今日のおたけび または つぶやき

2013年12月31日(火)  よいお年をお迎えください



かなりざっくりとお正月の準備を継続中。これからでっかいサトイモを煮ますよ。

今夜はWOWOWを観ながら年越ししたいなぁと。楽しみだなー。




会場に居られるにこしたことはないけれど、おうちでまったり堪能できるのも最高です。

お気に入りのグリューワイン(温めて飲む甘いワイン)片手にましゃのステージを観る。

贅沢すぎてごめんなさい。




おっと、夫と息子と私、それぞれ観たい番組は違うのでした。

年明ける瞬間だけでもチャンネル権を譲ってもらわなくては。

年齢を重ねて外側も中身もさらにオトコマエ度が増すなんて、もはや縁起物ですから。

年のはじめには清々しいものに触れておかないとね。




今年もいい作品にいろいろ出会えました。

とは言え、自分が書いた感想を読み返さないと、ほとんど忘れちゃっているのだけど。




ましゃのことで言えば、「真夏の方程式」と「そして父になる」のおかげで

世界各地の映画祭や舞台挨拶の様子を観られたのが本当に楽しかった。

どこに登場しても堂々とグローバルなオトコマエさんで、特にカンヌでの姿は

今年一番の思い出です。フォトセッションも、インタビューも、レッドカーペットも、何から何まで最高でした。




今年は映像のお仕事が続いたから、来年は音楽かしらん。ドームツアーもあるしね。

ドームかぁ。あそこは人間サイズの生き物を観に行く場所ではないと思っているのですが、

福山雅治がドームでライブやったのが過去に1度きりという方が不思議なくらいですものね。

まめはるどころか、コメはる、ゴマはるにしか見えないのは承知で、東京ドームのましゃの雄姿、

すごーく楽しみにしています。




そんなましゃごとも含め、来年も気持ちを豊かにしてくれる作品にたくさん出会えますように。

今年も1年間、駄文におつきあいくださり、本当にありがとうございました。

どちらさまもよいお年をおむかえください。







2013年12月28日(土)  冬の大感謝祭7日目(27日)



12月18日が今年のナマましゃ始めで、27日が今年のナマましゃ納め。

1年に2日だけなんて少なすぎる気もするけれど、

音もビジュアルもMCでのらぶりーさも満足度が高すぎて、全然足りなくない。

むしろこんな最上級のステキなものを、摂取しすぎて飽きたなんてことになっては失礼すぎる。



飽きようがないけどね! チケット取れないし!



というわけで、感謝祭7日目のましゃも最高でした。

セットリストで18日と変わっていたところは、

大好きな「you」の代わりに、これまた同じくらい大好きな「恋人」。

この2曲は私の中では、ましゃの語りかけるような優しくて切ないラブソングの双璧。

どちらも聴けたなんて最高にラッキーでした。




アンコールの1曲目は「Message」の代わりに「Gang★」。エロいです。

Wアンコールは「最愛」の代わりに「東京にもあったんだ」。

この曲をナマで聴くのは一昨年のブロス限定スタジアムライブリクエスト以来。

暮れゆく夏空の下で聞くこの曲もステキだったと思い出したり。




最初から最後までもちろんステキでしたが、

この日は「vs.2013」から始まるアグレッシブなナンバー、

「Get the groove」「fighting pose」「GAME」のましゃが

凄まじくカッコよくて。もう神がかり的にカッコよくて!

ビジュアルはもちろん演奏もね。最高のギタリストですこの方は。




あんまりカッコよすぎて、同じ人間として「わたしはいったい何をやっているのだ」と

いきなり反省してしまったくらいですよ。

痺れるような音に全身をつつまれながらいきなり反省。なんだそれ! 

