酷暑日も一休み。今日は36℃の猛暑日となる。
人間の身体は不思議なもので一度40℃を経験すると
暑さに慣れるのか少々の暑さなら平気になって来る。
今日は風もあり随分と過ごし易く感じた。
しかし今日も九州地方を中心に厳しい暑さとなり
被災地熊本では40℃を超えまるで地獄のような暑さであった。
避難生活をされている方も多くどんなにか辛い一日だったことだろう。
車中泊をされていた方が熱中症で亡くなった報道もあり心が痛む。
断水も復旧せず家は無事でも毎日給水車を待たねばならない。
洗濯、トイレ、お風呂も入れず何と気の毒なことだろうか。
ただただ一日も早く復旧することを願って止まない。

工場の仕事はさほど忙しくはなかったが
義父は稲刈りの準備をしており異常な程の苛立ちを見せる。
声も荒くなり怒鳴り散らすことが多かった。
市内のお客さんに貸していた代車が故障してしまい
同僚が運搬車で搬送することになったのだが
その段取りが悪いと私に散々文句を云う。
苛立ちは頂点に達し私の無能さを酷く馬鹿にする。
パワハラまがいの事を平気で口にする義父であった。
いつものことだと我慢していたが堪忍袋の緒が切れてしまい
私も怒鳴り返していた。「もう辞める」と大声で叫んだのだった。
すると義父は「おう、もう辞めろ」と負けてはいない。
すったもんだしていたがとにかく同僚を市内に向かわせなくてならない。
もう2時過ぎの事であった。義父はまだ昼食も食べておらず
余計に腹が立っていたのだろう。腹の虫も居所が悪いのだ。
昼食を食べに居室に向かったので鬼の居ぬ間に帰ろうと思ったが
何とも後味が悪くあまりにも無責任に思えた。
30分程して義父が居室から戻って来たので
「ちゃんと食べたかね」と訊ねると「おう、食ったぞ」と機嫌が良い。
やれやれと思いながらどれほどほっとしたことだろうか。
3時に退社。もうカーブスどころではなかった。
平田町まで走ったところで同僚から電話があり
故障車のバッテリーが上がっていて始動出来ないとのこと。
Uターンしてまた会社に戻り充電機を持って行く。
お客さんはエンジンは掛かると云っていたので大丈夫と思い
同僚に充電機を持たせなかったのも迂闊であった。
義父に知れたらまた大目玉を食らったことだろう。
市内の大型商業施設に着き同僚が搬送するのを見届ける。
時計を見ればもう4時を過ぎており大急ぎでサニーマートへ行った。
頭の中が真っ白になっており夕食の献立も思い浮かばない。
お炊事をする気力もなくお惣菜を適当に買って帰った。
5時前に帰宅。笠原メイさんの日記はとっくに更新されていた。
淡々とした日常の事。それを読んでやっと気分が落ちつく。
彼の日記はまるで頓服薬のようだった。
今日も書いてくれてありがとうと応援のリポストをする。
お惣菜の「イカマヨ炒め」が美味しいと夫が喜んでいた。
「また買って来るね」とお安い御用である。
めいちゃんのいない夕暮れ時の何と寂しいことだろう。
娘も同じくで「おかさ〜ん」と呼ぶ声も聞こえない。
いつも元気いっぱいで笑顔の子がいないと
何だか灯りが消えた様な我が家であった。
今朝は中学時代の恩師の詩を書いた。
職場のすぐ近くなので訪ねることも考えたが
詩をプリントアウトして郵送で送ることにした。
私の詩や短歌をいつも応援してくれていたので
きっと喜んでくれるに違いない。
直接持って行って手渡すよりも「手紙」のほうが
想いが真っ直ぐに届くような気がしたのだ。
想うだけでは何も伝わらないのだと思う。
思い残すことが何ひとつないような生き方がしたい。
※以下今朝の詩
育子先生
もう10年程だろうか 育子先生に会っていない 毎朝家の前を通るのだが 朝の気忙しさに紛れてしまう
ある朝ご主人が洗濯物を干していた もう90歳が近いのではないだろうか よろよろとした動作が気掛かりでならない
老夫婦が互いを労り合いながら 酷暑の夏を暮らしているのだろう 訪ねて行って暑中見舞いをしたかった
