蜂蜜ロジック。
七瀬愁



 無題3-7

「全部」

抑揚のない声で、シュウスケが繰り返した。

「そう、全部だよ。強いところも弱いところも、全部。良いところばっかりじゃないって、ちゃんと知ってる。シュウスケが色んな人にコンプレックス持ってることも、何でも一人で出来るような顔してても、本当はこの家で誰よりも我が儘なことも、寂しがりやなのも、あたしは…そういうところも含めて全部好きなの」

「……」

ほんの少しだけ、シュウスケが目を見張った気がした。

心臓が馬鹿になったみたいに、煩い。


握った掌が、じんわりと熱を伝える。
それはまるで体温が入り交じり合ったかのようで、妙に心地良く感じた。

指先から掌を撫でるようにして、握ってもシュウスケは動かずにされるがままになっていた。

誰もいないこの空間の中でそんなことを気にする必要もなくて、戯れに似ている。

でもそれが続かないことを知っているかのように、指先が僅かに震えるのは止められなかった。


「マヒロ」

不意に、指先が握り込まれて、不可思議な空間が霧散する。
心地良さは消え失せて、重苦しさがこみ上げる。

無理なんだって、駄目なんだって、言われてしまう。

でもそうなっても、平気な顔をしていたくて、呼ばれたままにシュウスケを見上げた。
幼馴染としてでも傍にいたければ、受け止めなくちゃならないことだ。

だから、いつもみたいに、笑おうとした。
だけど上手くできなかったことは、相手の表情を見ればすぐにわかった。


「…わかってるよ。あたしじゃ駄目だって、わかってるけど」

吐息に近い呟き。
何か言われる前に、遮らないと、また泣いてしまうかもしれないと思った。

「押し付けたいんじゃないの。今だって、こんなこと言うつもりじゃなかったけど、でも。でもね」

言うつもりじゃなかった、なんて言い訳がましくて、自分でも溜息が出る。

「マヒロ」

ぽとり、と涙が流れると同時に、掴まれるもう片方の腕。

「そうじゃなくて」

「だって、あたし」

「何も言ってないだろ」

きゅっと強く眉間に皺を寄せて、何かを我慢するかのように低く、シュウスケが言った。

それに気圧されるようにして、あたしは口を閉ざす。
怒ったような口調。だけど、苦しくはなかった。

それはきっと、繋いだままの手のせいだと思った。

深く息を吐いて、ゆっくりとシュウスケが目を閉じた。


「…不意打ちもいいところだ」

そう言ったかと思うと、突然繋いだ手を離して、シュウスケが片手で顔を押さえた。

「シュウスケ?」

肩が細かく揺れる。顔を伏せているせいで、表情は見えなかった。

「笑ってるの?」

「うるさい」

揺れる声。シュウスケが唐突に、あたしの体を引き寄せた。

「泣いてる…の?」

返事がない代わりに、頬にさらさらとした黒髪が触れた。
肩に回る両腕はほとんど力が込められていなくて、息苦しくはなかった。

その代わりのように、あたしは腕を伸ばして、その背に回した。

2008年03月17日(月)
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