ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年10月24日(土) トンネルには必ず出口がある

曇りのち時々晴れ。午後には青空が見え始め夏日となる。

10月下旬とは思えない不快な蒸し暑さだった。

大型で強い台風30号は九州に接近しているようだ。

進路を見ると月曜日には四国を通過しそうである。

温帯低気圧に変わっても強い雨は免れないだろう。

局地的豪雨となればまた大きな被害が心配である。

引き続き31号もいったいどうなることだろうか。


朝の道でとても驚いたのは例の「ねむの木」がまた花を咲かせている。

記憶は薄れ定かではないが確か8度目ではないだろうか。

花の数は少ないが風に揺られていて何とも感動的であった。

夏の猛暑にも耐え晩秋の温暖差にも耐え逞しい花である。



仕事は車検が一段落し今朝はタイヤとオイル交換のお客さんである。

遠路はるばる黒潮町から来てくれて有難いことである。

長いおつきあいでまだ若いと思っていたがもう還暦とのこと。

歳月の流れるのがとても早く感じられた。

話好きの愉快なお客さんであったがお財布を忘れたのだそうだ。

「そのうちに払うけん」とちゃっかりしている。

お得意さんなので笑って見送ったことだった。


お昼前には市内のお客さんが駆け込んで来た。

自損事故でヘッドライトは破損しておりドアミラーも千切れている。

土曜日は中古部品屋さんが休みなので部品注文も出来ない。

そうしたら何と手際の良いことに中古部品を既に揃えてあった。

自分で解体屋さんに行って買って来たのだそうだ。

そうとなれば準備万端で直ぐに義父が修理に取り掛かった。

お客さんは代車で帰り車は後から届けることにする。


簡単な修理に思えたがフロントバンパーが曲がっていた。

ヘッドライトを交換するのに随分と手間取る。

義父は昼食も食べずに何としても直そうとしていた。


午後二時、やっと修理が終わりほっとする。

早速に市内まで納車に行くことになったが

同僚はお客さんの自宅を知らないので私が先導して市内に向かう

近道の山道を下っていたら背の高いイケメン遍路さんに出会った。

窓から大きく手を振ったら気づいてくれて満面の笑顔である。

些細なことかもしれないがその笑顔がとても嬉しかった。


四万十大橋から西へ50メートル程にお客さんの家があり

私の家とは丁度川向いであった。

代金は一万円と安くお客さんは大喜びである。

おまけに市内でも有名な洋菓子店のシュークリームを頂いた。

私にとっては週末の最高のご褒美である。


同僚を見送りそのままサニーマートへ向かった。

今夜はめいちゃんのダンス教室があるので手の込んだ料理は出来ない。

お総菜売り場で「鶏の唐揚げ」を買い求めた。


4時前に帰宅。笠原メイさんの日記を読んでから茶の間で寝転んでいた。

あやちゃんとめいちゃんはシュークリーム喜んで食べてくれる。

「おい、もう5時だぞ」夫の声に跳び起きた。

娘は「海老チリ」を作ってくれて私は「ほうれん草の白和え」を作る。

5時半になれば気忙しく娘とめいちゃんが出掛けて行った。


夕食後の真っ暗な空。随分と日が短くなったようだ。

この一週間を振り返り「ようやったな」と思う。

来週には月末の闘いが待ってるがケセラセラを貫こう。

トンネルには必ず出口がある。


※以下今朝の詩


      秒針

  何も浮かばない時には
  置時計の秒針を見ている

  何と律儀なことだろう
  彼なのか彼女なのか
  名もない秒針は
  時を刻み続けている

  止まりたい休みたい
  そんな願いも叶いもせずに
  息を確かめながら進むのだ

  彼ならば勇気かもしれない
  彼女なら優しさかもしれない

  止まらないことが生きることなら
  一生は永遠の時である

  ちくたくと傷が痛む
  そんな傷もやがて癒えるだろう







2026年10月23日(金) 誰も待ってはくれない

二十四節気の「霜降」朝晩の冷え込みが強まり霜が降りる頃。

昨日まで夏日だったので信じられないが

今日は午後から小雨が降り始め一気に肌寒さを感じた。

「立冬」まであと二週間となりやはり冬が来るのかもしれない。


大型で強い台風30号は沖縄を暴風雨に巻き込み

週末には九州に上陸する怖れがあるとのこと。

何と容赦ないことだろうか。

来るものは拒めずもちろん逃げることも出来ない。

どうか大きな被害がないことを祈るばかりである。



仕事は順調であったが朝から義父の姿が見えず

居室でゆっくりと休んでいるようだった。

乾燥機の掃除は終わっておりやっと寛いだのだろう。

休める時には安ませてやりたいと思いそっとしておく。


午後2時になりやっと顔を見せてくれて

車検を三台も済ませてくれた。

書類作成をしなければならず定時では終われそうにない。

潔くカーブスを諦め机に向かったことだった。

不思議なことに全く行きたいとは思わない。

それよりもするべきことをとしなければと思う。


一時間の残業となったが何とも心地良い達成感があった。

義父も同じ気持ちだったらしく「全部済んだな」と笑顔を見せていた。

RKCラジオの「ぶちぬきフライデー」を聴きながら帰る。

今朝メッセージを送っていたので読んでもらえるかもと

期待していたがどうやらボツになってしまったようだ。

千通を超えるメッセージが届くらしく何とも狭い門である。


サニーマートで久しぶりに古い友人と会った。

私の足を気遣ってくれてとても嬉しく思う。

ついこの前生まればかりに思うお孫さんがもう4年生になったのだそうだ。

一日もあっという間だが一年の何と早いことだろう。

「お互い元気でいようね」と握手をして別れた。


4時半に帰宅。すぐさま自室へ行き笠原メイさんの日記を読む。

今朝はメールマガジンの告示があったので早速登録した。

ファンクラブのようなものだそうで読むのが楽しみでならない。

ファンの一人としてこれからも応援し続けたいと思う。

彼はきっと偉大な詩人となるだろう。今も天才だと信じて止まない。


5時になり娘と夕食の支度をしていたら

めいちゃんが毛布を被って台所まで下りて来た。

半袖ではさすがに寒かったのだろう。

毛布を被ったオバケみたいで微笑ましくてならない。

あれとこれと娘に指図し今夜も二階で食べるようだ。

それはあやちゃんも同じで我が家には家族団欒がない。


夕方から雨が本降りとなった。

6時にはもう日が暮れ辺りが真っ暗になる。

何だか置き去りにされるようで心細くてならない。

「待って」と叫んでも誰も待ってはくれないのだ。


遺影の母に語り掛ける。「明日も頑張ろうね」

母の声は聞こえないが確かに存在している夕暮れ時であった。


※以下今朝の詩

     底
 
  ここは底らしい
  這いつくばって
  しがみついて
  泥にまみれている

  石ころのように転がれば
  頬が痛み傷が生まれて来る
  「憐れなことよのう」
  何処からかそんな声がする

  底よりも深い場所はなく
  穴を掘る気力もありはしない

  そうなればもう
  途方に暮れるしかないだろう

  随分と生きて来たが
  結末は何と惨めなことか
  もう這い上がれないのか
  ここで生きるしかないのか

  見上げれば秋の澄んだ空
  鳥たちは自由に飛び交う

  陽が昇れば光の天使たちが
  歓喜の声を響かせている

  底は暗い底は冷たい

  けれども私は守られている





2026年10月22日(木) ここでなくてはいけない

雲一つない秋晴れ。夏日であったが爽やかな風が吹く。

この晴天も今日までのようで明日にはまた雨になりそうだ。

台風30号が折れ曲がるように進路を変え

週明けには四国に接近しそうである。

熱低に変わりそうだが用心に越したことはないだろう。

9月の長雨では各地で水害や土砂災害があったが

もうこれ以上は勘弁してくれまいかと願うばかりである。


今朝は家を出るなり近くの地場産市場の駐車場に

それは大勢のお遍路さんが居て驚く。

おそらくバスツアーだと思われたがバスの姿は見えなかった。

足摺岬まで歩くのかもしれないがかなりの距離である。

どこか途中でバスが待機しているのかもしれないと思う。

老若男女が揃い圧巻の白装束であった。


国道から山道に入ると5人のお遍路さんを見かける。

例の如くで会釈をしながら追い越して行った。

歩き遍路には今が一番良い季節なのだろう。

台風接近の心配もあるが旅の無事を祈るばかりである。



仕事は今日も順調。義父は早くから宿毛市へ納車に行ってくれた。

例の建設会社さんだがこれで2台とも完了である。

迷惑を掛けずに済み何とほっとしたことだろう。

同僚は新たな車検整備を頑張ってくれていた。

途中でオイル交換やパンク修理があったが

嫌な顔もせずにテキパキと応対してくれる。


納車から帰った義父は乾燥機の掃除をしていたが

全部で4機もあるので大変な作業であった。

とにかく一粒も籾を残してはならない。

来年の為に隅々まで綺麗にするのである。


整形外科のリハビリがあり定時で退社した。

しかし早く着き過ぎたようで40分も待つ。

U君が目配せしてくれた時にはほっと嬉しくてならない。

足の痛みも薄れていたのでいつも通りの施術であった。

昨日は有給を取ってゴルフに行っていたのだそうだ。

「趣味はゴルフ」と胸にメモすることを忘れない。

ちなみに今日の昼食はおにぎり2個だけだったそうだ。

毎朝お母さんが作ってくれるそうでほんわかと心が和む。

まだまだ知りたいことが沢山あるが

あれこれと訊けばはしたないオバタリアンとなる。

それだけは恋する乙女心が許さなかった。


買い物を終えて4時半に帰宅。

すぐさま自室でSNSのチェックをしたが

笠原メイさんのポスト通知がなかった。

そんなはずはないと思いダイレクトで確かめると更新されていた。

「良かった良かった」と齧りつくようにして読む。

彼の日記はしゅわっと炭酸水のような味がする。


今朝はこの日記の閲覧が出来ず焦りまくった。

「お探しのページが見つかりません」と表示されるのだ。

これまでも何度かあったが何らかの障害が発生しているようだった。

目の前が真っ暗になる。復旧しなければ書くことも出来ない。

どうしようどうしようと涙が出そうになった。

以前には仕方なくブログに移行したこともあったが

今回は「ここでなくてはいけない」と思う。

やがてはサービスが終了する時も来るだろうが

最後の最後までここにしがみつきたいと思う。


