mortals note
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2008年09月03日(水)


 レディファーストということで、マリアとネルを客室に案内してから。
 フェイトとクリフは、隣の部屋に案内された。
「あの」
 一通り施設の説明を終え、立ち去ろうとしたシオンを、フェイトが呼び止めた。
 戸口で、向かい合う。
「……いいんですか?」
 直球に問いかける勇気もなく、曖昧な訊きかたをした。
 シオンは長い髪を揺らすようにして、首を傾げる。
 フェイトはひとつ、深い呼吸をしてから、美しい軍医をまっすぐに見詰めた。
「アルベル、心配じゃないですか?」
「……怪我のこと?」
 初めて敬語を取り払って、シオンが聞き返した。
「それもあるけど……なんていうのか」
 軍医と客ではなく、一個人として向き合われたことに気がついて、改めてフェイトは緊張した。
「ドラゴンを従えることが成功するかどうか分からないし、生きて帰れるかも……。だって」
 決して急かしたりせずに、シオンは言葉の続きを待つ。
 きっと、こちらの気持ちなど見透かされているんだろうな、とフェイトは思う。
 勘のいいひとだ。きっと。
「大事なひとじゃ、ないんですか」
 決死の覚悟で、言葉にした。
 この旅で、多くの命が失われるのを、フェイトは見てきた。
 絶望や、涙も。
 アミーナとディオンの死が、フェイトの心に突き刺さって、抜けない。
 平和な時代なら、笑って暮らしていけたはず。
 自分がこの星に堕ちさえしなければ、失われなかったものもあるはずなのだ。
 これ以上、大事なものを失って、悲しむひとを見たくはない。
 偽善で、綺麗事だと分かっている。自分は戦い抜くと決めた。だから迷いはない。
 けれど、問わずにはいられなかった。
「あなただって、あなたの仲間たちだって、待っているひとはいるでしょう?」
 耳をやさしく撫でるような声だった。
「何も、私ひとりが辛いわけではないわ」
「……だけど」
「この戦で、たくさんの兵士が死んでいった。アーリグリフも、シーハーツもそうでしょうね。皆、帰るところがあって、待っているひとがいたはずよ。誰もが、その先にある希望を信じて、剣を取った。特にアーリグリフは、資源が枯渇して冬が厳しくなってからは、毎年のように餓死者が増えたから。たとえ、先の見えない未来だったとしても、わずかでも希望があるなら……。だけど」
 うつむくフェイトの肩を、シオンが撫でた。
「あなたたちが目指すのは、先の見えない未来ではないわ。何を為せばいいのか、見えているなら。確かな光がそこにあるなら、託して信じることは、怖くはないわ」
 ゆっくりと、フェイトは顔を上げた。
 まるで幼い子どもを諭すような微笑が見えた。
「それにね、どうせ私なんかが止めたって、行ってしまうひとなのよ。付き合いも長いから、分かるの」
 わざと明るく、困ったようにシオンが言った。
「戦う場所があるなら、きっと今よりは幸福だわ。何度か会って分かったと思うけど、戦うこと以外は上手じゃないのよ」

(どうしよう……)
 フェイトは、動揺していた。
 仕方ない、と諦めたような口調の中に、明らかな信頼と深い慈愛を感じ取って。
 心が揺さぶられた。
(このひと、本当に……)
「フェイトくん、ありがとう。やさしいのね」
「そんな……。僕はただ、自分が傷つくのが怖いだけです」
 シオンは何も言わず、ただゆっくりと首を横に振った。
「今晩も冷えるというから、あたたかくして眠ってね。おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい」
 華やかな微笑を残し、シオンは客間を後にした。
 思わずフェイトは、彼女の姿が視界から消えるまで目で追ってしまう。
 階段を上っていった様子だった。
 おそらく―――まず間違いなく、"あいつ"の様子を見に行くのだろう。


 足音が聞こえなくなってから、フェイトは客間の扉を閉めた。
 深々と溜息をついて、ベッドのヘリに腰掛ける。
「随分と野暮なこと聞いたな」
 やはりちゃっかりと耳を立てていたらしいクリフに、茶化すように突っ込まれた。
「だってさ……」
「相手は医者とはいえ軍人だぞ。生き死にの一番近くにいたんだ。覚悟が違うだろ。……とはいえ、だ」
 言葉を切って、クリフは首を回して伸びをした。
「……稀に見る、いい女なのは間違いない」
「困った」
 フェイトは何度も深い溜息を繰り返している。
「どうした? まだ納得いかねぇのか?」
 ベッドのへりに腰掛けたまま、フェイトはうなだれて、頭を抱える。
 いよいよ心配になったクリフが、更に問いかけようとしたところで。
「超、タイプ」
 いかにも気の抜ける呟きが、フェイトの唇から零れ落ちた。
「はぁ!?」
「なんだよ、お前も今言ったじゃないか、稀に見るいい女だってさ!」
 がばりと顔を上げ、フェイトがクリフを睨んだ。
「そりゃ、一般的に見てもそうだろうよ。美人で学もあって、芯もしっかり通ってるしな」
「そうなんだよ! あー……」
 再び頭を抱えて、フェイトがベッドの上でのた打ち回る。
 何かマズイものでも食ったのかと、心配になるほどだ。
「でも、話をしてるだけで分かるんだよ! アルベルのことすっごく好きなんだって! それを見せ付けられたらどうしようもないだろ!? でも、そういう健気なところが、また……」
「……そもそもどうしようもないだろ。"あの"アルベル様のお手つきだぜ? 今度はお前、本気で殺されるかもしれねぇぞ」


如月冴子 |MAIL

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