なんだかわからないけど、とにかくそのエネルギーにつき動かされずにはいられない、

それくらい凄みのあるカッコよさでした。




この時のモニター映像も、ライティングといい分割画面に映るましゃの表情や指先といい、

映像スタッフさんのお仕事も素晴らしい。




たまにギター抱えたままエビぞりジャンプするのだけど、

そのジャンプの瞬間をキャプチャーして360度からぐるぐる見る、みたいな映像が

モニターに映るのです。

モニター観てると「うわぁ空中浮遊〜」ってなるんだけど、リアルなステージ上では

とっくの昔に着地して演奏続けてて、みたいなことになっててちょっと楽しかった。




楽しいと言えば、南花道先端で撃った客席へのバズーカ砲、何度か不発がありましたの。

そのたびにバズーカ渡したスタッフを派手にけり倒すようなパフォーマンスをしてみせるのだけど、

それがまたラブリーで。

長身のましゃが、長い脚を大げさに振り上げて蹴るふりをすると、シルエットも動きも

アニメみたいです。2次元も制する3次元のオトコマエさんです。

アンコール後の最後の挨拶では、不発だった分をちゃんと南客席に向けてやり直してましたわ。

律儀さと公平さにも抜かりはないオトコマエさんです。




8日目の今日も絶好調のうちに終了したようで、残すところあと2日間。

紅白は「vs.2013」と「誕生日には真白な百合を」のメドレーだそうですが、

あのカッコよさを思うと、「vs.2013」だけフルで存分に聞かせてほしかったなー、

というのが正直なところです。あの昂揚感の余韻にしばし浸っていたいのに、そのあとすぐに

親への感謝や想いを綴った歌というのは気分的にちぐはぐになってしまうのだけど。

でも歌合戦だものね、インストだけというわけにもいきませんね。




さ、年末年始を乗り切るエネルギーも十分に充填させていただきました。

福山総支配人の「おもてなし」に心からの感謝と敬意を表しつつ、わたしも諸々がんばります。






2013年12月23日(月)  感謝祭雑記



ましゃの感謝祭も順調にステキに進行中のようで、思い出してはうっとりしています。

本編以外で思い出したことを少々。




グッズ販売コーナーにはましゃの曲がずっとかかっているのですが、

公演前の会場内にはEaglesのなつかしい曲が流れていました。「New Kid in Town」とか

「Life in the Fast Lane」とか。去年の感謝祭も心地よい洋楽が流れていた記憶があります。




高校生くらいのときにイーグルスの来日公演に行ったなぁ、名曲は何年経っても名曲だわー、

なんて思いながらましゃの登場を待つのも楽しかったです。

全盛期のイーグルスも名曲揃いでカッコよかったけど、あの当時洋楽が大好きだった自分が、

数々のみーはー遍歴を重ねて今はましゃを好きなことに、何の矛盾も感じておりません。

一流のバンドメンバーの演奏がすごいのはもちろんですが、ましゃのギターもほんとにカッコいいですもん。

あのステキすぎるビジュアルで損をしていることも多少はあるとは思いますが、

ギターの腕前が過小評価されているというのもそのひとつに違いない。




ロビーには関係各位からのお花が50台ほどありました。

経済まわしている人だなー、と、あのお花の量を見ると思います。

お花の量のすごさで言えば、わたしが知ってる限りでは、個人ではダントツで美輪さま。

団体さんとしてはTEAM NACS。「WARRIORS」を観に行ったとき、お花の数にびっくりしたのよね。

地元からだけでなく、あっちからもこっちからも愛されて応援されて頼りにもされているのだなぁ、と思いましたわ。




MCで「22年歌ってきて、自分の曲が150曲ほどになった」とおっしゃっていました。

すごいよね、150曲を生み出したって。

一昨年のノーシングルライブの前に、ほぼ網羅したつもりでいたのですが、

今回のセットリストにあった初期の「Running Through The Dark」は聴いたことありませんでした。

作詞はましゃですが作曲は後藤次利さんだったので、聴くのをあと回しにしていたのかも。

どれほど初期の曲だろうと、初めて聴く曲は自分にとってすべて「新曲」。新鮮でステキです。




実はクリスマスにはとんと興味がないらしいましゃですが、それはそれとして、

貪欲に夢見がちなファンのために、一昨日のラジオでは「Heart of X’mas」をステキに弾き語り。

昨日今日のステージでも歌ってくれたようですね。

他の誰かを楽しませるのがお仕事のエンターテイナーは、クリスマスには興味がなくとも

一年中サンタさんみたいなものですよね。サンタさんにしてはオトコマエすぎるがな!





2013年12月19日(木)  福山☆冬の大感謝祭其の十三



昨日、18日に行ってきました。






福山☆冬の大感謝祭其の十三

  今年もやっちゃっていいですか?
  Hotel de fukuyama ��
  心を射抜く『おもてなし』
  それは・・・、44MASAHARU!!




おもてなしされてきました。存分に。

初日後のワイドショーで、黒スーツで「Dear」を歌っている映像を見て、

大好きな「Dear」だ! と、それだけでもうわくわくが止まらず。




そして昨日、オープニングからいきなり「Dear」。

ど直球のラブバラードを、あの低音のステキな声で深くしっとりと歌い上げる、

ナマの黒スーツビジュアルのかっこよさたるや! 




うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

  ↑ 平静を装って歌に聞き入っているけど実はあまりのステキさにヤられすぎて、心の中でアタマかかえて悶絶しているの図




マイッタな。もうマイッタ。ええ。参りました。(猫に土下座)←混乱しすぎて猫侍まで登場

「このましゃが今まで見た生ましゃの中で一番ステキ」を、また更新してしまいました。(わたし基準)