育子先生は英語の教師だった 私は中学に入り直ぐに転校をしたので 育子先生に教わったのは僅かであったが 「シープ」と発音する時の 育子先生の唇の動きが忘れられずにいる
歳月が流れ再会した時に 育子先生は私の事をしっかり憶えていてくれて 「いつでも遊びに来なさいね」と言ってくれた
詩誌を届けたこともあった 育子先生は目を細めながら褒めてくれて 「頑張りなさいね」その言葉に励まされた
育子先生お元気ですか? どうかどうか長生きをして下さいね
百日紅が咲いた育子先生の家の前を 今日も私は仕事に向かう
あまりの酷暑に燃え尽きたような一日。
江川崎では40,8℃と全国一の暑さとなった。
市街地も同じく40℃を超え全国3位の暑さである。
私の住んでいる地区は市街地から10キロ程離れていて
四万十川の汽水域であり海も近いのだが
暑さは変わらず息が詰まりそうであった。
エアコン無しではとても過ごせず朝からお世話になるばかりである。
そんな暑さの中をめいちゃんが元気にプチ旅に出掛けた。
南国市の親戚の家で一週間も過ごすのだそうだ。
いとこ達と会えるのが楽しみで笑顔で溢れていた。
きっと良き夏休みの思い出となるだろう。
朝の内少しうたた寝をしてからサニーマートへ行く。
カーブス仲間のEさんとTさんに会った。
明日また会おうねと約束をしたが叶うだろうか。
仕事の事で頭がいっぱいになっており予定は未定である。
お昼には昨夜の野菜炒めが残っており「ちゃんぽん」を食べた。
「一風」の野菜ラーメンと似ていて大満足である。
その後はお決まりの昼寝となりごろごろと3時まで寝ていた。
自室に行けば室温は40℃もありすぐさまエアコンを点ける。
いつもより早かったが笠原メイさんの日記が更新されていた。
今日は午後から美容院へ行くのでお昼に書いたのだそうだ。
小説は8月29日に発売とのこと。カレンダーに印を付けた。
詩の公募にも精力的に挑戦しており応援せずにはいられない。
4時からはまた茶の間に戻り夫とバラエティー番組を見ていた。
お素麺に塩昆布とシーチキンを入れてポン酢とごま油で味付けした物。
とても美味しそうだったので今度作って見ようと思う。
5時になりサイコロステーキを焼いた。
娘達は夕食不要とのことで助かったが台所はしんみりと寂しい。
夫がこれでもかと云わんばかりにお肉を食べていた。
その口元はやはり不気味でどうしても好きになれない。
お風呂で汗を流すと何と心地良いことだろう。
こればかりは夏の醍醐味だと思う。
冬の入浴は不安で一杯になるが夏のお風呂は大好きである。
あやちゃんの姿をちらっと見たが直ぐに部屋に籠ってしまう。
娘達は出来合いのお惣菜で晩酌を始めていたが
あやちゃんは何を食べているのだろうと気になった。
詮索をすれば娘に叱られるので老婆心に蓋をするばかりである。
午後7時20分。夕陽が沈み始めていて夕焼け空が綺麗だった。
日中は酷暑だったが今は32℃に落ち着いている。
しかし今夜も熱帯夜になるのに違いない。
義父は今日も田んぼに行っていただろう。
同僚も同じく稲刈りを間近に控えている。
山里の事を考え始めたら切りがなかった。
あっけらかんと過ごすことはけっこう難しく
何だかいつも切羽詰まっているような気がしてならない。
日曜日が終れば月曜になる。当たり前の事のように思うが
それも生きていてこそのことだろう。
明日の事が何も分からないから今日に挟む栞が欲しい。
※以下今朝の詩
アラーム
日曜日はおやすみ それが出来ずにいて 午前四時のアラームが鳴る
好きなだけ寝ていればいい 夫は先に寝床を離れていた そんな優しさが身に沁みる
書けるだろうか 途方に暮れる夜明け前のこと たとえ日課だとしても 自分に強いることは難しい
開け放した窓から風が舞い込み 真っ暗な空が薄っすらと白くなる
冷たい珈琲とピアニッシモがあれば いくらでも書けそうな気がする 詩人でもないくせに欲が出て来る
書いたからと云って何の得にもならない ネットの海を漂い続ける藻屑になるだろう
