 冬のソナタ以来、韓国ブームが落ち込むどころか、更に広がっていますね。 かなりの経済効果が、韓国だけでなく、日本にとってもあったのではないでしょうか・・・ そう考えると、先日、ご来日のヨン様こと、ぺ・ヨンジュン氏の功績は、すごい事だと思います。 ヨンジュン氏は、個人的には、どうも苦手な方ですが、この韓国ブームがあったからこそ、私も人並みに韓流かぶれを起こしているのですから・・・・(苦笑) そう思うと、感謝しなければなりませんね。 あの素敵な声の持ち主にめぐり合わせてくれたのですから・・・。
それはそうと、韓国ドラマと日本のドラマの違い・・・ 見れば見るほど、違うと感じることが出来る。 最近の日本のドラマは、親や教師、上司など、昔で言うところの絶対的なものへの態度が乱れている内容が多い 言葉遣いや態度など、『そんな態度をとるには十年早い!』みたいな態度や言動を当たり前のように取り扱う。 これでは、年配の段階の世代の方に評価を得られる訳が無い。 その点、韓国の儒教文化から来ているドラマは、年長者に対するマナーの良さや、親に対する尊敬がドラマに織り込まれている。 日本風に言ったら、マザコンだの、親離れしてないだの・・・と言われかねないことだが。 自分を生み育ててくれた親を尊敬し、その恩に報いることが、当たり前の韓国。 今の日本とは別の感覚なのだから、仕方の無い事。
中退や、不良、元暴走族・・・などの過去を持つ日本の多くの芸能人に比べ、韓国の芸能人は、高学歴、兵役の為の身体作り、礼儀正しい、など基本的な違いがある。 昔の日本人が、多分持っていたであろう・・・男らしさ、女らしさ、礼儀正しさ、純粋さ・・・・ それら全てが、韓国ドラマの製作側、演じる側にもあるのではないだろうか!
そこに、日韓のドラマの大きな違いがあるのではないだろうか・・・
 先日の土曜日に毎年恒例の紅葉狩りに行って来ました。 今年も主人と、あじさい寺で有名な【本土寺】の紅葉を求めて・・・ でも、行ったのはいいけど、早いのか?丁度いいのか? なんなの?これは・・・と言った感じでした。 素晴らしい紅葉を知っているだけに、納得が行かないのだ。 まだらなのに、ちりちりと葉が元気なく枯れている感じなのだ 寒暖の差があればあるほど、発色も良かっただろうけど、雨続きのうえに 気温も晩秋のわりには下がらず・・・ 自然も、どうやらバイオリズムが狂って来ているらしい・・・ 地震、台風・・・数々の爪痕を残しているのに・・・今もなお・・・
でも、私たちは、美しいものを美しいと言える 美味しいものをその季節に頂く・・・このリズム そういうことには、慣れっこになっていて、当たり前のことのように思い過ぎていたのではないか? だから、環境問題も他人事、エネルギーの節約の事も、ゴミの事も・・・ これくらい!いいや! この思いがたくさんの悪エネルギーとなり、自然破壊に進行しているのだろう その見返りとして、こうしてPCをはじめ、ITなど先端技術の恩恵を受けている。 なくては、もはや生きて行けないし、暮らしなど成り立たなくなって来ている現実もある。
だから、人々は疲れ、自然探しの旅や、癒しの自然グッツを求めて来ている 老後を田舎でと永住を希望したり、休日には大自然への旅が人気なのも、今だから・・・
少し、自然と対話した方がいいのかな(-_-) そう思えた日であった
| 2004年11月21日(日) |
私の中の二面性の哲学・・・ |
 私・・・ふたご座のせいか、二面性がある この二面性は、たぶん、どなたにも持ち合わせている事だと思うけど・・・
私自身から言うと、この二人の自分と・・・ずっと昔からいつも一緒
明るくて面白くて、ひょうきんで、優しくて、おっちょこちょいの私・・・も!ほんとの私とすると 完ぺき主義で、好き嫌いがハッキリしていて、正義感が強く、頑固な私・・・もほんとの私
いつもこの二面性の私に支えられたり、困らせられたり・・・ 未だに二人三脚で今を生きている事になる やがて迎えようとしている、人生の午後をも共に迎えることになるだろう
でも、この私の中の二人も他者の同じ心に触れたり、相反する心にも触れたり・・・そうする中で、共に近付き、融合する事もある それが、歳を重ねると・・・ まあるくなったとか、頑固になったとか言われる由縁ではないだろうか?
さて、私は今や、どちらかと言えば・・・やはり二面性のまま・・・ そうそう、変わらないんですね もともと、どちらをも持って生きているんですから・・・・
とっても変なことを思った秋の夜長でした^_^;
 こちらの日記ページを半永久的に契約したので、ようやく、落ち着いて日記を書ける でも、まだ慣れてないせいかギコチナイ私・・・・(o^-^o) ウフッ♪
さて、手始めとして、またまた私なりの思いを書き綴りたいと思う
最近、このこだわりについて考えてみた 人の好み、いわゆる価値観やこだわりが多種多様なんだなって思えてきた 人が、良いって言ってるものの中に、『うーん、そうかなぁ・・・』と思えるもの 自分が『なんて素敵なんだろう・・・』と思うものが、他人には??って思われたり・・・ でもどれも間違いではないし、どれも正しいのではないか ならば、人に合わせてこだわる必要など全く無くて、自分の目や心で選べば良い事なのである 好きな物を傍に置ける幸せとか、美味しいと思うものを食べることの出来る幸せとか・・・ 私は、このこだわりについてはかなり頑固になって来ていると思う
親元にいた子供の頃は、親の支配下の中で、欲しい物や、食べたいのも、見たいものや買いたい物など、言える子供でもなかったし、環境でもなかった 一人暮らししていても、それほど、この【こだわり】にあまり思いもなく、やがて結婚して、子育てが始まった それこそ、子供とともに日々を過す事・・・無我夢中だった そして、子供達がわが道を選び、巣立ち始めた頃・・・今である こだわる!こだわる!
私の中に潜んでいた、この【こだわり】が、いつの間にか私の感性にまとわり付いていた それは、ブランドや高級、有名ものや社会評価の高いもの・・・ それはそれで、素敵だと思うし、認めてもいる だけど、私とは違う次元のこだわりである
でも、それは、私の欲しいもの、こだわりたいものではないのだから、仕方が無い・・・それが、こだわるって事なのだから・・・ いわゆる、多数派のこだわっているものは、私自身のこだわりから、すでに外されるのである 変わっているのだろう・・・たぶん・・・ でも、ことこの【こだわり】だけは、自慢だし、譲れない部分である
これからも、ずっとこだわり続けて暮らして行けたら、いいなぁって思う
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