テレビや映画で見るましゃは、頻繁に「最高にステキ」を更新しておられるのですが(だからわたし基準)、

逃げも隠れもできないステージの上、しかも360度ぐるりと囲まれ3時間まるまる死角なし、しかも44歳、

でも、かるーく更新。



堂々と44歳という事実を全面に出すだけのことはある、この魅力。

売り場のツリーのお飾りにも「44」。







いつものことですが、歌もギターも最強バンドメンバーの演奏も、どれもじっくり集中して聴き入りたいのに、

モニターに映る巨大ましゃのビジュアルがいつもいつまでもステキすぎて、

そちらにも目を奪われてしまうので大変です。目と耳と両方集中しているつもりなのですが、

気づくとやはりどちらかになってしまうみたいで。

WOWOWの中継を録画したら、つけっぱなしで音だけ存分に堪能させていただきましょう。




MCは、いつものように全方位的に気配りと礼節を尽くしたステキなものでしたが、

めっちゃらぶりーだったトコが2か所ほど。




何かの話の途中にましゃが「現象には必ず理由がある」ってサラリとおっしゃいまして。

客は当然、湯川先生だー!って大喜びで大盛り上がりだったのですが、

ましゃは特に湯川先生を意識せず話の途中に何気なく挟んだ言葉だったらしく

「べつに受けようと思って言ったわけじゃないんだけど」とか「こんなに喜んでもらえるとは」と

すごくびっくりして、でもすごく嬉しそうに、照れくさそうに、しばらく笑顔がとまらなかったのが、

もうとんでもなくらぶりーその1。




その2は、たぶんそんなことも含め、「今日のお客さんはすごく反応がいい。声がすぐに返ってくる」と。

で、「反応がいいというのは、感じやすいということ。僕は、感じやすい人・・・、好きです」なんてことを言った後に、

あきらかにそれがエロい方面を連想させることにお気づきになられたのでしょうな。

ラジオだったらそこからどんどん広く深くお話は展開していきますが、ここはラジオではなくて、

ステージ上だということに、はたと気づかれたのでしょうな。

言った後に、若干の「はじらい」が感じられる笑顔が出まして、これがまたもう、

どうしてくれようこの野郎! 的ならぶりーその2。




では18日のセットリストと(感想)をざっくりと。記憶違いもあるかもですが。


  Dear (うっとり)

  それがすべてさ (ノリノリ)

  Heaven (客席を回るフロートの柵やポールに絡みついてエロさ全開)


ーBros. de fukuyama 21年ぶりに演奏する初期の曲ー

  天使の翼にくちづけを

  Running Through The Dark

  (初期のこの2曲は、日常や人生への焦燥感がヒリヒリと感じられる曲で、

  多感でとんがった若者らしい。ましゃの若いころの感性もすごくステキだ)


ーアコースティックde fukuyama 小編成のアコースティックバンドでー

  Heart

  泣いたりしないで

  you

  (3曲とも優しさと包容力を感じさせるステキな曲ですよねー。

  アコースティックだとそのやわらかさと伸びやかさが際立ちます。「you」のイントロだったか?が

  スパニッシュギターっぽいアレンジになっていて、歌い出すまで何の曲だかわからなかった。

  「you」大好き。ましゃの曲の中で一番リピートしてるかもしれない)


ー新曲2曲ー

  (どちらもまだタイトルなし。詞も変わるかもしれないと。

  1曲目は大きな世界観や人間観を感じさせるメッセージ性の強い曲。

  2曲目は困難にぶちあたっている人への共感と励ましを歌った、やさしくて力強い曲。

  どちらの曲か忘れましたが、「真実への冒険者」「理想への挑戦者」という歌詞が、ましゃらしいな、と。


一年のお仕事を振り返る映像。今回の案内役は栗林さん(渡辺いっけい)。

  (今年も映画やホットスポットなど旅が多く、総移動距離は地球2周半。1年のうち50日は海外にいたそうな。

  レッドカーペット映像は何度見てもステキです。)


  恋の魔力 (つま恋以外では初披露。キュートで大好き。数式を書く湯川先生が蘇ります)

  vs.2013〜知覚と快楽の螺旋〜 (弾きはじめのギターの音がちょっとおかしくて、すぐにギター交換。)


  Get the groove

  fighting pose

  GAME

  (Bros.de fukuyamaで歌われた初期の2曲では、戦い方もわからずむやみに苛立っていた若さが感じられたけど、

  以上の3曲は戦い方を知った大人の男、という感じ。戦い続けてきたましゃの想いの変化が

  リアルに感じられて、作品にはその人自身がちゃんと出てしまうのだなぁと。

  あたりまえだけど、若いころのましゃには今のような曲は作れないし、戦い方を知った今のましゃには、

  知らなかった頃のような歌は作れない。だからどちらもすごく貴重。)


  想-new love new world-

  心color

  (来年もよい年にしようね、という気分にさせてくれる2曲)

  誕生日には真白な百合を (「とんび」は今年のドラマだったのに、もうはるか昔のような気が)


ーデザート de fukuyama(アンコール)

  vs.2013〜知覚と快楽の螺旋〜 (本編での演奏が思い通りにいかなかったので、「このままじゃ気持ちよく眠れない!」と、やり直し。

  何度聞いてもカッコいい。大好き。)

  Message (「絶対きみが好きだよ」で臆面もなくカメラを指さす44歳。まんまと幸せ気分になる客(わたしだ))

  少年 (ましゃ40歳以降のリリースで、わたしの一番好きな曲。今年も一緒に歌えて幸せでした)


Wアンコール

  最愛 (アコギで弾き語り。最高っすよ!うっとりにもほどがありますよ!)