何度かアクセスを繰り返していたら復旧したらしく

昨夜の日記を読むことが出来て何とほっとしたことだろう。

それでも危機感は残り不安でならなかった。

「どうかどうか書かせてください」

その願いが叶いこうして今夜も書くことが出来た。

私はまだ終わるわけにはいかない。

全てを水の泡にすることなどどうして出来ようか。


※以下今朝の詩


    お婆さん

  ふうふうふう
  お婆さんになった

  よっこらしょ
  立ち上がる合図である

  颯爽と駆け抜けた若き日
  道は何処までも続き
  夢と希望で満ちていた

  辛いこともあったが
  ぴょんと飛び越えた
  勇気さえあれば
  怖いものは在りはしない

  何度目の秋であろうか
  種を蒔き続けて来た
  花は永遠で在るかのように
  たわわに咲き誇っている

  惨めであってはならない
  風のように息をしている

  ふうふうふうと歩く道
  もし転んでしまっても
  よっこらしょと立ち上がる










2026年10月21日(水) もう誰も寂しがりはしない

秋晴れとは云い難い晴天。空はまるで夏空であった。

気温も高くなり今日も真夏日となる。

全国的にも観測史上で最も遅い真夏日だったそうだ。

この暑さも今日が峠のようで大陸から寒気が流れ込んで来るとのこと。

一気に肌寒くなる可能性もあり体調管理が必要である。


そんな暑さをものともせずに朝の山道では「つわぶきの花」が咲き始めた。

晩秋から初冬の花で季節の移ろいを感じる。

つわぶきの花は日陰を好み谷間に咲いている事が多い。

今朝も谷間に群生していて思わず歓声を上げた事だった。

朝の道の楽しみがまた増え嬉しくてならない。



仕事は今日も順調。義父が居てくれるので車検が捗る。

今日も2台完成し明日はまた予約が入っている。

「とんとん拍子」と云うのだろう仕事が楽しくてならなかった。


義父は乾燥機の掃除をしたり片付けに余念がない。

そうかと思えば仕事の段取りもしてくれ大いに助かる。

同僚も私の段取りよりは社長の方が機嫌が良いようだ。


カーブスに行く旨を義父に伝えると「おう!」と笑顔を見せる。

後ろ髪を引かれることもなく定時で退社した。

車はエアコンが必要で外気温が32℃もあり驚く。


カーブスは今日も楽しく心が浮き立つ。

心地良く汗を流しすっかりリフレッシュした。


買い物はお惣菜ばかり。今日はめいちゃんの塾があるので

娘が居ないとあれこれはとても無理だった。

日頃からどれほど娘に頼っているか思い知らされる。

夫は「鯵フライ」が美味しいと喜んで食べてくれた。


夕食後はまた暮れなずむ空を見上げていたが

日が暮れるのが随分と早くなったようだ。

あらあらと云う間に辺りが薄暗くなる。

土手の道を散歩する人の姿も見えず何と寂しいことだろう。


窓の外はいつだって「絵」であった。

朝に夕にと私は描けない絵を描こうとしている。

絵の具もクレパスも色鉛筆も持っていない。

それでも白い紙があれば縋り付く。

夜になれば月も星もきっと絵になるだろう。


めいちゃんと娘が帰って来た。

もう誰も寂しがりやしない。


※以下今朝の詩


    泥

  つんつんつん
  何となく機嫌が悪い
  いったいどうした事だろう

  雨に打たれて倒れてしまった
  真っ白い秋桜のようだ

  だいじょうぶ
  直ぐに起き上がれるよと空が云う

  励まされても強くはなれない
  身の程を知り過ぎているから
  余計に惨めになるばかりである

  湿った地べたの感触は
  泥たちの悪戯のようだ

  白い花びらが茶に染まる
  そうなればもう哀しみしかない

  つんつんつんと胸が鳴る
  まるで出来損ないの命のようだ

  負けてたまるものか
  この惨めさが糧になるなら
  泥にまみれて生きて見せよう




2026年10月20日(火) 海は広いな大きいな

曇りのち晴れ。気温はほぼ30℃となり真夏の暑さとなる。

九州宮崎では32℃を超えていたそうだ。

愛媛の松山城ではソメイヨシノが咲いたそうで驚く。

「狂い咲き」と云うが桜もどんなにか戸惑ったことだろう。

明日は今日よりも気温が高くなる予報である。

「立冬」まで後18日であるが冬が来るのだろうかと思う。


仕事は今日も順調。車検が完了し即金の支払いがあった。

他にもエアコン修理をしたお客さんが支払いに来てくれる。

月末にはまたゼロになる可能性もあるが「いま」が一番に思う。


義父と懇意にしているお客さんから車検の依頼もあった。

車検切れとのことでまた運搬車で引き取りに行く。

予約は既に月末まで埋まっているので何とかしなければならない。

忙しいのは有難いことだが思うように行かない事も多い。

私は「段取り課長」らしく頭を悩ませてばかりいる。


県税事務所に用事があり2時に退社した。

3時までに用事を済ませカーブスに行くつもりだったので

スムーズに終り何よりに思う。

3時前にはカーブスに着いておりやる気満々である。


いつもより少し時間の余裕があったので美容院へ行く。

サニーマート内にあるのでとても便利だった。

15分でカット終了。代金は980円である。

前髪も切ってもらったので我ながら可愛らしいこと。


買い物を済ませ4時半に帰宅。

すぐさま自室に向かい笠原メイさんの日記を読む。

彼の日記はいつも新鮮である。


SNSでは新しいフォロワーさんが増えていたが

風水の鑑定士をしている女性だった。

何か下心がありそうで注意信号が点く。

「触らぬ神に祟りなし」である。

フォローバックは慎重に越したことはない。


高山京子さんが詩を投稿していた。

彼女の詩はとても好きなので迷わずリポストをする。

しかし彼女は私の詩を読むことはなかった。

笠原メイさんもそうだが余程読む価値がないのだろう。

無名の雑魚である。ネットの海は果てしなく広い。

しかしこんな私であっても精一杯に泳いでるのだ。

悔しくはないがとても惨めに思う。

その惨めさを一生引き摺って生きて行かねばならない。


※以下今朝の詩


     雨上がり

  雨は止み静まり返っている
  何と無口な空だろうか

  はしゃいではいけない
  笑ってもいけない
  ただひっそりと佇む

  眠らない鳥も声をひそめ
  濡れた森で羽根を繕う
  新しい朝のために
  始めようとする儀式のようだ

  疲れ切った空は溜息をつき
  横たわるための雲をさがす
  雲間から顔を覗かす月がある

  もしかしたらその輝きが
  希望なのかもしれない

  ひとつ目の息ふたつ目の息

  夜が明けたら風になろう
  青い空を探しに旅に出よう



2026年10月19日(月) 仙人になりたい

清く正しく真っ直ぐな雨。今もまだぽつぽつと雨だれの音がしている。

気温は23℃と低目であったが少し蒸し暑さを感じた。

全国的には気温が高く鹿児島では32℃を超えていたそうだ。

しばらくは10月下旬とは思えない暑さとなり

四万十も明日は真夏日になりそうである。


朝の道では雨遍路さんが二人。雨合羽を羽織り颯爽と歩く。

やはりタイミングが悪く声を掛けることが出来なかったが

追い越す時に会釈をするばかりである。

例え気づいてもらえなくても精一杯の礼儀だと思う。


山里の県道を走ると例の白い秋桜が倒れていた。

雨に打たれたのだろう可哀想でならない。

駆け寄って手を添えてやりたかった。



仕事は順調。朝一に車検予約のお客さんが来てくれる。

東京からUターンして来た人で東京言葉であった。

「だからさあ」「それでさあ」と語尾に「さあ」が付く。


午前中、義父は居室で「国会中継」を見ていたのだそうだ。

午後には姿を見せお客さんの相手をしてくれ助かった。

柚子農家さんであるが昔は稲作をしていたとのこと。

義父と話が合い苦労話にも花が咲く。


経理も順調。保険会社さんから大口の振り込みがあった。

おかげで重量税の精算も出来て何とほっとしたことだろうか。

また他にも支払いのお客さんが二人も来てくれて大いに潤う。

「笑う門には福来る」朝から笑顔でいられて良かったと思う。


降りしきる雨の中、義父は運搬車で宿毛市まで納車に行ってくれた。

例の建設会社さんであるが帰りにもう一台の車を運搬して来る。

支払日は来月の20日なので大いに期待が膨らむ。

どうかどうか順調にと願わずにはいられない。


仕事も一段落しており定時で帰路に着く。

カーブスは月曜にしてはメンバーが少なかったが

いつものメンバーは揃っており笑顔を交し合う。

和気あいあいと何と楽しかったことだろう。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。

今日は学校を休んだめいちゃんがまたクッキーを焼いていた。

今朝はどうしても起きられなかったのだ。誰も責めやしない。

娘も無理に起こさなかった。それが母としての娘の方針である。


夕食後、降り止まない雨を見ていた。

もう薄暗くなっていたが、川向の山並みがぼんやりと見える。

何だか仙人が里に下りて来るような気がしてならない。

ずっと昔「仙人になりたい」と云ったあの人を思い出す。

元気にしているだろうか。随分と長い歳月が流れた。


空は繋がっており同じ月を仰ぐことも出来るが

無色透明になってしまった姿を見ることは叶わない。


※以下今朝の詩


       雨

  ぽつぽつと哀しみが降っている
  空はもうどうすることも出来ない

  傘を広げれば受け止める事が出来る
  いったい何が辛いのか訊くことも
  そっと慰める事も出来るだろう

  たとえ些細な事でも重くなる
  ちいさな傷であっても痛む
  誰も恨んでなどいないが
  悲観せずにはいられない

  どうしてどうしてどうして
  声にならない声が空に向かう
  真っ黒い雨雲が首を傾げている

  泣きたい時には泣けばいい

  やがて秋が深まるだろう
  空は高く真っ青に染まる

  いつまでも哀しんでなどいられない



2026年10月18日(日) 泣き虫の胃

ぽつぽつと小雨降る一日。

傘の要らないまるで春雨のようであった。

夕方には雨が止み雲間から少しふっくらとした三日月が見える。

昨夜寝る前に見た月は笑っているようだった。


朝のうちに義妹と一緒にダイハツの展示車を見に行く。

タント、キャンパス、ムーブと見せてもらったが

やはり大きめの車が良いとのことでタントを購入することになった。

納車までひと月は掛かるので待ち遠しい事だろう。

