獅々丸の雑記帳
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幾分か前に世間が騒ぎ、ここ雑記でも取り上げた話題。
盲導犬が刺された、という事件。 俺の雑記に意見をくれた心正しき優しい輩もいた。
後日談では、事件そのものが存在せず、実は犬の皮膚病であった。 のでは?という。 それならば、それで良かった。 憎むべき事件がひとつ存在しなかっただけのこと。
しかし、あの盲導犬を刺した“悪意”は確かに存在したのだよ。 その“悪意”に国中の義ある人は意見を述べたのだろう。 「盲導犬にされた“悪意”ある行為を裁くのに器物破損はなかろう」と。
法が進む社会に追い付いてない。 盲導犬を認める社会に、法が追い付いていないことに多くが気付いた。 あの“悪意”はそれを知らしめるのに役立ったはず。 ならば、その国民の声を国は拾って欲しい。
消費税とか秘密保護法とか、大事なのは分かる。 が、国民を豊かにする法律ってのはもっと身近な話題なのだよ。 身近な話題でもこの国では我らが自分では変えていけない。 政治家・法律家の皆さんはさ、そういうとこ拾ってください。
そうそう。 盲導犬を刺した事実がなかったことで、ご本人を責めた輩がいるらしいね。 自作自演とか、安っぽい言葉とかで。 聞くところによると、彼は外に出ることを控えているらしいじゃないか。 盲導犬ってのは、目の不自由な方が少しでも表へ出ることを目的にする手段。 その彼が、盲導犬と共に引き篭もっている。
もしそれが事実ならば。
あの事件で調子に乗って彼を誹謗する輩も“悪意”ぞ。 あの盲導犬を刺した“悪意”となんら変わらん“悪意”であり。 俺はやはりそれも憎む。
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