蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題3-12

『日曜日空けとけよ』

机の上に鞄を置いて、ベッドに身を投げ出した。

息を吸う。吐く。それを三回繰り返してから、今日シュウスケに言われた事を思い出した。

拳をぎゅっと握り締める。乾いた掌に、爪が当った。

『どーして?』

急にそんな事を言い出すなんて、珍しい。何か――手伝う事でもあるのかと首を傾けたあたしに、シュウスケはすごく素っ気無く、

『休みの日に出かけるの悪いのか?』
『……悪く、ないけど』
『じゃあいいだろ。空けとけ、迎えに行くから』

洗いたてのシーツに顔を埋めれば、そんな会話の一つ一つまで鮮明に浮かび上がる。何でもない事のようにそう言って、練習を始めるシュウスケ。

聞きようによっては、捨て台詞にすら聞こえて、今更苦笑してしまう。

出かける。シュウスケはそう言った。

窓を開ける。普段開け閉めされる事がないのか、ひどく軋んだ音を立てて、あたしは眉を顰めた。

風が頬を撫でていく。冷たい。衣替えも終わったとは言え、上着を教室に置いてきたのは失敗だと思った。

『買い物でも行くの? あたし、重たい物とか持てないよー?』

できるだけ自然に。振舞おうと笑う。

シュウスケが望む位置に、あたしはいたい。それが今の、素直な気持ち。やっと笑えるようになって、少しぎこちなさも取れて。だから、今のまま。

『あ、でも買い物ならさ、ハルちゃんも一緒がいいかなぁ』

風に乗ってあたしの髪も舞った。あまり気に入らない、ふわふわとした髪が視界に入る。

『違う。出かけるって言ってんじゃん、お前と俺で。どこだっていい、映画でも、水族館でも――遊園地でも』
『…え?』

不意にシュウスケが、まだ舞う髪の一筋に指を絡めた。それから、するりとそのまま指を抜くと、ほんの少しだけ笑った。

「お前と――」

唇が同じ事を紡ぐ。もう一度意味を確かめるように。滑り落ちた言葉はシーツに飲み込まれてしまったけれど、耳にはちゃんと残っている。

――お前と俺で。


腕を突っ張って起き上がる。きしり、とベッドが揺れた。閉じたカーテンからは、もう陽は差していなかった。夕闇に近い色。それからやっと部屋の電気を付けなくてはいけないことを、思い出した。

2008年06月16日(月)
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