「応募したいな」という気持ちと足元と現実社会と未来のこと。 - 2011年01月15日(土) 今週いっぱい何もしない生活をして、おかげで大分体調も良くなった。 そして皮肉なことに、気持ちも少し落ち着いてきた。 先週から今週頭にかけて、案件に追われて焦りに焦っていた気持ちは、 休んだおかげで案件からも離れて、気持ちがラクになってきた。 責任感の無い奴だ、自分は。 *** 今日の新聞を読んでいたら、とある百貨店が、 既卒3年以内までなら新卒扱いで採用活動を行う旨の記事が掲載されていた。 ふと「応募したいな」なんてことを思った。 もちろん、結果として応募しないと思う。今そんな気持ちは現実的に無い。 何故そう思ったのだろう。 今の会社・仕事が嫌だというわけでもないのに。 *** 私は実は学生時代、その百貨店でアルバイトをしていた。 でも当時は繁忙期が辛くて怖くて、本当に苦しみながら働いていた。 勤務環境自体は別に大変じゃなかったかもしれないけど、 個人的に、そこの人間関係とか接客業自体がなんとなく合わない気がした。 だから苦しい思い出ばかり残っていて、実は、 今の会社に新卒で入社してから「ほんとの社会人はこんなものか」 なんてことを思ったくらいだ。未だに、あの当時ほど、 「早く辞めてやりたい」なんてことを思うことは、無い。 なのに、何故、今、「応募したいな」なんて思ったのだろう。 前に、以前付き合っていた方と話したときのこと。 「uk君は、今就いている技術系の仕事よりも、 人と交流する接客系の仕事のほうが向いていると思う」 なんてことを言われた。 そのときは「馬鹿を言えよ」と、当時の苦しさを思い出して、 鼻で笑ったように思っていた。 それに、今やっている仕事に関係する技術を習得・勉強すること、 私はとてもこれが好きだ。 彼女がそう言った真意は分からない。 人と接することがそれほど得意でない私を知っていたはずだけど、 私と接することで誰かが何かを得ることを見抜いていたのか。 実際、その百貨店で働いていた当時、 私の本当に不器用な接客について、温かい目で見守ってくれたお客様、 優しく色んな話をしてくださったり、ご褒美を下さったり、 また、とびきりの感謝の気持ちを伝えてくださったりした、お客様。 正直お客様のそういった表情を見ると、本当に胸がほっこり熱くなって、 気持ちが良かったものだった。それは忘れない。 だから、なのか。「応募したいな」なんて思ったのは。 でも、ほっこりした気持ちは忘れないけど、同時に、 あのときの苦しい気持ちも、絶対に忘れることは無い。 いったい何が苦しかったんだろう。よく分からない。もう。 色んな状況が、要因が絡まってきていて、それこそ、 楽しいとか嬉しいとか苦しいとか怖いとか焦るとか悲しいとか虚しいとか、 そういった感情がぐっちゃぐちゃになったまま働いていた。 だから、そのときの「何」が嫌だったのかは、もう分からないままだ。 そもそも、それを探そうとも、今となっては思わない。 「応募したいな」と思ったのは、もしかしたら、 自分に可能性を信じたかったからなんだろうか。 今の仕事に可能性が無いわけじゃない。でも、あるのかも分からない。 正直、ほんとうに今、正直に言わせてもらうと、 今就いている仕事を「一生やっていく仕事」なんて思えない。 失望とかじゃない。怖いだけだ。自分の未熟性が。 だけど、この世界・業界を追究して物事を知っていくことは、 上でも言ったけど、嫌いな作業じゃないしむしろそれは楽しい。 じゃあ何で、いわゆる全然今居る世界とは別の「違った世界」に、 「応募したい」なんて思ったんだろう。 違う。なにか違う。 *** 「応募したい」というのは、たしかにそこの会社に、 新卒として入ることを希望する、ってことだ。 そのためには、今勤務している会社から・業界から離れる必要がある。 だけど、私の気持ちは、そういう「二者択一」的な行動にマッチしない。 要するに、色々やってみたい、これが私の真意だと思った。 逆に。 何故、今やっている仕事も続けつつ、 百貨店の仕事もやってはいけないんだろう。 上でも書いたけど、やはり、百貨店で働いている当時だって、 苦しみながらも楽しいことはあったし学ぶこともあった。 だからそういった意味で、貴重な人間修行をさせてもらえたと思っている。 