獅々丸の雑記帳
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ある子と歴史上の事柄について話しててね、その子の認識と俺の認識が違って いたの。 その子の認識が間違っていた訳ではなく、当時その子はそう教わった訳さ。 だから『社会の先生はウソを教えたのかー!?』って笑ってた。
でもそうじゃない。
俺はその子よりも年長なので、おそらく俺もその子と同じ内容で教わったはず だ。 ただ、俺はその教わったことに興味を持ち、ずーっと歳をとった後に色々と調 べ直した時期があった。 その間に、さらに解明された『歴史』が生まれ、付け足され或いは改編された だけのことだね。 歴史に限らず何でもそうだろうが、特に過去のことは研究されればされるほど、 『事実』が変わっていく。
例えば『平城京』。 これ、俺と同年代の人なら『へいじょうきょう』と読むはず。 でもね、おそらく今の教科書には『へいぜいきょう』とるびが振られたものが 多いだろう。 へいぜいきょうと習った今の子供達の前で、へいじょうきょうなんて読んでみ なさい。 途端に読み仮名を知らない○○大人?扱いかもしれんですよ。
前にも書いたと思うが、小学の頃『恐竜博士』だった俺は、ダチの子供と一緒 に本を読むうち、殆んどの恐竜の名前も姿も変わってしまっていることに気付 いて愕然としたことがある。
物事なんて多かれ少なかれ皆そう。 自分も含めて不変なんて絶対にないのだから、全てが変化していくものと考え るべき。 それは例え『過去』のことでもそうなのだ。 見えるものに疑問を持つべき。
だからね、興味を持ったことについては、色んな知識を得よう。 角度的にも年数的にも。 特に新しい事柄については『角度』が大事だと思うんだ。
今日日、エコに興味を持つ人はたくさんいるよね? ならばエコについても多角的に勉強してみたらいいさ。もしかしたら、『真実』 だと信じていたものが『そうとも言えない』角度に行き着くかも知れないよ。
教科書さえ変わっていくんだ。
ね。
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