ふつうのおんな

2005年10月26日(水) オット退院しました

まだちょこっと通院して検査がありますが。

オットはいま自営業のほかに別の仕事を本格的にはじめようとしているのですが いずれそっちの手伝いをして欲しい ということをちみっと言われました。
オット自身自分の精神的安定を蝕んでいるのが自営業のほうのストレスだとわかっているのでしょうし。

もちろん 私が今の仕事(システム開発・企業常駐タイプ)から足を洗ったらと言うことですが。
私は企業の社員じゃないのでずーっと変わらず続けられる仕事ではないです。
出産をあきらめない限りはね。

今いる職場は来年から企業形態が大きく変わって新会社になるので 新会社になってから2年目くらいには契約継続があやぶまれます。
軌道に乗っちゃったら古巣から支えてきた人間なんて いらなくなるでしょ。
新しい人たちと新しい仕事をしたいって感じのポリシーが透けて見えてるし 今の時点で。

要するにまあこの先の人生を考えるひとつのきっかけになったわけです。
私にとっても。

まず心と体の健康ありき。

なーんつって、終電逃しても午前1時過ぎまで仕事したり土日も出たりして今月の勤務時間が250時間を越えるような人間がなにゆってんだかって感じですが。

ともかくひとまずはオットは復活です。

chick me

2005年10月24日(月) いたーい

オットはそろそろ退院できそうです。
問題だったCPKの値も平常値に戻りました。が、なんか別のところが調子悪いらしいのでついでに診てもらいます。

それはそうと

私の歯。
先々々週くらいに右下の歯が一部かけて、どうやら虫歯になっているようです。
痛くはないんだけどね。
でもいま仕事で土日も出てるぐらいだから時間取れなくてちょっと行きそびれてたんですが右をかばって左でばかり噛んでたら左下の奥の歯が痛くなってきました。
痛くて麺とかも噛めないし何も食べてなくてもじんわりうずく感じ。
しょうがないので今度の土曜日に時間とって歯医者行ってきます。

妹に症状を伝えたら(診てくれるのは妹の夫)
「疲れて歯茎が炎症おこしてるのかもね。痛み止めと抗生物質は飲んでていいよ。」
とのこと。

飲むゼリーは大丈夫だから 当分これとヨーグルトの食生活??
年寄りみたいでやだな

chick me

2005年10月22日(土) 高慢で傲慢な

実は昨日の日記を書いた数時間後 研修医が失言してくれちゃいまして オットの逆鱗スポットに命中。
「退院したい」
とメールがきたので事情を聞いて私も怒り心頭。

会社には14時前に出勤したというのに 18時前には出て病院へ。

ああいってやろう
こういってやろう
とシュミレーションしていたら私の父から着信。

「病室についたんだけど何号室だっけ?」
えー!?

父の前で医者たちとバトルを繰り広げるわけにはいかない。
けど父がいるときに病室に医者が来ちゃったらどうしよう。
ものすごくドキドキしてたら なんとか父のいる間は来ず。

ほっとして病院外の喫煙場所で父のタクシーを待っていたらナースが
「先生がお話できるそうです」
って呼びにきやがった。
あっぶない 間一髪。

父は「病状説明だったら俺も聞きたかったな。タクシー呼ばなきゃよかった。」って。

しかしこのタイミングって今までの父にはなかったものなんだよね。
まさに母のタイミング。
トラブルを無意識に察知して大事になる前にきっちり関わる人だったから。

父が帰った後「お母さんが乗り移ったようだ」と話してました。

ともかくその後数十分は担当医と担当ナースとで話をし こちらの怒りはいちゃもんじゃないってことを解ってもらった。
つか、私がぶちきれました。

母の入院のとき掃除婦が母にものすごい冷たいことを言って母を傷つけられたことがあります。
前に書いたと思うけど。
そのときの母の気持ち姿を思い浮かべるだけで今も悔しくて悔しくて涙があふれてくる。
普段の母なら言い返す人だったけど 悲しみが先に立って言い返す気力もなくしょんぼりしてたら小耳にはさんだナースが事務長と婦長に進言してくれて 向こうからあやまりにきてくれたらしいけど。
でも母についた傷は 絶対に許せない。
その場にいたかった。
そして母がついた傷を忘れるくらい私が暴れて打ち消してやりたかった。
おおきな病気をわずらっている人というのはメンタルの浮き沈みが激しい。
人の言葉ひとつでもガックリきやすいのだ。