「10年は乗りたいね」と人生最後の車になりそうだ。


今日はお舅さんの命日でもあり義妹宅で仏壇に手を合わす。

遺影はまだ若く義弟の顔とそっくりであった。

57歳で亡くなったのでもう44年の歳月が流れたが

鮮やかな記憶となりまるで昨日の事のように思う。

四万十川と共に生きた正真正銘の川漁師であった。




昼食にはまた大盛りちゃんぽんを作って食べる。

今日は半額のキャベツがあったので余計に美味しい。

夫も私も大満足で満腹のお腹を撫でるばかりである。

昼寝をするには少し肌寒く押し入れから毛布を出した。

すっぽりと包まり2時間程寝入っていた。


暴飲暴食のせいか胃がしくしくと痛む。

そのうえに喫煙があり胃が休まる暇もない。

せめて節煙をと思うが制御不可能であった。

自室で一時間程過ごしまた茶の間に戻る。

夫は古い時代劇を見ており少しも面白くない。

4時前まで辛抱しまた自室に向かう。


笠原メイさんの日記を読むのはもう日課となっており

更新されているとほっとするような嬉しさがある。

東京でバーテンダーをしていた頃があるのだそうだ。

今でもカクテルを作る事が出来るそうで興味深い。

私はソルティードックとジントニックが好きだ。


5時になり夕食の支度であったが今夜は「すき焼き」にしたので

娘も手持ち無沙汰となり直ぐに2階に消えてしまう。

窪川牛を2パック買って来ていたが夫はこれでもかと食べる。

私は糸こんにゃくと豆腐を少しだけ食べた。

少しでも胃を休めなければと思ったのだが

食後の喫煙はどうしても止められない。


雨上がりの空が暮れて行く。真っ黒い雲が不気味な空であった。

ふと何か不吉な事が起こりそうで不安になる。

平穏であればある程に心細くなるのは何故だろう。

こんなにも生きているのにと空に向かって叫びたくなった。


※以下今朝の詩


     草

  出来ること
  出来ないこと

  緩やかな上り坂であるが
  ひと休みしようと思う

  草の原に腰を下ろせば
  指先に絡みつく草
  その緑もやがて
  冬枯れて行くだろう

  芽吹いたばかりの若き日
  ぐんぐんと伸びようとする
  怖いもの知らずだったから
  明日が待ち遠しくてならない

  草にだって名があるが
  誰が呼んでくれるだろう
  草は「くさ」でなくてはならず
  花を咲かすことも出来なかった

  老いれば老いるほどに
  出来ないことが増えて行く

  心細くて不安でならない
  明日が来るのだろうかと思う

  見渡す限りの草の原で
  息を確かめていた

  そろそろ立ち上がろうか
  この坂を上り切れば
  きっと明日があるのに違いない



2026年10月17日(土) 生きながら欠ける

朝晩は涼しくなったが日中は今日も夏日となる。

真っ青で爽やかな秋晴れであった。

まさに「天高く馬肥ゆる秋」である。


朝の道の秋桜もすっかり満開となり心が和む。

先日の白い秋桜の近くにはワイン色の秋桜が咲いている。

欲が出てまた写真に撮りたくなったが民家の庭先であった。

流石に無断で立ち入ることは出来ず諦めざるを得ない。


職場の庭にも昔は沢山の秋桜が咲いていたが

いつだったか母が根こそぎ引き抜いてしまった。

もう枯れ始めていたので「汚い」と母は云う。

花の好きな人だったがそんな一面もあった。

どんなに見ずぼらしい姿になっても種を残したことだろう。

元気な頃には庭の手入れを怠らなかったが

今ではすっかり荒れ果ててしまっている。

その上に義父が除草剤を撒いてしまったので枯れ草ばかりとなった。

母が生きていたらどんなにか嘆いたことだろう。



仕事はぼちぼちの忙しさで朝のうちに来客があった。

古い友人のSちゃんであったが、車検完了の車を取りに来てくれる。

珈琲を淹れてしばらく語り合っていた。

お姑さんと同居しているとのこと大きな苦労である。

日頃からストレスを抱えていたのだろうそれは愚痴にも聞こえるが

話し相手になってやれて良かったなと思う。

Sちゃんも話したら楽になったと喜んで帰って行った。

姑さんとのいざこざは誰にでもあることだが

溜めこんでいたら自分を見失ってしまう可能性もある。

発散できる時には迷わず発散するべきだと私は思う。


義父は午前中に田んぼを耕しに行っていたが

午後からは車検を2台仕上げてくれた。

納車にも行ってくれて大助かりであった。

二足の草鞋を履いていても「やる時にはやる」頼もしい義父である。


工場が落ち着いたのを見届け3時に退社した。

今週も遣り切った感が大きく心地よい達成感である。

FMラジオからは「たかちゃん」の声が愉快に聞こえる。

「そうじゃにゃあ」と今日も猫語を撒き散らしていた。

もう何年も会っていないので会いたくてならない。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。

直ぐに自室へ駆け上がったら笠原メイさんの日記が更新されていた。

昨日は出掛けていて帰宅が遅くなったのだそうだ。

体調が悪かったのではなく何よりに思う。

どんな日もあってよしでありマイぺースが一番である。


台所でクッキーを焼いていためいちゃんが出来上がったのを

お皿に載せて部屋まで持って来てくれた。

甘さを抑えた何とも可愛らしいクッキーでとても美味しい。

将来はお菓子職人になるかもしれない。


夕飯は手抜き。サニーマートで鶏の唐揚げを買って来ていた。

娘が「何も作るもんがないが」と手持ち無沙汰にしていたが

5時半にはめいちゃんとダンス教室に行かねばならない。

少しでも気忙しくないようにと思った結果であった。


夕食後はまた暮れなずむ空を見上げる。

茜色の空に浮かぶ三日月を仰いでいた。

日に日に膨らむのは「希望」かもしれないと思う。

満月となれば少しずつ欠けて行く月であるが

その一部始終を見届けたいと思う。


誰だって同じ「カタチ」ではいられない。

生きながら欠けることも定だと思う。


※以下今朝の詩


    存在

  知らないこと
  知っていること

  風の噂が途絶え
  雲に包まれている

  君しかいなかったが
  その姿が見えなくなった

  消えることはたやすい
  そうして無口になれば
  存在は幻になるだろう

  生きて在ればと願う
  空に君の息があれば
  感じることが出来る

  辛い日々ばかりではない
  きっと笑顔になれる日を
  神様が届けてくれるだろう

  知らない日が多くなっても
  知りたがってはならない

  俯いた君が顔を上げれば
  真っ青な秋の空が見える



2026年10月16日(金) ここが私の居場所

爽やかな秋晴れ。日中は今日も夏日となった。

湿度が低いのだろうからりっとした暑さである。

来週には台風の接近も気掛かりであるが

全国的に気温が高くなる予報である。

そうして一気に冬が来てしまうのかもしれない。

やはり暖冬になるのだろうか。


朝の国道沿いに「皇帝ダリア」の茎が伸びており

今年も花に会えそうだ。わくわくと楽しみでならない。

昨年は確か花が終わると切り落とされていた記憶がある。

根は生きていたのだろう。何とも逞しい姿であった。



工場は活気づき同僚は車検整備に精を出し

義父は稲刈り後の田んぼを耕しに行く。

日にちが経てば経つほど土が固くなるのだそうだ。

ドジャースの野球も観たかったようだが

「遊びよったらいかんな」と気分を入れ替えていた。

稲刈りが終っても農作業は続く。休む暇もない義父であった。


私はお昼に宿毛市片島まで集金に行く。

わずかの金額であったが現金を搔き集めなければならない。

今日は自賠責保険の精算を。来週早々には重量税の精算がある。

お金は天下の回り物だと云うが右から左へと駆け足であった。

月末には取引先への支払いもあり気を緩める暇もない。

追い詰められても決して嘆いてはならず立ち向かって行こうと思う。


義父はお昼を過ぎても帰らず同僚に声を掛けて退社した。

カーブスではお仲間のEさんが声を掛けてくれて

私とひとつ違いの年齢であることが分かる。

「同い年みたいなもんよ」と手を握り合った。

同年代だと思えば大きな励みとなりやる気も湧いて来る。


4時過ぎに帰宅したら高知市内へ行っていた夫も帰っていた。

義妹の通院に付き添っていたのだが経過は順調とのこと。

手術日も来月の2日に決まり一安心である。

しかしペースメーカーは入れずに心臓の手術をするとのことで

いったいどんな手術なのだろう。夫も詳しくは知らないようだ。

医師から家族への説明もなかったそうで気掛かりでならない。

それだけ簡単な手術なのかもしれないと思うことにした。


今日はどうしたことか4時半になっても笠原メイさんの日記が更新されない。

ダイレクトで確認してもまだ書いていないようだった。

毎日のことである。書けない日もあって当然のように思うが

体調が余程悪いのでないかと心配になった。

しかしいつだって「心配無用」の彼である。

明日になれば事情も分かるだろうと「待つ」ことに決めた。

誰にだって気力だけでは乗り越えられないことがある。

たとえ日課であってもどうしようも出来ない日もあるだろう。


私も日課だがいつだって書きたくてならない。

もし何かあって書けなかったらとても辛いと思う。

大げさかもしれないがそれは「生き甲斐」を断たれることに等しい。


昔Rに「よく毎日書くことがあるね」と云われたことがあるが

生きているのだもの書かなければ死んだも同然である。

たとえささやかな日常のことであっても

書き残したい一心でいつも書いている。

そうでなければ「今日の私」は何処へ行けば良いのだろう。


※以下今朝の詩


      窓

  窓の外は真っ暗な闇
  風の音は耳に心地よく
  静けさを破ろうとする

  夜が明ければ土手の道を
  犬を連れた老人が歩く
  互いの老いを労わるように
  ゆっくりと歩を進める

  まるで絵のような光景に
  白い絵の具を手に取った
  それは老いた二人の息となる

  川向の山並みが見え始めると
  ゆうらゆうらと芒の穂が揺れ
  土手に朝陽が射し始める

  窓は知っているのだろうか
  どんな一日が始まるのかを
  息をする全てのものが
  いのちを謳歌するだろう

  こころに挟んだ栞が落ちる
  今日はここから始めよう

  窓を開け広げて
  大きく深呼吸をした



2026年10月15日(木) じゃが芋のきんぴら

爽やかな秋晴れ。朝の寒さもつかの間で日中は真夏日となる。

