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木津未来会議の日記
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2004年10月28日(木) エスタ秋祭り

に出店します。おおきなかぶのメンバーで。おおきなかぶってな〜んだと思われる方もいますよね。
かぶを育てているメンバー?  いえいえ。
株で一儲けしようと思ってる方々? はずれ。
歌舞音曲に目覚めているメンバー?  NO。

ロシア民話の絵本おおきなかぶより命名しました。
子どもたちの居場所になればいいな、大人も一緒に楽しめたらもっといいなと入園前の子どもたち集めて本を読んだり、体動かしたりしているグループです。1年を迎え、記念のイベントをということで今回エスタさんで行われるこれも初めての秋祭りに出店することにしたのです。

家庭で使わなくなった、学用品、おもちゃ、子ども服、制服などなどを再利用してもらおう。
相楽パン喫茶ファンの私たちとしては、宣伝も兼ねて、パンやクッキーを売ってみよう。
遊びのコーナー作って楽しんじゃお。  などなど。
アイデアを出し合いながらワイワイがやがや進めてます。

あなたものぞいてみてください。
11月6日  午前10時よりエスタ集会所前にて。
楽しい仲間が笑顔で迎えてくれま〜す。


2004年10月27日(水) 請願の結果です

「不祥事根絶のための制度改革と、町長の給与支給停止を求める請願」の審査結果が出ました。わずか3時間ほどで集められた42名の方の思いを、趣旨採択という形にはなりましたが、無事届けることができました。

請願とは、憲法に認められた権利であり、議員の賛意を示す意味において、紹介という形で議会へと提出できます。そして受理された請願は、委員会において慎重に審議され、本会議でその報告をもとに最終的に結論(採択・不採択)が出されるのです。つまり、請願に対して議会の意思が結論なのです。

今回、委員会で趣旨採択すべきものという意見がついて報告されました。私は、趣旨採択には賛成しかねたので、委員長に質疑をしました。(全部採択すべきものと思っていますから)

なぜなら、趣旨採択は、請願の趣旨を採択するという便宜的なものであります。本来法律上は「採択」か、「不採択」しかありえないからです。木津町会議規則94条にも、「採択すべきもの」か「不採択すべきもの」のどちらかと規定されているのです。また、請願の項目が複数の場合については、内容が採択できるものについては、その項目をとりあげて、一部採択として採決することができる(運基128)ともされています。

趣旨採択というようなあいまいな方式のものではなく、今後は、一部採択という方式も取り入れ審議していただきたいと要望した上で、趣旨採択に賛成しました。


2004年10月26日(火) 冷たい雨に、心配です。

台風、地震、相次ぐ自然の驚異を前に人は力を落とす。
そして、力を合わす。

舞鶴のバスの上での、37人。命を繋いだ5メートルの竹棒。暗闇の8時間を乗り切った人たちの勇気に脱帽です。

私は、あの阪神大震災でかけがえのない友人を失いました。中学、高校をともに過ごした友人です。3月のお彼岸には、阪神電車を乗り継いで、マンションの前に立たずんでました。ぺしゃんこになった洗濯機とさっきまではいていたかのようにきれいに揃えられた幼い男の子のズック靴。今もあの光景は忘れられません。被災された方々の避難所での生活と一緒に目に浮かんできます。

歳月が流れ、日常の生活に追われています。

しかし、いつ何時起こるかもしれない出来事を前に、市民としてできること、行政がやらなければならないこと考えさせられます。
防災無線、備蓄、ボランティア、指令、安否確認の手段、支援要請、非難所、お年寄り、一人暮らし、赤ちゃん、紙おむつ、食料、病気、後片付け
、、、。
ニュースを見るたび、新潟に飛んで行かない、舞鶴に駆けつけない私は、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいます。   ごめんなさい。