だから、私は今回は100%オットの側に立ってオットを守ろうって思った。
その思いもぶつけた。

医者もナースも「そんな大騒ぎしなくても とにかく体を先に治そうよ」の態度だったけど 私が吼えるのを黙って聞いてきた。
聞いているときの目つきは 私には 一応は真摯に受け止めているように見えた。

そのあと当の研修医がやってきた。
まだ1年目だというから ストレートできたとして25,6。
あからさまに若い「小僧」って感じ。

担当医が「両方から話を聞いて おまえの発言の意味も斉藤さんや奥様がお怒りな理由もわかった。おまえは謝罪させてもらいなさい。」と言った。
彼は「このたびは大変申し訳ありませんでした。深く反省しております。」と真っ赤な顔をして頭を下げた。
その後の動作を見て私は思わず「そんなことはしなくていい!」って叫んだ。
彼はベッドのオットに向かって土下座をしたのだ。

「立って下さい」

彼に私のほうを見るように「あのね」と呼びかけて、彼の目を見ながら話した。

「そんな、土下座なんてするもんじゃない。そんなことをして欲しくて怒っているわけじゃないんです。
あなただって親御さんの期待を背負って医者になったばかりでしょう?
だったら 自分たちが関わるのはただの体じゃなくて 心を持った体なんだってことを解って欲しいだけです
患者や患者の家族が抱えている思いをわかる、そういう医者になってください。」

小さい小さい声で「はい」と言った。

部屋を出て行くとき担当医が彼の頭をゲンコツでゴンと殴っていたと オットが後で言っていた。

医者に囲まれて育った私が言うのもなんだけど、医者ってね ほんっとにプライド高いの。
ココロとかそんな感情論は排除しがちで 自分たちのやるべきことは 命の救済 そのためには患者の動揺とか二の次。
そうじゃない医者もたくさんいる。
私の父がそうだ。
そんなだから父は大学病院で出世できなくて 優しすぎて野心がなくて少し弱い人だ。
だからこそ私も妹も医者としての父を尊敬しているんだけどね・・・。

医者には 特に研究で功績をあげたり 開業して大きな病院を切り盛りしたりするタイプの医者には『命を扱う医者が一番。中でも外科は花形』だって想いがある。
これはね 医者自らが否定しても ダメ。
あるんだもん。

そういうタイプの叔父たちも70に手が届く今だからこそ自分たちの言動の冷たさを振り返って 母の葬儀のとき後悔して泣いて私に謝ったのだが 遅い。

若くてまだ情熱のあるいまだからこそ 今回のことを身にしみさせて欲しい。

と、思う。

とりあえずオットは夕べは連れて帰って 今日の18時までに病院に戻ることになっている。

さっきオットからきたメール「病院に戻ると思うだけで吐き気がする」。

いいよ 無理しなくて。耐えられそうになかったら今日も戻っておいで。

chick me

2005年10月21日(金) 再び病院

水曜の夜 オットが胸が苦しくてどうしようもなくなり病院に行って検査したところ即入院。

血中のCPK(クレアチニンフォスフォキナーゼ)の値が通常の10倍以上、2月に検査した結果と比べると30倍以上になっていたそうです。
これは心筋梗塞を起こしたあとにあがりやすい数値らしく 心臓の検査をしたところ特に問題は見つからず。