ほんと、何から何までステキでした。1年間焦らされた甲斐がありました。

あと7公演、どれも最高にステキでありますよう。

そして31日には、そのステキさがWOWOWではもちろん紅白でもアジアへの中継でも、余すところなく伝えられますように。








2013年12月17日(火)  安堂ロイド 最終話



最終話のカタルシスをすっごく期待していたのですが、そんなんでもなかったなー、と。

作り手としてはきっと納得のいくような設定をしているのだろうけど、

視聴者に知らされないままでは謎ばかりが残り、想像力で補完するにも限度がありまして。

SPECは補完作業もすごく楽しかったのだけど、こちらはあまり楽しくないのは、

黎士と麻陽に最後までさほど思い入れが持てなかったせいかもしれませぬ。



黎士はすごい自己犠牲で麻陽と2013年を守ったには違いないのだけど、

戦い終わってみれば犠牲にしたのは自分の生身の身体だけで、

それすら100年後から完全な代替品をプリントアウトして調達し、無傷の脳データを転送し、何事もなくふっかーつ!

麻陽も狙われに狙われたけど、王将だ旗だと鉄壁の守りを固めてもらって結局無傷。




せつないのはロイドをはじめとする機械の皆さんで、結局彼らは血のクリスマスを実行するに至ったのか、

ラスボスは誰なのか、100年後には人間と機械の力関係はどうなっているのか、

というかみんな機械の身体に脳データ移して不老不死になってるのか、

未来と契約を交わしたお偉いさん方はその後どうなるのか、そういうことはわからないまま。

なので、黎士と麻陽がひしと抱き合えたとしても、

えーっと、予想どおりのハッピーエンドですがそれでよろしいのでしょうか? 的な気分に。




人間の強い想いが時空を超えて届き、さまざまなものを良くも悪くも変えていく、ということにはとても共感するし、

それに最新のテクノロジーが絡むのもとても面白かったけど、なんかもうちょっと説明がほしいわー、 

ってトコで終わってしまった印象です。好きなテーマだし、7話くらいからすごく面白かったので、ちょっと残念。




そうそう、想いには質量がないとか、脳データが雷でばーんと転送されるとか、

ロイドのすべてのデータがあのキレイな小さいキューブに凝縮されているのとかを見て、

「ルパン三世 ルパンVS複製人間」(1978年公開)のマモーのあの巨大脳みそがふと頭をよぎりました。

クローンとして限りなく生まれ代わり続けることで1万年を生き続けたマモーと、

その1万年分の英知が蓄積された巨大な脳。

あのラストシーンもすごい衝撃的だったけど、あのデカさもあの時代ならではですね。




さ、あとは「リーガルハイ」の最終話をお気楽に待ちましょう。

しかし明日はましゃの大感謝祭に行きますよ! 1年ぶりのライブ、1年ぶりの生ましゃ!

雪予報も出てるけど、それならなおさらあったまってこよ。ライブは身体も心もあたたまるからね。







2013年12月14日(土)  クロコーチ最終話



まずは黒河内も清家も、ちゃんと生きててヨカッタ。

「桜吹雪会」に関わったあまりに多くの人たちが次々に殺されてしまったことを思えば、

これほどのことを知ってしまってなお生きていられるというだけで奇跡的なサバイバルと言えるわけで、

わたしの中ではかなりのハッピーエンドです。




三億円事件の真相も、「桜吹雪会」の成り立ちも、

その会の秩序を維持するために「粛清」を重ねてきた歴史も、

ほぼ全貌が解明されたと言っていいわけじゃないですか。

黒河内と清家のみならず、他の刑事たちの前でも暴露しちゃったし。

にもかかわらず、「警察の闇」は結局のところまったく無傷だったのが、

なんとも不気味でなんともリアルでした。




すべてを牛耳っていると思われた沢渡でさえ、消されたのか、どこかで保護されているだけなのか、

それすらわからないし、沢渡や高橋がいなくなったところで、

他の人間(牛井や柿崎や班目など)があたりまえのように会を引き継いでいくし。




つまり、これだけの犠牲者を出してもなお、

頂から裾野までの全貌は、すべてを視野におさめることすらできない巨大なものだった、

ということがわかっただけという。




とは言っても、黒河内と清家が迷宮入りだった事件の真相を暴いたのは確かなので、

今後また、別のアプローチで闇に迫ろうとすることがあるかもしれない。

ま、黒河内が三億円事件以上に執念を持てるようなものがあるかどうかはわかりませんが。




それにしても、黒河内のキャラは大好きでした。またいつかお目にかかりたい。

色々出過ぎで食傷気味の剛力ちゃんですが、その際は、清家にもぜひご登場いただきたいです。



そして明日は「安堂ロイド」最終話。こちらも楽しみ。






2013年12月12日(木)  リーガルハイ 第九話 / ごちそうさん「まったく」



リーガルハイ 第九話

週に一度は古美門と黛の絶妙なやりとりを見ないとなんだか落ち着きが悪い気がするのに、

来週はもう最終回ですか!




