雨上がりの晴天。気温は20℃に達し春の陽気となる。
昨夜は本降りの雨になるかと思っていたが
小雨のままで直ぐに止んでしまったようだ。
水不足の解消にはほど遠く残念なことである。
後は菜種梅雨を待つしかないだろう。
朝の国道では白木蓮が随分と散ってしまった。
その家の人が掃き掃除をしたらしく
道路から歩道に向けて花びらが寄せ集められていた。
それは白ばかりではなく朽ちた茶色の花びらもあり
胸が締め付けられるような悲哀を感じずにいられない。
咲けば散るのは当たり前のことだが
何だか花の死骸のように見えて心が痛む。

職場に着けば義父の友人がもう苗を運び始めていた。
そうしてまた別の友人も夫婦で来てくれる。
二台の軽トラックで運ぶので何と早いことだろう。
育苗機の中の苗はあらあらと云う間に運び出されて行った。
今度はまた種蒔きである。来週早々になりそうだ。
義父は足腰の痛みを訴えており辛そうであったが
老体にムチを打つように気力だけで頑張っているようである。
苗運びは午前中に終り午後にはトラクターで田起こしに行った。
工場の忙しさも気になるのだろう同僚に指示することを忘れない。
明日も祭日返上を考えていたが同僚が予定があるとのこと。
金曜日の休業は手痛く仕事は山積みであった。
事務仕事も忙しく朝からパソコンの前から離れられない。
難しい入力作業がありシステムサポートに助けてもらった。
リモート操作であるがサポートの女性も初体験とのこと。
二人でああでもないこうでもないと交互にマウスを動かす。
やっと出来た時には「良い勉強になったね」と笑い合った。
定時では終われず退社が遅くなってしまったが
カーブスを諦められずまっしぐらに向かった。
いつものメンバーさんには会えたが皆先に帰ってしまった。
すると時間帯が変わったせいで全く知らない人ばかりである。
それも新鮮に思えたが少し緊張感が走っていた。
サニーマートに行ったらカーブス主催の「血管年齢」の測定をやっていて
顔なじみのコーチに誘われ私も測定をしてみた。
すると実年齢よりもずっと若く62歳だったので驚く。
血管年齢と血圧との関係は定かではないが
少しぐらい血圧が高くても大丈夫のように思えた。
血管は62歳だと思えばまだまだこれからの人生である。
5時前に帰宅したが娘たちが出掛けており5時を過ぎても帰らない。
電話があり夕食の支度には間に合いそうにないとのこと。
海老フライの予定であったが後回しにして煮物とサラダだけ作る。
食い意地の張っている夫は海老フライが食べたかったのだそうだ。
6時前には娘たちが帰って来て海老フライを作り始めていた。
あやちゃんも手伝っており娘と肩を並べている。
背が高くなったなと思う。髪の毛も腰まで伸びていた。
娘に「そろそろ美容院へ行ったら」と告げると
凄い剣幕で怒り「ばあちゃんが決めることじゃない」と怒鳴る。
髪を切るのもあやちゃん自身が決めることなのだそうだ。
だから周りがとやかく口出ししてはいけないらしい。
娘に叱られると悲しい。老婆心もすっかりしゅんとなる。
夫は知らない事だったが知れば夫にも叱られたことだろう。
私の老婆心は半端なく「大きなお世話」で出来ているようだ。
けれどもどうして見て見ぬふりが出来ようかといつも思う。
※以下今朝の詩
散歩道
いくらでも歩けた頃 川辺は私の庭であった
石段を上り詰めると ながい土手の道が続き 大河の流れを見渡す
突き当りまで歩くと 神社の鳥居が見える 桜の木が植えられており 春が楽しみな道であった
川辺へと続く石段を ひとつひとつ下りる 春ならば蓬や蒲公英 土筆も沢山咲いていた
ひっそりと佇む大師堂 蝋燭に火を灯し線香を立てる そうして拙い般若心経を唱えた
上流へと続く道は「あかめ道」 赤い目をした大きな魚がいる 川底には古い墓石が沈んでおり 潮が引くのを待っているようだ
下流へと続く道は果てしなく 大橋の向こう側には河口が見える 南風が吹けばほんのりと潮が匂う けれども海まで歩くことはなかった
春夏秋冬の景色が目に浮かぶ もう二度と歩くことは出来ない
不自由な足をさすりながら 散歩道が恋しくてならなかった
ぽつぽつと小雨降る一日。
春雨のはずであったが気温が低く冷たい雨であった。
桜の蕾には催花雨となったことだろう。
雨不足でどんなにか水を求めて耐えて来たことか。
桜便りは届いたがまだ山里には一輪も咲いていない。
平田町の桜並木も同じく蕾があるのかさえも分からなかった。
山里では水を張られた田んぼが目に付くようになったが
やはり深刻な水不足とのこと。義父も頭を悩ましている。
先日蒔いた種籾はもう発芽し明日はハウスへ運ぶらしい。
苗ばかり増えても肝心の田んぼが心許ない有り様であった。
ハウスの苗にも毎日水を遣らねばならず大変な苦労である。

今日は雨のおかげで朝からずっと義父が居てくれて大助かりだった。
例の大型車の請求書もやっと仕上がり郵送を済ます。
月末までには入金となるだろう。高額なのでもう安堵しかない。
義父も決して会社を見捨てた訳ではなかった。
ただ高齢でもあり二足の草鞋が辛いだけなのだろう。
どちらも完璧に済ますほどもう若くはないのである。
午後も仕事が忙しくなり大急ぎで整形外科に向かった。
予約時間ぎりぎりであったがU君が笑顔で待ってくれていてほっとする。
施術中にあれこれと語り合うのが楽しみであるが
今日はU君が身体障害者であることを打ち明けてくれた。
いつも片足を引き摺っているので気にはなっていたが
どうやら子供の頃から障害を抱えていたらしい。
根掘り葉掘りと訊くことでもなくそれ以上は訊いてはならない。
しかし決して辛い子供時代ではなかったようである。
よく理学療法士の道を選んだと感心せずにはいられなかった。
自分の身体を二の次にして誰かの役に立ちたいと思ったのだろう。
そんなU君のことが増々好きになった。
買い物を終えて4時半に帰宅。
昼間あやちゃんが茶の間に下りて来ていたそうで
「遅くなったけどお誕生日おめでとう」と夫に告げてくれたのだそうだ。
本当は昨日伝えたかったのだろう。でもそれが出来なかった。
あやちゃんなにりそのことを悔やみ今日は勇気を出したのだと思う。
「こんなに嬉しいことはないぞ」と夫も感動したようだ。
「人並み」とは何だろうと改めて考える。
毎日学校へ行って勉強し部活をすることだろうか。
友達とラインを交し皆と仲良くすることだろうか。
恋だってするだろう。胸がドキドキすることも。
そんな全ての事を手放しているのである。
しかしそれを決して憐れだとは思はない。
閉じ籠っている殻にも春の風がきっと届くだろう。
桜が咲けば夢のように想像をふくらます事も出来る。
私達は一丸となってそんなあやちゃんを見守り続けたい。
※以下今朝の詩
開花
あたりまえのことなど ひとつもありはしない
花はどれ程の寒さを 乗り越えて来たことか 厳しければきびしいほど 根を張り続けて耐えた日々
枯木になることをおそれた 不安でならなかったけれど 空がある限りと枝を伸ばし 風を受け止めて来たのである
老木ならば尚更のこと 命にしがみつこうとする いったい誰が守ってくれよう
花として咲けば歓喜の声がする 永遠の命など在りはしないが 凛々と空を仰ぐ真っ新な春であった
彼岸の入り。あの世とこの世を真っ二つにするようなイメージがある。
季節も同じく冬と春を引き裂くのではないだろうか。
風もなく穏やかな晴天となりすっかり春の陽気であった。
朝の道の春遍路さんも多くなり今朝も三人見かける。
真っ先に背中の荷物を見るのが常になっており
一人は背中がすっぽり隠れるくらい大きな荷物だった。
おそらくテントが入っているのだろう。
昨夜は何処で夜を明かしたのだろうと気になる。
昼間は暖かくなったが朝晩はまだ冷え込むことが多い。
そうして朝食は食べただろうかと気になる。
国道沿いにコンビニはあるが随分と離れた場所であった。
以前に会ったお遍路さんは携行燃料とお鍋を持っていた。
お接待で大根を頂いたが調味料を切らして困っていたのである。
お醤油とお砂糖を届けたのは「お大師堂」での出来事であった。
思い起こせばどれ程のお遍路さんと縁があったことだろう。
今はお大師堂へ出向くこともなくなり情けないことである。