2004年10月23日(土) 黒枝豆

の収穫に連れて行ってもらいまいた。お隣の精華町でされている畑のオーナー制度で自分の株の豆を収穫するのだそうです。

虫に食われ、まだらになった葉、枝の下に鈴なりとはいかないまでもぷっくりとした実が目にはいりました。
聞くところによると、スイカのオーナー制度もあったらしい。一株いくらと株ごと買い取り、その実を収穫するというものです。

自分の株の収穫を楽しむことができる。自然相手の厳しさも実感できる。スーパーに売られているように実がきれいにそろっていないけど、土の香りそのまま自宅につれて帰れる。

「枝のままおいて置くと日持ちするらしいよ。」と友人。
「えっ、一個しかついてなくても枝ももってかえるん。」と私。

昔幼いころ、畑のくわうち、田植え、そして肥え運びの手伝いもしたことのある私としては、久しぶりに土に触れることができ、気持ちよかったです。

アカマンマ(いぬたで)をつんで帰りました。枝豆ご馳走様。


2004年10月20日(水) 合併に向けての意見交換

全員協議会ってご存知ですか?
法的根拠をもたない会議で、議長の招集により開かれる会議のことです。
昨年6月より、合併に対する研究会をこの全員協議会で行っています。会議規則に縛られる本会議に比べ、おたがい忌憚のない意見を発表する場と言うことで、非公開が原則です。議決をとったり、一定の方向を出していくような会議ではありません。

今回は、まず、町長が合併に対する思いを述べられ、その後議員から自由にそれぞれ意見交換をするという形で進められました。
台風接近間近で、大雨、洪水、暴風警報もでており、1時間の予定で進められました。

まず、町長。
以前申し入れのあったところから相手の意思の確認を含め、協議再開を申し入れたいと言われました。
特例債目当てではないけれど、目標は17年3月。そしてできることなら最小の形で特例債も活用できればと言うような思いを聞かせてもらいました。

議員からいろいろな意見が出ます。
「合併は賛成であるが、木津の発言権をもっと意識してリーダーシップを発揮すべし。」
「この3つの枠組以外の枠での考えはあるのか?」
「3町が不可能の場合2町でという考えはあるか?」
「特例債の上限は、3町合併の場合、212億とも言われているが、国の財政難からみても本当に、その額が保障されると思われるのか?」
など、など。

町長の話を聞いていても、住民の意思を確認する姿勢が全く見えてきません。

私は、特例債に対する不信感と、今後の情報提供を会派代表会議での公開でなく、今回のように全員協議会を開催して報告してほしいということ、そして何より住民の意見を収集、確認の上での決定をお願いしました。


2004年10月19日(火) 法律遵守

でいきたいものです。もちろん議員である私も、議会も。
昨日、議会運営委員会が開催されました。議会終了後。

もちろん私は委員ではないので、傍聴しますと委員長に申し入れました。
すると、そこで、
「傍聴許すことはできません。」と言われたのです。

「なぜですか?議会公開の原則に反します。」

「委員外発言をするような方は、許せません。」

「えっ。」びっくりしました。

確か、委員会条例に「委員会は傍聴は議員ほか委員長の許可を得たものが傍聴することができる」とあったはず。
委員外発言についても委員長が認めた場合には、発言を許可できるともあるのです。

幾度も「納得いきません」と委員会室で求めるも委員長は認めず。他の委員、町長、行政職員も着席しているのに、私は仁王立ち。
「それでは、市町村議長会へ連絡させていただきます。」と事務局からすぐ電話しました。議会の運営についてお尋ねしたいと。

その後、議員に対しては、どの委員会においても出席を断ることはできないと、法令違反であると確認でき、無事途中から傍聴がかないました。

「すみませんでした。そのような決まりがあると知りませんでした」と言われましたが、法令遵守に努めていただかなくては、職員に対して法令を守るよう要求しても説得力ありません。議員も特別職の公務員ですから。


2004年10月18日(月) 一般質問の報告

議員となって、6回目の一般質問。
友人から貰った水色のスーツに身をつつみ、いつものことながら、直前まで四苦八苦しながらつくった原稿を抱えて臨みます。
今回は、新町長に問う3問。
1 性急な合併に対して、住民への説明は?今後の進め方は?
2 信頼回復に向けての取り組みは?
3 子育てNO1のまちとは?

