のんびりしてみて思う、職種とか識字能力のこと。 - 2012年02月13日(月) また今年も流感ゲットしちゃったぜー・・。 本当に自己管理能力というのが恐ろしく低くて困る。。 ということで自宅療養してました。 で、のんびりとボーっと考えたり、本を読んでみたり 一年前の日記を読んでみたりしてみた。 *** ちょうど体調崩した頃の日記が残ってたのでその内容 を読んでみたのだけど、某百貨店の採用情報に関する 話だった。 その中で「貴方は技術系より接客系の仕事が向いてる」 と、かつての恋人に昔言われたと書いていたけれど、 思い返せば、今の恋人にも似たことを言われた。 どういう訳なのか今でも分かっていないのだけれど。 そして一年前と、今でもまだ気持ちは変わっていない。 この仕事は、興味があり続ける限り、やってみようと。 だけど、一生続けられるものでもない、と、そんな 気持ちも他方で感じながら、ここ最近を過ごしている。 外と内で、イメージが違うのだろうか。 そういうものなのかもなぁ。でもそれは、ただ単に、 自分が、自分自身の特性を把握してないだけかな。 いずれにせよ。当面は許される限り、じっくり、好きな ようにやってみる。 *** 最近、ちょっとまた読書をしてみている。 仕事関係の勉強もやらなきゃいけないのだけれど、 気分転換がてら、関係ない本を読むのが良い。 そのときに痛感というか、もどかしくなることがある。 それは、「本が読めない」ということ。 たとえば、古典が読んでみたいなぁと思って本屋に行き 「源氏物語」とか「更級日記」とか読もうと思っても、 なかなか読みづらくてストレスに感じる。 それは、洋書なんかでも、同じ。 読んでいても、すぐ途中で眠くなったり、モヤモヤを 抱えながら読み進めていって、結局理解の糸が切れて しまって、読む気力が無くなる。 多分だけど、これが大学受験時の自分だったらば、もし 古典書物とか洋書なんかを読んでいたとしても、きっと 今よりストレスは少ないだろうし、理解の糸も、今ほど 細く弱いものではなかったろうなぁ、と思った。 結局は、単語とか文法とか、文章・文脈の流れとか、 そういうのに、慣れているか・コツを知っているか、 というところなんじゃないのか、と。 大学受験時こそ、古文の単語やら、英語の長文やらを 毎日読んで頭に入れて理解して、というふうに過ごして いたのに、大学入学時からパタンとその習慣は途切れて しまって。 そうしてもう5年も6年も経とうとしているところに、 改めて当時のように、「じゃあ古典や洋書読んでみるか」 と取り掛かってみたところで、よっぽど記憶力というか、 語学のセンスが高い人でない限り、理解はおぼつかない。 結局は、そういう、識字の習慣というか慣れを忘れて しまっているのだなぁ、と思って、もどかしくなった。 だけれど、今年の抱負で「陳腐化しない武器」を得る、と 掲げて、その一手段に語学を上げている手前、洋書くらい スムーズに読めるような、そんな識字能力は欲しいな。 もちろん、その抱負の意味は、読み書きというだけではなく 聞く・話すという側面も重きを置いているのだけれど。 なかなか実践するのは難しいけれど、こちらも、じっくり やってみる。 *** 2012.02.13 19:16 ...
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