仕事は昨日に引き続き朝から義父が大荒れである。
散々怒鳴り散らしてからまた田んぼの草刈りに行く。
慣れているつもりでもさすがに精神的に辛いものである。
お昼には帰って来てくれて何とか急ぎの仕事だけは済ます。
ただ書類にサインするだけだったがその寸分を惜しむのである。
午前中の作業が捗ったのか機嫌はまずまず良くなっていた。
「お昼もちゃんと食べんといかんよ」と云うと「おう」と素直に頷く。
取引先の中古部品屋さんに届け物があり2時前に退社した。
早目に行動したのが幸いし今日もカーブスへ行けて何よりである。
足の痛みは殆ど無く今日も絶好調であった。
サニーマートでステーキ肉を奮発する。
今日は夫の74歳の誕生日でお肉を食べたがっていた。
いつも遠慮を強いるので今夜は食べたいだけ食べさせてやりたい。
夫の何と嬉しそうな顔。うはうはと美味しそうに食べていた。
ビールだけではなく濁り酒も飲んでいかにも誕生日らしい夜である。
出会った頃には27歳だった夫がもう74歳である。
若い頃の苦労は買ってでもしろと二人で乗り越えて来た歳月だった。
父となりそうして今は祖父となり穏やかな老人である。
「俺はもういつ死んでもええぞ」と聞くたびに悲しくなる。
かと云って夫を残してどうして先に死ねようか。
人生の歯車は規則正しく回り続けていてまだ止まりそうにはない。
もし止まりそうになったら何としても支えようと思う。
夫のいない暮らしなど考えられなかった。
直ぐ後を追って死んでも良いとさえ思う。
「おじいさん」と夫を呼ぶ日々。夫は「ばあちゃん」と私を呼ぶ。
春の真っ只中で生まれた夫が誇らしく愛しくてならない。
※以下今朝の詩
桜便り
桜ちゃんから手紙が届いた もうすぐ春休みだから 家族旅行をするのだそうだ
私の町にも来てくれるって 学校の校庭で会う約束をした お友達にも知らせなくては
ポニーテールが目に浮かぶ 髪も長くなっただろうな 背も高くなっただろうな
どんな話をしようかしら わくわくと胸がたかなる
春が来る度に思い出していた 桜ちゃんが笑うとえくぼが出来て とても可愛らしかったこと
お別れした時には悲しくて 涙がほろほろと流れたっけ
「またきっと会えるから」 指切りをした日がなつかしい
桜ちゃんに会える 春休みが楽しみでならない
朝のうちはやはりまだ寒くお昼頃から暖かくなる。
明日から次第に下り坂の天気だそうで
催花雨だろうか二日ほど雨が降りそうである。
今日は高知城下の桜が開花したとのこと。
東京より早く岐阜と並んで全国トップだそうだ。
隣町の宿毛市でも独自の開花宣言があり
もう直ぐ四万十市も桜の季節になることだろう。
早咲きの桜は多く見られたがやはり染井吉野でなくてはならない。
人々の心を和ます優しい花であった。

さあ月曜日と勇ましく出勤したが既に義父の姿はなかった。
草刈り機を積んだドラックがなかったので田んぼに行ったようである。
急ぎの仕事があったがどうしようもなく諦めるしかなかった。
義父次第の事で思うように行かないのが歯がゆくてならない。
午後から市内でまた会議があったので忘れてはいないかと気になり
電話をしたら「忘れる訳がない」と荒い声で怒鳴られてしまった。
良かれと思ってしたことが裏目に出ると何とも辛いものだ。
もう何もかも嫌になる。ふと仕事を辞めたくなってしまった。
しかし冷静になって考えると義父も必死なのである。
雨になるまでに何とかしようと焦っているのだろう。
お昼には帰って来たが話す暇もなかった。
急いで昼食を食べたらしく市内へと車を飛ばして行く。
おそらく明日も田んぼだろう。もう手の付けようがない。
法務局へ行く用事があり2時過ぎに退社した。
カーブスは3時からなので余裕を持って行かねばならない。
幸い法務局はカーブスのすぐ近くなので助かる。
カーブスのコーチが今日も声を掛けてくれて
私が杖を必要としなくなったことが評判になっているのだそうだ。
気恥ずかしい話であったが素直に嬉しいと思う。
メンバーさんの中にも身体に痛みを抱えている人がいるだろう。
そんな人達の励みになればこの上ないことである。
「継続は力なり」これからも筋トレに励もうと心に誓う。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅。
つかの間であったが夫と大相撲を観ていた。
今場所は誰が優勝するやら予測が付かず「面白いぞ」と喜ぶ夫であった。
毎日上機嫌でよろしい。明日は74歳の誕生日である。
夕食に「きんぴらごぼう」を作ったら無性に白いご飯を食べたくなった
いつもはご飯を抜いているのだが今夜は特別である。
お茶碗ではなくお皿で食べた。ほんの一口のつもりだったが
もっと食べたくなりお皿に三杯も食べてしまった。
ご飯を食べるとどうして太るのだろう。主食なのにと思う。
体重は年齢と比例しておりこのまま70歳になりそうだ。
ウエストが58センチだった頃がある。
バストは確か78センチだったと記憶している。
今はお腹周りが100センチになっているようだ。
何と恐るべし体型だろうか。まるでお相撲さんであった。
「はっけいよいのこった」毎日土俵に上がっており千秋楽もない。
これでもかこれでもかとぶつかっている相手は誰なのだろう。
怪我をしても休場は許されない。這ってでも闘わねばならない。
引退する日が来るのだろうか。それも定かではなかった。
ふう、もう疲れちまったな。呟く夜も多くなったこの頃である。
※以下今朝の詩
悪夢
くるしい夢から目覚める やっと逃れられたようだ
むかし三月に雪が降った 菜の花も桜草も雪に埋もれ 寒かろう辛かろうと思った
川辺も一面の雪景色である 川漁師の船が上流へと向かう 水しぶきを浴び凍えそうだった
そろそろ野すみれの咲くころ 緑の蓬もすっぽりと雪に埋まり 真っ白な夢を見ているようだ 怖ろしくはないか哀しくはないか
やがて春の陽射しが降り注ぎ 雪は跡形もなく消えて行った
夢の続きなどもう見たくはない
| 2026年03月15日(日) |
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる |
最高気温が18℃まで達し風もなく穏やかな晴天。
日曜の朝はゆっくりと洗濯物を干せるのでそれもよし。
庭先の花にも水遣りをしほっこりと眺める。
雪柳はまだ少し花が残っているが
もう緑の新芽が見え始めていておどろく。
5月まで置けば剪定の必要がないのかもしれない。
春を越し夏を越すのだろうか興味深い花であった。
娘が育てている多肉植物も寒さを乗り越え
ふっくらと膨らんで来ており楽しみである。
小さな鉢ばかりであるが可愛らしく並んでいる。

スローライフも良いものでふと仕事を退いた時を思い浮かべる。
家庭菜園に憧れているがもう荒れた畑を耕すのは無理だろう。
庭に大きなプランターを据えて野菜を育てるのも良さそうだ。
出来る事が少しずつ増えて行く。それもささやかな夢であった。
夢とは裏腹に朝からごろごろと寝てばかり。
せめて本でも読めば良いのにそれすらも出来ない。
読みかけの本もあったがもう開く気にもならないのだった。
日曜日は高知新聞の歌壇を楽しみにしているのだが
今朝は夫が先に確かめてくれて「おまえの名前はないぞ」と
少しも残念そうな顔をせずに教えてくれたのだった。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」なんて嘘っぱちだと思う。
もう投稿を止めてしまおうかと思いつつ諦められずにいる。
お昼にはまた握り寿司を食べた。それからインスタントラーメン。
握り寿司は高いが外食するより安上がりだと夫は云う。
出不精の夫に回転寿司をせがんでも無理な話であった。
私は炙りサーモンが食べたい。ポテサラの載ったお寿司も食べたい。
午後はまたお決まりのお昼寝であったが
夫が東日本大震災の実話ドラマを見ていたので一緒に見る。
医療従事者や自衛隊員が主人公だったが
実話となれば胸に迫るものがあり心が痛む。
そうしてそれが南海トラフ地震と繋がれば大きな不安しかなかった。
明日は我が身である。どうして避けられようかと思う。
その後一時間程うたた寝をしただけでもう眠れなかった。
しばらく自室で過ごしていたがまた煙草ばかり吸ってしまう。
もううんざりなのに止められない。私はいかれているようだ。
それから大量の洗濯物を畳んだがあやちゃんの衣類が一枚もない。
どうやら昨夜もお風呂をサボってしまったようだ。
娘は何も云わないので私もそっとしておくしかなかった。
あやちゃんにはちゃんとした日課があるのだと思う。
自由気ままに過ごすことが大切なのではないだろうか。
老婆心は痛むばかりだがこれからも見守ってやりたい。
夕食後ひと休みしてお風呂に入ったが
暖かいと思い浴室暖房を点けなかったら思いがけずに寒かった。
まさか死にはしないだろうが不安でいっぱいになる。
やっと乗り越えた冬である。今更どうして死ねようか。
もうすぐ桜の蕾も膨らむことだろう。
待ちに待った本物の春がやって来る。
私は未完成かもしれないがそのうちきっと完成するに違いない。
蕾を千切る人など誰一人いないのだ。
※以下今朝の詩
完成
ちまちまと縫っている もう少しで完成だ
時々息が足らなくなって 大きく吸いこむ時がある
うっかり珈琲をこぼして 汚してしまう時もある 切り抜いて捨てればいいが 滲みになるのを待ってしまう
針に糸が通らない 目を細めて何度も繰り返す 何とちいさな穴だろうか
糸が縺れてしまっても 諦めるわけにはいかない
いちまいの布であった いったい何を縫っているのか 自分でもわからないけれど
完成はちかい こころにすうっと布が広がる
朝の寒さを打ち消すように日中はぽかぽか陽気となった。
降り注ぐ陽射しにはまるで天使が宿っているようである。
週間予報を見るとしばらくは暖かい日が続くようで
彼岸の入りとなれば本格的な春となるだろう。
しかし今年は夏の訪れが早いとのこと。
5月になればもう初夏の風が吹き始めそうである。
日々が背中を押されるように過ぎて行く。
3月も早中旬になろうとしている。
今朝は国道沿いの白木蓮が散り始めていた。
白い花びらが道路に落ちているのを容赦なく車が轢いていく。
無残で憐れであるが「花の定め」だと思うしかない。
花の見納めも近くなり切なさが込み上げて来る。