木津の議会の、申し合わせ知ってますか?会派の代表がする代表質問は、町長が答弁されますが、一般質問の場合は、部長級が答弁するというものです。
しかし、執行機関の責任者として、町長がまずもって答弁すべきであり、近隣の加茂などは、いろいろ工夫されてます。
今回は、特に町長の公約について聞かせて頂くので、事前の聞き取りの際にも重ねて町長に応えていただきたいと口頭で申し入れておきました。
(〜以前の質問では、他の議員さんが町長を指名されても他の方が応えられる場面がありましたから。〜)
そのかいあってか、河井町長の姿勢か、自ら応えられました。3問目についても、部長答弁のあと、答弁を重ねられ、真摯な姿勢が見えました。

さて、内容ですが、私の追求の仕方にまだまだ反省点があります。傍聴に来てくれた仲間たちから、「もう少し迫力があったほうがいい」「再再質問いい事言ってるのにあともう一息ツメが足りない」と厳しいけど優しい指摘を受け、さてまた明日から踏ん張るぞ〜の気持ちがわいてきます。
たくさんの傍聴ありがとう。詳細は通信でしますね。


2004年10月14日(木) リニューアルオープン

といってもお店のことではありません。
このHPです。もちろんこの日記をお読みになっているあなたならもうお気づきでしょうけど。

夏より、月に2回の講習を受けつつ改装を進めてきました。3人寄れば〜の言葉どおり、3ヶ月かかってようやくここまでこぎつけました。
以前のHPは、友人の夫さんに気軽にお願いしてましたので、ご苦労を全くわかっていませんでした。改めてお世話になりました。

しかし、それにしてもPCの言葉ってホントわかりにくいと思いませんか?といって、日本語にしたらわかるってわけでもないか。
(そういえば、リンクをはって、さあアップ。したのはいいけど、階層が違うという理由で見えなかったっけ。未だそのイメージがわかってないし。)

以前田舎の母が「ウイルスにかかるといけんから、マスクしてパソコンの前に座っているんだ。」と言ってたことが笑えないくらい、ほんと何度聞いても次の講習の時には、まっさらの頭だった私でした。

とにもかくにも、改装記念日と優しく根気よく教えてくれたTさんに乾杯!


2004年10月11日(月) 町民運動会

秋晴れの3連休最後の日、木津2中での町民運動会がありました。30回目だそうです。ということは、私が、中学3年くらいから始まったんだと考えながら、開会式を聞いてました。

さて、大会名誉会長としての挨拶。「河井町長」と指名されて。真っ白なブレザーが素敵です。
あれっ?なんかおかしいな?と感じたのは私だけでしょうか?
「このたびの選挙で町長になりました河井です。みなさまのご支援ありがとうございます。今後はより一層町政の推進に努めたいと思います。」から始まる挨拶でした。当選のお礼に聞こえたのは私だけ?
続く議長の挨拶も「河井町長ともに、今後とも両輪となって課題解決に全力を挙げてのぞみます」が挨拶の冒頭に。はたまた、伝宝府会議員も「河井町長を応援させていただきました〜と。」

ここは町民運動会。その挨拶として、後援している側や来賓の挨拶としては運動会にふさわしくないものを感じました。
そういえば、先に男女共同フォーラムでの町長の挨拶も冒頭に選挙へのご支援を頂きと挨拶されていたし。公選法のあいさつ行為の制限ご存知のはずですよね。


2004年10月08日(金) 大義なき戦争への加担

とうとう報告されました。戦争前のイラクには、大量破壊兵器はなかったとの米政府の調査団による報告です。
あの3月20の時点でイラク侵攻に踏み切った最も重要な根拠が間違いであったのです。

