日々つれづれ
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2012年10月26日(金) SNS嫌い

SNSというか、FBは人の嫌な面が見えすぎる。あの機能もあまりにも「繋がろう」を軽薄にしつこく勧めてくるのがどうも気に入らない。

疲れる。書くのも疲れた今日はあまり多くは書かないけど、SNS側に仕掛けられているのが解らないのだろうか。

誰も彼もが自己アピールの「いい人合戦」を繰り広げているけれど、人はそんなに「明るくいい人」の面だけでできているのだろうか?

まあ、あそこでは「すばらしくポジティブで人が憧れるような人」はお友達の数で決まる。その内情は、無言リクエストの連打で数千人のお友達がいますって人たちのカリスマ然とした情況。

全員とは言わないが、私が知り合った人の中にはそういう人やそういう人の「おこぼれ頂戴」的な動きをしている人が多かった。

どんなつまらない一言でも、有名人やお友達が多い人の言葉は「正しくて美しく」絶賛される。もし悲しめば、本音ではなくても多くの慰めと癒しの言葉が届く。

私はリアルで多くの人と会ってきたが、よい意味でFBの印象通りだった人など片手ほどもいない。


有名人でなくとも、ナチュラルに些細なことにも優しい目を向けるすばらしい人々も確かに存在する。そして、そのような人びとの後ろには、時々、社会的にも成功されているにもかかわらず、アピールすることもなく自然体でFB参加している人がいたりする。

心根も誠実でありながら社会的にも多くの人に賞賛されるであろう人たちは、自慢したりアピールしたり活躍をひけらかしたりしない。

そのような人々の記事や言葉は、有名無名、セレブか肩書きがかっこいいか・・・そしてお友達の数に関係なく、こちらが心豊かになるような、素直に自戒の念を新たにするような等身大の言葉で語られている心洗われる記事がある。しかしたいがいはどこかでもうおなかいっぱいなほど語られた言葉や写真を載せている「カリスマ」??のつまらない言葉への賞賛が多いのがFaceBook。

自然体で知り合った地味にナチュラルに暮らす人たちを通して、そういう著名人と知り合うと、今度は「金」「欲」「賞賛」がほしい輩たちが、あとから私に近づいてきて、「紹介して」と言い出す始末。

紹介したら、あとは無視。

最低な人間が、多くの友達?とされるバーチャルな数字に慢心しカリスマ然としているのがFBの嘘の世界。

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そうじゃない数少ないナチュラルな人とだけ細く長くつながることにして、すべてを捨てて、IDを作り直した。



Fuwari* |HomePageMAIL