陽射しはきつく感じたが過ごし易い一日だった。

朝の山道には背高泡立ち草が鮮やかに咲き

芒の穂も朝陽を浴びてきらきらと輝いていた。

やがて「つわぶきの花」が咲き始めるともう初冬である。

37年間通った道であるがどれ程の景色に出会ったことだろう。

この道があったからこそ挫けずに頑張れたのだと思う。


今朝はやっと県道沿いの白い秋桜を写真に収めることが出来た。

幸い対向車がなかったので反対車線に乗り込む。

ハザードランプを点けてそれは一瞬のことであった。

「やっと撮れた」嬉しくてならず胸が高鳴る。


職場に着けば珍しく義父が事務所に居て驚く。

宿毛市のお得意さんから車検を2台も依頼されたそうで

予約のホワイトボードを見ながら私の出勤を待っていたようだ。

二人で頭を悩ませ何とか明日の予約に入れる。

早速午後から義父が車を引き取りにいってくれることになった。

建設会社さんなので仕事に支障が出ないように急がねばならない。


その後は直ぐに籾摺りを始め順調に袋に詰めることが出来た。

今度は「色選」に掛けるため平田町まで運んで行く。

軽トラックに山積みの米袋を見ると拍手をしたくなる。

義父も達成感で満たされたのだろう上機嫌であった。

後は農機具を片付ければ今年の米作りは一段落となる。

大きな苦労であったが順調に終えることが出来て何よりであった。



整形外科のリハビリと診察があり定時で退社する。

自動車専用道路が通れて時速90キロで走り抜けた。

病院は相変わらず混雑していたがU君の顔を見るとほっとする。

私の名前を呼ばずに目で合図するのだった。

一緒にエレベーターに乗ると胸がドキドキする。

私の歩き方を見て痛みが和らいでいるのが分かったそうだ。


診察では医師に湿布を処方して貰いもう安心である。

久しぶりに血液検査をすることになり採血を済ます。

リハビリの予約券も発行して貰ったがもう11月分で驚く。


5時前に帰宅。今日は娘に買物を頼んであった。

「何のおかずだろう」とまるで子供のように楽しみである。

私の好きなカマスの干物や夫の好きな長芋もあった。

「おばあのじゃが芋のきんぴらが食べたい」と甘えるので

「よっし、任せない」と腕を振るったのは云うまでもない。

子供の時から食べていた母の味は今も不滅であった。


夕食後、暮れなずむ空にまた三日月が浮かんでいた。

昨日はナイフのように見えたが今夜は少しふっくらとしている。

月も生きているのだなと思う。きっと心があるのに違いない。


※以下今朝の詩


    芯

  何かひとつ
  これだと云うものが欲しい

  たとえば芯のようなもの
  何があっても
  折れない強さである

  揺らぎ続けている日々
  心細く不安でならない

  これでいいのか
  このままでいいのか

  自問自答を繰り返しながら
  己を信じようとする 

  間違いならば正そう
  非を認めることも大切なことだ

  仕方ないと諦めるよりも
  芯を守り続けようとする

  否定されると辛く哀しい
  生きて在ることさえも
  過ちなのだろうか

  すくっと前を向く
  芯は私を支えようとしている






2026年10月14日(水) 秋の日は釣瓶落とし

爽やかな秋晴れ。風もあり過ごし易い一日となる。

「強風注意報」がでていて明日の朝は今季一番の冷え込みとのこと。

今朝よりも9℃も低いと聞き動悸が止まらなくなっている。

血圧が高くなり倒れるかもしれないと不安は尽きない。

そうでなくても日中との温度差に堪えているこの頃である。

「まだ10月じゃないか、秋ではないか」と云い聞かせていた。



今朝は職場に着くなり稲刈りが無事に終わったことを知る。

同僚のおかげでもあるが義父はどんなにかほっとしていることだろう。

まだ姿は見えなかったが居室でゆっくりしているようだった。


平田町の信用金庫に用事があり同僚に伝えてから出掛ける。

県道を外国人女性のお遍路さんが歩いていた、

車の窓を開け手を振ると手を振り返してくれ嬉しくてならない。

「頑張ってね」のエールのつもりだったがちゃんと伝わって良かった。


信用金庫では21年前の口座を復活さす手続きをする。

不当たりを出してしまった会社の危機からもう21年も経っていた。

よくもまあここまで乗り越えて来たものだと思う。

会社の謄本さえあれば口座復活は可能であったが

社長である義父の来店が必要だったとのこと。

謄本を見せて私が役員であることが分かり代理だと認めてくれた。

義父とは電話連絡だけで済み何よりだった。

長いこと取引停止の信用金庫であったが

これからはまたおつき合いが出来るようになる。


会社へ戻れば義父が籾摺りを始めていた。

同時に荷造りであるが30キロの袋詰めである。

痛む腰を庇いながら一生懸命に頑張っていた。

中手のお米は早稲よりも美味しく個人からの注文もある。

しかし米問屋さんには卸さず自家用米として保存するのだった。

そのために保冷庫があるが全部入り切るだろうか。

個人売りがもっとあれば収入になるのにと思う。


義父と同僚に声を掛けて定時で退社したが

今日も自動車専用道路が通行止めであった。

立札が出ていたので確認すると明日からは通行出来るようだ。

わずか10分の差であったがやはり高速道路が便利である。


カーブスでは久しぶりにトモちゃんに会った。

仕事が忙しく4時を過ぎてから来ていたそうで道理で会えないはずである。

最愛のご主人を亡くしもう3年目の秋であった。

寂しくてたまらなかったトモちゃんもすっかり笑顔である。

しかし独りきりの家へ帰っても「おかえりい」の声はない。

日にち薬はまだあるだろうかと心を寄せるばかりであった。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。

重い荷物を夫が台所まで運び込んでくれる。

娘の車はなくめいちゃんの塾へ行っているようだ。

そう思って夕食はサニーマートのお惣菜を買って来ていた。

すっかり手抜きであったが娘が居ないと夕食の支度がままならない。


夕食後はまた自室から夕焼け空を仰いでいた。

細く今にも折れてしまいそうな白い三日月が見えた。

「秋の日は釣瓶落とし」で白い三日月が刻々と黄に染まって行く。

まるでメルヘンの世界である。うっとりと西の空に釘付けになった。

「ただいまあ」めいちゃんの元気な声が聞こえる。


※以下今朝の詩


     風

  真っ暗な空から
  ひゅるりと風が舞い込む

  窓を開け広げて
  語り合うのがいい

  風は窓を叩きながら
  内緒話をしようとする
  誰にも云ってはならない
  ふたりだけの秘密である

  風には風の苦悩があり
  どうしようも出来ない
  息をすればその全てが
  風になってしまうのだ

  死ぬことが出来ないのなら
  どのような境遇であっても
  生きることを選ぼうとする

  秋は深まりやがて冬になるだろう

  たとえ冷たい木枯らしであっても
  決して息を止めてはならないのだ

  風として日々を縫う
  風としてひとを想う





2026年10月13日(火) 夕暮れシルエット

山里は曇り空であったが市内は晴れていたようだ。

義父が稲刈りをすると云い出してんやわんやの忙しさとなる。

中手の稲なので少なく頑張れば一日で終るのだと云う。

同僚は車検整備を始めていたが中止にせざるを得なかった。

幸いお客さんは急がないと云ってくれ大助かりである。

友人達には連絡していなかったので同僚が手伝わねばならない。

コンバインが満杯になると軽トラックで工場まで運び込む。

そうして直ぐに乾燥機に入れなくてはならなかった。


お昼休みには同僚を休ませてやらねばならず

代わりに私が運び込むことになった。

オートマの軽トラックなので私でも運転が出来る。

義父は昼食も食べる暇もなく必死の形相であった。


そんな最中に緊急の修理依頼が舞い込む。

市内のお客さんが村内でタイヤが破裂したとのこと。

「助けてくれないか」と要請があったがどうしようも出来ない。

訳を話し丁重にお断りしたが気になってならなかった。

お米を運び終えてから電話をしたらロードサービスを手配したとのこと。

役に立てなかったことを深く詫びながら少しほっとする。

今日に限ってである。普段なら直ぐに駆け付けていただろう。

「人助け」は義父が最も大切にしていることである。


午後からは同僚に任せ定時で退社した。

どうかどうか順調に終れますようにそればかりを願う。

平田町の工業団地を抜け自動車専用道路に向かったら

ガードマンが赤い旗を振っていて通行止めとのこと。

仕方なく下道の国道を走って市内へと向かった。

いつもなら30分の距離だが40分も掛かる。


連休明けであったがカーブスは空いていて直ぐに筋トレを始めた。

今日はボードの上で駆け足が出来て嬉しかった。

痛みさえなければと思う。しかしどんな日もあるだろう。

出来る日には出来ることを頑張らねばならない。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。30分程自室で過ごしていた。

笠原メイさんの詩がいつも以上に素晴らしい。

彼は正真正銘の天才だと思う。


5時までは茶の間で過ごし娘と夕食の支度を始めた。

夫は5時10分には食卓に着くので残り物を与えておく。

我が家の居酒屋さんはいつも「テキトウ」である。


夕食後、自室の窓から自転車に乗っためいちゃんと娘が見えた。

もう陽は落ち薄暗くなった土手の道にシルエットが浮かぶ。

何と微笑ましい光景だろうか。胸がほんわかと温かくなる。


夜明けも遅くなり日暮れも早くなった。

日中はまだ夏日が続いているが日毎に秋が深まっているようだ。

あと三週間もすればもう「立冬」である。

私も冬になれるだろうか。秋に置き去りにされやしないか。

日々を縫いながらふっと心細くなった。


※以下今朝の詩

      骨

  透明にはなれない
  ごつごつとした骨

  砕けば粉々になるが
  骨だった記憶が残る

  足にある腕にある
  指先にだってある

  躓けば捻挫をする
  転べば骨折をする

  颯爽とは歩けないから
  ぎくしゃくと歩いた

  見上げれば秋の空が
  何処までも続いていて
  何とちっぽけな姿だろう

  骨は嘆きながら微笑む
  空に映る骨が陽を浴び
  きらきらと輝いていた

  骨として生きるのもいい
  五臓六腑を守りながら
  一歩踏み出す朝であった



     