ちいさな波が押し寄せて来る もしかしたら書けたのだろうか
夜明け前に足掻き続けることが 私にとっては生きることに等しい
夕陽が沈みかかっているが気温は34℃もある。
「灼熱」と表現するべきだろうか今日も厳しい暑さとなった。
気温は39℃であったが日本一とは行かず8位に留まる。
それだけ全国的に厳しい暑さだったのだろう。
そんな暑さの中熊本では必死の復旧作業が行われており
その甲斐あって停電は少しずつ解消されているそうだ。
しかし断水は長期戦になるそうで何とも気の毒でならない。
水が無い暮らしの過酷さを知らないがどれ程不自由を強いられていることか。
明日は我が身だと思うがとても耐えられそうになかった。

土曜日だが今日も仕事。いつも通りに朝の山道を行く。
紫陽花街道の紫陽花はずっかり化石のようになった。
ねむの木の花も枯れてしまったがもうこそ最後かもしれない。
元気なのは鉄砲百合。今日は昨日よりも花が多い。
お遍路休憩所には一輪の花も活けられていなかったが
花の少ない時期である仕方ないことに思う。
職場に着けば義父はもぬけの殻で早朝から田んぼに行ったようだ。
無理はさせたくなかったが素直に聞くような義父ではない。
山里でもぽつぽうと稲刈りが始まっており気が気ではないのだろう。
「片目でも稲刈りは出来る」と強気の義父であった。
お昼にはふらふらになって帰って来て朝食も食べていないとのこと。
いくら忙しくてもあんまり事だと思う。
「腹が減ったら戦が出来ない」と二時間程お昼休みをさせた。
午後一に昨日会えなかった建設会社の社長さんが来てくれて
修理代金を支払ってくれ何と助かったことだろう。
おかげで同僚のお給料も準備することが出来た。
ゼロになっていた資金がまた少し潤う。商売は面白いものだ。
土曜日だからと定時で退社した。
「チョコもなかジャンボ」を食べながら帰る。
何と至福の帰り道だろうか。嬉しくてならなかった。
3時半に黒潮町のお客さんと会う約束をしていて
ローソンの駐車場で先日の修理代を受け取った。
いつもは分割のお客さんだがボーナスが入ったのだそうだ。
ボーナスもやはり無くてはならないと同僚の顔が浮かぶ。
4時前には帰宅していて自室でひと休みしていた。
笠原メイさんが小説を2作発表するのだそうだ。
詳しいことはまだ分からなかったが本になるのなら買い求めようと思う。
いったいどんな小説なのだろう読むのが楽しみでならない。
その後は5時まで茶の間で過ごしていた。
夫が録画してあった番組に近藤真彦が出ていて興味深い。
四万十川へ食を求めて旅する番組でけっこう面白かった。
夕焼け空を仰ぎながらこれを記し始めていたが
辺りはすっかり薄暗くなってしまった。
気温は32℃、今夜も熱帯夜になりそうである。
めいちゃんのダンス教室がお休みとのことで
珍しく賑やかな土曜日の夜である。
ただあやちゃんの部屋は静まり返っていて声も聞こえない。
昨夜ちらっと姿を見た切りだが笑顔だったのでほっとした。
何も変わりはしないのだ。これが平穏なのだろう思う。
平凡な日常こそが何よりも幸せなのである。
※以下今朝の詩
兎
兎の目はどうして紅いのだろう かなしいことがあったのか むなしいゆめをみてしまったのか かなわないことばかりである
夏の野原は焼けるように燃えて 熱を帯びた風が吹き抜けていく
草は緑を失わないように 花は枯れてしまわないように
兎は耳をぴんと立てて その声を聴き逃さずにいる
最後に泣いたのは母さんが死んだ日 猟師は母さんの耳を掴むと ぶらぶらさせながら野を去って行った
兎は生き延びようとする 野を駆けながら命を確かめていた 樹々の梢の隙間から光が降って来る
目を大きく見開くと一瞬だけ 目が青くなった時もあった
季節は幾度も巡って来て 夏になれば秋を待ち侘びる
兎の目は紅いままだったが 遠く遥かな未来を見ているようだ
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