何もなければ木曜に退院でしたが 結局来週まで出られなさそうです。

今日は午前中に胸部エコーで、午後から腹部エコー。
自分の心臓の弁が動くのが怖かったといっていました。

エコーのため飲食が禁止らしく可哀想だったのですが、ふとしたはずみでお茶をごくん。
「こらあああ!!」
こっぴどく怒ったら「おまえも敵に回った」といわれました。

そう。
原因不明の状態なので 病院側の指導は
「とにかく動くな」
「歩き回るな」
「ナースの目の届かないところに行くな」
とこれまで経験したことのない行動の制限。

あまりにしょんぼりしてて 可哀想だけど でも ここで原因不明のまま数値がよくなっちゃったらまた何が起因で同じことになるかわからないのでじっとしててもらいます。

そろそろエコー終わってると思うんだけどな。
大丈夫かな。

chick me

2005年10月19日(水) 失う悲しみ

この日記で書いているとおり 私は母を6月に亡くしました。
まだ 涙は枯れません。

私がよく行くサイトのお姉さんもご尊父を亡くされ その悲しみをこう表現されていました。

美しいものを見たり楽しい出来事に出会うと
この喜びを分かち合いたかったという無念の涙が止まらない

本当に そうですね。

先週 仕事関連の方のご子息が授業中に事故で亡くなられました。高校生です。
私はそれほど親しい関係になかったのですが どうしてもメールを書かざるを得ませんでした。
今日その方から返信をいただきました。
「つらい気持ちを分かち合っていただける方へ
今の気持ちをぶつけることができて、ちょと気持ちがらくになりました。」
と言って下さいましたが それはそう言って下さっているだけで
ほんの少しも楽にならないことを知っています。

大切な恋人や家族を死によって失う悲しみは 経験した人でなければ解らないと思っています。
実際 失ってみて 湧き上がる感情は「無念」です。

もっと一緒にいたかった
喜びも悲しみも苦しさも あらゆるどんな出来事も共有したかった

という無念です。

それでも私は母が少しずつ内側から壊れ 外側にあふれていくさまを見ました。
そうして母の死を現実として受け止めさせられていきました。

でも 事故というのは 本当に残酷なものです。

自分の子供が 今日学校から帰ってこないことを 想像する親がありますか?
家族から珍しく仕事中にかかってきた電話が 子供の訃報を伝えるものである衝撃を いつも覚悟している親がありますか?
逆もまた然りです。

大切な人の喪失をなにひとつ覚悟させてもらえないのが事故です。

先日の電車がマンションに激突したときの大事故のニュースを見ながら
「事故で家族や友人を失うのだけは嫌だ」
とオットに言いました。
病気という緩やかな死への時間を経ても尚これほど辛いのに 事故でいきなり失うなんて耐えられるだろうか?
耐えるしかないのでしょうが
時間が悲しみを薄れさせてくれるのをじっと待つしかないのでしょうが
ほんとうに やるせないことです。

先に書いた方は今業務が本当に大変なときなので きっと仕事中だけは忘れられると思います。
でも 長い時間忘れていられるほどに ふっと集中が途切れた瞬間に襲ってくる悲しみは とてつもないものです。

その方の咆哮の発作がなるべくはやく 少なくなってくれることを 心よりお祈りいたします。

chick me

2005年10月15日(土) 恐怖のYくん

現在時刻20:54
で、まだ会社にいるわけですが いまオットから電話がありました。

「Yくんたちと飲んでくるから」
「ひぃいいいい」

Yくんというのはオットの地元の友達で 最初は同じく近所に住むSくんという子とオットは友達で、SくんがつるんでいたのがYくん。
オットとYくんは初めて会ったときから意気投合しているようだ。

それはまったく構わないんだけどオットとYくんが揃うとふたりともとんでもないヨッパライに変身してしまうのだ。
互いに30を超えたというのに学生のように壊れてしまう。
だってトマトジュース杯 焼酎9:トマト1 をがんがん空けたり、招興酒をボトル単位でおかわりするんだよ。


