地震記録のこと。 - 2011年03月12日(土) 地震。 結果として無事でした。 怪我も無い。 何かの役に立てば良い。 自己満足でも、情報が有効に利用できれば。 地震発生時と事後のその記録。 *** <<会社>> 11日の15時ちょっと前くらいに発生。 ビルの耐震構造か免震構造の関係か分からないけれど、 かなり大きな揺れが起こり、それが長く続いた。 少し気分が悪くなるくらいグラグラ揺れて、防災アナウンスも流れた。 私の勤務する会社の入っているビルは、周りにあまり建物が無く 比較的頑丈な造りになっている所為か分からないけれど、 揺れはしたけど安全で、その揺れで外に避難するような指示は無かった。 で、少し揺れもおさまったと思っても、数十分後には、 何度も余震が続き、その度に皆デスクの下にもぐって隠れたり何だり。 そんな状況下でも仕事をこなす諸先輩方はすげーなと思った。 自分は、もう集中できないので、仕事はせずに読書などをしていた。 それと、嬉しかったことには、 数少ない友人・知人たちから安否を心配して連絡を寄越してくれた。 正直、私にはあまり仲の良い友人が少ないと思っていたけれど、 こういうときに、気にかけてメールや電話をくれると、本当に嬉しい。 ただ、もどかしかったのは、色んな人と連絡を取って 安否確認をしたかったけれど、なかなか回線が繋がらないこと。 携帯電話から携帯電話への電話は、ほとんど繋がらなかったし、 メールも、センターで滞ってしまって、ちゃんと送受信できない。 次第に揺れも少なく弱くなり、帰れるなら帰りたかったけれど、 恐らく安全確保のためと、指揮命令下にある社員たちの管理のため、 会社ビルから外に出ないよう指示され、待機状態が続いた。 結局、会社から安全のためにビルの外に出ないよう 指示されていたのが解除され、帰り始めたのが22時くらい。 私の住んでいる家は、比較的会社から近いので徒歩帰宅。 しかし、その時点では交通機関もほぼすべて麻痺していたため、 その日に帰宅する足の無い人は、会社内で宿泊という指示。 <<帰路>> 会社から歩いて帰れると言っても2時間近くはかかる見込みで、 とりあえず会社の最寄り駅に向かって、線路沿いに歩いて帰る。 が、真夜中というのに人で溢れかえってなかなか進めない。 歩道はもちろんのこと、車道のほうも、乗用車、バス、タクシーで渋滞。 最寄り駅も、そのときは全線運転見合せで、 駅構内ターミナルには、家に帰れない人たちでごった返していた。 少なくとも私が見た限り、 東京で目に見える被害は特に無かったけれど、 正直それでも、今までに見たことのない光景で、 不気味な恐ろしさを感じたのを覚えている。 深夜の道を、長い時間大勢の人間と同じペースで歩くのは 非常に疲れたけれど、どうにか自宅マンションに到着。 実は、恋人が私の帰りを待っててくれていた。 メールも電話もなかなか繋がらない。繋がっても、滞り気味。 送ったメールもろくに届かず、行き違いになっていたけれど、 それでも帰りを待っていてくれた。嬉しかった。ありがとう。 でも、恐らくとても心配だったろうと思う。連絡が無くて。 申し訳なかった。でも、ちゃんと帰れて、会えて良かったと思った。 <<自宅>> 帰宅して、部屋を見たら、棚の上に置いてあった カラーボックスやら書類やらがすべて倒れて散乱していた。 それと、金魚の水槽から水が溢れ、辺りは水浸し。カーペットも。 棚から落ちた書籍類が水槽からこぼれた水に濡れてビショビショだったり。 よく見たら、水槽内の水は5分の1ほど少なくなっていた。 金魚にとっては、とても怖かったろうな。ごめん。 だけど、目に見える被害らしい被害はそれくらい。 甚大な被害とか損害、物質的な故障とかも特に無い。 濡れて、まだ必要な本は、乾かせば何とかなる! というわけで、 恋人も私をずっと待っていてくれて身体の芯から冷えていて、 私も、深夜に長時間歩いて帰ってきたことで疲れもピーク。 それに、何故か私はこの日たまたま、ろくに食事をとっていなくて、 もう帰ったら部屋を温かくして、すぐに眠った。 <<翌日>> 12日。起床して空腹のあまり、近所のご飯屋さんへ。 前夜、帰宅したときにマンションのエレベータは停止していた。 なので、帰るときは階段で自宅階まで上った。 翌日の12日朝も、まだエレベータは復旧しておらず、 仕方ないので階段で1階まで下りてご飯を食べに行った。 食事後、近所のコンビニで買出しをしようと思ったが、 店内の食品陳列棚には、ほとんど食料が無かった。怖かった。 サンドイッチも、おにぎりも、もちろんお弁当も。 朝確認したら、家のガスも付かず、火が使えないと思ったので、 コンビニでは電子レンジで調理できるようなものなどを買い込んで帰る。 帰宅して、もう一度ガスを確認して、ネットで調べる。 すると、ガスの復旧方法が書いてあったので試してみると、使えるように。 そんなこんなで、まだ疲れていたのでもう一度寝て、 起きてから、恋人を、運転開始していた列車のある駅まで見送る。 今はここ。 余震は、まだ何となく感じる。 これが本当に余震なのか分からないけれど、 微妙に揺れを感じるときがある。 怖いけど、出来る限りのことは準備して、 油断しないようにしたいと思う。 テレビなどで、被害状況を見ると、怖くなる。 死者・不明者が2000人近く。国内観測史上最大規模の地震。 地震大国、という意味を痛感した。 実は今日3月12日は、弟の誕生日だ。おめでとう。 ちなみに弟も無事だった。母も無事。本当に良かった。 こんな日だけど、弟はまだ学生ながら会社へ働きに出ている。 不況の昨今、ちゃんと内定を貰って、4月入社よりも前から、 もう3月から働き始めている。本当に偉いと思う。 だけど、あまり頑張りすぎないで、肩の力を抜いてください。 まあ私が言えることじゃないかもしれないけれど。 ともかく、誕生日おめでとう。素敵な一年でありますよう。 がんばろう。私も、がんばる。 *** 2011/03/12 17:54 ...
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