2026年10月12日(月) どうってことないさ

曇りの予報だったが一日中晴天が続く。

洗濯物を乾燥機に入れてしまい残念でならなかった。

全国的に10月とは思えない気温となり

佐賀県や市内の江川崎では31℃を超えていたようだ。

扇風機を回していたが不快な汗が流れていた。


月曜日にする仕事がないのが苦痛に思う。

スポーツの日であったが全く関係がない。

先月のシルバーウィークもそうだが休みが多過ぎると思う。

この不景気に散財する人も少ないのではないだろうか。


今朝も朝ドラを見てから一時間程寝入る。

横になると直ぐに眠くなるのは異常だと夫に云われた。

9時の開店に合わせてサニーマートへ行く。

「よしむらさん」が直ぐにカートを手渡してくれた。

昨夜のカレーがまだ残っていたのでそこそこの買物であったが

お昼のチャンポンに入れるキャベツが高く買えなかった。

地元のキャベツはまだないので長野産のようである。

生産者は潤うかもしれないが消費者には大きな打撃であった。

飲食店を経営している人も大変な苦労だろう。


キャベツの代わりにもやしを入れて大盛チャンポンを作る。

夫はもやしよりキャベツが良かったと不服そうであったが

いざ食べ始めると二人前をぺろりと平らげていた。

しばらくは「一風」にも行けないだろう。

ちゃんぽん風の「野菜ラーメン」が恋しくてならない。


午後はまたお決まりの昼寝で二時まで寝入る。

夫はドジャースの野球を観戦していたが私は全く興味がない。

大谷君にも興味はなく何とも退屈であった。


目覚めてから30分程自室で過ごしていたが

煙草とコーヒーのせいだろうかしくしくと胃が痛み始めた。

胃薬を飲みまた煙草に火を点ける厄介な困り者である。


4時までまた茶の間で過ごす。ドジャースは負けたそうだ。

月曜日なので報道番組があるはずだが夫は見ていなかった。

今日一日何があったのか事故や事件が気になってならない。


また自室へ戻り笠原メイさんの日記を読む。

今日も淡々とした日記で体調も落ち着いているようだった。

例え何があっても彼は決して悲観しないのだ。

そう云うところが好きだなと思う。


私もなるべく楽観的に過ごしたいと思うが

ちょっとしたことで落ち込む性分である。

「まあいいか」とは割り切れずいつまでも尾を引く。

ある意味、根を持ちやすい性格なのだろう。

母には似ていない。おそらく父に似たのだと思う。

その点弟は母に似て「あっけらかん」としているのだった。


穏やかな日もあれば荒れる日もある。

笑顔ばかりではいられず辛い日もあるだろう。

私のように劣等感の強い者は「石ころ」にだってなり得る

蹴られたら痛い。その石を投げ返す勇気もないのだった。


日々は流れるばかり。老いは進むばかりである。

そんな日々を如何にして乗り越えるのか。

「どうってことないさ」と笑い飛ばせるようになりたいものだ。


※以下今朝の詩
 
      泡

  私はわたしを知らない
  まるで泡のように生きている

  ぶくぶくと膨れ上がり
  風が吹くと飛ばされる

  何とみっともない姿だろう
  水にもなれやしないのだ

  泡として季節に寄り添う
  春ならば散り急ぐ花に
  夏ならば灼熱の陽射しに
  秋ならば真っ青な空に
  冬ならば冷たい雪に

  どうせ泡だからとおもう
  やがては消えてしまうだろう

  けれども確かに生きているらしく
  その儚さが愛しくてならない
     









2026年10月11日(日) 空には信号がない

晴れのち曇り。朝の肌寒さもなく日中は夏日となる。

全国的に気温が高かったようで広島や福岡では真夏日だったようだ。

もう10月だと云うのにこれも異常気象だろうか。

長期予報では今年の冬は暖冬になるらしい。


すっかり荒れていた玄関先に娘が花を植えてくれた。

ラベンダーやパンジー。名も知らぬ小さな白い花など

サボテンや多肉植物も並べてあり一気に見違えるようになる。

残念なのは私が植えていた雪柳で枯葉が目立つようになった。

冬を越せるだろうかと心配でならないが見守るしかないだろう。

花のある暮らしは心が和む。いつまでも眺めていたくなる。


今朝は4時のアラームが鳴る前に目が覚めた。

夫はもっと早く起きており寝床に姿が見えない。

私も夫に習い早起きをすることにした。

時間を気にせずにゆっくりと詩が書けそうである。

大した詩ではないが「書きたい」気持ちを尊重したい。



たっぷりと時間がある朝であった。朝の家事を済ますと暇になり

茶の間で横になり一時間程寝入る。

サニーマートは9時の開店だがセイムスは8時半である。

先にセイムスで日用品を買おうと出掛けて行った。

化粧品も買ったので5千円を超えていたが

割引券があったので随分とお得だったようだ。

サニーマートで食料品を買い求めたが

キャベツがとても高く驚く。

お昼にお好み焼きをする予定だったので千切りキャベツを買った。

一袋127円でずっとお得である。

11時になるのを待ち兼ねてフライパンで大きなお好み焼きを作った。

ひっくり返す時に失敗してしまいぐちゃぐちゃになったが

夫が「食べれるけんええぞ」と云ってくれほっとする。


午後は満腹のお腹をさすりながら例の如くお昼寝である。

「そろそろ起きないか」と夫の声がしたのは3時であった。

洗濯物を畳み終え自室で一時間程過ごす。

ひっきりなしの煙草で嫌で嫌でたまらなかった。

高価な煙草をどうして買うのだろうと情けなくてならない。


笠原メイさんの日記を読み終えてからまた茶の間で過ごす。

夫がバラエティー番組を見ていたが少しも面白くなかった。

退屈でならずそわそわと落ち着かなくなりまた自室へ戻る。

煙草の箱が空になるとまた新たな箱を開けてしまう。

どうしようも出来ないことに圧し潰されてしまいそうだ。


やっと5時になり娘と夕食の支度をする。

娘は海老フライを揚げてくれ私はカレーを作ったが

同じカレーなのに娘が作った方が美味しいように思う。

夫も同じ意見で「心がこもってないがじゃ」と云う。

せかせかと慌ただしく急いで作ったからだろう。

そんなカレーも一晩寝かせば美味しくなるのに違いない。


夕食後自室で過ごしてからお風呂に入ったが

得体の知れない動悸に襲われ不安でならなかった。

煙草の吸い過ぎで死ぬかもしれないと思う。

脳だろうか心臓だろうか悲鳴を上げているように感じた。


入浴後に血圧を測ったら正常である。

なんだ死ぬのじゃないのかとあっけらかんとしていた。

死ぬなら死ぬと知らせて欲しいと思う。

まだまだ生きたくてならないのだ。


いくら自分を責めてもどうしようも出来ないことがある。

どのような人生であっても少なからず罪を背負っていた。


※以下今朝の詩


      信号

  深夜の信号は点滅している
  注意を促す黄色の点滅だった

  24時間営業のコンビニでは
  まえだ君が働いている
  彼の車は愛媛ナンバーだ

  「ご苦労さん」と声を掛けると
  まえだ君はもう煙草を手にして
  にっこりと微笑んでいる

  「寒うなったね」
  「風邪引かんようにね」

  まえだ君はもう慣れているのだろう
  少しも眠そうな顔をしていないのだ

  交差点に出て右を向き左を向く
  対向車もなく真っ暗な道である

  信号は眠らない
  黄色の点滅を繰り返しながら
  健気に朝を待っているのだった




2026年10月10日(土) ただひとりの人に

晴れのち曇り。山里ではにわか雨が降る。

大気がよほど不安定なのだろう。

明日も秋晴れは期待出来そうにない。


朝の山道で5人のお遍路さんを見かけた。

最初の二人は外国人でとても背が高い。

声を掛けることは出来なかったが窓から手を振ってみた。

しかし反応はなくしょんぼりと気分が沈む。

やはりタイミングが悪いのだろう。

一生懸命に歩いていれば尚更のことである。


仕事は朝一にオイル交換のお客さんが来てくれた。

足の悪いお客さんで2本の杖を付いている。

「難儀なことよのう」と互いに労りあった。


義父は稲刈りの予定であったが空模様が気になるようだ。

午後には雨になるかもしれないと諦めてしまった。

思うように行かないのでいささかご機嫌斜めである。

細かいことに拘りねちねちと私を責めるのだった。

慣れてはいるがやはり気落ちせずにはいられない。


午後からもオイル交換のお客さんが来てくれて有難いこと。

若いお客さんで今日から三連休なのだそうだ。

待ち時間の間はずっとスマホを操作していた。

話し相手になる必要もなく大いに助かる。


義父は長いこと預かっている車のエアコン修理を始めていた。

部品はとっくに届いていたので直ぐに直りそうだったが

連休明けまで預かるつもりらしい。

そんな時は決して要らぬ口を叩いてはならない。


定時では終われず3時に退社した。

帰り道に平田町と山奈町に車検証を届けに行かねばならず

久しぶりに国道を走った。交通量はとても少ない。

「一風」の前を通ったら「ラーメン」の旗が風に靡いていた。

明日も無理だろう。明後日も無理だろうと思う。


国道沿いの「ちきん館」で買い物をした。

鶏肉専門店であるがお刺身も売っていてとても助かる。

しかもサニーマートよりずっと安値であった。

「びんよこ」のお刺身を3パック買う。

夫と娘夫婦が喜ぶことだろう。


4時過ぎに帰宅。市内は雨が降らなかったそうで洗濯物も乾いていた。

娘が畳んでくれていて大いに助かる。

笠原メイさんの日記は今日も淡々と記してあり

不調を受け止めながら乗り切った一日が見えた。

バンドをしながらアルバイトをしていた頃の彼を思い浮かべる。

どんな音楽を奏でていたのだろう。今は聴くことも叶わない。


5時になり大急ぎで夕食の支度。娘がチキンカツを揚げてくれた。

リミットは5時半でめいちゃんのダンス教室に行かねばならない。

準備を終えためいちゃんが「お母さん早くう」と叫んでいた。


夕食を終えると自室で30分程過ごすのが日課であるが

今朝の私の詩に「ありがとうございました」と伝えてくれた人がいた。

それほどの誉め言葉があるだろうか。一気に救われたような気持になる。

私にひとを癒す力など在りはしないが

寄り添いたい一心で書いた詩であった。

大勢の人に認められることより「ただ一人のひとに」と思う。

誰かの心に沁みるような詩をこれからも書き続けたいものだ。


※以下今朝の詩


     空

  哀しみは空の色
  一点の曇りもない
  澄み渡った空である

  だから涙は似合わない
  心の窓を開いて
  風を受け入れようと思う

  傷ついた心ならなおさら
  風が癒してくれるだろう

  見上げれば真っ青な空
  広く何処までも続いている
  鳥の姿になれば羽根が光り
  陽射しが真っ直ぐに届く

  風は空の息である
  例えどうしようも出来ない事も
  息として見守ってくれるだろう

  やがて哀しみが糧になる
  口に運べば心を満たし
  明日を信じようと思う

  どれほどの哀しみであっても
  空がある限り生きて行けるのだ




2026年10月09日(金) それぞれの人生

小雨が降ったり止んだり。夕方になりやっと晴れる。

気温はそう高くはなかったが蒸し暑い一日だった。

昨日肌寒かったので今日は秋物を着ていたが

半袖で良かったのにと悔やまれる。


朝の道の白い秋桜をうっとりと眺めつつ職場に向かう。

ポストの朝刊はそのままで事務所の電灯も点いていなかった。

やはり昨夜飲み過ぎたのだろう。二日酔いだと決めつける。


それを良いことに2時間程お暇をもらった。

めいちゃんの陸上大会が気になってならずそわそわと落ち着かない。

宿毛市の総合運動場で行われており山里から15分程で着く。

丁度開会式が始まったところだったが生憎の雨であった。

いくら小雨であっても濡れたら風邪を引きそうである。

しかし競技が始まるとぴたっと雨が止みほっとした。

めいちゃんは50メートル走に出ていて8コースだった。

大きな声は出せず心の中で「がんばれ、がんばれ」と応援する。

残念ながら一番ではなかったが一生懸命に走っていた。

大きな学校は選抜だが小さな学校は全員参加である。

大きな学校に敵うわけはなかったが良い経験になっただろう。

ゴールしためいちゃんに声を掛けたら嬉しそうに笑顔を見せる。

娘夫婦は仕事で来れなかったので駆け付けて本当に良かったと思う。


11時には職場に戻っていてぼちぼちと仕事。

お昼前には義父も姿を見せ仕事の段取りを始めていた。

二日酔いではなく野球観戦をしていたそうでそれも良しである。

午後からは市内で「検査員研修」があり出掛けて行った。


法務局に行かねばならず少し早目に退社する。

受付が空いていたので用事は直ぐに済みカーブスに向かった。

法務局の直ぐ前なので近いものである。

お仲間さん達から口々に「今日は早いね」と云われた。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅したが夫はまだ帰っていない。