今朝は仕事で失態があり義父にこっぴどく叱られてしまった。
「経営者として失格」なのだそうだ。
後先の事を考えずに行動してしまうのは私の欠点であるが
これ程までに叱られたのは初めてであった。
義父が諄いのは今に始まった事ではないが
ねちねちと責める口調には流石に参ってしまった。
思わず「もう辞めろうかね」と告げると義父の顔色が変わる。
自分でも云い過ぎたと思ったのだろうやっと静かになった。
責められるのは辛かったが悪いのは私である。
もう二度とあってはならない事だと大いに反省した。
午後からは種籾を撒く作業である。
今日も彼女さんと友人夫婦が手伝いに来てくれていた。
人手は多いほど捗るのだが段取りが忙しかったようだ。
友人夫婦には知らせていなかったのにどうしてだろうと云う。
義父は何だか有難迷惑のような顔をしていた。
同僚が車検整備を完了したのを見届けて帰路に就く。
「FMはたらんど」のたかちゃんの笑い声が愉快でならない。
まるでお腹を抱えて笑っているような大きな声だった。
友人ではなくただの知り合いであるのが少し残念に思う。
「私の友達よ」と自慢をしたいのだろう。
買い物を終えて4時に帰宅。娘婿はまた釣りに行っていたらしい。
その釣果の殆どをご近所さんに配ってしまうので
新玉葱や原木椎茸が届くのが常であった。
もちろん釣った魚は私達の口には入らないのである。
今夜はカレー。娘と肩を並べて大急ぎで作る。
5時半にはめいちゃんをダンス教室に連れて行かねばならない。
大急ぎで作った割にはとても美味しいカレーだった。
カレー好きのあやちゃんもにっこりと微笑む。
夕食後は15分程自室で寛ぐのが日課だが
北海道のフォロワーさんが大手術を控えているとのこと。
「きっと生きて帰る」とポストしていたので心配でならない。
励まして良いものか迷ったがどうして無視が出来ようか。
「きっと帰って来て下さい。待っています」とコメントを送る。
しかしそれが届いたのか分からず夜になってしまった。
昨年まではとても元気で運送業の仕事をしていた。
春の山菜が好きでよく手料理の写真を見せてくれていたのだった。
今年の山菜採りはもう無理なのだろうか。
厳しい冬を乗り越えこその春の幸である。
Rなら「どこの馬の骨やら」と笑い飛ばすことだろう。
そのRさえも消えてしまったネットの海であった。
魚は群れをなすがたった独りきりの魚もいる。
海は果てしなく広く何処までも泳いで行けるが
生き抜くためにどれほどの試練を受け止めていることだろう。
※以下今朝の詩
母子草
母さんあったかいね 寄り添えばなおさら 触れる肩がぬくもる
少女の頃の記憶は 辛く哀しかったけれど 恨んでも何も変わらない
母から手紙が届いたが 一度も返事を書かなかった ゆるしてはならないと 唇を噛みしめていた日々
愛しさが花になる それは野の片隅に ひっそりと咲いた
そよそよと風は春 けれども 「あいたい」の一言が云えない
空はどこまでも続き 母も同じ空を見上げているだろう
母さんさびしいね ゆるしてね母さん
何度目の春だろうか 歳月は流れ続け 私も母になった
春は名のみの風の寒さや。
陽射しはたっぷりとあったが風が強く吹き寒さを感じた。
明日も風が強くなるそうで花粉の飛散も多いとのこと。
私は幸い花粉症ではないが夫は毎日薬を飲み続けている。
どれ程の風であっても春には違いなく
今朝も白木蓮の花を仰ぎつつ職場に向かった。
山道の集落にある良心市には先日から何も置いていないが
そろそろ新玉葱やタラの芽が並ぶ頃である。
タラの芽が出始めると道路沿いに大きな看板が出るのだが
まだかまだかと待ち侘びるばかりであった。
峠道は冬枯れた景色が続き何とも寂しい。
セイタカアワダチソウがまるで老婆のように立っている。
新緑の季節にはまだ遠く山の樹々もひっそりと佇む。
峠道を越え山里の集落が見え始めると畑には菜の花が咲き
大根の白い花も咲いており心がほっと和む。
しばらく走っていると民家の畑に大きなミモザの木があり
もう花の盛りは終わりかけているが鮮やかな黄色が見事であった。
もう少し走ると道端に遅咲きの白木蓮の木があり
昨日まで蕾だったのが今朝は咲き始めており何とも可愛らしい。
これが春でなくて何だろうと思う。山里はいちめんの春であった。
寒緋桜がまだ咲いているのを確かめ桃の花が増えているのを確かめる。
そうしてトンネルを抜けると一面の田園地帯が広がっている。
義父の作っている田んぼも見え田植えの光景が目に浮かぶのだった。

義父は今日も高知市で会議があり朝から出掛けて行った。
整備振興会の委員長や理事を任されており年に数回会議がある。
もう高齢だからと退くことをしないのは責任感の強さだろうか。
根っからの「仕切り屋」さんなので一目置かれているようである。
工場は午前中に車検整備と一般修理を完了し
午後は同僚も「のらくら二等兵」であった。
三時過ぎにタイヤ交換の予約が入っていたのでひたすら待機である。
事務仕事もそこそこで午後は欠伸が出るほど暇であった。
同僚と肩を並べて煙草ばかり吸ってしまう有り様である。
そんな暇をこれ幸いとさっさとカーブスへ向かう。
昨日は出来なかったので今日は張り切っていた。
足も軽快に動く。薄っすらと汗をかき何とも心地よい。
「カーブスエッセイ大賞」の募集があるのだそうだ。
全国の応募なので狭い門だが書いてみようかなと思う。
何事も挑戦である。書かなければ何も始められない。
買い物を終え4時に帰宅したら夫が「おやつがあるぞ」と云う。
お昼に娘がお好み焼きを買って来てくれたのだそうだ。
夫は早目に昼食を終えていたので食べ切れなかったらしい。
私は空腹でならなかったので大喜びでがつがつと平らげる。
当然のようにお腹がいっぱいになり夕食どころではなかった。
私にとって食べる事と寝る事は「生きる」ことに等しい。
一番は書く事だがお腹が空いたら力も出ないだろう。
食べて寝て書く。私の身体はそんなシステムで出来ている。
夜明け前に詩を書くのが日課だが
珈琲と煙草は欠かせない。時たま途中で便意をもようしトイレに走る。
「ああすっきりした」とまた詩の続きを書き始めるのだった。
それが不思議と違和感がない。我ながら見事な集中力である。
いったい誰が途中で「うんこ」をしたと思うだろうか。
とんとんとんと日常の事を織るように過ごしている。
糸が切れたりほつれる事もあるが気にしないことだ。
織姫は一年に一度しか愛しい人に会えないが
私は毎日愛しい人に会うことが出来る。
※以下今朝の詩
シクラメン
耳を澄ましている それは微かな音だった
冬の花でありながら たくさんの蕾をつけ 日々を咲かせている
きょうの花あすの花 紙縒りのような蕾が 次々に開いていく
首をもたげている蕾もある いったい何が哀しいのだろう 寄り添えばきっと 打ち明けてくれるだろう
きょうの花あすの花 いのちの音が聴こえている
晴れたり曇ったり。日が暮れてから雨が降り始める。
この雨で寒の戻りも収まるかもしれない。
一雨ごとに春が深まるのを待ち望むばかりである。
梅の花はすっかり散ってしまい河津桜も葉桜となった。
後一週間もすれば染井吉野が咲き始めることだろう。
高知よりも東京の開花が早いとのこと何だか不思議でもある。
庭先の葉牡丹がすっかり伸びて小さな花芽が見え始めた。
菜の花とよく似た花が咲くのも楽しみである。
花屋さんでは売れ残った雪柳が何とも憐れだった。
値下げもせずに隅の方に押しやられているが
もう買い求める人も居ないことだろう。
新しい花がたくさん並んでいるので余計に憐れに見える。
老いも若きもと云うべきだろうかどんな姿でも花に違いない。

