獅々丸の雑記帳
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2009年07月13日(月) 烏丸。

『“からす”です。』
火葬して貰う際の申込書に書いた烏丸の名前を読んだ職員さんに、俺は言った。
『とりまるちゃん…ですか?』
そう職員さんは言ったからだ。

烏丸。
なぜそんな名前を付けたのか?今でも時々聞かれる。
黒くて綺麗な八割れ模様をした猫だった。
当時、俺が名前を付けた猫は『夜叉丸』に『焦虎丸』。なんとなく格好よさげ
な字面が続く中になぜに『カラス』なのか、と。
第一に、カラスとは付けたが、鳥のカラスではなく、烏天狗のカラスだった。
俺としたら『夜叉』に続く妖怪シリーズのつもりだった。
第二に、鳥のカラスは俺の眼には凄く強く美しい鳥に映るからして、決して格
好悪くとも滑稽とも思えないのだ。

1989(平成元年)年10月3日かな。家の近くの森の傾斜で大声で鳴く仔猫を見
つけ、俺の家に遊びに来てたダチが救出した。
もう3〜4ヶ月は経っていただろうな。
死んだのが2009年7月10日。
我が家で暮らしたのは、19年と9ヶ月と1週間だが、実年齢は20歳を過ぎたぐ
らいだろう。
俺は、飼育してる猫で15年を超せないのは『飼い方にどこか問題でもあったん
じゃ?』って思う性質だけど、反対に15年を超えて後の人(猫)生は本猫の元
からの頑強さに因るものとも思っている。
例えば、同じように飼育してきたのに、病気になってしまった獅子丸は15年を
迎えられなかった。
烏丸は病院知らずの病気知らず。手がかかったのは死ぬ週の月曜に1階に降り
たきり上がって来れなくなってから金曜までの5日間だけ。

お骨もそりゃぁ立派で。
呼ばれて骨を拾いに行った先には、トレイに置かれた骨格標本のような烏丸の
姿が。
形を成していなかったのは背骨と肋骨ぐらいかな。
頭、首、肩甲骨、前足、骨盤、後足、尻尾と、ものの見事に残っていたさ。
爺さんになってだいぶ痩せてたからねぇ、撫でた頭蓋骨は烏丸そのものでした。

そうそう。
死んだ日ね。家族で見守る中で息を引き取ったんだが『あ〜ぁ、死んじゃった
ねぇ。』『長生きだったねぇ。』なんて感想の中、お袋が顔を綺麗にしてやる
んで拭き始めたのね。
『いい子だったねぇ。』なんて涙ぐみながら。
そしたらさ、突然、右後足がピーンと伸びて、それからまた数回僅かにお腹が
上下してね。
『わっ、まだ生きてたっ!』って素でびっくり。
俺なんて『ちゃちゃちゃちゃちゃらちゃんちゃん』とドリフの音楽を思わず口
走った。
次に息を引き取った時には『死んだ?』『死んだよね??』とか言いながら撫
でてみる始末。
ホント、おもろい爺様でしたわ。

烏丸。
ボスの座を取れない猫だった。
前には焦虎丸という歴代でも最高のボスがいて、焦虎丸亡き後はすぐに年下の
獅子丸がTOPを取った。
現在の我が家はボスがずっといない猫社会。獅子丸が死んだ時には烏丸も結構
良い歳で、ボスの座なんぞに興味なく、他のチビ達はどれもが微妙な力関係で
抜き出る仔がいない。
ただ、チビ達の悪ふざけが烏丸にまで及ぶと、爺様の一撃は痛烈だった。

烏丸がいなくなって3日。
チビ達の様子は凄く微妙ではあるけど、ちょとおかしい。
ボスにはなれなかったけれど、それなりの存在感は与えていたか……烏丸。

長寿を祝って奢った骨壷。
数ヵ月後に他の連中に並べば、お前だけが色付きの立派な骨壷だ。
先に逝った連中に自慢して廻れよ。

一先ず、さらばじゃ。

笑。


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