ちょっと飲み会しんどかったりするのこと。 - 2012年05月25日(金) 自宅が一番だなぁ。と思う。一番落ち着く。 友人宅や知人宅で夜を明かすこともあるのだけれど、 待遇が良くないせいなのか、あまり落ち着かない。 先日も飲み会(というか今週は連日飲み会)で、 「このままオールをして近所の知人宅で泊まり」と いった流れだったが、早々に退散させてもらった。 言い訳になるが、あのまま飲んでいたら確実にその 知人宅に泊まりで、恐らく寝心地も良くないし、 また、飲みすぎて確実に翌日は二日酔いだったろう。 難を逃れて、間一髪、最寄の駅から終電に乗った。 徒歩も仕方ないと思っていたが、間に合った。 帰宅して、自分の部屋に入ったときの安心感。 今までに無いくらい、気持ちが落ち着いた。 ちょっと思うことが色々あるので、綴らせてもらう。 *** まず、飲み会について。 私はお酒を飲むのは嫌いじゃないし、飲み会独特の あの陽気な、ゴチャゴチャ、ふわふわ、ガヤガヤした 雰囲気も、実はそんなに嫌いじゃない。 もちろん、つまらない場面もある。 そのときの話題に興味が一切無いときだったり、近く に座った人がまったく会話が合わない・あるいは、 気が合わない人だったりするとき等。 疲れすぎたり酔いすぎたりしても、退屈になる。 けれど、飲み会は基本的には、自分で楽しむものだとも 思っていて、だからそのときに楽しめなかったりすると、 それは自分のせいだな、とも思ったりする。 探そうと思えば、幾らだって吸収できることが見つかる。 普段話したことない人が隣の席だったら、色々とこちら から訊いて、その人の人となりを知ることができるし、 もしかしたらその人が、自分の関心のある・有用な情報を 提供してくれるかもしれない。 幾らつまらない話題のときだって、話だけ覚えていれば 別の機会でその話を使い回しできることだってあるし、 本当に退屈で仕方ない話でも、飲み会のほかのテーブルや 他のお客さんの席なんかを観察すれば、面白い発見も、 たまにはあるかもしれない。 最悪、人も、話も、周りも興味ないし面白くない場合は、 たらふくご飯食べたりすれば、得した気分にはなる。 だけど、これまた言い訳をさせてもらうが、毎度そういう 気持ちで飲み会に臨めるかというと、そんなことは無い。 今回は、職場の同僚・先輩と飲みに行ったが、最初こそ 楽しかったものの、二次会でそんなに興味の無い遊びで、 その辺りから帰りたくなっていた。 というかそもそも、その日のうちに帰りたい、というのは 最初から考えてその飲み会に参加していた。 その理由は、先にも書いたが、このまま飲んで、そして、 終電を逃すような時間になったら、きっと知人宅でみんなで 泊まるのだろうなぁと思っていた。 そして、そうなれば浴びるようにお酒を飲むことになるし、 また、そうしたら必然的に翌日は二日酔いになるから、 せっかくの休日は一日潰れていることになる。 それだけは絶対に避けたいと思っていたからだ。 最近、仕事のモチベーションが続かなくて、休日の有難さが 今までに無いほど身にしみて分かっていたから、そんな貴重な 休みを一日もダメにするなんて、どうしても嫌だった。 なので、終盤になって、周りの出席者のあのつまらなそうで この白けた場をどうしてくれるんだ、という空気を押し切り、 飲みの席を抜け出させてもらった。 もちろん、罪悪感と、後ろめたさは、ものすごく感じた。 残された人も、シケた野郎だ、と思っただろう。 その気持ちはたしかに分かるし、自分が楽しい気分のときに、 一部の出席者がそうしていたら、寂しいし少し白ける。 けれど、その人にしたら、ずっと出席していて苦痛な時間を 過ごすくらいなら、いっそ抜け出してしまったほうがいい、 と、そういう判断をするのだな、ということを実感した。 第一、あまり大きな声では言いにくいけれど、一緒に飲んだ 同僚・先輩のなかに仕事上でいつもお世話になっている方が 居るのだけれど、その人が自分に対して結構人当たりが強く たまに心が折れそうになる・・。 その人の優秀さゆえに、自分の出来なさ具合とかも感じるし、 また、明らかに疎んじられている雰囲気も、何だか苦痛だ。 なので少ししんどかったりする。そういう気兼ねない場でも。 その人の性格なのでそれはしょうがないことなのだけれど。。 とにかく、飲み会は楽しいものであるべきだし楽しむのが ベストだけれど、辛いときもあるなぁ、という話。 それと、やはり他人の家より自分の家が、精神的に良い。 *** それと。上の件と少し関わるのだけれど、仕事の話。 やはり何というかモチベーションが上がらず、辛い。 そんな中、彼女には随分と支えられている気がする。 大変、感謝。そろそろきちんとしないとなぁ。 *** 2012.05/27 04:11 ...
|
|