電話をしたらまだ高知市内を出たばかりで遅くなりそうだった。

玉子焼きは必ず買って帰ると約束してくれてほっとする。


夕食の支度はそこそこに。玉子焼きを充てにしていたので

いつも以上に質素な夕食であった。

食卓に独り座りしんみりと食べる。何と寂しいことだろう。


入浴後やっと夫が帰って来た。玉子焼きはまだ温かい。

義妹の診察が長引いたそうで昼食も食べていなかった。

来月早々にまた入院しペースメーカーの手術をするそうだ。

それも経過が良い証拠で何よりに思う。

そうこうしている内に年末も近づいてくるだろう。

義妹にとっては苦難の年になってしまった。


義弟は「肺がん」を克服し今はすっかり元気になっている。

夫は数年前に脳の手術をしたが幸い再発はなかった。

一番元気だった義妹が難病になるなど誰が思うだろうか。

いつ何があるやら分からないそれぞれの人生である。

だからこそ「いま」を大切に生きて行かねばならない。


※以下今朝の詩


      うさぎ草

  兎だったころ草を食べた
  まるで耳のように長い草で
  くるくると巻いて口に入れた

  チョコレート
  ミレービスケット
  アイスキャンディー

  十円のお小遣いでは
  足らなかったのだろう

  青々としたその草を見ると
  兎だったころが懐かしい

  お母さんに叱られた
  草を食べてはいけないと
  憐れむように私を見た

  私は兎だったから泣かない
  耳をぴんと立てて笑った

  ほんのりと甘い草であった
  明日も食べたいなと思う







2026年10月08日(木) ほうずき色の空

二十四節気の「寒露」露が冷たく感じられる頃。

季節はもう晩秋と云っても良いだろう。

今朝は全国的に今シーズン一番の冷え込みだったようだ。

北海道や長野、岩手でも氷点下を記録している。

季節は確実に冬に向かっているのだろう。

そうかと思えば日中は夏日となった地域が多く戸惑うばかりである。

温度差が身体に堪える。体調管理を怠ってはならない。


今日は義父の83歳の誕生日であった。

今朝は「おめでとう」と伝えたら満面の笑顔である。

例の故障車も直りお客さんが大喜びでやって来る。

義父の事を大学病院の医師だと云って皆で笑い合った。

義父の腕の良さが増々評判になりそうだ。
。

大安吉日でもあり新車の納車もある。

鉄工所のKちゃんが軽トラックを購入してくれたのだった。

真っ赤な「ハイゼットジャンボ」で価格は170万を超す。

奥さんが買ってくれたのだそうだ。素晴らしい夫婦愛である。

今夜は「新車下ろし」の宴会をするとのこと。

義父の誕生日と重なり大いに盛り上がるだろう。

明日はまた二日酔いかもしれないが笑って許したいと思う。


定時を少し過ぎてから退社。またカーブス病の発作である。

昨日のリハビリが効いていて足の痛みも和らいでいた。

私の姿を見るなりお仲間さん達が手を振ってくれて嬉しい。

それは今日も頑張ろうねの合図でもあった。

薄っすらと汗をかき心地よく筋トレを終える。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。15分程自室で過ごしていた。