「横分け侍」の夢の配役はお見事でしたが、服部さん出てきませんでしたね。

出てきちゃったら誰も勝てないか。でも「ひとつ 人よりよくしゃべり ふたつ 不埒な弁護活動 

みっつ 醜い浮世の法にも 金さえ貰えりゃ無罪にしちゃう 人よんで よこわけ侍」って、

桃太郎侍のキメ台詞をも凌駕する語呂の良さもさることながら、

古美門先生の的確な自己認識が素晴らしいです。




敗戦トラウマで幼児返りした古美門が、黛の弔い合戦で復活した様子は圧巻でした。

「民意」の怖さと愚かさを説く古美門に、愚民のひとりであるわたしも反省。




確かに、多くの人がその考え方を支持したからって、それが正しいとは限らない。

みんなと同じように自分もそれを支持したけど、後々、「あれは間違いだったな」と思う

ことなんて山ほどあります。




わたしのような愚民は騙されやすい。だから民意もあてにならない。だから民意至上主義は本当は危うい。




相変わらず、古美門先生はズバっと斬ってくれますな。

斬れるほどに復活できたのも、捨て身の黛がいてくれたからですが。




そして来週は予想通り、三木法律事務所の3人が勢ぞろい!

最終回直前に圧巻のスピーチをしておきながら、最終回をありえないコメディで締める、

という前シーズンの手法再びかしらん。

どこまで馬鹿馬鹿しいコメディにしてくれちゃうのだろうか。楽しみです。




ごちそうさん 「まったく」の回

自暴自棄になった和枝姉さんに、希子ちゃんが涙ながらに語った言葉、

「20年間いっぱい不幸があったと思う。だからってそれを人にやり返していい理由にはならない。

だからまわりの人がみんな離れていくし、だからいつまでたっても寂しくて、寂しいからつけこまれたんや」




師匠でも悠太郎でもお静さんでもなく、もちろんめ以子でもなく、一番若くて一番頼りなさげに見えた希子ちゃんが、

これほどに姉のことを見抜いていたというのが驚きだったし、頼もしく成長してきたなぁ、と。




というわけで今日のMVPは文句なしに希子ちゃん。

師匠も大活躍で、和枝を助け、め以子のおめでたを見抜き、だけど「かっ・・帰る!今帰ろうと思ってた」と、

そそくさと退散する小走りな後ろ姿のらぶりーなこと。




ですが! 

あの師匠のらぶりーさに匹敵するのが悠太郎の「まったく」。

姉さん死んどったかも、家大爆発しとったかも、の深刻な状況で、大喜びするわけにもいかず、でも嬉しい。

しかもめ以子本人がそれに気づいていなかったなんて、めっちゃ怒ってやらねばならぬが、でも嬉しい。




「まったく。」




この声の調子といい、笑顔になるのを抑えられない表情といい、

久々に最高のバカップルまる出し。

好きだこの「まったく」。






2013年12月09日(月)  クロコーチ / 安堂ロイド ともに第九話



盛り上がってまいりましたー。

クロコーチはわたし的には2話目あたりからずっと盛り上がっているのですが、

安堂ロイドの方もようやくね。

しかし両者ともに次回が最終話。寂しいわ。




クロコーチ第九話

三億円事件の真相を新解釈、というだけではここまで見続けられなかったかもと思うのですが、

黒河内の魅力にぐいぐい引っ張られてここまで来てしまいました。




なんだろね、相当アクの強い人物なのに、なぜか鼻につかないし、なぜか愛さずにいられない。

長身に坊主アタマ、黒光りする顔にギョロっとデカい目、胡散臭げな笑顔にゆっくりゃべる低音の声。

だけど基本は野生のサルっぽいイケメンなお顔立ち。

どうにもクセになるとはこのことです。




軽そうに見えて内面に闇を抱えている、というありがちなキャラも、

一筋縄ではいかない複雑で深みのある人物に表現されていて、全然ありがちじゃないし。

長瀬くんははらちゃんもできるしクロコーチもできるし、これからますます楽しみな役者さんですね。




第九話の圧巻はなんたって「笑えなくなっちゃった沢渡」。あれすごかった!

結局は笑うのだけど、バグでいきなり画面が乱れるかのように、顔の表情が乱れる様子が、

なんかもう人間ばなれしてて。

あれで状況が急展開したことがわかるのよね。




表情といえば牛井課長がまた! 

