昨夜は前職場の集いがありました(全て女性) 昨年8月末付けで退職してからこれで3回か4回目くらいの開催。 最初は飲み屋さんで開催してたのがここ2回ほどは、集いメンバーの元同僚のお宅で開かれています。 自転車で行かれる距離なので(全員が)助かります。
飲み物や食べ物は適当に持ち寄ってというのがこの会のスタイル。 私が「おじゃましまぁ〜す」と入ったらまさにお魚を焼いてる最中のいい匂いがして思わず「わーーー!いい匂い♪」とはしゃいだほど。 お宅提供者さんの実家が房総の海辺。 そこで新鮮なお魚ちゃんらをもらってきたらしい。(小アジ) 3尾も食べちゃいましたよ。美味しくて。
さて、昨日の参加者。 在職者5名。退職者2名、在職者の娘さん1名・・・の計8名という不思議な会。 年代も幅があるので話題が昭和〜平成を行ったり来たりするのが大変面白い。
お手玉の話題になりました。 「あの歌って日露戦争の歌だったわよね」 「そうそう、二・・・日露戦争始まった〜♪三・・・さっさと逃げるはロシアの兵・・・・・・十・・・・東郷大将大勝利〜〜〜♪のところで打ち上げ花火みたくガンガンやるの!」
や・・・・自分はお手玉、歌いながらやったことが無いのですが、昔の人はそんな生々しい歌を幼子らが歌っていたのか?!と、目からウロコでございました。 その話題で盛り上がってた3名は私よりも10歳くらいお姉さん。 その方々のご両親となると、まさに戦時を全力で経験してらした年代。 「父から聞いた話なんだけど」「祖母から聞いた話なんだけど」 その方たちはみな 出身が関東・東京下町だったりするので「関東大震災」や「東京大空襲」の話を幼い頃、身内から聞かされて育っている訳です。 身内が身をもって経験しているという事実は、教科書やTVでしか知らされてない我々とは圧倒的な差があるよな・・・・と改めて思いました。
うちの母は幼い頃、夜中B29が戦隊組んで長岡の空に向かって飛んでいき行き、あられのように爆弾(焼夷弾)を落として街が真っ赤に燃えたのを鮮明に覚えていると何度か語っています。 (8月1日の長岡空襲)
色々話題豊富な集いでありました。 ただ一つ残念だったのは、その職場がどんどんイベント会社みたくなっていってるって辺りだったかな。 もう退職した私からすれば、笑い話でお腹抱えて笑ったわけなんですが、在職中の方からすればかなり残念な出来事かなと思いました。 (コスプレ?してみたり異常なほどの飾りつけをしてみたり・・・・。情熱の方向性、絶対間違ってるよ!としか突っ込みようがないくらいな突っ走りっぷりでした。辞めててよかったよ、ママン)
帰宅は当然のごとく、午前様でございました。
拍手ぽちくん、ありがとうございます。
「ウォール・ウメダ」をほかして・・・・・ 涙失くしては読めません!「進撃の巨人」関西弁バージョン。
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