今の会社も、業界も職種も違うから、 その百貨店で学んだこととはまったく違うことかもしれないけど、 それでも、貴重な経験を積んでいると思うし有難いことだ。 だけれど、社会としては、 「こっちの仕事もやって、こっちの仕事もやる」っていうことは、 なかなか出来る行動選択じゃない。 アルバイトとかパートタイマーとか契約社員とか、 そういう勤務体系であれば可能かもしれない。でも私はそれをしない。 なぜ?それほど正社員というのに固執しているんだろうか。 リスクを避ける生き方。じゃあそもそもリスクって何だろう。 路頭に迷わないことか。正社員ならそれが避けられるのか。 正直言って、今の社会で、なにが・どれが一番安全だとかリスキーだとか、 そういうのはもう分からなくなってしまっている。 でも働き方を変えることなんて出来ないのが現状なんだ。 *** 「就職できない、だから小さなところでもしょうがない・・」 なんてことが言われることもあるけど、疑問だ。 自分だってそっち側の人間のはずなのに、なんだか違和感がすごい。 もし夢とか希望とか理想も無いまま、 ただ「就職できたらそれでいい」なんて思うのであれば、 それは、「飼われて生きていきます」ってことを決めている、 そんなことなんじゃないかと思ってしまう。 「生きるためにはお金が必要。 自分にはやりたいことがあるから、最低限生活するお金があればいい。 だから仕事なんてとりあえずお金がもらえればそれでいい」 分かるんだけど、どこか引っかかるんだ。 そもそも「仕事」ってそういうものなんだろうか。 「嫌々やらなきゃならない」そういうものなのかな。 個人の仕事に対する考え方とか価値観は、ここでは問題じゃない。 社会全体として、なんでそういう構造になっているんだと思う。 よく言われる。「搾取する側」と「される側」 そういう構造でしか、現代は、やっていけないんだろうか。 資本主義ってなんだ。競争原理って。市場って。 「雇われるんじゃなくてさ、自分で起業しちゃえばいいんだよ」 すごく共感する。これに対して私の中で違和感は無い。 なのに、身体はきっと、そうはしない。行動は起こせない。 なぜ?それはやはり、リスクを避けているの・・? *** 言いたいことを書いてしまって大幅に脱線してしまったけれど。 その新聞記事を読んで、帰宅してふと、 ネットでその百貨店のホームページにアクセスして採用情報を見てみた。 そこで、現実に目覚めた。 「応募したいな」は萎んで消えた。 なぜ、その百貨店が「既卒3年以内を新卒扱いとする」としたのか、 それは分からない。どういう人材を集めようとしてそうしたのかも。 だけど、明らかに自分が、 「そこから欲されるべき人材」じゃないんだろうな、と思った。 今更、就職活動をもう一度して、志望動機がどうとか考えて、 自己アピールで、いかに他者より自分が特別なのか発表することとか、 はっきり言ってそんなことはもう出来ない、と思った。 そういうことをする気力が無いとかもうウンザリというより、 「そうまでしなくては、そこで働けない」というのに、冷めた。 要するに、そうなんだ。 他の会社に行く、ということは、今の会社を離れるだけじゃなく、 他の会社に行くために、やらなきゃいけないことがある、ということ。 色々やるために、今まで積み上げてきた所謂「キャリア」を捨てること。 キャリアは捨てても、「経験」が問われるということ。 「何やってきたんですか」と訊かれて、私はなにも答えられない。 なにかを答えられるほど、なにもやってきていないからだ。 だから、「お呼びじゃない」んだ。 営業販促のための・・とか、バイヤーの・・とか、 じゃあ自分に何が出来ますか、いいえ、何も出来ません、と思った。 結局何が言いたいんだろう。私は。 分からなくなってしまった。 *** 不安なのかな。 「自分に何が出来るか」と。 もしかしたら何も出来ないままでずっと過ごすのか、と。 「ここまでやってきているぞ」という目で見える効果測定が欲しい。 それが見えないから「何も最初と変わりません」というのが怖い。 いつになったら、そんな気持ちも無くなってくるのかな。 もしかしたら、ずっと変わらないで居るのかな。分からない。 責任? そんなことを考えていた。 *** 2011/01/15 20:56 ...
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