邪悪とも見える恐ろしい表情から、振り返ったらもとの仏の牛さんの表情に戻ってるとことか怖すぎー。

この人の正体も、最終話でようやくわかるわけですね。




高橋も「沢渡の暴走を止めるため」とか言っちゃってましたが、

この方もあのやさしげな表情のまま、かなりの殺人を容認してきたのだから、

どう考えてもただのストッパーとは思えない。

最終回めっちゃ期待してます。そして、しつこいお願いですが、

謎が明らかになってもクロコーチは絶対生きててほしい。




こちらの世界はSPECや安堂ロイドの世界とは違い、生と死の境界ははっきりしていて、

死者がまた戻ってくることはないので。




安堂ロイド 第九話

七瀬が主役の回。天才の感情は凡人にははかり知れないですわ。

黎士にあんなに可愛がられ才能も認められていたのに、

なぜ凶暴な別人格まで生み出してしまうほどの劣等感を抱くのか。




それであんなとんでもないアンドロイド作り出しちゃうんだものね。

世界平和と人類の繁栄は、個人個人の心の安定にかかっとるわけです。




これまではロイドと麻陽と刺客アンドロイドを中心に、ときどき他の登場人物も絡む、

という展開でしたが、ここにきてもう全員がっつり同時にまきこまれ。

七瀬にラストクイーンに、星くんや葦母、研究室の学生たち、いいところで登場の角城。

黎士自身の「想い」も確実に送り続けられているようで、総力戦がすごく面白くなってきました。

そしてもちろんあの可愛いサプリも、復活してから以前より人間的に成長してませんこと? 機械なのに。

一家にひとりほしいよねー、あんな可愛い修理ロイド。




制作陣がSPECとかぶってるせいか、既視感のある設定が多いですが、

わたしはこういうの好きなので全然問題なし。

九話のラストのロイドとラストクイーンなんて、当麻とセカイの対峙を見ているようでした。

こうなってくると、第一話からもう一度観なおしたくなるのだけど、

面白く感じ始めたのが第七話からだから、録画を残してないのよねー。

残念でござる。






2013年12月07日(土)  卑弥呼 セカイ ユダ / 朝倉のいる世界



本日、シンプルプラン阻止のために家族3人そろって予防接種してきました。

が、インフルに予防接種はあっても風邪とノロを防ぐ注射はないのよね。

無事に年末年始を乗りきりたいものです。




昨日、2回目の「爻ノ篇」鑑賞。

そしてやっぱり、瀬文が当麻を見るまなざしの優しさに、いちいち涙ぐんだりして。




見逃していた場面もいくつか確認できましたが、思うに、これ以上の謎解きには、

冷泉の書いた予言をじっくり読ませていただく必要がありますな。

当麻がかろうじて読みあげた部分のあとも、いろいろ書いてあったようですし。

ということは、DVD発売またはTVでのオンエアを待つしかないと。




当麻の味方スペックホルダー大集合のシーンは本当に楽しいわ。

なんだかんだ言って、昨日の敵は今日の友なのね。結局みんな当麻のこと大好きだし。


あの方たちはもう亡くなっちゃってるから、人類滅亡の危機とか言われても、もひとつ危機感がないのか、

非常にゆるーい感じの助っ人集団。

相手をとんでもなく怖いとも思っていないようで、めっちゃマイペースに自己紹介に時間かけるし、

セカイの目をあざむくカモフラージュ作業も、なんかお気楽で楽しげだし。



これで戦いの緊迫感が削がれると感じる人もいるかもしれませんが、わたしはこのシーン大好きです。




対する卑弥呼、セカイ、ユダ。

この3人は揃いも揃ってとにかく声がステキ。

なかでも卑弥呼(北大路欣也)の声と語り口のステキさといったら、マダムじゃなくともうっとりですよ。

佇まいにも威厳がおのずと滲み出てしまうようで、とにかくカッコいい。



セカイ(向井理)も深みのある上品な声だし、

ユダ(遠藤憲一)は卑弥呼やセカイよりはちょっと立場が下のようで、少し荒っぽく喧嘩を売るような口調だったりもするけど

すごくシブくてやっぱりカッコいい。

美声の先人類三人衆、絶妙の人選です。



そうそう、その卑弥呼の言葉で、ノベライズから先日引用した部分ですが、

  「生と死を差別することに意味はない。他者が認じれば死者として生命を持ち、

   他者が認じることがなければ、生者とて、死者の如し」



下線の部分が映画本編では「死者とて」と言ってました。

ノベライズ読んだ時も「死者とて生命を持ち」なのでは? と思っていたので映画本編で確認できてスッキリ。

こんな重要なセリフ、間違えてほしくないわー。




今回は、ラストシーンの渋谷の雑踏らしき中に、

瀬文(の後頭部)と当麻(の赤いキャリーバッグのみ。本人の姿は今回も見逃した)を

一瞬だけ見つけることができました。1回目ではまったく気づきませんでしたの。




瀬文が投獄されている状況の世界では、瀬文はすでに当麻を撃ち殺してしまっているので、

こんな場面が訪れるとは到底思えないのだけど、それを可能にできる解釈はないのか?

