感じたままに・・・

2007年06月24日(日) 愛しのクッキー




↑イボが出来る前のクッキー♪この時は、まだ顔が綺麗でしょ(^^)


最近のクッキーは、とっても穏やかな毎日を過ごしている
相変わらず、デングリ返りを繰り返している日々、何とも可笑しい。
目や、あちこちに、小さなイボのようなものが出来ているものの、食も、便も快調だ
昨日からは、毛布を敷いてあげたら、あまり寝返りを打たなくなり、オシメだけを敷いているより、クッション性があるのだろう
特に今日は雨だから、比較的過ごしやすいのだろうけど
スヤスヤ・・・良く寝てる

19歳ともなると、餌に苦労する
本当なら、手作りがいいのだろうが、仕事を持っていると時間もなく、作りおきは不衛生になりがちなので、市販のドッグフードに頼っている。
『11歳以上』と表示されているミンチスペシャルの高齢犬用の生肉粒と、ぺティグリ−チャムのウェット製品(缶詰とデリカスタイル)を併用して与えている。
オシメは、ユニチャームのペット用紙オムツを使用、シーツはデオシートを使っている。
他に、安いものがあれば、大きなシーツでメーカーは気にしないで買う。

我が家のお買い物で毎週まとめて、買わなくてはならないもの、それは
私達の飲料用の水と、クッキーの食料にオシメ類である。

お休みの日には、身体を洗ってあげ、気持ちよさそうなクッキーを見ると
いつまでも、元気でね・・・心から思う
最近主人が、良くクッキーに話しかけているのが可笑しい
以前はあまり、クッキーに関心があったようには思えない主人がである。
子供達が独立してから、クッキーが子供達の代わり的存在なのかもしれない




2007年06月21日(木) 母の手術




七年前に、乳癌の手術をした母でした
五年はとっくに過ぎていたので、安心していた先日、子宮癌を告知されのです

二週間後の手術に備え、7月そうそう、しばらく仕事は休み、日頃の親不幸の詫びをさせて頂こうかと思っています
私自身も年齢と共に、あちらこちらに、あれっ?というガタが来ているのに
ましてや、男と同じように、田畑に労を重ねてきた母は、私の何倍も身体を痛めて来ているはず
若い頃から、母に対して、反抗している私がいました
実家に帰る度に、あそこがどうだの、ここが片付てないだのと、つい言ってしまう私・・・
母の集めた空容器などを勝手に捨てては母を困らせたり・・・
でも、人それぞれ性分もあり、そういう生き方しか出来ない母でもあったのだと、最近の私は、思う事にしてるんです
恋愛経験もあったかどうか、農家の跡継ぎと結婚して、キチンとした祖母からは厳しい態度を受け続け、父と共に馬や牛のように働いて来たのですから、おしゃれも、素敵探しもない、母でいるしかなかったんだな・・・・と

私と違い、弟は、本当に母想い、親想いの優しい人間なので、感謝と、申し訳ない気持ちでいっぱいです
時々、その存在を思う時、胸が苦しくなるのです
今の私の幸せは、その存在の上に成り立っているのですから

私も出来る限り、母の気持ちに添った看病をしたい
今回の手術が切っ掛けで、思いが伝わればいいのだけれど・・・





2007年06月18日(月) 『きみのて』




今日、新潟の友人から、一冊の絵本が送られてきました
彼女の娘さんが書きためていた貼り絵を絵本にしたものです
色がみとかを一切使わず、クレパスで色を作り、全て手作りの心のこもった絵本
その優しくて、柔らかい色合いに添えられた、ピュアな言霊が胸を打つんです
今ある自分、そして・・・きみの存在を認めて生きる事への応援歌です

特にこの一節が胸を打ちました




      *****************

         誰かとくらべて 

                      
         どうするの?

