獅々丸の雑記帳
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オレの雑記ならジョジョについて書くのが普通だな。(笑) だが今日はちょと違うぞ。
最近公開された?邦画について…でもないが、まぁその辺り。(ぉ
このヘブンズドアって邦画、実はリメイクだ。 元は洋画でノッキン・オン・ヘブンズドアだ。 邦画は主人公が男女になってるようだが、洋画は男2人が主人公だった。
俺はこの洋画の方のノッキン・オン・ヘブンズドアを観た。 で、内容は楽しめたんだが、予想とは違ってガックシした思い出がある。
それは、俺がこの洋画を『観ようと思った』切っ掛けのせい。
ノッキン・オン・ヘブンズドア。 これはボブ・ディランの唄の曲名。 とは言っても、俺にとってはガンズがカヴァーしたVer.こそが震えるほど感激 したノッキン・オン・ヘブンズドアなんだが。
まぁいいか。
俺はこの曲ノッキン・オン・ヘブンズドアが凄く好きで、この曲の世界観を表 現してる映画なのか?ってことで先の洋画を観たのだ。
結果、全然違った。 少なくとも俺的には『何でこの映画の題名やサントラにノッキン・オン・ヘブ ンズドアを使うんだ?』って思えるほど違和感を感じた。
だから同じテイストだろう今回リメイクされた邦画にも興味なし。
しかもだ。
今回の邦画ではアンジェラ・アキがノッキン・オン・ヘブンズドアにオリジナ ルの歌詞を乗っけて主題歌としてるんだが、このオリジナル歌詞がなんじゃこ りゃ?って感じ。 おそらく邦画の内容とマッチした歌詞なんだろうけど。 しかし、あれがノッキン・オン・ヘブンズドアの和訳的歌詞だと勘違いされた ら残念至極。 嫌いじゃない歌手だけにやって欲しくないお仕事だったな…。
ノッキン・オン・ヘブンズドアは『銃を置く』と取れる歌詞があるからか反戦 歌とされることもあるようだが、全然そんな意味じゃない(と思う)。 ましてや、死へ赴く様をなんて言うかな…美しく唄ったものでもない(と思う)。 男の死に様…って言うか寧ろ生き様と、HEAVENという言葉を使うことで死ぬこ との解放感と併せて絶望感を唄ったものだと俺は思ってる。
ついでだ。まだまだ続けよう。
俺の親父は西部劇とかも大好きで、俺もガキの頃に一緒に良く見た。観たでな く、見た。 そんな親父から聞く沢山のガンマンの中に『ビリー・ザ・キッド』という名前 があった。 21歳で射殺されるまで20人以上を撃ち殺した凄腕?のガンマンだと聞いた。
そんなビリー・ザ・キッドの生涯を描いた洋画『ビリー・ザ・キッド/21歳の 生涯』。 この洋画の劇中曲こそが、ボブ・ディランの作った『ノッキン・オン・ヘブン ズドア』なのだ。
そう『ノッキン・オン・ヘブンズドア』は『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』 のために用意された曲だ。
このノッキン・オン・ヘブンズドアの歌詞の意味が分かり難いのなら、それは その洋画を知らないからだと思う。 劇中曲ゆえ、曲が流れる場面を見ればすぐに合点が行く。
そして。
空想好きな男なら胸に熱いものが込み上げ恐らく泣くだろう。 そんな物凄く格好良くて物凄く悲しいシーンなのよ。
俺はボブ・ディランは左程好きではない。
が。
何年も経ったある日、好きなガンズのアルバムから流れてきたノッキン・オン ・ヘブンズドアに、アクセルの声に泣いた。
頭の中で浮かび上がるシーンは『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』であった が、流れる曲はガンズの『ノッキン・オン・ヘブンズドア』だった。
母さん、俺のバッジを外してくれ。 バッジはもう用無しだ。 あぁ、目の前が暗くなってきた…暗いなぁ。 天国の扉を叩いているみたいだぜ。
母さん、銃も外してくれないか。 俺にはもう使えねぇ。 真っ暗だ… 俺はもう天国の扉を叩いてるんだな
〜『 KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR 』(訳:獅々丸)〜
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