笠原メイさんは少し体調が良くなったようで何よりに思う。

波のある病気なのでまた辛い日もあるだろう。

しかし日課の詩は欠かさない。その意欲には「光」が見えた。


その後は5時まで茶の間で過ごしていたが

「ただいまあ」とめいちゃんが帰って来る。

明日は市の陸上大会があるので毎日の練習だった。

筋肉痛を訴えており可哀想でならないが

明日はきっと練習の成果を発揮してくれるだろう。

応援に行きたかったが仕事があり諦めざるを得ない。

陸上大会が終れば今度はマラソン大会である。

小学生最後の記念になればと願わずにいられなかった。


娘と夕食の支度。殆ど娘が作ってくれたので楽だった。

私は「マカロニサラダ」を作ったが胡瓜を切らしていて

人参とハムだけの見すぼらしいサラダになった。


明日夫はまた義妹の通院で高知市に行く予定である。

帰りに「たけざきの玉子焼き」を買って来てくれるそうだ。

めいちゃんが「やったあ」と楽しみにしている。


夕食後はまた自室から暮れなずむ空を見上げていた。

ほうずき色の空である。夕陽はもう川向の山に吸い込まれ

まるで仙人が引き止めようとしているようだった。

暮れる。落ちる。そうしなければ明日はやって来ないのだ。


※以下今朝の詩


       駅

  この先道なりに進んで下さい
  左手には四万十川
  右手は鬱蒼とした山並である

  小さな駅が見え始めると
  私が生まれ育った家があった
  しかし今はもう跡形もない
  坂道だけが昔のままである

  すすきの穂と背高泡立ち草
  駅には黄花コスモスが咲く
  そうして静まり返った駅舎
  改札口も見当たらなかった

  干物を背負った行商人が
  宇和島からやって来た頃
  その伊予言葉が耳に残っている
  母はよく鯵の開きを買っていた

  夕方になると蒸気機関車が
  白い煙を吐きながら
  ぽっぽうぽっぽうと駅を発つ
  子供心に何と逞しい姿だったことか

  線路は続くよどこまでも
  歌いながら家へ帰った




2026年10月07日(水) 婆さんの恋

今朝は涼しさを通り越し一気に肌寒くなった。

日中は25℃を超え爽やかな秋晴れとなる。

まだ夏物の衣類で過ごしているがそろそろ限界だろう。

去年の今頃はいったい何を着ていたのか思い出せない。


朝の道の真っ白い秋桜。今朝こそは車を停めようとしたが

県道の反対車線なので行動力が付いて行かない。

情けないものだなと少し気落ちした朝であった。


仕事はぼちぼちの忙しさ。例の故障車の部品が届くのを待っていたが

どうやらまたヤマト運輸のようで義父が苛立ち始める。

ドライバーさんに電話したらまだ平田町に居るとのこと。

義父を宥めつつ平田町まで受け取りに行くことになった。

山里に向かうには必ず通る県道沿いで待ち伏せをする。

20分程待っただろうかトラックがやっと見えてほっとした。

ドライバーさんは苦笑いしていたが急ぎの部品である。

今日も催促があるやもしれず一刻を争うのだった。


大急ぎで部品を持ち帰り後は義父と同僚の共同作業である。

しかし何度もセルを回しても一向にエンジンが掛からない。

いったいどうしたことかと義父は必死で調べていた。

おかげで原因が分かったが中古部品が必要となり

今度は同僚が市内の中古部品屋さんへと走る。

もうお昼を過ぎていたがその部品を交換すると

まるで奇跡のようにエンジンが掛かり皆で大喜びした。


義父もほっとしたのだろう午後から稲刈りをすると云い出す。

友人達には連絡しておらず一人で出来ると云って聞かない。

中手の稲なので作付量は少なく丸一日あれば終わるのだそうだ。

昼食も食べないまま田んぼに出掛けたので気になっていたが

一時間もしない内に舞い戻って来た。

何と困ったことにコンバインが故障してしまったらしい。

今度はコンバインの修理である。さすがに憐れでならなかった。

せっかくやる気になっているのに思うようには行かないものである。


後ろ髪を引かれるような気持であったが

整形外科のリハビリがあり義父に声を掛けて病院へ向かう。

今日も痛みが酷く藁にも縋るような気持ちであった。

リハビリ前の医師との面談で思い当たったのは

湿布かぶれがありしばらく湿布を貼っていなかったことだ。

かぶれはもう治っているので来週には湿布を処方してくれるそうだ。


「痛そうなね」U君も心配顔で施術をしてくれた。

軽い施術であったが痛い処に手が届いたのだろう。

おかげで随分と痛みは薄れまるで「天国」であった。

ふとU君と暮らしたいと思ったが

仕事以外では一切施術はしないのだそうだ。

たとえご両親であっても肩を揉むこともないと笑っていた。

恋する婆さんはただひたすらに週一の逢瀬を待つしかない。

「すごい楽になったよありがとうね」と伝えると

U君はほっとしたような笑顔を見せ「また来週ね」と応えてくれた。


西日を背に受け四万十川沿いの道を帰る。

川面がきらきらと輝いておりなんだか世界の中心のように見えた。


※以下今朝の詩


       道

  この道で良いのだろうか
  立ち止まれば不安になる

  真っ青な空を飛ぶ鳥は
  決して疑うことをせず
  果てしない空の彼方へ
  夢を運んでいるようだ

  たとえ叶わない夢でも
  信じてみようと思う

  道は曲りくねり
  草ばかりが続く

  遠くに見える樹は
  たわわに葉を茂らせ
  まるで道標のようだ

  行ってみないと分からない
  辿り着けば確かなことが
  待っているような気がする

  一歩踏み出せば二歩になり
  すくっと胸を張れるようになる

  この道を行こうと思う
  空がある限り続く道であった





2026年10月06日(火) ちっぽけな雲

雨上がりの晴天。朝の内は涼しかったが日中は暑さを感じた。

全国的にも気温が高く真夏日だった地域もあったようだ。

朝の道の秋桜がほぼ満開となりほっこりと心が和む。

山里の県道沿いには真っ白い秋桜が咲いており

写真を撮りたくてならないが車を停めることが出来ない。

もっと行動力があればといつも思う。


職場に着くとみい太がにゃおにゃおと走り寄って来る。

やがて餌係のお客さんが来ると大喜びである。

がつがつと食べ終わるとまた鳴き始めるのだが

「もっと食べたい」と訴えているのだろう。

鉄工所のKちゃんが「遊んで来い」と声を掛けると何処かに消えて行った。

義父は厳しく「欲しがっても与えるな」といつも云う。

悪い癖をつけてはいけないとそれも義父の優しさだろう。


仕事はぼちぼちの忙しさ。昨日入庫した車は不備が多く

あまり高くなるのなら廃車にしようかとお客さんは云う。

義父が中古部品を探してくれて見積りをしたのだが

お客さんんが納得してくれ車検を受けることになった。

部品さえ揃えば明後日には完了するだろう。


困ったのは例の故障車のお客さんで今日も催促があった。

部品がまだ届かないので今日はどうすることも出来なかったが

よほど苛々しているのだろう。かなりご機嫌が悪い。

会社にとっては厄介なお客さんだが無下には出来なかった。


午後からシステム関係の研修会があり市内に出向く。

何もかもがデジタル化するばかりで付いて行けない。

70歳の手習いではないが覚えなくてはいけないことが沢山あった。

そうしなければ時代に取り残されてしまうのだ。


研修会は3時に終わったがカーブスは諦め近くの病院へ行く。

薬の処方もあったがインフルエンザの予防接種もしておきたかった。

午後はいつも空いている病院であったが珍しく混んでいて

殆どの人が予防接種であった。皆さん危機感を感じているのだろう。

早くも流行の兆しがあり早目の予防が肝心に思う。


薬局の待ち時間が長く急いで買い物をしたが帰宅したらもう5時前だった。

寝転ぶ暇もなく自室へ駆け上がり笠原メイさんの日記を読む。

やはりまだ体調が思わしくない様子であったが

何とあっけらかんとしていることだろう。今日も「心配無用」である。


息子の元お嫁さんもそうだったが季節の変わり目には不調になり易い。

彼女の場合には幻聴や幻覚があり息子も手に負えなかったようだ。

落ち着きがなくなり家事さえも出来なかった事を思い出す。

そんな彼女も今は実家で穏やかに暮らしていて何よりであった。

息子が守り抜こうとしたことは決して否定出来ない。


夕食後また暮れなずむ空を見上げていた。

雲ひとつない夕空に思えたがまるで鮎のような小さな雲が見えた。

そんな雲に自分を重ねると何とちっぽけな存在だろうと思う。

大志を抱くこともない。ただ一心に生きていたかった。

「ほらあの雲ね」きっと誰も気づかなかっただろう。


※以下今朝の詩


     あっこちゃん

  秋子ちゃんはみんなから
  「あっこちゃん」と呼ばれていた

  本を読むのが好きで
  お昼休みは図書室へ行く

  物静かで穏やかな性格
  運動は苦手だったから
  ドッジボールは嫌いだった

  一番好きなのは国語の時間
  音読が得意なので
  教科書を読む時には
  感情を込めて読むのだった
  先生にほめられるととても嬉しい

  放課後は真っ直ぐ家へ帰る
  今夜はシチューかもしれない
  お母さんの笑顔が目に浮かぶ

  銀杏の木が少しだけ色づく
  空にはお魚みたいな雲が見え
  群れをなして泳いでいるようだ

  「ただいまあ」重いランドセルを
  玄関に置くと「おかえりなさい」と
  台所からお母さんの声が聞こえる

  やっぱりシチューだった
  嬉しくて飛び跳ねそうになる

  お父さんが帰って来たら晩ご飯
  早く帰って来ないかなあ

  夕陽が眩しいオレンジ色の雲だ



2026年10月05日(月) 泣きなさい笑いなさい

一日中小雨が降り止まず夜になってやっと止んだところである。

明日は晴天とのことだがまた暑さがぶり返しそうだ。

台風27号が北へ遠ざかったと思いきや今度は28号と29号である。

28号はハリケーンだったそうで日付変更線を越えたのは3年ぶりらしい。

台風シーズンではあるが後から後から何と容赦ないことだろう。

どうかもうこれ以上の災害に繋がらないことを祈るばかりである。


朝の道ではご夫婦らしいお遍路さんを見かけた。

男性は黄色、女性はオレンジ色の雨合羽を羽織っており

雨にも関わらずその鮮やかな色を微笑ましく思う。

荷物はさほど大きくなかったので民宿泊まりに違いない。

歩き疲れた身体を温かいお風呂で癒していることだろう。



ゆるりと月曜日。同僚は車検整備をしていたが

午後にはまた新たな車検が入庫する。

例の故障車のお客さんも来店し催促の嵐であった。

義父がしっかりと説明をしてくれて大助かりである。

また新たな部品を注文したので今度こそ直って欲しいものだ。


経理は相変わらずゼロのままで笑い転げで涙が出そうになる。

「泣きなさい、笑いなさい」昔Rが歌ってくれた歌を思い出す。

Rもきっと思い出す時があるだろうと思えば励みになった。

札幌の短い秋が終ればまた厳しい冬がやって来る。



義父にカーブスへ行きたいと告げ定時で退社した。

「おう!」と機嫌よく送り出してくれてほっとする。

しかし数日前からの足の痛みが辛くてならず

思うように筋トレが出来なかったのが残念であった。

嘆いてしまえばお終いである。何としても前向きに頑張らねばならない。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。