と、いろいろ考えてみましたよ。以下はそのひとつ。




当麻が世界を別バブルに繋げ変えた時、時間をちょっと巻き戻してから繋げたのよね。

そうでなければ、核爆弾があまた打ち上げられ、セカイによってかなり破壊されてマグマとか噴出した状態の世界が、

あんな何事もなかったような状態になってるわけないし。




でも、無間地獄に落ちてしまい自分を自分と認識もできなくなってしまった当麻には、もうそのようなことはできない。

しかし瀬文が当麻に気づいたことによって「死者とて生命を持つ」ことができた当麻は無間地獄から抜け出すことができた。

瀬文が当麻の記憶をもったままあのような状態で生きながらえていなくてはならなかったのは、つまりはそのためだった。




で、当麻はあらためて、時間をさらにちょっとだけ巻き戻す。未詳で当麻と瀬文が出会ったあたりの時期に。

もちろん、その時点で当麻のSPECは消滅。瀬文も当麻もSPECやSPECホルダーに関する記憶は一切なくなり、

二人の歴史がまっさらの状態で始まったばかり。

これこそが冷泉がかつて予言した「あなたたちには輝く未来が見える」。冷泉すげー!



が、どのバブルへ移ろうとも、地球上で誰が生き残っていくか、ガイアは常に選択の余地を与えてその可能性を試し続ける。

つまり「そして再び、歴史は繰り返す」。

このバブルではセカイや潤はいないけれど、代わりに朝倉ともうひとり女がいる。

ということは、真山&柴田VS朝倉、に代わり、瀬文&当麻VS朝倉になるのかぁ? みたいな。




えんえんと都合のいい妄想を書き連ねてしまいました。わたしだけめっちゃ楽しくてごめんなさいまし。

もう少ししたら感謝祭ましゃモードに移りますからねー。







2013年12月05日(木)  当麻の叫び



水曜日は「リーガルハイ」がひたすら楽しみなのに、

昨日はなっがーい歌番組のせいで飛ばされてましたよ! ガッカリですよ!



コラボが売りなのはいいけれど、コラボがオリジナル以上に魅力的じゃないと、

ただ痛々しいだけというか、大がかりな自己満足というか。

持ち歌で最高のパフォーマンスできない人が、よそさまの歌とか無理よね。 




それはともかく。

まだまだ「SPEC〜結〜爻ノ篇」のお話は続きますよー。




公開前の予告映像で、当麻が「瀬文――!」と絶叫している声がありました。

瀬文が高い場所から落ちていくように見える、落ちながら何かにすがろうと

絶望的に手を伸ばしているように見えるシーンのあとにこの声が聞こえるので、

わたしはこれを、「落ちていく瀬文を助けられなかった当麻の叫び」だと思っていたのです。



本編を見ればわかりますが、これはその逆で、「瀬文に助けを求める当麻」の、最初で最後の心の底からの絶叫でした。

当麻がこんなふうに瀬文の名を呼んで助けを求めたことは、今までなかったのですよね。

当麻に危険が及んだときには当麻が反応するより早く、いつだって瀬文は当麻の盾になっていたわけですから。



今回の セカイvs当麻 の戦いに瀬文はまったく参加できておりません。

戦場となる電波塔の上に当麻が現れる前に、瀬文はすでにセカイによって吹っ飛ばされてしまったので。


だけど最後の最後、もうダメだとなったときに、当麻があたりまえのように呼びかけたのは「瀬文さーん」。

ここから次に「瀬文―――!!」と絶叫するまでの一呼吸に、どれほどの万感の想いが込められていたか、

どれほどの絶望感と限りない希望が込められていたかを想像すると、胸が張り裂けそうになるではありませぬか。



1回目に呼ばれたときはすでに瀬文は一生懸命電波塔によじ登ってる途中だったのだろうけど、

瀬文からの返答はなかった。

2回目の絶叫に「当麻!!」と応えながらフェンスを越えてくるあのハゲダコの頼もしさたるや。



キーーーターーーーーーー!

