獅々丸の雑記帳
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2009年11月25日(水) 秋の夜長に想う。

な。こんな話を聞いたことはないかい?

歳を取る度に『1年』が短く感じるのは『人生に比しての1年の割合が少なく
なるから』だって。

つまり。
1歳の誕生日に関してそれまでの『1年』は1/1だ。
でも。
50歳の誕生日に関して、49歳からの『1年』は1/50でしかない。
と言うのだ。

そんな訳はない。ナンセンスだ。
1年はいつでも1年。1日24時間の365日だ。

ただね。
人間って経験や記憶……色々と言えるのでここでは『記憶』としておこう、を
蓄積する動物じゃん。

例えば、生まれてすぐの記憶があったとして、最初の365日はそれはもう新
しい記憶蓄積の毎日だろう。

ところが。

50歳にもなれば、悲しいかな目新しいことが毎日ある生活を送れている人は
少ないんじゃないだろか。

それは例え忙しく仕事をこなし、それなりの新しい知識等を得ていたとしても、
その状態を毎年繰り返していたならば、それは総じて忙しい毎日を過ごしてい
るだけで目新しく『記憶』することは少ない1年なんじゃなかろうか。

もちろん、忙しくなく遊びもなくボォーっと過ごす生活に目新しい『記憶』は
少ないだろう。

ほら、短期的なプロジェクトなんかだとその数ヶ月は『短くて長い』って感じ
たことないかい?
それは毎日が目新しい『記憶』との遭遇だからじゃないかな。

そうなると。

子供の頃のように1年を長く感じるには、その頃と同じように毎日が目新しい
『記憶』との出会いにならなきゃならんのだろう。

起きて支度して会社行って仕事して帰宅して寝て、なんて生活じゃ『1年』は
どんどん短くなっていくばかり。

充実した毎日を送っていたとしても、それがパターン化した充実の毎日であれ
ば、やっぱり年々『1年』が短くなっているじゃないかな?


『長い1年を取り戻してみたいもんだな。』


雨のち快晴という俺的に最悪の天候のせいで薄汚れた暁号をフル洗車しながら
そんなことを考えた秋の夜長。


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