- 2004年10月31日(日) 母のことを考えるとき、欠点ばかりを考えてしまう自分がいる。 例えば、母の単純さ。 あるいは、無神経さ。 でもそれは、母の母の単純さに通じるものであり、 振り返れば、私自身の単純さ、がさつさへと受け継がれたもの でもある。 自分を見ているようだから、私は母の欠点ばかりが目につくの だろうか。 母が、私に完璧なコドモを求めていたように 私も母に、完璧な母を求めてきた。 たちきりたい、と思うのだけれども。 /// 母は、手紙の最後に「母より」と記すことはない。 自分の名前を記す。フルネームで。 私の家に尋ねてくると、父はインターフォンで「お父さんだよ」と言うが 母は名字を名乗る。 父は私を「娘です」と紹介するが 母は「子どもです」と紹介する。 この差は重い。 概念を、その人の立ち位置を、内包している。 母の言葉は、私との距離を示している。 私が拒否するから母が拒否するのか。 その逆なのか。 それとも、また別の問題がからんでくるのか。 - - 2004年10月27日(水) どうしてこんなに、私は弱い人間なのだろうか。 私の先祖たちは、過酷な境遇を生き抜いてきたはずなのに。 何代にもわたって知恵と工夫と運の強さで 飢饉にも耐え、寒さにも耐え、強い者が生き残り、 そして私がいるはずなのに。 - - 2004年10月26日(火) 小さい頃から、母に「紺色が似合う」と言われ セーターもカーディガンもアノラックさえ、紺色のものを着せられていた。 アノラックは、男の子用だった。 傘だけは、黄色がいい、と黄色の傘を買ってもらっていたが、 よく目立つから、だったのかもしれない。 「赤もピンクも似合わない、フリルも似合わない」 と言われた私は、心の何処かでそれを 女の子らしい可愛さがないということ、と 受け止めていたような気がする。 だからなのか、 二十歳を過ぎてから、私は肩より髪を短くしたことがない。 - - 2004年10月21日(木) 私が小学校3年生の頃のことである。 祖母は昔風の人だったから、主婦はいつでも食卓にいてみんなに ご飯を食べさせるものという考えを持っていた。 一方、母は、自分が仕事をしていたこともあり、私と自分とで 先に朝ご飯を済ませると父の朝食を食卓に並べ、さっさと 自分の身支度にかかるような人だった。 母の考えでは、朝の忙しいときに、ゆっくりでかける父に合わせて はいられない、ということだったのかもしれない。 祖母に対するあてつけだったのかもしれない。 あるいは父に対してさほど愛情を持っていなかったのかもしれない。 その朝、父がまだ起きてこないのに食卓に並べられたご飯とみそ汁 を見て、祖母は烈火の如く怒った。 「食卓についてからおみそ汁を出すものだ」という祖母に 私は、内心では祖母が正しい、お父さんかわいそう、と思いながら 母の肩を持つような口答えをした。 そして間もなく、私のストレスは拒食という形になって現れた。 /// いま、ここまで記してふと思う。 私は、父に、私にもわかるような愛情を示さない母が嫌いだった のかもしれない。もっと父を大切にして欲しかったのかもしれない。 私が、いま*を過剰に甘やかすのは、 父が母から受け取るはずだった(と私が思っている) 愛情を*に注ぐことで、バランスをとっているのかもしれない。 - - 2004年10月20日(水) 昨日は、静かな一日だった。 *が出かけたあと、洗濯をし、さっぱりと掃除をした居間(!)に 洗い立てのシーツをかけた真新しい布団を敷いて おもうさま昼寝をした。 +++ 今日も晴れ。予報では、午後から曇。 朝のうちから布団を干し、押し入れのなかのものを全部出して整理した。 風を入れ虫干し。 曾祖母がお嫁入りに持ってきた桐の箪笥の中も、整理した。 曾祖父母から受け継いだもの。 祖父母から受け継いだもの。 そして、やがて両親から受け継ぐもの。 様々のものが、私の身をとりまいている。 しかし、私には受け渡す相手はいない。 子どももいない。姉弟もいない。 当然、血の繋がった甥・姪もいない。 自由でさっぱりしていていい、という気持ちでいられるときと、 4代にわたって暮らしてきた土地や 他人にはがらくたにしか見えない愛着のある品物や そしてまた、曾祖父母の代からの目には見えないさまざまな思いを この私が断ち切るということについて、申し訳なさを感じるときとがある。 知らない誰かの手によって荒々しく捨てられるくらいなら、自分の手で捨て ようと今日は、まず私が七五三に身に付けた振り袖を捨てた。 - - 2004年10月13日(水) 私がいつまで経っても大人になりきれない部分を (たぶん)人より多く抱えているのは、 そういう性質のためなのか、それとも環境によるものなのか、と めずらしく繰り返し考えてしまった。 今日はそんな日だった。 考えて、答えの出ることではないのだけれども。 最近の私は、特に子どもっぽい。 どうしたものか。 - - 2004年10月12日(火) 母親との距離感がつかめない。 母親からメールが来ると、びくっとする。 暖かな、優しい言葉を返信することができない。 私は、いつまで母親を拒否し続けるのだろう。 - - 2004年10月05日(火) 午後から、*と駅前のデパートに行ってきた。 2時間ほど買い物をして外に出ると、舗道がぬれていた。 知らない間に雨が降っていたのだった。 二人でいろんなことを話しながら、30分ほど歩いた。 久しぶりにヒールを履いたら、*の肩がいつもより近かった。 -
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