色。
ご覧なさい。空気も黄色く染まってる。

おまへの誕生日は今日なのよ。
黄色い万古不易の誕生日。

ご覧なさい。月がおまへに落ちている。
ご覧なさい。だがもはや月はおまへの視界に収まり切らぬ。

ご覧なさい。ふふ、をかしなものね。
ご覧なさい。おまへの眼。月。

黄色い誕生日に月光は一際強烈。
輝いて、迫って、落ちて。
輝いて、迫って、落ちて!


2004年11月15日(月) ノッペラ坊や

ノッペラ坊や てくてく 歩いてる
ノッペラ坊や てらてら 禿顔光らせる
ノッペラ坊や ぷりぷり お尻振るってる
ノッペラ坊や おうおう ヌリカベに挨拶された
ノッペラ坊や にこにこ 微笑えめない
ノッペラ坊や ぺたぺた ゴキゲンな顔のシール貼る 
ノッペラ坊や どんどこ 太鼓の鼓動顔面に感じる
ノッペラ坊や がわがわ 祭りへ遊びに行った
ノッペラ坊や カカカカ 酔っぱらいに蔑まれる
ノッペラ坊や ふふふふ おなごに嗤われる
ノッペラ坊や ふうふふ 胸塞がり息ができない
ノッペラ坊や がらがら うがいもできぬ

ノッペラ坊や思った ノッペラだから おれの顔
ノッペラ坊や思った つるつるだから ははへは

ノッペラ坊や たちゃら 心しずる
ノッペラ坊や とんとん 自宅の階段上がる
ノッペラ坊や ぼんよよ ウォーターベッドに倒れ込んだ

ノッペラ坊や ノッペラ坊や ノッペラ坊や ノッペラ坊や
ノッペラ坊や ノッペラ坊や ノッペラ坊や ノッペラ坊や
ノッペラ坊や ノッペラ坊や ノッペラ坊や ノッペラ坊や


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