フセイン政権を倒さなければ、今見つからなくても、いつ何時大量破壊兵器の開発に手を染めるかわからないからという理由もあげられてました。
北朝鮮による脅威がある以上、アメリカに協力すべきだというようなことも日本では言われてました。
そして、イラクに大量破壊兵器があるという差し迫った理由での攻撃だったのです。

しかし、今回の報告により、戦争の正当性は全否定されました。

華氏911で見たシーンが思いだされます。生活するため、学費を稼ぐために、兵士として志願する若者たち。戦争突入を決めた議員へ兵役加入の案内を渡すムーア監督をよけるように通り過ぎる議員たち。そして、最愛の息子を失い、減額して支給された手当てを受け取り、やり場のない怒りをぶつける母の姿。

日本は、終戦後初めて外国へ自衛隊を送りました。人道支援のためとして。もちろん大義なき戦いに傷つき、負傷したたくさんの人びとを救いにですが。
政治の役目を改めて考えます。武力による何も生まない解決ではなく、対話による解決を目指したい。


2004年10月07日(木) 朝の楽しみ&

高の原小学校に行ってきました。昨年まで末娘が通っていた学校です。子どもが卒業したあとも続けて、ボランティアに登録させてもらってます。地域へも広がっている高の原小の取り組みです。
朝学習の時間を利用しての読み聞きかせです。

我が家の子どもたち3人次々とが登校したあと、台所の片付けも洗濯もそこそこに、いえほったらかしにして、今日の本2冊とエプロン片手にいちもくさん。8時半より15分間の時間を楽しみに急ぎます。
今日のクラスは3年生。Nさんと一緒です。キンコンカンコン♪の合図とともに、子どもたちの元気な声。
「おはようございます。」「さあ,今日の本は。」と始まります。
子どもたちの反応が楽しみ。その場の状況によって反応が変わり、なんともこちらが試されているようで、何がおきるかわからない、これまた楽しい。

そんな時間が好きで、皆さんの協力の元、続けさせてもらってます。

「生き生き日本語聞いてえな」「しゅくだい」の2冊を心行くまで楽しませてもらって、さあ、今日もこのまま役場へ直行。


2004年10月06日(水) 清掃センター特別委員会傍聴

特別委員会とは、臨時特定の事件について設置される委員会のことで、議会の議決により設置されるとなってます。
木津町議会には、清掃センターと、庁舎特別委員会、予算・決算特別委員会があります。

今日は、清掃センター特別委員会が開かれました。傍聴議員は、森本氏と私です。住民の方も3名来られてました。

河井町長が出席され、清掃センター建設に対する思いを述べられました。「今までの計画、検討を踏まえ、現在の候補地への地元理解に誠心誠意取り組みたい。一日でも早い建設に向け努力する。」といわれてました。

その後委員から、公約に掲げられた町村合併と清掃センター建設のかかわりについての確認などいろいろな方面より町長に質問がされました。

町長いわく、
「あくまでも合併は、相手があることなので、現在のところ全く白紙状態であり、センター建設と切り離して考える。そして合併の議論が進んでいったその後は、規模などのことについて考えていかなければならないと思う。」

センターの委員として、所属されていた町長です。視察も重ねられたことでしょう。木津町にとっての喫緊の課題としてとらえられている清掃センター建設ですが、私は、とにかくごみの減量化に向けての取り組みが最優先であると考えます。
全国的に見ても、最終処分場は不足が明らか、一度埋めたごみを再度掘り起こして処理した上、埋めなおすという苦肉の策をとろうとしているのです。木津町は大阪湾のフェニックスに埋め立て処分場を確保しているとはいえ、使用すればなくなることは明らかです。
徳島県上勝町は、人口が少ない山間の町ですが、34種類のごみの分別に住民が協力し、焼却場を持たないつくらない町としてごみ激減の先陣をきっています。