そりゃ来るよね。来ないハズがないよね。

地球の裏側からでも宇宙からでも地底からでも、根性と気合で飛んでくるよね。

タコ公園の砂場から地上18階のそのまた上の電波塔までなんて、どーってことないよね。



当麻に残された唯一の希望。すなわち人類の希望。

そしてそこからの展開は思い出すだけで号泣なわけで。



で、予告で血まみれの瀬文が手を必死に伸ばしていたシーンは、映画本編を見てもその理由がわからなかったのですが、

ノベライズによれば撃ち殺された当麻が空高く浮遊していこうとするのを見つけ、それを掴もうとしていたから、だそう。

ただでさえせつなくて残酷なあのシーンが、それを知るともっとせつなくなってしまいます。

手、届かないものね。当麻は無間地獄を浮遊し続けるのみ。



明日、2回目を観に行く予定です。気づかず見過ごしたあんな場面やこんな場面、

ちゃんと発見できるかしらん。







2013年12月03日(火)  つながった手



「SPEC〜結〜爻ノ篇」のノベライズ読んで、パンフの写真を見て、せつなくなる、の、繰り返しですわ。

本日以降、SPEC〜結〜爻ノ篇について書くことはすべてネタバレです。

ネタバレに次ぐネタバレですので、まだ映画をご覧になってない(けどこれから観るかも、な)方は

回避してくださいませ。




牢獄のような場所にいる瀬文が、当麻の気配に気づいてその手を掴むラストシーン。

重過ぎる宿命を背負わされた当麻と瀬文に対する、唯一の救いが感じられる場面です。



瀬文があの牢獄に放り込まれてどのくらいたったのかもわからないけれど、


瀬文「当麻、来世で待ってろ」

当麻「うす」


という最後の会話から、ようやく巡り会えた瞬間であることは確か。

あの瞬間だけ当麻が実体化したのは、まさしく


「生と死を差別することに意味はない。他者が認じれば死者として生命を持ち、

他者が認じることがなければ、生者とて、死者の如し」(先人類の末裔・卑弥呼の言葉)


だからですね。




ふたりが手を握るシーンと言えば、

「翔」で、自分のSPECを封じるために左手の感覚をすべて失わせ、

瀬文に手を握られても「瀬文さんの手、熱くも冷たくもない」と涙した当麻に対し、

瀬文は「おまえの手は温かいよ」と言ったシーンが、一番最初の一番印象的な「手を握る」シーンでした。



でもこのときは、瀬文が当麻の手を一方的に押さえていただけ。

当麻の左手は何も感じることはできず、もちろん握ることもできなかった。




「漸ノ篇」では、暴走する自分の左手に怯えた当麻が、「自分がもし道を誤るようなことがあったら

撃ち殺してくれ」と瀬文に頼み、瀬文が「当たり前だ」と応じるシーンがあります。

そのときは手を握り合うのでなく、ひとつの銃の銃身を瀬文が、ホルダー部分を当麻が握っていて

手は触れ合っていないのです。にもかかわらず、ふたりがしっかり手を握り合っている、

全幅の信頼を置いて命を預けあっているということがひしひしと伝わってくる、

本当に美しいシーンになっていました。




漸と爻のパンフでは、当麻が左手を、瀬文が右手を、互いに繋ごうとしているかのように伸ばしています。(漸と爻の二冊を並べると)

ふたりとも目を閉じているのが、いろいろなことを暗示しているようにも思えてせつない。




で、爻の最後にあのシーンですよ!

当麻が大きく未来を変えた世界は、少しだけ時間が巻き戻り、その過去もちょっとだけ変わっています。

お馴染みの人たちが、見覚えのある場面に登場するけれど、ただ、当麻だけがいない。

当麻は最初から存在してない世界に変わってしまっています。




当然、自分を知る人も思い出す人もおらず、当麻は「魂」とも言えないほど、かすかな痕跡のような状態になって、

自分がいたはずの過去のあちらこちらを漂っている。

それを唯一見つけることができたのが瀬文。

そこで初めて、しっかりと腕を握り合うのですよね。一方通行じゃなく、銃ごしじゃなく、

手のひらだけじゃなく、お互いの腕をしっかりと。




初めて手と手がつながったのが、すでにこの世界にはいない当麻と、

その当麻を最後まで助け、世界が変わったすべてのいきさつを知っている唯一の生存者でありながら、

ただの連続警官殺しの犯人いう宿命を負わされた瀬文、というせつなさ。




牢獄の中でのこの再会もおそらく、一瞬のことなのだろうと思います。

当麻のその手の感触も、瀬文に向けられたやさしく晴れやかな笑顔も、瀬文は確かに実感できたのだろうけど、

だからといって牢獄の中で当麻が生き返ってきてくれたわけではなく、

瀬文もあのまま幽閉されつづけるのだろうと。




が、瀬文のもとにたどりつけた当麻の想い、当麻に気づいた瀬文の想い、

瀬文が気づいてくれたことによって目覚めることができた当麻の想いが、

どこか別次元の別バブルの中で、また二人の歴史を始めさせたかもしれない。

その歴史は今よりはきっと、ちょっとだけいいものかもしれない。

という想像も許されるようなラストシーンでした。




パンフで戸田ちゃんや加瀬氏がおっしゃっているように、このふたりの間には

「恋愛」はまったく感じませんが、とてつもない「愛」を感じますね。




とりあえず「手を握る」だけに着目した感想でした。

ほかにもいーーーっぱい書きたいことはあるのですが、それはまた後日。

とにかくいろいろな解釈ができそうな内容なので、現時点ではそう思っているけど、

2回目以降(もっと観るつもりだな)、解釈が180度変わったりもするかもですが。





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