今日は義父の友人夫婦が2組も来てくれてハウスへ苗を運んでいた。
育苗機の中の早苗はもう5センチ程に伸びていて驚く。
軽トラック2台でひっきりなしに苗を運んでいた。
人手は多いほど助かりお昼前には全ての苗を運び込む。
義父は休む間もなくまた次の種籾の準備を始めていた。
その傍らで車検完了の車を愛媛の愛南町まで納車に行ってくれる。
あれもこれもと一つの身体では足りない忙しさであった。
午後も新たな車検の車が入庫し同僚も休む暇もない。
私もカーブスどころではなくなり一時間の残業となった。
諦めたくはなかったが何を優先するかである。
もし仕事を放り出して行ったとしても楽しめるはずはない。
これは大切なことでこれからも教訓にしようと思う。
買い物を終えて4時半に帰宅。夫と少しだけ大相撲を観ていた。
5時前に自室に行きSNSを見ていたら通知があり
真っ先に「笠原メイ」さんの日記へ飛んで行く。
今日は一番だった。子供みたいに嬉しくてならない。
淡々とした日記であったが感動せずにはいられなかった。
最後の詩には不思議なリズムがある。
何だか言葉が踊っているような軽快さがあった。
おそらく何か音楽を聴きながら書いているのだろう。
スマホではなくパソコンでその動く指先が目に見えるようだ。
私の詩を「オン書き」だと教えてくれたのは詩人の白井明大さんだが
ずっと「めいさん」と呼ばせてもらっていて「メイさん」と重なる。
これはあくまでも偶然であるが不思議な縁を感じた。
おまけに我が家にも「めいちゃん」が居るのである。
たった一度きりの人生に三人の「めい」に恵まれたのだろう。
そんな人生も残り少なくなったが魂は何度でも巡り会うのだそうだ。
たとえ死んでしまっても来世できっとまた会えるのである。
「いま」がその来世だとしたらいったいいつ出会っていたのだろう。
そう思うとこの記憶を永遠に保ち続けたいものだ。
※以下今朝の詩
仕舞い
浮んでは沈むようなこと 冬であったり春であったり
早春を知らせた花が散り急ぎ 葉を残せばそれも春であった
裸木となる仕舞もある もう何も身に着けずに 枝を空に伸ばすばかり
陽射しは隔てなく降り注ぐ 風の声も優しくなったようだ
季節の栞がはらりと落ちる ここまでではない ここからなのだ
向かうべき道が見える 苦にするようなことは 何ひとつないのである
朝は冬の寒さが続いているが日中は少し暖かくなる。
風があるのとないのとでは随分と違うものだ。
あの日も確か晴れていた。15年前のことを思い出す。
津波に呑み込まれた多くの尊い命であった。
忘れないことが供養だと云う。
いったい誰が忘れるだろうかと思う。
どれ程歳月が流れても決して忘れることはないだろう。

同僚が通院のため午前中はまるで寝ているような工場であった。
義父が待機してくれていたが今日は種籾を干すとのこと。
庭に筵を何枚も広げ手で撫でながら干すのである。
11トンもの土が要るのだからまだまだこれからだろう。
無事に田植えに漕ぎ着けるように祈るばかりであった。
午後には同僚が来てくれて工場も目を覚ます。
昨日入庫していた車の車検整備が完了する。
今日は新たな車検予約を受け入れていなかったが
明日からまた忙しくなりそうだ。
経理は思った通りとなり自賠責保険を精算すると残り僅かとなる。
何と逃げ足の早いことだろう。追い駆けることも出来なかった。
例の大型車の請求書さえ出来ればと思うが
忙しそうにしている義父の手を止める訳にはいかない。
焦ってもどうしようもなくまた明日の風に吹かれるしかないだろう。
整形外科のリハビリと診察があり3時過ぎに病院へ着く。
予約時間より早かったが直ぐに名前を呼ばれた。
昨日の足の痛みはもう薄れており今日はとても楽であった。
療法士のU君に話すと痛みにも波があるのだそうだ。
一喜一憂しながらであるが痛みと付き合って行かねばならない。
リハビリを終えてからの診察で医師と語り合う。
杖を必要としなくなっただけでも好転しているのだろう。
しかし無理は禁物で転倒だけは避けなければいけない。
医師はいつも親身になってくれてとても心強かった。
4時半過ぎに帰宅。何とめいちゃんがパジャマ姿であった。
今日は娘が休みだったので学校をおさぼりしたようだ。
お姉ちゃんは学校へ行かない。お父さんも仕事に行かない。
その上にお母さんも休みとなれば自分も休みたかったのだろう。
家族みんなから期待されていれば疲れても当然である。
誰一人咎める者もいない。むしろ微笑ましく思ったくらいだ。
「ばあちゃん餃子を作るよ」娘の声から50個の餃子が出来た。
今日は遅くなると思い娘に買い物を頼んであったのだ。
手作り餃子は手間が掛かるので滅多に作らないのだが
久しぶりに食べたせいか顎が落ちる程に美味しかった。
我が家の餃子は「天下一品」だと誇らしく思う。
夕食後、SNSで山上秋恵さんがエレクトーンで弾く「花が咲く」を聴く。
なんと優しい音色だろう。リポストせずにはいられなかった。
被災地の人はもちろんのこと多くの人に聴いて欲しかった。
山上さんもきっとそう願って演奏したことだろう。
津波に呑み込まれても残った桜の木があるのだそうだ。
それが希望になりどんなにか人々の心を癒したことだろうか。
未だ遺骨さえも見つからない行方不明者が居て心が痛むが
春は何度も巡って来て花を咲かせ続けることだろう。
※以下今朝の詩
未来
忘れられないこと そうして春が巡って来る もう随分と歳月が流れた
失った命は二度と還らず 深い悲しみに苛まれていた
あの子は生まれたばかり 生きていれば15歳になる 中学を卒業して未来へ羽ばたく その未来を奪われてしまった
けれども花は咲く 種を残し続けて ずっと同じ場所に咲く それが永遠でなくてなんだろう
一輪だった花が一面に咲き 未来を約束しているようだ
すっかり寒の戻りとなり今日も冷たい風が吹く。
しばらくは朝の寒さが続きそうだが
日中は少しずつ気温が上がって来るとのこと。
暑さ寒さも彼岸まで。もう少しの辛抱である。
四万十川の土手には土筆やたんぽぽが見られ
蓬の緑も鮮やかに陽射しを浴びている。
川の水はまだ冷たいがさらさらと清らかに流れていた。
川仕事に励んでいた頃を懐かしく思い出す。
毎日の肉体同労であったが達成感で満ちていた。
子供達と遊んでやることも出来ず
幼子たちは土手に駆け上がり土筆を採って来てくれた。
雨が降っても休めずどんなにか寂しい思いをさせたことだろう。
夫も私も若かった。遠い昔の事でありながら記憶は鮮やかである。

白木蓮。寒緋桜。らっぱ水仙。桃の花。
田んぼに水が張られるようになり山里はすっかり春である。
育苗機に入れてある種籾も発芽を始めており
義父はハウスの片付けに行っていた。
農業公社のハウスであるが全く手入れをしておらず
毎年義父がその役目を引き受けている。
レンタル料はとても高く何とも理不尽な話に思う。
工場はまた新たな車検が入庫し大忙しであった。
同僚はまた明日通院とのことで思うように行かない。
身体が一番である。健康であってこその仕事であった。
事務仕事も忙しく今日は重量税の精算がある。
例の大型車の重量税を立て替えなければならず懐が痛んだ。
請求明細を送れば直ぐに売上になるのだが
義父に助けて貰わなければ私の独断では出来ない仕事であった。
当然のように昨日入った現金は駆け足で逃げて行く。
明日は自賠責保険の精算があり残り少なくなるだろう。
「なんのこれしき」と思うが前途は暗くなるばかりであった。
同僚に声を掛けて定時で退社した。
昨日から左足が痛んでいたがカーブスへ行く。
これくらいのことで諦めるもんかと思う。
動かしていれば少しでも痛みが薄れるだろう。
これは「運動療法」で医師も勧めてくれていた。
しかし夫は調子に乗り過ぎたのだと云う。
無理をしたつもりはなかったが頑張り過ぎたのかもしれない。
子供の頃から人一倍「頑張り屋さん」だったが
ずば抜けて優秀な子供ではなかった。
たまに一番になることがあっても「まぐれ」だったのだろう。
褒められたら嬉しくてならず何でも出来るような気がした。
そんな私が劣等感を感じるようになったのは少女時代だろうか。
自分の境遇が悲しくてならず「可哀想な少女」を演じて来た。
いっそ死のうと思った時もあったが死ぬ勇気もありはしない。
おとなになればその境遇を誰かれともなく話した。
同情して欲しかったのだろうか。一緒に泣いて欲しかったのだろうか。
夫は拳を握りしめて泣いた。「この人しかいない」と思う。
もう47年も遠い昔の事である。
※以下今朝の詩
たんぽぽ
野の片隅でなければならない 誰にも見つからないように そっと静かに咲くのがいい
犬を連れた老人が歩く道 大河のせせらぎの音がする 風は南から吹いているようだ 犬は草原でくんくんと鼻を鳴らす
見つかってしまうかもしれない 緊張で胸が高鳴るばかりだった まさか踏まれることはあるまい どうかどうかと手を合わす
老人が立ち止まった その瞳の何と優しいことだろう 「おお咲いたのか」と声がする
本当は見つけて欲しかったのだ まるでおひさまのような花である
冬の名残をそのままに日中も冷たい風が吹く。
「もう何があっても」と思う。
確かな春の訪れに寒さが少しも辛くなかった。
白木蓮があっという間に満開になる。
花の命は短く直ぐに散ってしまうだろう。
同じ純白の花でも梔子とは違って
花が茶に染まることもなくそのまま散って行く。
確か花のまま椿のように落ちるのではなかったか。
儚い命であるが「いま」を精一杯に咲いている。

