僕らが旅に出る理由
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2010年09月02日(木) 常体だった

仕事で、会社の工場見学に行った。
本社とは離れた場所にあるので、出張扱いとなる。
同じ部署から数人が出かけ、その中で一番下っ端の私が出張報告書を作ることになった。
私はあらかた形を作って、「所感」の欄だけ空欄にし、皆さんに埋めてもらう事にした。

他の人達は皆男性である。
女性は私だけ。

皆から返ってきた「所感」を読むと、当然のように、常体を使った文章だった。
「である」「と思われた」みたいに終わる文章だ。
報告書類はみなそうだ。男性女性関係なく。

私はそれを一通り読んで、今さらのように考えた。

この日記でもそうだが、私は小さい頃から、他の女の子とくらべてもダントツに常体で文章を書く子供だった。
理由は、私がトンがっていたからである。(駄)
先生から可愛くない、と眉をひそめられても、私はそのスタイルをやめなかった。
その時の私の精神状態には、常体の持つ疾走感や力強さがぴったり当てはまったのだ。

しかし同時に、自分の文章を読み返して、これが誰か他の女の子の書いた文章だとしたら、ずいぶん偉そうで感じ悪いな、というのも分かってはいた。
それでも、何か書く時には、どうしても常体にこだわってしまった。
文章を書く時、私は「男」の気分だったのかも知れない。

それなら出張報告書でも、堂々と常体で書けばいいようなものだが、なぜか今回は引っかかった。
もちろん、簡潔に書くことが何より大事な場合なら迷わず常体で書くだろう。でも工場見学は内輪の話だし、出張報告書というより感想文みたいなところもある。回覧として皆さんに回っても、急がず、ゆっくり読んでもらっていい種類のものである。

結局私は、「です」「ます」を使ったのだ。
常体が当たり前の世界であえて敬体を選ぶというのは、私には相当珍しい体験で、妙に感慨深かった。
その逆のことばかり、何度もしてきたのだ。
私もようやく人並みの感覚に追いついたのかも知れない。

出来上がった報告書を、もう一度読み返してみた。
誰が見ても、感じの良い文章だった(笑)
自分もそうしたいし、傍目にも感じが良いのは、気持ち良いなぁと思った。


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