草原の満ち潮、豊穣の荒野
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82 長い悪夢  1 魔法の浜辺

「あの野郎ブッ殺す!」

ブルーは勢い良くカフェの扉を蹴り倒すともう一度吠えた。

「てめえ、このおとなしく言う事を聞いてりゃいい気になりやがって」

室内には青いブルーによく似た男がひとり立っている。
床には浅く水が溜まり、その上をいくつもの青い火が揺れ
その度に人の談笑が聞こえて来る。
青い男はその火に囲まれて立っていた。

「頭に血が上るのは相変わらずだな」

突然背後からブルーを羽交い締めにした太い腕。
小太りで鼻髭の男はあっさりブルーを押さえ込んだ。
膝を付く形で押さえつけられたブルーが笑った。

「おっさん、いやアルファルド、あんたもグルかよ。
地上へ来てまでご苦労なこった」

「出来損ないのカケラがせいぜい吠えてろ。俺達は何代にも渡って待っていたんだ。
ブルー、お前より地上の事は知ってるさ。
今頃デライラもうまくやってる事だろうよ」

「ははは!!そりゃあいい。あのクソチビにも抜かり無しか」

青い男は二人のやり取りを黙って見ていた。
口の端を吊り上げ目を細めながら。

「いいか、聞け。オレはお前らのやる事なんかどうでもいい。
ただ同じツラとしてはうだうだ回りくどい真似はされたくねえんだよ」

「?」

アルファルドがいぶかしげな表情をした。


「放してやれ」

青い男が言った。
アルファルドはしぶしぶ押さえ込んでいた男を離した。

「あんたならオレの考えてる事はわかるだろ」

ブルーは青い男にそう言うと傍らの青い火をすくいあげた。
火はゆらりと燃えブルーの肩に小鳥のように乗った。

「オレはあのじいさんの意思を継ぐ。目的は同じだ」

「ほう」

青い男が笑った。

「ただし、てめえらのやり方には従わねえ。
オレは絶対に誰であろうと服従なんかするくらいなら死んだ方がマシだ。
ここにいる連中は不当にブチ殺された上、今このザマだ。
その落とし前は今、つける」

「ではどう動く気だ」

「今から街を落としゃいいんだろ。あの街の連中全員ブチ殺して入れ替えちまえ。
今やらねえとあんたが小細工したもんが全部パーだ。
涼しい顔でずいぶん焦ってるんじゃねえのかよ」

「娘はもう逃がしたからか?」

「バカいうな、ありゃちゃんとタマのついた野郎だぜ。
約束は守った。あとは関係ねえ」


「ならばやりたいようにやるがいい。お前は過去の目的を思い出すだろう。
いや、覚えているはずだ。
道を最初に開く者、だったな.....」

青い男は嫌な笑い方をしてブルーの肩を叩いた。
ブルーはその瞬間青ざめて吐いた。
口から吐き出されたものはいくつもの青い火。

「帰って来られた者は幸運だ」

「くっ...くそったれ。オレは乗り合いバスじゃねえ」

大鷲の姿でいくつも飲み込んだそれを残らず吐き出したブルーはそう罵ると外へ出た。
そこには背の高い長い白髭の老人。


「....オンディーン」

「老師。オレのじいさんを頼みます。酒はあんま飲ませねえように...って
あんたが飲むから言っても無駄か」

ブルーはかつてさんざん悪態をついた白い髭の老人に肩の青い火を渡した。

「あんたは充分やった。若いのが交替するだけです」

「お前はそれでいいのか?地上で、何を思った?
地上の人間とて生きて暮らしている。それに何も感じぬお前か?」

「....買いかぶりだ。だがオレは出て良かった、そう感じてたよ。
地上の連中も悪くなかったな。いい奴もいたし悪いのもいた。
海と変りゃしなかったさ。オレは気に入ってる」

「じゃあ、何故...」

「じいさん、オレ、もう行かねえと」


「....」

ブルーは傍らに落ちていたボロ布を拾うとバサリと肩にかけた。
腕に絡んだそれは少しずつ翼へ変っていく。
老人は俯いて立っていた。
黒い大鷲の姿に変ったブルーは翼を数度はばたかせ、地を蹴った。
魔鳥は飛び去る間際に一度だけ振り向いて叫んだ。


「老師!あんたに感謝してる!」

老人が空を見上げた時、既に青空の黒点は消え失せ
彼の手に渡された火が揺れる。
その火は古い童話を繰り返し呟いていた。

「ああ...」


老人は赤茶けた砂塵の中でいつまでも空を見上げていた。
ブルーが扉を蹴倒したカフェの入り口からは水が沸き出すように流れ落ちる。
青い男は己の首を撫でながら外の老人を眺めて呟いた。


「あなたが一番わかっていたはずだ.....」


青空に湿った風が吹き始めた。
砂塵は水に浸食されて消えていく。