義父が高知市で会議があるため朝から出掛けて行った。
ブレザーを着ると若々しくとても82歳には見えない。
散髪にも行っていたようで白髪頭も整っていた。
「気をつけてね」と送り出すと「おう行って来るぞ」と機嫌も良い。
義父が留守だとついつい仕事の手を休めてしまうのだが
今日はそうは行かず朝からとても忙しかった。
支払いのお客さんが立て続けに来てくれて
がっぽがっぽと現金が増えて行く。
それも右から左だが手元にあるだけで何とほっとしたことだろう。
お金に足がなければ良いなと思いつつしっかりと抱きしめていた。
同僚は午前中に一般修理を完了し午後は車検整備である。
明日も車検の予約が入っており今週も忙しくなりそうだ。
今月は大腸ポリープの切除もあるがまだ日程が決まっていない。
その日程次第で仕事の段取りもしなければならない。
三月は「去る」らしいがあっという間に月末になりそうだ。
法務局へ用事があり少し早目に帰路に就いた。
少し遅れたがカーブスへも行くことが出来る。
今日は左足に痛みがあり無理が出来なかったが
薄っすらと汗をかきそれなりに心地よい。
どんな日もあるものだなと思う。
あまり調子に乗り過ぎてもいけないようだ。
サニーマートでいつも親切にしてくれる店員さんに会った。
名前を知らないので「お〜い、お〜い」と呼ぶ。
今日はセルフレジの担当ではなかったのに
私が清算をしているといつの間にか傍に来てくれていて
重い荷物をカートに載せてくれたのだった。
何と助かることだろう。有難くて目頭が熱くなる。
「よしむらさん」なのだそうだ。しっかりと名前を覚えた。
明日も会えたら良いなと思う。私の大好きな店員さんであった。
4時半に帰宅。少しだけ夫と大相撲を観る。
夕食には茹で卵の入っていない「ミニおでん」を作った。
短時間で出来るので最近よく作るのだが
娘達には不評で「手抜き料理」の定番である。
娘が大急ぎで「キムチスープ」を作っていた。
あやちゃんとめいちゃんの大好物である。
夕食後のSNSはもう日課となった「笠原メイ」さんの日記。
それから「笹色たま虫」さんもエッセイを投稿していた。
彼女のエッセイは最初から最後まで詩のようであり共感を覚える。
自分でも自信があるのだろう本を出版したいとのこと。
その自信はいったい何処から来るのだろうと思うが
私などとは掛け離れた偉大な才能があるのに違いない。
「遠い目で見る」私にはそうすることしか出来なかった。
若い頃夫から「何を書いても良いが金になるような物を書け」と
突き放されるように云われたことがある。
これも価値観の違いで夫は私を「書く人」とは思っていない。
もちろん私の書いたものを読むこともなければ
応援するようなことも一切ないのである。
「負けるもんか」そう思いつつ随分と歳月が流れた。
70歳を目前にし何かが変わるとも思えず
私は「わたしの道」を俯きながら歩き続けているようだ。
※以下今朝の詩
桜
もうすぐかもしれない なんだかくすぐったいのだもの
寒さなければ花は咲かず 厳しい冬を乗り越えて来た
北風に煽られながら 唇を噛みしめた日も 雪の重みに耐えながら 手のひらを握りしめた日も
老いも若きもそれぞれに 季節の掟を受け止めて来た
日向には優しさが宿り 日陰には厳しさが宿る
たくさんの蕾が生まれた日 花の未来が光り輝くのだった
もうすぐかもしれない むくむくとした枝先を 陽射しに透かして見ると 指折り数えた日々がある
寒さなければ花は咲かず
もう十分に耐えたのだと思う 薄桃色の花びらが目に浮かぶ
朝の寒さがそのまま日中もあまり気温が上がらず冬の名残を感じる。
そうかと思えばやはり春で優しい陽射しが降り注いでいた。
今朝は玄関のシクラメンに10個の蕾が見えており驚く。
まるで奇跡のような花である。
蕾は明日には開き凄い生命力であった。
庭先の雪柳は少しずつ散り始めておりせつない。
4月になれば花期が終り剪定が必要らしい。
ただ枝を落とせば良いのだろうか。よく分からない。
ネットで検索すれば画像があり見よう見まねでやってみようと思う。
そうすればまた来年の早春にたくさんの花が咲くことだろう。

朝食時に夫が「久しぶりに一風に行くか」と云ってくれ嬉しかった。
すっかり出不精になり却下されてばかりだったので
しばらくは行くこともないだろうと諦めていたのだった。
11時の開店に合わせて西へと車を走らず。
わずか20分程だがプチドライブも楽しくてならない。
あちらこちらに白木蓮の花が咲いており心が和む。
辺りはもういちめんの春であった。
いつもの「ラーメンセット」を注文したが
おしゃべりをすると夫に叱られるので静かに待つ。
「わあ美味しそう」それさえも禁句であった。
写真を撮るのもNGで「みっともないことをするな」と叱られる。
それも価値観の違いであろうがもうすっかり慣れてしまった。
最近小食になっている夫には量が多過ぎたようで
ふうふう云いながら食べている姿は愉快でもある。
大食漢の私でもさすがにお腹がいっぱいになった。
しかし美味しい物を食べると何とも幸せである。
帰宅するなり炬燵に潜り込みお昼寝体制に入った。
何とそのまま4時まで寝てしまい我ながら呆れるばかり。
半日を無駄にしてしまったが不思議と充実感があった。
まるで寝ることが生きることのように思えてならない。
赤子なら「寝る子は育つ」が私も育っているようだった。
寝ている間に愉快な夢を見ていた。
内容は直ぐに忘れてしまったが喜劇のような夢だったのだろう。
目覚めは爽快で心が浮き立つように清々しくてならない。
大相撲の春場所が始まり夫はテレビに釘付けであった。
何の趣味も楽しみもない人である。
生きている事だけが「仕事」だと口癖のように云う。
そんな夫にとって大相撲は最大の楽しみなのだった。
お風呂もカラスの行水となり時間を惜しむ程である。
夕食時、珍しくあやちゃんとめいちゃんが台所に居て
玉子焼きや炒飯を作っていた。
姉妹が肩を並べる姿を見ることは滅多になく微笑ましくてならない。
娘も気づいているようだがあやちゃんが随分と明るくなった。
私達祖父母との会話も増えて来てほっと嬉しく思っている。
この春には中学2年生となるが学校に拘らないことだ。
好きなように自由に日々を送れたらそれが一番に思う。
出口のないトンネルなど在りはしない。
終わらない冬もないのと同じである。
トンネルを出ると「いちめんの春」が待っているだろう。
※以下今朝の詩
老木
お花をあげましょ桃の花
その木は神社の片隅で もう随分とながいこと 春を告げて来たのだが
病だろうか 枝は朽ち折れ まるで老婆のようである
しがみついても咲かねばならぬ
やわらかな陽射しが降り注ぎ 春を匂わすそよ風が吹き始める
もう蕾を生むことは出来まい 諦めかけたその時であった 枝先にむくむくと命が宿る
最後の春かもしれない その蕾のなんと健気なことか
しがみついても咲かねばならぬ
桃色のいのちであるならば 空色の未来だってあるだろう
老木は空を仰いでいた 里はもういちめんの春である
陽射しはたっぷりとあったが強い北風が吹く。
気温も11℃までしか上がらず寒い一日だった。
春彼岸まであと10日ほどだが寒の戻りとなり
明日の朝は真冬並みの冷え込みとなりそうである。
春らしい花があちらこちらに咲き
気分はすっかり春だが季節は行きつ戻りつしているようだ。
朝の道で白木蓮を仰ぎ見て寒緋桜を愛でる日々。
今朝はもう咲くことはないだろうと諦めていた桃の花が咲いていた。
老木らしく枝ぶりは悪いがまるでしがみつくように咲いている。
病ではなかったのだ。なんとほっとしたことだろう。
ひとつまたひとつと朝の楽しみが増えて行く。

