過去日記倉庫(仮名)
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| 2008年01月08日(火) |
ミリキタニの猫 / 描く |
毎日暖かいですね。もう寒くならないのだろうか。仕事行きやすいからいいんだけど。
ミリキタニの猫は去年見た映画なのですが、感想を書きそびれていました。桜坂劇場にて鑑賞。実はそんなに関心をそそられなかったのですが、本屋でこの映画の本を売っていて、ミリキタニさんの絵がとてもきれいだったので、大画面で見たいなと思いました。
ストーリーはヒビコレエイガ様のページがわかりやすのでご参照下さい。毎日通りかかる路上で暮らし、毎日絵を描いて売っているおじいさん。風景の一部だったのが、911のテロをきっかけにして監督のフラットに招き入れられ、撮られる対象となる。おじいさんの話を聞き、履歴を調べ、社会保障を取り戻す。芸術家としての強い意志を持って市民権を突き返しながらも、日系人強制収容所を出た後にニューヨークでまじめに働いた履歴があるために社会保障を得ることができ、最終的に彼の自立が可能になります。
自分はこの辺がおもしろかった。彼はずっと保障を拒否してるんだけど、周りの人がちりちり調査して掛け合って取ってくる。それはもらってしかるべきのものなんだけど、やはりラッキーとしか言いようのないことだと思った。若い頃の絵を見て、ずっと前から生活の保障があって画材もちゃんと持てて何不自由なく創作ができていたら…と考えないこともないけど、それがなくても、こういう映画にならなくても、彼は死ぬまで絵を描いてるんだろう。それでもやっぱり雨風をしのいだ方がいいし、ご飯は食べれた方がいいよね。
狭いけど暖かい部屋で暮らすことになって、猫が人になれるように雰囲気が変わってくる。絵もそれまでは戦争の記憶と米国に対する怒りを直接ぶつけるような感じだったんだけど、だんだんそうではなくなってきた。花や猫の静物画のような感じになったり。
ミリキタニさんの態度も、この辺は夜は危ないのだから夜遊びしないで早く帰って来なさいと父親か兄のような顔を見せたり(監督は女性なので…またこの言い争う所で、監督のリンダさんが猫に向かってお前は一人でちゃんと居れるのだから大丈夫よね、構わなくてもいいわよねとこじつけるように言う所がおかしかった)、絵を描きながら歌うのは全部日本の歌。後で収容所で生き別れになったお姉さんと電話で話す所が出てくるんだけど、そこも全部日本語で、それも広島のお年寄りの話し方を聞いているとぐっときてしまうのだった。
やはりこの辺はそういった人柄とか人間関係に焦点をあてて、よくもわるくも女性的な視点で撮ったというのがよかったのでしょう。時代状況的にもこういう癒される作風は受けると思うし。男性が監督だったら違うのかなあ…生活保障をどうこう、という所までは撮らなかったかもしれないななどと思う。確かに最後の流れは微妙に違和感を感じる所ではあるのですが、日系収容所ツアーなるものが地元の主催で行われているのはすごいと思いました。
後は、アートとそれを目撃し、記録する立場について考えさせられた。そもそもミリキタニさんがずっと強い意志を持って絵を描き続け、作品も魅力的だったことがきっかけでしょう。ホームレスは同じ場所にたくさんいたはずで、それから「選ばれた」理由がアートであるならば。(…)また当たり前のことだけど、見る(買う)者がいるというのは創作者にとって本当に大事なことなんですよね。
ここからは映画とは離れてくるんだけど、ほめる/けなすという評価の前にきちんと記録されることの重要さについて思う。特に時間の経過で消えてしまう音楽といったものにとっては文字にして演奏者にフィードバックされるというのは重要なことです。すごい大変なことなんだよね…といろいろ考えている感じ。年の初めに改めて思い出してみました。
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