獅々丸の雑記帳
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2009年02月10日(火) ヘブンズドア

オレの雑記ならジョジョについて書くのが普通だな。(笑)
だが今日はちょと違うぞ。

最近公開された?邦画について…でもないが、まぁその辺り。(ぉ

このヘブンズドアって邦画、実はリメイクだ。
元は洋画でノッキン・オン・ヘブンズドアだ。
邦画は主人公が男女になってるようだが、洋画は男2人が主人公だった。

俺はこの洋画の方のノッキン・オン・ヘブンズドアを観た。
で、内容は楽しめたんだが、予想とは違ってガックシした思い出がある。

それは、俺がこの洋画を『観ようと思った』切っ掛けのせい。

ノッキン・オン・ヘブンズドア。
これはボブ・ディランの唄の曲名。
とは言っても、俺にとってはガンズがカヴァーしたVer.こそが震えるほど感激
したノッキン・オン・ヘブンズドアなんだが。

まぁいいか。

俺はこの曲ノッキン・オン・ヘブンズドアが凄く好きで、この曲の世界観を表
現してる映画なのか?ってことで先の洋画を観たのだ。

結果、全然違った。
少なくとも俺的には『何でこの映画の題名やサントラにノッキン・オン・ヘブ
ンズドアを使うんだ?』って思えるほど違和感を感じた。

だから同じテイストだろう今回リメイクされた邦画にも興味なし。

しかもだ。

今回の邦画ではアンジェラ・アキがノッキン・オン・ヘブンズドアにオリジナ
ルの歌詞を乗っけて主題歌としてるんだが、このオリジナル歌詞がなんじゃこ
りゃ?って感じ。
おそらく邦画の内容とマッチした歌詞なんだろうけど。
しかし、あれがノッキン・オン・ヘブンズドアの和訳的歌詞だと勘違いされた
ら残念至極。
嫌いじゃない歌手だけにやって欲しくないお仕事だったな…。


ノッキン・オン・ヘブンズドアは『銃を置く』と取れる歌詞があるからか反戦
歌とされることもあるようだが、全然そんな意味じゃない(と思う)。
ましてや、死へ赴く様をなんて言うかな…美しく唄ったものでもない(と思う)。
男の死に様…って言うか寧ろ生き様と、HEAVENという言葉を使うことで死ぬこ
との解放感と併せて絶望感を唄ったものだと俺は思ってる。

ついでだ。まだまだ続けよう。

俺の親父は西部劇とかも大好きで、俺もガキの頃に一緒に良く見た。観たでな
く、見た。
そんな親父から聞く沢山のガンマンの中に『ビリー・ザ・キッド』という名前
があった。
21歳で射殺されるまで20人以上を撃ち殺した凄腕?のガンマンだと聞いた。

そんなビリー・ザ・キッドの生涯を描いた洋画『ビリー・ザ・キッド/21歳の
生涯』。
この洋画の劇中曲こそが、ボブ・ディランの作った『ノッキン・オン・ヘブン
ズドア』なのだ。

そう『ノッキン・オン・ヘブンズドア』は『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』
のために用意された曲だ。

このノッキン・オン・ヘブンズドアの歌詞の意味が分かり難いのなら、それは
その洋画を知らないからだと思う。
劇中曲ゆえ、曲が流れる場面を見ればすぐに合点が行く。

そして。

空想好きな男なら胸に熱いものが込み上げ恐らく泣くだろう。
そんな物凄く格好良くて物凄く悲しいシーンなのよ。


俺はボブ・ディランは左程好きではない。

が。

何年も経ったある日、好きなガンズのアルバムから流れてきたノッキン・オン
・ヘブンズドアに、アクセルの声に泣いた。

頭の中で浮かび上がるシーンは『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』であった
が、流れる曲はガンズの『ノッキン・オン・ヘブンズドア』だった。



母さん、俺のバッジを外してくれ。
バッジはもう用無しだ。
あぁ、目の前が暗くなってきた…暗いなぁ。
天国の扉を叩いているみたいだぜ。

母さん、銃も外してくれないか。
俺にはもう使えねぇ。
真っ暗だ…
俺はもう天国の扉を叩いてるんだな

〜『 KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR 』(訳:獅々丸)〜


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