同僚が通院のため午前中は静まり返っていた。
義父はいよいよ種蒔きをするらしく忙しない。
一人では無理な仕事で彼女さんが手伝いに来ていた。
事務所は素通りで作業場に向かい挨拶も出来ない。
義父にとってはもはや家族のような人だった。
午後には同僚が来てくれて工場に活気が戻る。
車検整備が完了しその後はオイル交換があった。
それが終わるとまた新たな車検整備である。
同僚一人を忙しい目にあわせて申し訳なく思う。
来客もあったりで定時では終われず3時に帰路に就く。
土曜日は「FMはたらんど」が楽しみでならない。
市内で居酒屋を経営している「たかちゃん」がレギュラーなのだ。
もう何年も会ったことはないが声は昔と変わらなかった。
話しの語尾に「にゃあ」を付けるのが癖であったが
たとえば「そうじゃにゃあ」とか「ちがうにゃあ」とか愉快である。
猫が好きで居酒屋の壁には猫の写真がいっぱい貼ってあった。
昔はよく飲みに行ったがもう忘れられているかもしれない。
何処かで偶然に会ったとしても私だとは分からないと思う。
足の悪い太ったおばあちゃんになってしまった。
先日中学時代の友人から「古希同窓会」の案内が届いたが
迷うことなく欠席の返事を出した。
友人は私の事情をよく知っているので何も云っては来なかったが
それも寂しいような複雑な気持ちである。
しかし本音を云えばもう誰にも会いたいと思わなくなった。
同時に変わり果てた私の姿を誰が見たいだろうと思う。
生き生きと老いたいとここに記したこともあったが
心と身体は決して一対ではないのである。
残り少ない人生である。もっと居直ることも大切だろう。
そうして愉しみながら生きるのが一番だと思う。
特別な事はなるべく避けたい。ただただ穏やかな日常を願って止まない。
※以下今朝の詩
白木蓮
手のひらを合わせて 「もったい」をする それは土地の言葉で 祈りと願いを表す
白木蓮が咲いた朝のこと 幼子の手のひらのように 花びらはふっくらと対になり 空に願いを放っているのだった
純白の澄んだこころである あどけない願いは空の一部となり そよ吹く風に揺らぎ続けている
いったい何を願うのだろう 誰も知らないことであった
「もったい」の声がこだまする 何処までも広い空だからこそ 仰ぎ見ることが叶うのだった
合わさった花びらには 天使が宿っているようである
晴れのち雨。午後には黒雲が立ち込め雷雨となった。
強風注意報も出ておりまるで嵐のような夜である。
朝の国道沿いにはそれは大きな木蓮の木があり
今朝は白い花が咲き始めており歓声を上げた。
昨日はまだ蕾だったのでもう少し先だと思っていたが
まさか今朝咲いているとはまるで夢のようである。
幼子が手を合わせたような木蓮の花が好きでならない。
朝の楽しみがまたひとつ増える。いっそう清々しくなるだろう。
山里の県道に差し掛かると例の「寒緋桜」が出迎えてくれる。
まだこれから満開となるのだろう。昨日よりも花が増えていた。
散ってしまう姿を想像すると切なくてならないが
最後まで見届けてやりたいと思う。

仕事はやっと義父が工場に目を向けてくれて活気が出て来る。
廃車の依頼があった車を三台も引き取りに行ってくれた。
年度末なので廃車の依頼が多くまだまだありそうである。
お昼にお客さんから電話があり畑の白菜を処分したいとのこと。
先日も貰ったばかりだが遠慮なく頂くことにした。
巻かない種類の白菜で「山東菜」と云うのだそうだ。
葉がとても柔らかく美味しい白菜である。
お宅へ行くと庭先の木蓮が咲き始めていた。
朝の木蓮とは違いすぐ近くで見られるのが嬉しい。
白菜を後回しにして写真を撮っていたら
裏庭にも珍しい花が咲いていると招いてくれた。
薄紫と黄色の二種類の花が一面に群生している。
高知県でも山間部の嶺北地方に咲く山野草なのだそうだ。
花期は5月まででその後は葉の跡形も見えなくなると云う。
それが早春になると萌え始め可愛らしい花が咲き始めるのだ。
地べたに膝を付き夢中になって写真を撮った。
悪い足の事など考えもしなかったので立ち上がれなくなる。
お客さんに抱きかかえてもらってやっと我に返る有様だった。
「毎年咲くからまたおいでよ」それがまた春の楽しみとなる。
大量の白菜を車に積み込んで貰って職場へ帰った。
義父が大喜びでお魚のアラと煮たら幾らでも食べられると云う。
私は昨夜も八宝菜にしていたので今回は全て義父に置いて帰る。
いつも自炊をしている義父の姿が目に浮かび微笑ましくてならない。
今日も定時では終われなかったがカーブスは諦めなかった。
お仲間さん達とまた来週の約束をして笑顔で別れる。
サニーマートで半額の有頭海老をゲットし心が浮き立つ。
今夜もまたあやちゃんの大好きな海老フライだった。
6時過ぎからのローカルニュースにめいちゃんが出るとのこと。
今日は四万十川の青さ海苔の調理実習があったのだそうだ。
テレビ局と新聞社が取材に来ていて緊張したようだが
インタビューに応えるめいちゃんは素晴らしい笑顔だった。
青さ海苔はほぼ全滅であったが今年も僅かな収穫があるらしい。
我が家のように廃業をせずに細々と続けているかつてのお仲間さんがいた。
以前のような活気はないが守り続けようとしている人がいることを
決して忘れてはならないとつくづく思った。
もう二度と携わることはないが40年以上も続けて来た家業である。
その記憶は「人生の宝」であり生涯忘れることはないだろう。
※以下今朝の詩
おねえちゃん
母さんの声が聴こえる 直ぐ近くから聴こえる
「おねえちゃん」と呼ぶ声 それは子供の頃から変わらない
弟が生まれたのは三歳の時だった その時の記憶は全くないのだが 父が撮ってくれた写真が今もある
赤ちゃんがよほど嬉しかったのだろう 少し照れ臭そうに微笑みながら 寝ている弟の顔を覗き込んでいた
母の膝の上にもう座れない お姉ちゃんだから我慢する 寂しい時もあっただろう しかし記憶は残っていない
弟が泣くと母はしっかりと抱き 白い乳房を含ませていただろう そうしてすくすくと成長していった
「おねえちゃん」と呼ぶ声 それはおとなになっても変わらず 母が亡くなったいまも聴こえている
二十四節気の「啓蟄」土の中で眠っていた虫たちが動き出す頃。
朝はまだ冬の名残があったが日中は春の陽気となる。
風はそよ風。くすぐったいような風であった。
今朝も山里の県道沿いに車を停めて例の花を観察する。
すっかり桃の花だと思い込んでいたが
花の形が何となく違うようにも思う。
たわわに咲いた花は釣鐘状で全て下向きに咲いているのだった。
桃の種類はとても多いそうなので珍しい花もあるのだろう。
しかしどうにも気になってならない。
8時半までに職場に着かねばならず後ろ髪を引かれつつその場を離れた。

