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うたかた
sakurako

2011年09月20日(火)
「blue」もしくは「ハルシオン・デイズ」

そしてまたぼくらはのぼってゆく。

先客がいるとは意外だった。
それもクラスでも1・2を争う優等生――悪く言えば堅物――だと言われている工藤新一だ。しかし一般的に優等生という生き物はこんな平日の昼間、学校の屋上で暇そうに欠伸をしていたりはしない。
新一は驚くでもなくオレの針金に視線を投げると「器用なんだな」とつまらなそうに言い捨て、それきりオレには一瞥もくれずに何かを2・3錠まとめて口に放り込み噛み下した。取り付く島がない。オレは肩をすくめて溜息混じりに器用なんだよ、とこたえた(だってそれ以外にどうやってこたえたら良い?)。
「オマエは?」
「鍵を持ってる」
――それはおかしい。
去年の夏に人死にが出て以来、この屋上は封鎖されて、職員室にすら鍵を置いていないと聞く。
オレが怪訝な顔をしたのに気づいたのか、新一は面倒臭そうに続けた。
「人が飛び降りた時、捜査の関係でここの鍵を預かった。誰も返却しろと言ってこないからオレが保管している。以上」
「そして誰も来ないのを良いことに、時々ここでサボっている、以上?」
「まあな」
「もっと優等生なんだと思ってた」
新一はそれにはこたえずに、楕円形の錠剤をもう一粒、口に放り込んだ。わざとそうしたのか、今度は錠剤の様子がよく見えた。屋上に広がる夏空の青のようにさわやかな色をしたそれは、新一に言わせれば「昼寝の友」だということだ。間違ってはいないが、キャンディみたいに軽々しく嚥下して良いものでもない。オレは皮肉めかして言ってやった。
「澄んだ青空を飛ぶ鳥のようだよな」
「はぁ? 何ソレ。頭イカレてんじゃね? どんだけオトメな妄想だよ」
「ばーか。そういうネーミングだろ?」
「ああ……、」
思い出したのか、それとも錠剤が効いてきたのか、新一の瞳孔が少し広がるのがわかった。
「『ハルキュオネが産卵するときは海が凪ぐ』、か」
「凪ぎ過ぎて記憶飛んじまっても知らねえぞ」
「そんなヘマはしねえさ。酒呑まねえし」
「でもあんま飲みすぎっと胃に穴あくぜ、マジで」
「ふうん……好きなんだよね、味が」
まるで他人事だ。
オレは手のひらを上に向けて新一のほうに差し出した。きょとん、と幼い表情を見せる新一に向かって、更に手のひらを上下に振る。
「一個ちょうだい」
「1mg錠だぜぇ」
もったいぶった仕草で一粒摘み上げて、挑発的に笑いながら、新一は水色の錠剤をオレの手のひらに載せた。
「……本当なら相当違法に入手してんな」
しかも、錠剤の大きさとパッケージングからして、多分嘘だ。
がり、と噛み下すと、何のことはないケミカルな味が口の中に広がる。作用には個人差があるがオレはかなり耐性のある方だと自覚していた。
嘘吐きのお返しに、指先で招いて、耳元に口を寄せ、とっておきの秘密を囁く口調で、オレは新一に言ってやった。
「コレ飲んでヤるとすっげえ気持ち良いの、知ってるか?」


清々しく厨二なかいしんを書こうとこころみてるんですがどんなもんでしょうか。10RTされたら続く(twitter脳)。
つーか山本先生ごめんなさい。尊敬してます。リスペークト。

も少し続いた。


屋上のフェンスに両脚で立つと、足元から吹き上げる風の懐かしい感触に身体が震えた。新一はさして面白くもなさそうにこちらを眺めている。
気を、ひきたかったのかもしれない。
「飛び降りようかな」
オレは言った。
「やれよ。面白ぇから」
「止めてくんねえの?」
「飛べんだろ」
「……そうだな」
本当のところ、今はそんな装備はない。
きっと新一だってそんなことは知っている。
「飛んでやろうか、一緒に」
何を思ったのか、そう言いながら新一が近付いてきて、同じようにフェンスの上に立った。
風が強い。
「悪くねえな」
オレは強がって笑った。
ポーカーフェイスを、忘れてはいけない。
「その代わり、助かったら……もし、ふたりとも無事だったら、このまま逃げよう。国外まで飛んで、IDを偽造して、誰にもバレないようにどこかの田舎町で、ふたりでつましく静かに暮らそう」
「悪くねえな」
今度は新一が言った。
「冗談だろ」
「冗談だ」
「だよな」
フェンスから内側に飛び降りた新一を抱き留めると、どちらからともなくキスを交わして、お定まりのセックスが始まった。錠剤の効き目が僅かに残るなかでの交わりはいつも拷問のように甘かった。