そして最終的には逮捕されそうな酔っ払いと化し、オットは家につくと吐きまくったあと私に大変理不尽な絡み方をして撃沈するのだ。

この間なんて目が覚めたら真っ赤に充血した目をしながらアンマンをむしゃむしゃ食べるオットが隣に寝ていて 完全に逝っちゃってる目で「やさしくしてくれないなら離婚」とか言うんだよ。
午前2時半過ぎに。
オットは飲んで吐くと急激におなかがすいて何かたべる習性を持つ。

で、いやな予感がしてトイレにいったら案の定汚してるし・・・。

翌朝怒ったら
「でもYとSはうちに来ようとしてたのを俺はとめたんだよ」
と威張っているので
「次からとめずに来てもいいよ。ただ、玄関先で
『おまえら家にはいってくんな!』
って1万円札投げつけて追い払うから。」
といってみた。

そしたら「1万円もらえるなら次から連れてこよっかな。」というではないか。

それで飲みなおせって言うんじゃないからね
どっかに泊まれっていう意味だからね
1万円分飲んでパワーアップした酔っ払いになってまた来たらどうしよう
おろおろ

chick me

2005年10月13日(木) 今朝のメニューは

6時半におきてシャワー浴びて朝ごはんの支度
7時20分くらいからオットと朝ご飯を食べて後片付け
8時くらいから化粧をはじめて
8時半くらいから髪の毛を乾かしてブローして
9時過ぎに出て行く
会社には10時過ぎごろ着く
23時くらいまでお仕事 うち 会議とかで2,3時間はとられる
ランチはおなか一杯食べると眠くなって効率悪いので ウィダーインゼリーとかですませるか 軽く食べに出る。
土曜日は午後から出勤して21時くらいに帰宅
日曜日はもちかえった残務をおうちでタカタカすすめる

という生活を10月からこっちずっとやってるんですが、先週くらいから書いているとおりオットがちょこちょこ作ってくれます。

今朝はどこぞからもらってきたおいしいパンとアスパラベーコンとハムかつ一枚食べました。
アスパラベーコンは岩塩がふってあってすっごくおいしかった。
朝ごはんのための買い物をしてきてくれるだけですごく助かるけど 作ってくれるともっと助かる。

あと強いて言えば 先に帰って私を待つ間ベッドの上や床の上で一人宴会したあとごみを捨てて皿を台所にさげることだけやってくれたら・・・。
それを言うと
「人にはできる事とできない事があるから」
だそうです。

片付けのほうが簡単でしょっ??

chick me

2005年10月06日(木) まだまだオットの朝ゴハン

火曜日は ゴハンと煮込みとイクラ
水曜日は とんでもないサラダ(野菜の切り方がある意味男らしい。盛りすぎて皿から落ちてる)と肉や焼きそば
今朝は天ぷらそばでした

明日は「チャーハン 離婚風味」だそうです。

な、なぜ。

さぞかし しょっぱかろ

chick me

2005年10月03日(月) オットと その3

ほんとに朝ごはん作ってくれました。
6時におきて。

びっくり

ありがとう
おいしかった!

chick me

2005年10月02日(日) オットと その2

オットがいっぱい材料を買い込んでおつまみと明日の朝ご飯の仕込をしてくれました。
おつまみはお刺身をにんにく醤油でいためたもの
おいしかった

豚の角煮とすじこのヅケと豚の生姜焼き。

二日続けて夫がやさしいのでうれしいけど こわいです。

chick me

2005年10月01日(土) オットと その1

オットの仕事を手伝ったらご飯をおごってくれました。
そのあと2年ぶりくらいに二人でカラオケにいきました。

うれしくていっぱい酔っ払ってしまいました。

chick me
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etsu

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