仕事は工場のみの忙しさで特に急ぎの事務仕事がなかった。
お昼前に村内巡回だと云い訳をし「星ヶ丘公園」に行く。
もしかしたら例の花と同じ木があるかもしれないと思ったが
残念ながら見当たらず花を散らした梅や河津桜が多かった。
満開なのは雪柳でゆらゆらと風に揺れる姿は圧巻である。
公園の職員さんが山茶花の剪定をしていた。
手入れを怠らずまた咲く季節が巡って来る。
午後は少し忙しくなりばたばたと動き回っていた。
義父は今日も種籾の準備で工場の仕事には見向きもしない。
昨夜も深夜まで作業をしていたそうでそれも憐れに思えた。
おそらく今夜も遅くまで精を出すことだろう。
定時では終われず大急ぎでカーブスへ向かった。
遅くなったからと云って諦める訳にはいかない。
もはや私の生きがいになってしまった。
昔のバドミントン仲間だったMちゃんに会ったら
杖が要らなくなったことを喜んでくれて嬉しい。
「また会おうね」と手を振って別れた。
買い物を終えて4時半に帰宅。
自室で一服してから茶の間で横になっていた。
テレビは夕方の情報番組であったが
全国各地の「花だより」の映像が流れていた。
すると鹿児島であろうか例の花とそっくりな花が見える。
思わず「これや」と大きな声を上げていた。
寒桜の一種で「寒緋桜」と云うのだそうだ。
温暖な地を好み沖縄や鹿児島に名所があるらしい。
花の映像がアップで映し出されていたが
花の色も釣鐘状に下向きに咲く姿もそっくり同じである。
やっと花の名に辿り着き何とも嬉しくてならない。
ずっと探し求めていてやっと巡り会えたような気持だった。
そうして幾年も春を重ねながら今まで知らずにいたことを詫びたい。
明日の朝は名を呼んで心から愛でようと思う。
「知りたい」と思うことは単なる興味かもしれないが
これまでの私なら「どうでもいいや」と投げ遣りに思ったかもしれない。
自分でも不思議でならないが「意欲」が盛んになったようだ。
それはとても良い傾向だと思う。何だか生き生きとしてきた。
このまま長生きが出来れば最期まで輝いているかもしれない。
どれ程老いぼれても生き生きとしている私に会いに行こうではないか。
※以下今朝の詩
三寒四温
すこうしすすんではもどる 冬の名残の北風が吹く日 春はとまどいながらも 精一杯に微笑んでいた
大河のほとりには若草が萌え 土筆の坊やたちが背比べする 菜の花はやがて菜種となり いのちを育もうとしている
北風が吹けば白波を立てる大河 そんな波に立ち向かうように 川船が上流に漕ぎ出していく
もう何度目の春だろうか 嫁いで来た日が遠くなり 終の棲家に夕陽が落ちる
すこうしすすんではもどる 道は遥かに続いているようだ
春でなければならない理由を 探し求めながら生きている
陽射しはたっぷりとあったが強風注意報が出ており
冷たい北風が吹き荒れる。
北日本や東北では雪が降り関東は台風並みの風だったようだ。
寒暖の差は激しく明日の朝は真冬の寒さになりそうである。
もう少しあと少しと思う。明日は「啓蟄」であった。
朝の道の例の花が気になってならず
直ぐ近くの田んぼで農作業をしていた人に訊いてみた。
しかし「毎年咲くけんど花の名前は知らんぞ」と云われ残念に思う。
おそらくかなり昔から植えられていたのだろう。
その植えた人もとっくに亡くなっているのに違いない。
とにかく写真を撮ってから職場に向かった。
SNSに投稿すれば知っている人がいるかもしれない。
AIの響君は「あんずの花」ではないかと教えてくれたが
ネットで調べてみると似ても似つかない花であった。
あんずの花は桜色でそれも愛らしく心惹かれる花である。
あれこれと調べていたら三月初旬から咲く「桃の花」があった。
種類がとても多く花の色もそれぞれに違うらしい。
房を付けずに枝にそのままびっしりと咲くのが特徴だと云う。
写真は画質がとても悪く花びらの様子までは分からなかったが
明日の朝もう一度見に行ってみようと思う。
確信は持てないが何となく「桃の花」ような気がしてならない。

工場は相変わらずの忙しさで同僚だけが頼りであった。
義父は種籾の準備に追われ育苗機の準備も始めている。
そうなればもう修理どころではなく一切ノータッチとなった。
事務仕事はぼちぼち。午前中にほぼ片付き午後は少し暇になる。
車検整備が完了しても義父でなくては車検が出来ない。
それは百も承知のはずだが見向きもしない有様であった。
この先田植えとなればいったいどうなることだろう。
水曜日はリハビリの日。3時前に退社し病院へ向かう。
医師との面談で足踏みをして見せたら「よしよし」と笑っていた。
施術をするU君の手がまるでカイロのように温かい。
そうして痛みや凝りを和らげでくれるのだった。
サニーマートでカーブスのお仲間さんと会いおしゃべりをする。
最近の私は自分でも不思議なくらいおしゃべりになった。
誰が見ても朗らかで明るい人なのに違いない。
まさか二重人格とは思えず性格が変わったのだろうか。
それもカーブスのおかげかもしれなかった。
鬱々と過ごしていた日々。くよくよと思い詰めていた日々。
明日にでも死ぬのではないかと不安でならなかった日々であった。
心に余裕がなくなり崖っぷちに立っていたのだろう。
そんな日々がすっかり消えてしまったわけではないが
気分が明るくなり前向きになったことは確かである。
しかし前途が明るいとは限らない。
調子に乗っていれば落とし穴もきっとあるだろう。
その時どうやって這い上がるかそれが目下の課題である。
※以下今朝の詩
名も知らぬ花
わたしを見て 今年も咲いた花がある
梅よりも少し遅れて 桜よりも早く咲く花
葡萄酒のような色で その鮮やかさが増す
山里は春の兆しに満ち 農夫は種籾の準備を始めた 田に水が張られるのも近い
巡礼の旅人が鈴を鳴らし 足を止めて花を見上げる
花の名を知らずにいた いったい何と呼べば良いのか 可憐であればあるほど 名を知りたくてならない
わたしを見て 朝陽が射し始めた山里の道 花は真っ直ぐに空に向かい あふれんばかりの花と咲く
| 2026年03月03日(火) |
あちらを立てればこちらが立たず |
昨日からの雨が降り止まず午前中は本降りとなる。
午後には晴れ間が見えたが強い北風が吹き荒れていた。
そろそろ皆既月食が始まる時間だが
この風では窓を開けて東の空を見上げる気にはならない。
今朝も玄関のシクラメンに七つの蕾が見えていた。
後から後からの蕾である。何と楽しみなことだろうか。
買った時よりも花が増え見事に咲き誇っている。
安物のシクラメンであったがよほど苗の質が良かったのだろう。
これほど長く咲くシクラメンは初めてであった。
朝の県道では例の濃い桃色の花が満開となった。
いったい何の花なのだろう気になってならない。
明日は写真を撮ってネットで調べて見ようと思う。
以前には桃の花も咲いていた県道だが
ここ数年花が咲かず木の病かと思われる。
咲けない木のなんと憐れなことだろうか。

同僚がやっと平熱となり出勤して来てくれた。
義父は慌ててマスクをしていたがもう感染の心配はないだろう。
訊けば食欲も出て来てまずまず元気とのこと。
仕事は山積みであったが無理なくこなして欲しいものだ。
先週から入庫していた車検整備が完了する。
休む間もなく新たな車検の車が2台も入庫した。
一般修理の車も入庫しておりお昼には部品が届く。
同僚一人ではとても手に負えず義父の助けが必要である。
義父は朝から種籾の準備をしており
今日は種蒔き用の土が11トンも届いた。
もの凄い量である。それだけ多くの種を蒔くのだろう。
種を蒔けば育苗機の準備もしなければならず
何とも忙しなく動き回っていた。
素人考えであるが随分と種蒔きが早いように感じる。
育苗機に入れたら直ぐに芽が出るので
今度は田植えを急かされるようになるのではないか。
要らぬ口を叩けば叱られるだけなので見守るしかない。
午後には納車もあり忙しくてならなかったが
カーブスへ行きたくてならず義父に許しを請い定時で帰路に就いた。
平田町の工業団地を通っていると土手に朝の道と同じ花を見つける。
ちいさな木であったがその花の色は確かに同じであった。
毎年咲いているはずなのに今までどうして気づかなかったのだろう。
桜の木がたくさん植えられておりその片隅にぽつんとある。
まるで「私を見つけて」と声を上げているようだった。
カーブスで心地よく汗をかきサニーマートに向かう。
今日は「お雛祭り」なので散らし寿司のコーナーがあった。
見るからに美味しそうであったが我が家は毎年「手巻き寿司」である。
まっしぐらに鮮魚コーナーに向かったが
手巻き寿司用のネタの盛り合わせが見つからない。
店員さんに訊いたらもう売り切れてしまったようだ。
仕方なくお刺身の盛り合わせを2パック買い求めた。
夫と二人で巻き巻きして食べたが
残ったお刺身を夫がまた全部平らげようとする。
娘達のお刺身は冷蔵庫に入れてあったが
少しでも多い方が喜ぶのに違いない。
夫に「待った」を掛けたら一気に機嫌が悪くなった。
「食べてしもうたらいかんがか」と宣うのである。
娘達は4人家族なのだ。どうしてそれを考えないのだろう。
これも日頃から丸干し鰯ばかり食べさせているせいに違いない。
お肉もそうだが夫はお刺身をこじゃんと食べたかったのだ。
「あちらを立てればこちらが立たず」であったが
お雛祭りの夜もそれなりに平穏に暮れて行く。
先ほどめいちゃんが「チーズケーキ」を運んで来てくれた。
私の大好きなチーズケーキである。何と嬉しいことだろう。
夕方買いに行った時に「おばあちゃんの分も」と云ってくれたのだ。
たとえ二つの家族であってもそれぞれが気遣いながら暮らしている。
そうしてまあるく平穏な日々が一番に思う。
※以下今朝の詩
桜草
おとなりは花屋敷 今は桜草の季節である
冬のあいだも手入れをし 毎年咲かせるのだった
昨年の夏のことである 奥さんは難病を患い 入院を強いられた
3週間ごとの治療があり その合間に帰宅が許される
ふくよかだった顔は げっそりと痩せ細り 髪の毛は真っ白になった その憐れな姿に胸が痛む
薄桃色の桜草が咲いた 主なくともそれは健気で 可憐な花が風に揺れている
まさか見納めではあるまい 心細く不安でならないだろう
来年もきっと咲かせよう 陽だまりの中にたたずむ 彼女の姿が眩しくてならない
最高気温は17℃の予報だったが13℃止まりとなり
雨が降り始めると肌寒くてならなかった。
弥生三月だと過信してはならない。
明日の関東は雪になりそうである。
ふとイルカの「名残り雪」を思い出す。
朝の山道では女性二人連れのお遍路さんが歩いていた。
白装束も金剛杖も持っていなかったが
まさかハイキングではあるまいと思う。
リュックの荷物は少なく早朝に民宿を出たのだろう。
黙々と歩いていたがお遍路を楽しんでいるように見えた。
声を掛けることは可能であったが一瞬ためらってしまう。
何も応えてはくれないかもしれないと思う。
咄嗟に会釈をしただけで追い越してしまった。
車の窓から声を掛けるのはある意味無礼な事かもしれない。
いきなり声を掛ければきっと驚くことだろう。

