蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 通り雨(春の日SS)

曇り、のち、晴れ。

今朝の天気予報ではそんな表示がされていて、今日も暑くなるんだって真新しいワイシャツに袖を通しながらうんざりした。

この番組の天気予報は少し見辛いなんて苦情は、笑顔が素敵な美人キャスターに届く筈も無い事も、まだ上りきってもないくせに窓から差し込む光がやたらと眩しい事も、リモコンを持った右手がスイッチを押す原因になって。

消す直前に、雷雨、なんて不穏な言葉が画面越しに聞こえた気もしたが、時間に追われたせいで聞き間違いだと思い込んで家を出た。



帰路に着いた駅から見える空は、ただただ黒くって時折雲を走る閃光が無ければ、ただの曇り空のようにも見えた。

ふと周囲を見れば、手には折り畳み傘かそこら辺で間に合わせたような安っぽいビニール傘が握られていて、まるで周知の事実であったかのような状態。

成る程。雷雨、ね。
美人キャスターもやるじゃないか、と内心拍手してから――只の皮肉にしかならないが――湿っぽい空気の中どうしようかと佇んだ。

変わらず漆黒を彩って、感覚の狭まり出した轟音にあちらこちらに向かっていた人々が振り返る。

降ってきたねー、予報通りじゃん。
通りすがりに聞こえた会話の一部に、苦笑いを零すしかなくてもう一度、見上げた空からは確かに大粒の雨が降り注いで。

これで完璧だな、と俯き溜め息を落としたところで、

「遅かったじゃない」

聞き慣れたアクセントに引っ張り上げられるようにして、前を向いた。

「もう雨降りそうだったし。傘、持ってないかなって思って、持って来てあげた」

距離がある分、声も遠い。

長い髪が風に舞う。
困ったように右手で押さえても、酷くなるばかりの風の中じゃあどうしようもなくて、泉はそのまま俺の傍に駆け寄って笑う。

「楽しそうだね」
「全然。風ばっか強くて最悪。春日の方が、よっぽど楽しそうだよ」

つん、と澄ました猫みたいな目をして、見上げる泉の肌は少し冷えていて。
夏の終わりを告げるように下がり出した夜陰の中、白い顔が浮かび上がるようで幻想的だった。

そりゃあそうだ。だって、君が迎えに来てくれるなんて思わなかったんだからさ。

皆が足早に帰りを急ぐ中で、足を止めたままの俺と泉に降り注がれる視線なんて有りもしない。だからそれに乗じて、という訳でもなかったんだけれど。

わざわざ持って来てあげたんだから感謝してよ? そう紡ぐ唇に、そっと自分の温もりを重ねて。

「してるよ、感謝」

呆れたような色を浮かべる泉に、微笑み返した。


【END】

2008年09月01日(月)
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