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木津未来会議の日記
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2006年01月28日(土) 兜台を回って

土曜日の昼下がり。ゆったりとした時間が流れている家庭も多い中、8人のメンバーで兜台3,4丁目を中心に署名活動しました。

女性7人に男性1人。そろってのお宅訪問は、初めての体験です。

大きなマイク片手に歩いて。でもでも一軒、一軒尋ねてお話させていただき、マイクの必要はなかったです。

署名を待ってくださっていた方、もう済ませましたといわれた方、家族で相談してから考えますと言われる方。様々です。

ついつい7丁目にも足を伸ばして、暗くなったから、帰ろう。ではまた。


2006年01月26日(木) 朝から最高!

高の原小の朝学習に行ってきました。「読み聞かせ」
と言っても、読んであげますみたいな感じは嫌だから。

ホント!私が楽しみにしています。

今日は、5年生。自分の子どもの頃を思い浮かべながら、仲間の知恵かりて本の選定。よし今回は、読み物で。15分はかかるけど。

ガラガラ〜。おはなしエプロン隊ですから普段めったにしないエプロンをつけてと。

「クラマ博士のなぜ」の中から。

読み終わり「では、また。」

ドアを閉める向こうで、子どもの「面白かった〜」が聞こえた時、「やった〜。今日は朝から縁起がいい」


2006年01月22日(日) 街頭です。

近商2階フロアの最終日にあわせて、4時から1時間半ほど。高の原近商前で街頭活動と署名活動をしました。
画板を首から下げて朱肉を持ってと、私を含め仲間たち4人で。住民投票を実現したいとの思い、本気で訴えました。寒い中、買い物の行き帰りに立ち止まって話を聞いていただき、署名にご協力していただいた皆様に感謝です。


「印鑑持ってないから、帰ってから家に来てください。」と言われる方。「奈良市なんだけれど、署名できますか?」

「う〜ん。僕は、どちらがいいか分からないからなあ〜。」などなど。

直接声を聞かせていただき、ありがとうございます。

夕飯の支度前の、忙しい時間、仕事の合間を縫っての街頭署名。お疲れさまでした!


2006年01月18日(水) 署名は順調?

自宅開放の日でした!
署名の話しに、今週末をどうするかの話し。

「結構、新聞にも取り上げられたし、兜台では、待ってましたという感じよ。」

 「2冊目ほしいな」

「断られる場合もあるよ。反対の運動でしょうって?」

 「違う、違う。これは、住民の意思を聞いてほしいって言ってるのよ。」

「日曜日、街頭で署名しようか。」
などなど手も口も動きます。お菓子にも手が伸びて・・。

個人の緩やかな繋がり「みんなで住民投票を実現する会」

木津未来会議は、署名は一緒に集めていますが、独自の街頭も行っていきます。


2006年01月17日(火) この日

11年経ったのですね。

息子は19歳ですから。あなたの娘さんも19歳になっているはずでしたね。桂子先生。

あなたが亡くなってから届いた年賀状。私の36歳の誕生日に。もう11年もたってしまったのですね。いつまでも泣き続けていた私に、当時小2の長男が、ハンバーグ作ってくれたっけ。

今も片時も離すことなく、あなたの3人の子どもさんの写った年賀状持ち歩いています。

コロコロと笑い転げていた高校生の頃の私たちを思い浮かべながら。


2006年01月16日(月) 集会の感想

録音うまくいかずでした。

残念!ピアノ演奏に始まり、寸劇仕立ての主張、知事メッセージを流しての講演要請した理由、そして質疑応答と。

150人弱の参加者がありました。集会の途中にも行きたいのですがとの電話もあったり。

住民が主人公の町への一歩にと純粋に願う個人の思いが広がってほしい。利権や誰かの野心などと関係のない、住民の意思が尊重される町になってほしいと思う人たちの声を裏切らないよう、常に確認し続けます。


2006年01月15日(日) わたしたちの方法で

さあ、何人の方が来てくれるのでしょうとの思いはあるものの、会場設営、マイクのテスト、ビデオの準備、ピアノの調整と続きます。

続いて、木津未来会議のメンバーによる寸劇の練習。知事中止により原稿も最後の調整が終わったばかり。

〜合併についての住民の声より〜

A.「ねえねえ今年の3月に3町合併決まりそうよ。」

B.「えー。そんなんいつ決まったん?私知らんわー。
住民投票やるって言ってたやん。」

A.「それがね。住民投票するには住民に情報が行き渡っていないって町長が言うはんねん。だからまだ住民投票できへんねんて。」

B「え〜なんで〜。3月に決まるっていってもう1月やんか。いったいいつになったら情報が行きわたんの〜?住民投票やるって決めてから〜情報をくれたらいいやんか〜。町長がやるって言ったら住民投票はできるんでしょう。他の市町村でも住民投票やってるやん。なんでうっとこだけできへんの〜?」

・・・・・・・・

・・・・・


「言いたいところは、前向いてしっかり伝えたほうがいいと思うよ。」
「住民・住民って言葉多すぎるみたい。」
「だからで、切ったら。」
「議会は、12対6って意味が分からないんと違う?」
  など。
さて、初のコンビです。  期待してるでぇ〜。






2006年01月14日(土) ビデオレター

知事からのビデオが届きました。「5分ほどです」と言われていたのに、なんと25分にも及ぶメッセージです。

「木津町の皆様、申し訳ありません。」との第一声から始まるビデオでした。

集会最初の冒頭に流そうかと思っていましたが、なんのなんの。当初の計画通り2部として十分上映できるものです。

長野県は、47都道府県で唯一、借金を減らし続けている県であること、地元密着の公共事業への転換のこと、栄村の小さくても特色ある下駄履きヘルパーの話、国の補助金に頼る公共事業への疑問と実態、そして何より国が進める市町村合併自体への疑問の数々。

わが町の未来にとって今何が必要か、ヒントをいただいきました。

明日、皆様にご覧いただきます。


2006年01月13日(金) 急遽の対応

昨晩遅くまで、知事講演会中止のお知らせ原案を作成。

知事への講演要請は、当初、木津未来会議くれはが無党派・市民派の立場で仲間と一緒に要請してきました。
半ばあきらめかけていた暮れも暮れ、12月26日急遽日程調整ができての知事講演会実現。しかし、12月17日に立ち上がっていた「みんなで住民投票を実現する会」2部として講演会を実施することに。

しかし、そこは当然、依頼の趣旨とかけ離れない立場で、党や組織を利用しない住民投票を実現したいと願う個人の集まりとしての会が大前提です。

幾度にも及ぶ確認を経て、ようやく知事講演会実施となるはずでしたが。

でも、住民の方への中止の案内・せっかく取り上げてくれていた新聞各社にも講演会中止の連絡は急がねば。


2006年01月12日(木) 急な連絡です!

15日の集会のチラシやビラを仲間と一緒に配っていたその最中でした。

突然の電話でした。
「くれはさん、申し訳ない!知事からお伝えしてということで。長野県の防災会議での決定で、今週末、雪崩等の危険が大きいため、知事は長野県を離れられなくなりました。」と。

「エッー!ニュースで流れていますから、大変なことは分かっていましたが。確定ですか?」

「ビデオでのメッセージは、お送りできますが。」

「そうですか。早急に仲間たちと相談し、また連絡させていただきます。」

残念ですが、長野県民の安全を守るために、仕方ないことです。この後の対応をきちんとしなければ。まず、隣に同乗していたSさん、Yさんとの相談から。


木津未来会議