金曜の深夜に「遅れてごめん」なんて言いながら黒羽が手渡してきたのは、束になった大量のレポート用紙だった。レポート用紙って言うか、大学生協で売ってる、ごく普通のルーズリーフだ。そんなものを急に差し出されたら、誰だって何事かと思うだろう。はて、オレはいつからレポートを提出されるような大学教授やらになったんだったっけか。 「……何コレ」 「何って、誕生日プレゼント」 「これ? この紙束が?」 「おう、黒羽快斗渾身の作品。作るのに凝り過ぎて誕生日を大幅に過ぎちゃったけどな、悪ぃ」 黒羽は自慢げに鼻のあたりを指先で擦って胸を張った。 誕生日プレゼントを貰うことにこだわりも期待もないが、そういうのは当日に受け渡さなきゃ意味ないんじゃねえか。しかもワケわかんねえ紙束だし。渾身の作品って、小説か何かか? それって新人賞とかに投稿した方がいいんじゃねえの? それともラブレターとか? うっわーこの厚さのラブレターって相当寒いぞお前。そういった意味のことをつぶやくと、黒羽はみるみるしょげかえって項垂れた。 「まあある意味ラブレターと言えなくもないかな。とにかくそんなこと言わないで受け取ってよ、一生懸命作ったんだからさー」 あまりに悲しそうな顔をするので、取り合えず受け取って、ぺらぺらとめくってみる。 手書きでびっしりと書かれた数式。漢字の羅列。数字の羅列。図形。また数式。カタカナ。 もしかしてこれは。 ページを繰るごとにわくわくと胸が高鳴ってくる。 間違いない。これは全部、暗号だ。 この分厚いルーズリーフ全部が、手製の暗号に違いない。右上に丸で囲った大きな数字がついているのは、暗号の番号を示しているのだろう。全部で48個もある。 「貰っておいてやるぜ、せっかくだから」 素っ気無い風を装ってダイニングテーブルの上に置く。黒羽はみるみる勢いづいて顔を上げ、「じゃあコレな!」と、小さなカードを差し出した。ボール紙でできたカードには、升目と番号が印字されている。ちょうど夏休みのラジオ体操でもらえるカードみたいなものだ。四隅はご丁寧に鳩のシールで飾られていて、手作り感満載だ。 「解けたら答えを言う、正解ならオレがこれにスタンプを押す、全部押し終わるとスペシャルプレゼントが新ちゃんを待っている、オッケー?」 残念ながら、黒羽の解説はほとんど耳に入っていなかった。なぜなら、オレはすでに1番目の暗号を解くのに夢中になっていたからだ。
それも計算のうちなのか、比較的単純なものから、かなり手ごわいものまで、暗号の難易度は様々のようだった。クロスワードパズルを全部埋めた後、一定の法則に従って文字を拾い上げると答えが出るという簡単そうな一枚を選んで解き終えたのが10分後。待ち構えていた黒羽に答えを告げる。 「さあ名探偵、記念すべき第一問の答えをどうぞ!」 「『つばめ返し』、だろ?」 「うっわー、いきなしけっこうエゲツないトコきたねー」 言いながら、黒羽はなぜかいそいそとTシャツと短パンを脱ぎ始めた。 「???」 「ほら新ちゃんもさくさく脱いで。手伝おうか?」 「??????」 「脱いだら後ろ向いて、じゃっ、不肖クロバカイト、ツバメ返し入りまーす」 「ちょ、ちょっと待て、何してやがる……うわっ勝手にローションとか使うな……ッ!」
コトを終えてぐったりしているオレに、黒羽はクローバーのスタンプを一つ押したカードを嬉しそうに差し出して笑った。 「あと47手、頑張ろうね、新ちゃん。あ、ちなみに全部終わるまで帰るつもりないからヨロシクー」
暗号は解きたい。とても解きたい。 いったんはじめてしまったら、スタンプカードも満杯にしたいというのが人の心というものだろう。いやだがしかし。 黒羽の無垢な笑顔とスタンプカードを交互に眺めながら、オレは途方に暮れてベッドに倒れこんだのだった。
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