自室で15分程過ごしていたが笠原メイさんが体調不良とのこと。

朝食のお味噌汁も飲めなかったそうで心配になったが

文面からは「心配無用」が伝わって来る。

何があっても前向きに。決して諦めようとしないのだ。

その証拠に日課の詩もしっかりと書いておりほっとする。


5時までは茶の間で報道番組を見ていた。

千葉の印旛沼周辺は未だ冠水しているとのことで気の毒でならない。

子供も居ることだろう。このままでは学校にも行けない。

行政も力を尽くしているだろうが一向に水が引かないのだ。

平穏な日常の暮らしが奪われどんなにか辛いことだろうかと思う。


夕食後はお風呂。それも決して当たり前のことではなかったが

湯船に浸かりながらぼんやりと物想う。

日常のことが愛しくてならない。失いたくないと強く思う。


※以下今朝の詩


     白い夜

  夜が白くなる時がある
  どうしてだろう
  まるで紙のように
  ひらひらと舞っている

  眠りは浅く夢ばかり
  亡き人と会う
  微笑んでいるのだ
  少しも哀しくはない

  語り合えば懐かしく
  その声が耳に残る

  紙にそのカタチを描く
  老いた人も若返り
  何と美しいことだろう

  草木も眠る丑三つ時
  秋の夜らしい肌寒さ
  蓑虫のように丸くなり
  夢の続きを見ようとする

  白は白のままであった
  私は私のままであった




2026年10月04日(日) 雨を見ていた

小雨降る一日。夜になっても止まず今も降り続いている。

随分と涼しくエアコンどころか扇風機も要らなかった。

雨が上がればまた一段と秋めいて来ることだろう。


夜の寝苦しさもなくなり今朝は二度寝をしてしまった。

夫は3時半から起きていたそうで驚く。

5時には空腹を訴え大急ぎで朝食の支度をした。


特に予定もない日曜日で何もする気にならない。

8時頃からまた寝てしまい困ったものである。

買物はサニーマートとセイムスで。

日用品はセイムスがお得でトイレットペーパー等を買う。

店内で久しぶりに親戚のS姉さんに会った。

「足はどうぞね?」と気遣ってくれて嬉しく思う。


帰宅後、夫と一緒に義妹宅へ行く。

体調は良さそうで顔色も良かった。

年内に新車を購入したいとのことで私は「営業」である。

夫の助言もあり近いうちに展示車を見に行くことになった。

今は通院に夫の車を使っているので気を遣っているようだ。

ETCの事もありやはり自分の車の方が気楽なのだろうと思う。


お昼にはまた4人分のちゃんぽんを作って食べる。

今日は海老を入れたのでいっそう美味しかった。

夫も私も大満足でお腹がいっぱいになる。

私はそのまま横になり2時まで寝入っていた。

美味しい物を食べひたすら寝るのが一番の幸せであった。


それから30分程自室で過ごしていたが喫煙に嫌気が差し

また茶の間に戻り今度は4時まで寝入る。

我ながらよく寝れるものだ。半日も寝て過ごしてしまった。


また自室に行き笠原メイさんの日記を読む。

今日はイオンに買物に行っていたそうだ。

そんな日常のひとコマが微笑ましくてならない。


山上秋恵さんがエレクトーンの演奏動画を発信しており

「北の国から」のテーマソングがとても良かった。

心地良く耳を傾けながら窓の外の雨を見る。

川向の山並みが雨に煙り何だか切なさが込み上げて来た。


今朝は寝坊をして夜明け前の詩が書けなかったので

また23年前の詩を引っ張り出して来てSNSに載せた。

苦肉の作とは云え何と愚かな行為だろうと思う。

それでも読んでくれる人がいて有難いことだが

いわゆる詩人と名乗る人からは完全に無視状態であった。

普段の詩もそうだがどうやら「読む価値」がないのだろうと思う。

無名だから仕方のないことだが気落ちせずにはいられない。

「もっと、もっと」と思うそれは私の愚かな「欲」なのだろう。

詩や短歌を書き始めてもう半世紀を過ぎたが

達成感は少しも感じずひたすら地を這いつくばっているようだ。

いくら地に種を蒔いても一向に芽が出ない。

芽が出なければ土の中で枯れて行く運命なのだろう。

歳を重ねるごとにそんな生き方も良いのかもしれないと思う。

土の中だからこそ踏まれる。そうして強くなって行くのだろう。

誰も恨んでなどいない。むしろ感謝しながら生きている。


雨の日には雨を見ながら過ごすのが良い。


※以下23年前の詩

「恵み」



2026年10月03日(土) 人生もまんざらではない

爽やかな秋晴れ。気温も28℃に留まり暑さも少し和らぐ。

最高気温ランキングを見ればやはり沖縄は各地で真夏日である。

最低気温は北海道の十勝地方で氷点下の寒さであった。

同じ日本でありながら北と南とではこんなにも違うのだ。


朝の道で久しぶりにお遍路さんを見かける。

70代位の女性でたった独りで歩いていた。

健脚に見えたが俯き加減に歩いており気になったが

タイミングが上手く掴めず声を掛けることが出来なかった。

「道中お気をつけて」その一言が云えない。


職場に着くとみい太が鳴きながら駆け寄って来る。

餌係のお客さんを待っていたが一向に現れず

餌を与えようとしていたら鉄工所のKちゃんが来てくれた。

「俺がやるけん」元々はKちゃんが飼い始めた猫である。

寒い冬が来る前に家で飼ってやれないものかと思うが

犬を飼っているので奥さんが許してくれないのだそうだ。


工場の仕事はまずまず順調で午前中に車検も完了していた。

義父が検査をしてくれて大助かりである。

お客さんが引き取りに来てくれまた新たな車検の車を持って来てくれた。

今度はワンボックスカーでまだ新しい車である。

来週早々に二台分の代金を支払ってくれるそうだ。


しかしそれは今日のことではないので何とかしなくてはならない。

預金残高は5百円、現金は僅か2千円しかなかった。

ほぼゼロであるがよくもまあやって行けるものだ。

同僚のお給料は週給制であったが先週から未払いになっている。

事情を話せば承諾してくれたが心苦しくてならなかった。

そうしたら義父も気になっていたのだろう。

エアコン修理の2台分を立て替えてくれることになった。

それをそのまま右から左へ同僚のお給料とする。

おかげで今日のところは一件落着となり救われたように思う。


ほっとしていたら例の故障車のお客さんから催促の電話があった。

仕事で必要な車なのでとても困っている様子である。

同僚は頭を悩ますばかりで未だ故障個所が分からなかった。

しかし今日は義父の知恵を借り少しだけ前へ進む。

中古部品が必要となり同僚は市内へと走っていた。

その部品で直れば月曜日には納車出来るだろう。

どうかどうかとひたすら手を合わすような気持だった。


定時では終われず少し遅くなって帰路に着いた。

義父が新米を精米してくれて車に積み込んでくれる。

「もう買わんでもええぞ」と云ってくれとても嬉しかった。

もう遠慮はするまいと思う。少しぐらいは甘えても良いだろう。


4時に帰宅。車からお米を下ろすのが大変で

腰痛持ちの夫は役に立たず娘が家の中に運び込んでくれた。

たかがお米ではない。義父の苦労の賜物である。

「美味しいねえ」と感謝しながら頂こうと思う。


今夜はめいちゃんのダンス教室があるので

お惣菜を買って来ておりすっかり手抜きであったが

娘は手間が省け助かったようだった。

5時半になるとめいちゃんの「行って来ます」の声がする。

ダンスが好きでたまらない様子がとても微笑ましく思う。


夕食後はまた夕焼け空を仰いでいた。

遠くに鰯雲が見えたが近くには真っ黒い雲が不気味に見える。

明日は雨だそうで雨雲がもう出番を待っているのだろう。


今週もやり切った感が半端なく心地よい達成感であった。

ゼロになればまた一から始めれば良い。

今日のように思いがけなく救いの手に恵まれることもある。

だから決して嘆いてはいけないのだと思う。

人生もまんざらではない。もっともっと愉快に過ごしたいものだ。


※以下今朝の詩


      空と海

  空が海ならば風は波だ
  その波間を魚が泳いでいる

  白い魚が紅い魚になる
  夕陽が落ちて行くのを
  引き止める事が出来ない

  やがて紺青の魚になる
  海に星が降って来るのを
  受け止めねばならない

  眠くなれば岩場に身を潜め
  珊瑚礁の夢を見る

  幸せでなくてもいい
  ただ寝息を確かめるだけだ

  朝になれば波が動き出す
  爽やかな秋の風である

  朝陽が射し始めると
  大きく深呼吸をする

  果てしない空である
  果てしない海である





2026年10月02日(金) いまはもう秋

連日の秋晴れ。しかし降り注ぐ陽射しはまだ夏であった。

朝は涼しく日中との温度差が激しい。

やはり足の痛みはそのせいかもしれないと思う。

今更杖に頼るのも抵抗がありひたすら我慢であった。


朝の道は日に日に秋めいており秋桜も直ぐに満開になりそうだ。

いたどりの花、背高泡立ち草、芒の穂と続く道である。

一番逞しいのはいたどりの花で地面にそのまま咲いていて

アスファルトの隙間からも咲き何とも健気である。

やがては枯れるだろうが沢山の種を残すのに違いない。


峠道を越え一番最初の民家には燃えているような鶏頭の花。

黄花コスモスを追うように秋桜が咲き始めていた。

夏野菜は殆ど猿に食べられてしまった畑には

もう冬野菜の種を蒔いたようである。

決して諦めようとはしない。その意気込みが心強い。



工場の仕事は朝のうちにオイル交換があり

お昼前には平田町のお客さんが車検の車を持って来てくれた。

営業ナンバーで牛乳配達をしており明日中に納車しなければならない。

同僚は例の故障車と格闘していたが後回しにした。

義父はまたエアコン修理である。いったい何台目だろうと思う。

まだ日中は暑いので急がなければならない。

他にも待ってくれているお客さんが二人いてパニックになりそうだ。


経理は今日も火の車となり重量税の精算が出来なかった。

仕方なくまた奥の手を使ったがそろそろそれも限界である。

流石に私も心細くなった。笑う門には福来るであるが苦笑いとなった。

来週には大口の入金がある予定なのでもう少しの辛抱である。


義父と同僚に声を掛けて定時で退社した。

カーブスは大いに気分転換となり楽しくてならない。

しかし足の痛みは変わらず思うように出来なかった。

どんな時もあって良しと思う。とにかく継続は力なのだ。


買い物を終えて4時半に帰宅。

今日はまた義妹の通院日で夫と義弟が付き添っていた。

経過は順調なようだがまた一週間後に行かなければならない。

ペースメーカーの手術日もまだ決まらないのだそうだ。

やはり慎重に経過を診る必要があるのだろう。

貧血が治まった義妹が元気なのが何よりである。


高知市に行くと帰りに須崎市内に寄って「たけざきの玉子焼き」を

義妹が買ってくれるのだが、夫はそれが嬉しくてならないようだ。

高知でも有名な玉子焼きで家族もみな大好きである。

如何にも自分が買ったかのように「お土産」とする夫も愉快であった。

義妹からはガソリン代も貰っており困った兄である。


夕食後また自室の窓から夕焼け空を仰いでいた。

今日は鰯雲だったので一段と綺麗で感動する。

「いまはもう秋誰もいない海」そんな昔の歌を思い出す。

空が海ならば風は波である。何だか詩が書けそうになった。


※以下今朝の詩


    足

  足が痛む
  棒のように固くなり
  踏ん張る事が出来ない

  走り続けた人生であった
  立ち止まれば哀しいことも
  振り払うように駆け抜けた

  大根のような足だったが
  その逞しさが支えてくれる
  転ばないように倒れないように
  どれほど助けてくれたことか

  しかし今はゴールが見えない
  いったい何処に向かっているのか

  転ばぬ先の杖であったが
  その杖を手放してしまった
  前途は明るく道を照らす
  幾らでも歩けるような気がした

  足が痛むどうしようもなく痛む

  駆け抜けた日々が遠ざかって行く



2026年10月01日(木) 優しさはほっこり温かい

今日も快晴であったが日中は真夏日となる。

全国的にも気温が高く群馬の桐生市では33℃を超えていたようだ。

10月になったがまだまだ暑さが続きそうである。

台風26号は銚子沖を北上しており熱低に変わるようだ。

千葉直撃がなく何とほっとしたことだろう。

しかし新たな台風27号は真っ直ぐに関東に向かっているようだ。

以前は九州や四国を襲うことが多かったがどうしたことだろう。

これも地球温暖化の影響かもしれない。

難を逃れたからと云って喜ぶのも不謹慎に思う。



今朝は朝の道の良心市に「新生姜」が並んでいた。

夫の好物なので迷わず買い求める。

三欠片ほど入って百円の安さであった。

夫は「生姜味噌」が好きでご飯の友になっている。

お昼のおかずがない時でもご飯に載せて食べているようだ。

青紫蘇を刻み込んだらいっそう美味しいのだが

もう花盛りになっており後は実になるばかりである。


工場の仕事はまずまず順調で今日は消防車の点検があった。

火事などない平和な村なので殆ど走っていないのだが

法定点検は欠かさず会社にとっては有難い仕事であった。

午後は先日トンネル内で故障した車の修理であったが

原因が分からず同僚が頭を悩ませていた。

見兼ねた義父がアドバイスをしていたが決して手を貸そうとしない。

例の如くで「やらせておけ」と見放すばかりであった。

同僚も46年目の熟練工であったがイマイチのようだ。

腕だけではなく頭を使わないといけないと義父はいつも云う。

馬鹿にしているように聞こえるがそれが義父の方針であった。


経理はすっからかん。預金残高は5百円しかなかった。

今日は自賠責保険の精算があり仕方なくまた奥の手を使う。

義父に話したら笑い飛ばされたので私も一緒に笑った。

いくらケセラセラでも歌うようには行かないものだ。


整形外科のリハビリがあり3時前に退社した。

病院に着くと大勢の患者さんで履くスリッパもない。

いつもは大先生と若先生の二人で診察しているが

今日は大先生が休診だったせいだろう。

待合室の椅子も満席で困っていたら席を譲ってくれた人がいた。

今朝から足の痛みが辛かったのでどれほど助かったことだろう。

ひとの親切が身に沁みる。優しさはほっこりと温かい。


U君に足の痛みを伝えると心配してくれて

いつもより軽い施術に留めてくれた。

朝の気温が一気に下がったせいかもしれないと云う。

これから寒い冬がやって来るので少し不安になった。


今日は診察はなかったが会計が混雑しており遅くなる。

サニーマートで大急ぎで買物をし4時半に帰宅。

ジャパネットに注文していた炊飯器が届いていてわくわくする。

明日の朝の美味しいご飯が楽しみでならない。


夕飯は簡単に「鉄板焼き」夫がホットプレートを出してくれた。

薄切りの「窪川牛」であったがけっこう美味しかった。

最後に目玉焼きを焼いて食べるのがまた良い。


食後に自室から夕焼け空を眺めていた。

いかにも秋らしい薄雲がほうずき色に染まってる。

飛行機雲も見えた。まるで雲を一直線に切るように貫いている。

飛行機は苦手で乗りたいとは思わないが

機内から見る夕焼け空はどんなにか感動することだろうか。


そんな夕暮れ時に煙草を三本も吸ってしまったことが悔やまれた。


※以下今朝の詩

 
     息ばかり

  息ばかり声ばかり
  命ばかりで生きている

  途切れないように
  繋ぎ合わせていると
  今にも切れてしまいそうな
  か細い糸が一本あった

  指先でなぞれば震えて
  痛い痛いと呟いている

  嘆いたからと云って
  何も変わりはしない

  どうすれば強くなるのか
  何度も息を吹きかける

  終らない夏がないように
  永遠の命など在りはしない

  真っ直ぐでなくてもいい
  どれほど捻じれていても
  貫こうとしているようだ

  そんな生き方を信じたい






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