地球規模で考えたとき、温暖化や一番最初に沈む町ツバルの問題などを考えたとき、清掃センターのとるべき方向がおのずと決まってくると思います。


2004年10月04日(月) 請願のその後

本日の総務委員会で請願について審議されました。じっくり審議したいからという理由で定例会での審議となった先の請願です。

「請願とは、町民の要望や意見を国、地方公共団体に伝える方法の一つとして、憲法で規定されている権利です。一定の要件を満たした請願書が提出されると、議長はこれを受理して、直近の本会議において所管の委員会に付託します。付託された委員会では、必要に応じて執行機関および参考人からの意見を聞くなど、慎重に審査されるものです。」

さて、どのように取り扱われるか期待しました。
しかし、趣旨はわかるが、行政は取り組んでいるのだから必要ないという委員、今後の代表質問、一般質問での答弁なども参考にしてその後改めて審査してはと言う委員、趣旨はわかるが、もっと効果のある他の方法があると思うのでそちらでと言う委員。3人の方が一回ずつ意見を言われただけでした。

結果、委員長が局長の指示を受けながら、「今後の様子を見て改めて審査するでいいか」との問いに「異議なし」と応える方もいて、結局閉会。
次回いつ審査されるのか伝えられないまま終わりました。

その後議長に「今期議会中に委員会開催され、継続審議されるのでしょうね。」と確認しておきました。

不祥事続きで投票率も過去最低。住民は嫌気がさしています。請願まで出して署名もされ思いを届けているのに、しっかりと審査してもらわないと困ります。


2004年10月03日(日) 阿弥陀堂だより

男女共同参画社会ー男性も女性もこの世の中を構成する一人一人が個性と能力を充分に発揮することができる男女共同参画社会=の実現を目指すためのフォーラムに行ってきました。いずみホールで、映画の上映もありました。(映画の選定もなかなか難しいようです。)

最初にフォーラム。パネリストは、住民代表として議会から2名、学校代表として校長会会長、公募で選ばれた懇話会委員の女性。そしてコーディネート役は懇話会会長。まず、パネリストから、それぞれのポストから見た男女共同参画の実情や問題点を5分間持ち時間でのべられました。司会役の有賀氏がコメントを交え、最後は参加者からの意見コーナーでした。

事前打ち合わせも何度かされたのでしょうが、個人の持ち時間内での報告に問題が整理されていない状況が感じられました。
参加者の意見を受けて、「こういう機会をとらえて会話をしていくこと、そのことが形だけではない男女共同参画社会の実現に向け、浸透の機会にもなるのでは。」と有賀氏は結ばれました。

パネラーの人選は誰が、どう依頼されたのでしょう?いつもどこかの団体の代表がされています。そんなことから考えてみる必要もあるのではと感じました。

映画はとっても素敵でした。大好きな寺尾聡(ルビーの指輪がよかったし、お父さんが素敵でした。)に透明感のある樋口さん。
うめおばあさんに亡くなった私の祖母が重なります。そしてなんていっても自然そのものの素人の方々。風景に溶け込んでみえました。


家に帰ると、夫のイタリアン手料理がでむかえてくれてました。
おいしかったです。


2004年10月02日(土) 家の中のいいにおい

夕方というか夕飯の時間をとっくに過ぎて、自宅のマンションのドアを開けたその瞬間、なんか大根のたいたんの匂いが。
誰がいつ?娘に聞くや、「さっきOさんが持ってきてくれたよ。母さんおそい。」「ゴメン。ゴメン。まあいろいろあってな。」と私。

早速、大根の炊いたんに焼きなす、大根葉とじゃこの炒め煮に私が買ってきて並べたお刺身。わずか5分で晩御飯にありつけるなんてOさん感謝!

いつも助けてもらう存在です。時には、いえごくまれに私もおかず作って持っていくことあるんだけどね。

故郷の両親と離れ、この地に住まいを構えた身です。隣人の優しさや助け合いがほんとにありがたく、支えあい、楽しんでます。

また、時間ができたらお風呂でもいこね。


木津未来会議