獅々丸の雑記帳
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2008年01月29日(火) 心というもの

心を亡くすと書いて『忙』とはよく聞くでしょ。
『忙しいと心を亡くしてしまうよ。』と。
これは俺も賛成。
まるで働くのが嫌いな俺の存在を肯定してくれるかのような良い響き。

んじゃさ、同じ心と亡くすで構成される『忘』はどう?
忘れることはネガティブに受け取られる場合が多い。
けど、『人は忘却するからこそ生きていける』とも言われるよね。

どうして同じ字を使うのに、違う言葉になる?

忙は心を亡くすと書く。
忘は亡くす心と書く。

心を亡くすのはダメだけど、自発的に亡くしていくのは必要ってことか?


さて、自らの心と書いて『息』と読む。
息は正しく生きていることの証だよね。
つまり、心無い人は息してちゃいけないのよ。
生きてちゃいけないの。

でしょ?


でね、生きてるって言葉に心を付けると……『性』。
そして、生きるは生むとも読む。

いいか!

心を生む行為と書いて『性行為』。

だからね、
『違う、違う、最近ちょっと忙しかったから、心を生み出したいだけだって!』
と言いながらオナゴに迫ってみましょー!
もちろん、引っ叩かれても俺は責任はとらんよ。
さぁ、レッツ、トライ!


なんという展開だと驚きの貴方!
世の中とは目まぐるしく動くものなのだよ。フフ。


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