今朝は同僚が出勤して来てくれたが
まだ微熱があるとのことで義父が追い返してしまった。
もう5日目になるが熱があるうちはまだ感染の危険が大きい。
同僚も仕事が気になっていたのだろう。
無理をしてでも行かなければと思ったのに違いない。
同僚が帰ってから義父の怒ること。
「非常識な奴だ」と罵り続けていた。
それも憐れでならないがとにかく完全に治して欲しいと願う。
義父は昨夜も遅くまで仕事をしていたそうだが
例の大型車の車検がやっと出来るようになっていた。
走行不能の原因を突き止め朝一に部品が届く。
それからの手際良いこと。さすが義父だなと感心するばかり。
お昼にはテスターを通し車検完了である。
納車は明日になったが納品書の作成が追い付かない。
料金表通りには行かず義父の助けが必要であった。
部品代だけでも15万を超す。工賃を加えたら大きな売上となるだろう。
作業中に義父のズボンの裾が捲れていて細い足が見えた。
まるで骨のような足で胸が締め付けられる。
もう老人なのだ。そう思い知らずにはいられなかった。
新たな車検も入庫しており今夜も遅くまで仕事をすると云う。
いくらタフな義父でも倒れるのではないかと心配でならない。
カーブスと買い物を終え4時過ぎに帰宅。
娘夫婦は窪川町の病院へ行っており留守であった。
てっきり今日から仕事復帰だとばかり思っていたので
何だか寝耳に水のようなことである。
しかも娘が付き添う位だから余程悪いのだろうと思う。
娘婿の休職からもう3ヵ月目となった。
いくら理解ある会社であっても限界ではないだろうかと気遣う。
もし解雇になったら娘達はいったいどうするのだろう。
娘達が夕食不要とのことで夫にステーキを焼いていたのだが
あやちゃんも食べたがっていたので別皿に取り分けてあった。
私は昨夜の鍋の残りで済ませたのだが
夫がお肉を食べること、それも残さぬようにガツガツと食べる。
「もう3切れだ、手伝え」と云うので呆れ返る。
「あやちゃんのお皿に入れちゃったらえいやん」と告げると
やっと我に帰ったようで箸を止めたのだった。
食い意地が張っていると云えばそれまでだが
何だか異常な姿に見えて少し嫌悪感を感じた。
おそらく普段から遠慮して我慢をしていたのだろう。
それも憐れであるが今夜は度が過ぎたようだ。
娘夫婦も帰宅し平穏な夜である。
雨はまだ降り止まず雨だれの音が響いている。
何も変わりはしないのにふっと心細くなるのだった。
確かに生きているのだが「いのち」が頬杖をついているような夜である。
※以下今朝の詩
子狸
母さんは死んでしまった 里に餌を探しに行って 車に轢かれてしまった
沢山の鴉が群がっている 母さんは鴉の餌になった
哀しくて辛くてやり切れない けれども泣いてばかりいたら 飢えて死んでしまうだろう
里には春の陽射しがあふれ 満開の梅の花が匂っている 散ってしまえば桜の季節 その可憐な姿が目に浮かんだ
山には山菜の季節がやって来る 母さんが教えてくれた筍もある 弟や妹にも食べさせてやりたかった
梢のあいだからこぼれる陽射し 日に日に緑が濃くなっていく
子狸は生きたくてならない 母さんはきっと守ってくれる
風もなく穏やかな晴天。陽射しがきらきらと輝いていた。
家中のカレンダーを三月にすると何とも清々しい。
「啓蟄」「彼岸の入り」「春分」の文字を見ただけで
すっかり春の気持ちになりほっこりと心が和む。
朝のうちに真冬に着ていたもこもこの服を片付ける。
まだ衣替えには早いがもう着ることもないだろう。
ベットの敷毛布も洗濯し押し入れに仕舞いこむ。
もし寒の戻りがあっても掛毛布だけで十分だろう。
一時間程自室で過ごしていたが煙草を吸い過ぎてしまうので
茶の間に移動したら夫が西部劇を見ていた。
朝から鉄砲の音など聞きたくもない。
しかし文句も云えず炬燵に潜り込みそのまま寝入る。
目覚めれば今度は時代劇が始まっていた。
サニーマートに行けば「ひなまつり」一色なっており
ひなあられやケーキも並んでおり可愛らしくてならない。
我が家ではもうお雛様も飾ってはおらず
孫達にせがまれて飾ったことも遠い昔に思える。
お昼には「握り寿司」を食べた。
私が回転寿司に行ってみたいと云うと
出不精な夫は「もったいない」と宣う。
くるくると回って来るお寿司を食べてみたいものだ。
午後は例の如くでお昼寝。今日も3時まで寝ていた。
久しぶりに母の夢を見る。私はなぜか納豆巻を作っていた。
母が食べたかったそうでとても喜んでくれる。
高校時代に少しの間付き合っていた「哲夫君」も出て来た。
70歳のおじいさんではなく高校時代のままである。
母と哲夫君が納豆巻を食べている不思議な夢であった。
アマゾンで新しいシャワーヘッドを買ったので
夫が取り替えてくれたが簡単そうでけっこう時間が掛かる。
不器用ではないのだが工具が必要だったらしい。
節水率90%らしいが本当だろうかと思う。
我が家はシャワーを使うことが多いので少しでも節約になれば良い。
娘とめいちゃんが「しまんとピュア」でイベントがあり
ダンスを披露するらしく夕方から出掛けて行く。
帰りが遅くなるとのことで今夜は「鍋」にした。
山里のお客さんから頂いていた白菜が冷蔵庫の野菜室で成長していた。
まったく傷んでおらずすごい生命力だなとおどろく。
白菜たっぷりの鍋であった。白菜には甘味がありとても美味しい。
食後はもう日課になった「笠原メイ」さんの日記を読む。
閲覧数がもう700を越えたそうで凄い人気であった。
これからもどんどん人気が出るだろう。何だか自分の事のように嬉しい。
「あの子」と同じ年頃である。つい我が子のように思ってしまう。
今朝は弥生三月になったのが嬉しくて「弥生ちゃん」の詩を書いたが
例の厳しいK子さんにスルーされてしまい少し哀しかった。
決して不愉快な詩ではないはずなのにどうしてだろうと思う。
やはり「お花畑」でなくてはならないのだろうか。
春の陽射しを浴び輝く花の姿でなくてはならないのだろうか。
私だって人間である。どうして毎日お花畑に居られるだろう。
どんな日もあるからこそ毎朝詩を書くことが出来るのだと思う。
清々しい朝だとは限らない。鬱々とした朝もあるのだった。
そんな私のことを理解して欲しいとは思わないが
K子さんの行為が「愛」ならば受け止めようと思っている。
詩を書き始めて半世紀以上の歳月が流れたが
いまだ芽も出ず花として咲くことも出来ずにいる。
しかしそんなひっそりとした生き方が私は好きでならない。
※以下今朝の詩
弥生ちゃん
今日は弥生ちゃんの誕生日 日曜日で良かったなと思う
お母さんもお父さんも お仕事がお休みだから 晩ご飯がとても楽しみ
大好きな鶏の唐揚げ ポテトサラダも食べたいな そうしてチーズケーキ 蠟燭を8本立てて ふうっと火を消すの
お父さんが写真を撮ってくれる 妹の小春ちゃんも嬉しそう 弥生ちゃんはおすましをした だって笑ったら顔が くしゃくしゃになるのだもの
庭の雪割桜が満開になって おばあちゃんの畑には 菜の花がいっぱい咲いている
生まれた日のことは 何もおぼえていないけれど きっとあふれんばかりの春
それはおとなになっても変わらない
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