      
         誰も君にはなれないよ

     *****************

 
こんな優しい心の子達が増えると、日本も生きやすくなるんだけれど・・・
 



2007年06月17日(日) 形の無いモノの価値





私を含め、世の女性達は、形の無いモノへお金を払う事が多い
記念日とか、旅行の思い出とかとモノを買うのだけれど・・・
そこには必ず形の無い≪理由≫が付いてくるのだ
私は特にそうなのだけれど、自分なりのこだわりと、自分にしか解からない価値観が存在するのだ
書籍の場合も同じ、作品としての小説とか、物語的なものは殆ど求めない私が居る
主に、エッセイ、詩や写真集など、読み手側の自分が、そこにある形の無い何かを見つけたい気持ちが働くような気がするから好きなのである
最近凝ってる、≪白い皿達≫もそう・・・
予め描かれている絵皿は、モノとして出来上がっている皿なのに対して、白い皿は、これから自分が作り出せる世界があるから好きなのである
大袈裟に言うと、白いキャンパスに、赤や緑、黄色、茶・・・etc
これらの色合いと、調味料とで織り成す芸術なのだから

人に対する気持ちも同じ、ある人はどうとか、この人はどうとか、多種多様に好みもあり、その人から感じ取れる、形の無い何かが、波長を呼ぶのかもしれない

形の無いモノほど、その価値は偉大である
大きく云えば、喜びや悲しみ、嬉しい気持ちや、嫌悪感なども、形は無い
その事を如何に充実して、自分自身を満足させられるか、その為に生きているようなものかもしれない
家族や他人に対しても、形の無い何かを満足させられればいいのだけれど
それは、永久の課題でしょう

お金は形だけれど、そのお金で、形の無いモノも買える時代なんですねー
今は・・・





2007年06月04日(月) 小さな贅沢













先月から、娘も寮生活、生まれて初めての一人暮らし
元気で、ガンバっているのかなぁー・・・
とりあえず、一年間は修行と云う名目での独立である

とうとう、私と主人の人生の午後が始まった
今まで以上に、お互いの存在を大切にした生活を心掛ける事
二人しか居ない生活だから、居心地のいい空間を創るべく、小さな努力をしてみる


お花もたくさん増えました
お休みの度に、一鉢一鉢・・・ベンチで黄昏るスペースも狭っ!!と思えるくらい・・・(^_^;

ライトも、そして灰皿もベンチ脇に備え、我が家のミニミニお庭風の出来上がり


そしてもうひとつ、こだわりの決定版は、食器です
以前から気になっていた、表参道の≪陶画舎≫さんにとうとう行って来ましたぁ!!
仲良しの同僚が付き合ってくれたので、何枚か購入する事が出来たので、感謝♪(* ̄ー ̄)v
相変わらず、一人歩き、一人お出掛けが出来ない私です・・・(^^ゞ

純白の器は、とにかく食材の色をほんとに良く映えさせてくれます
器が届いてからというもの、毎日、白い器だけの食事になりました
トマト、アスパラ、きゅうり、レタス、アボガド・・・、煮物さえも、今までとは大違いの食卓です
だから、お庭のお花を少し摘んできて、ワイングラスに飾ったり、小樽の北一硝子で買って来たテーブルランプにろうそくを灯してみたりと、遊び心さえ出てくる私になってるんです

なんでしょうねぇー
でも、暫くはこんな我が家もいいかなぁ

私自身の贅沢はといえば・・・
最近、CDを買う事が増えている事である
川井郁子、竹内まりや、徳永英明、ZARD・・・etc

目が弱くなってきている私にとって、通勤に一時間以上も掛かる毎日
どうしても手放せないのが、音楽なのです
読書が出来ればいいのだけれど・・・・
CDウォークマンから始まり、MDプレーヤー、そしてデジタルプレーヤーへと変わり、つい最近までは、iPod nano が通勤のお供であった私・・・
今は、息子のお下がり≪東芝 HDDプレーヤー gigabeat ≫を持参で通勤を乗り切っている私です。20ギガもある迫力プレーヤーなのである。
無損失でインポートしたので、音が凄くいいのも嬉しいです(電池無くなりは早いですが・・・)
中には、息子がたくさんのCDをインポートしてあったので、お下がりと言えども、かなりのお得感でした(^▽^*)♪
その中でも、ビリー・ジョエルのストレンジャーを聴くと、私達家族はNYではなく、田園風景の似合う新潟の私の実家を思い出すのだ・・・これが何とも可笑しい
子供達と共に、私の実家で過ごす時、目覚ましをこの『ビリー・ジョエルのストレンジャー』にしていた為である
弟の部屋を間借りしていた私達は、起きる時間に、ストレンジャーのレコード(CDではないところもまたいい!!)を大音響でセットしていた為、思いでの曲になったと言う訳である
しかし、うーん"^_^"
聴けば聴くほど、当時の情景、心のゆれまでを思い起こさせる一曲なんですぅ


音楽も、お花も、白い器も
我が家にしか・・・
いいえ、私にしか解からない贅沢空間なのですっ♪(* ̄ー ̄)v





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